全力で
「さぁ…いつでもどうぞ」
香さんは、左手を隠すように後ろに回す。
あれは左手を使わないという意思表示だろうか。まぁ条件は中川と同じ……。
「では……遠慮なく行きますよ…ッ!」
まずは距離を詰めよう!
私は香さんに向かって一直線に突っ走る。調子が良い!!自分でも分かるぐらいに速いぞ!香さんが眼前に迫る。身体をゆらっと…ほんの一瞬、動かしたかと思うと……消失した。
「こっちですよ」
後方から声が聞こえた。これは【時間の神晶】の力…!てか香さんは神晶使うんだ!?
「神晶使うのずるくないですか!?」
「神晶の力を引き出す練習ですよ?神晶は当然使わせてもらいますよ、えっへん」
「……あざとい!許せん!フラッシュッ!!」
私は手から光魔法を放つ。光度で言えば懐中電灯ぐらいだが、懐中電灯の光であっても、直視するのは難しい。目眩しには十分だ。次こそは距離を詰め……!?
「目眩し……定石ともいえる素晴らしい戦法ですが…私には効きません」
「…え!?」
「時の流れに介入すれば目眩しも何も効きませんからね。いぇい。…よっと」
香さんは時の空間に身を潜め、光が弱まりだした頃に時の空間からひょこっと姿を現した。
「どうすれば……」
「…いいでしょう。さっきのはこういうこともできるんだよ、と実演したまでです。さぁ、近接戦にしましょうか」
「今度こそ…!!」
香さんがわざわざ私の射程内に入ってきた。余程近接戦に自信があるのか、力強く踏み込んでくる。すかさず私は、香さんの顔面に向かって躊躇せず攻撃を仕掛けた!
「いいパンチです。ですが…少し遅いです」
「ハァ!フンッ!」
……ッ!すべて右手で受け止められてしまう。
なんだこの速度!?香さんの身体能力がここまで高いとは…!!!
シュッシュッシュッ!!!
何発撃ちこんでも深く当たらない。嫌気がさすほどの実力差だ。
「…もうパンチは終わり……ですか?」
「ふふふ……当たりませんからね」
「ではお次は私から…と言いたいところですが、まだあるようですね?」
「ぎくっ!?……さ、早速ですけど、香さんには秘密にしていたとっておき…見せてあげますよ!!!!」
「…とっておき……?」
私は香さんやヴェントさんの神晶の共通点を思い出す。時間の神晶……炎の神晶の共通点。ただ時間を操る?違う。ただ燃え盛る炎を放つ?これも違う。香さんは時を止めた。ヴェントさんは炎の竜巻を一瞬で作り上げた。少しだけだが、とっておきを使用している。では【夢の神晶】はどうだろう。能力がないのはまだ力を解放していないからだ。あの二つの神晶にあるなら夢の神晶にだってあるはずだ……そう、【限定解放】が。
私は神晶を深く握り、強く願う。
そして、全力であの言葉を叫んだ…!!
「………限定解放ッッ!!」
「とっておきって……まさかもうその段階に……ッ!?」
「今なんと言いましたの…ッ!?」
「【夢の神晶】よ!私に想いに応えて!!!」
私はこの二週間の瞑想で自分なりに結論を出した。夢の神晶とは…良い夢を見れるものではなく、見た夢を現実にするものでも無い。
…………………夢を叶えるもの、だと。
「今の私の目標は、香さんに勝つことだ!!!」
「この光……やりましたね文葉ちゃん!」
「……これが王寺さんの夢の神晶……」
神晶の輝きが頂点に達し、光が薄れていく。
香さんはきょとんとしていたが、私には分かる。私だけが分かるこの感覚。
「なっ!?時の空間が!!」
後方にあった時の空間が瞬く間に閉ざされた。
「っ!…時の流れに介入できない…??どういう原理で…」
「力が…湧いてくる…気がする!!!」
「まさか文葉ちゃんがここまでセンスの良い子だとは…私も嬉しいです。……さぁ、私も力を思いっきり使わせてもらいますよ」
「え?思いっきり?」
香さんはハンデキャップを捨て去り、澄ました顔ではなく、本来の凛々しい顔つきになった。
「…ヴェントさん、あの力は一体…」
「おそらく、夢の神晶の力は………ざっくり言えば、【自分が願ったことが現実になる】……そんな感じじゃないかしら…?」
「そんな強大な力……王寺さんが耐えられますかね」
「いいえ、全部が全部、叶えられるとは思えませんわ。例えば、世界を支配したい、などの夢は、壮大故に複雑。自分の力量を遥かに上回るものは、能力の対象外でしょうね。それに、大きな力には代償が伴いますわ。私たちが生身の人間であるが故に、身体にとんでもない負荷がかかるはずですわ」
「……??」
「行きますよ、香さんッ!」
私は強く願う…香さんに攻撃をヒットさせる!!ただ当てるだけじゃダメだ!!ダメージになる攻撃を!!!!ストレートで一線。右拳を香さん目掛けて打ち込む。
「!!神晶が使えない…ぐっ!!??」
受け止められてしまったが、どうやら時間の神晶は使えないようだ。その異様な感覚に戸惑ったのか、ガードが緩み、ダメージが入ったような素振りをみせる。
一番の武器の使用を制限された香さんがどうするのか。今だに未来が見えてこないが、私はとにかく攻撃を続ける。
「ふふ、良い攻撃ですが胴体ばかり狙っていては大ダメージは与えられませんよ!!!!!そう………こうやるんですよ…ッ!!」
「ぐぶあぁ!!」
香さんの拳が私の顔面にクリーンヒット。目の前に数滴の血痕。
めっちゃ痛いよこれ!?
しかしこれがトリガーとなり、私は攻撃性が増した。興奮状態に入ったのか、鼻血なんてお構いなしに身体が動いた。
「じゃ、じゃあ私も遠慮なく…!!」
「うぶばぁ!?」
「中々…えぐい戦いですね…」
「ま、まぁ、あれ程度なら、最後はワタクシが回復させますから…。乙女の顔を傷つけあうのはどうかと思いますが……」
私は一撃を与えた後、すぐに香さんの背後に回り込み、バックドロップを決めようとガッチリホールドする。プロレス技だ。香さんのそのおっきなおっぱいが!!丁度引っかかって持ちやすいんですよぉぉぉぉ!!!
「せぇぇぇのぉぉぉぉっ!!」
「くっ!!させませんよ!」
後少しの所で逆に腕を掴まれ、香さんは柔道の背負い投げの体勢をとる。
踏ん張ろうとする私を軽々と持ち上げ、視界が天を仰ぐが……。
「がっ!?」
ギリギリで受け身を取り前転。すぐに立ち上がり、香さんにタックルを繰り出す。くらえ体重五十四キロ猛タックルを!!!!!!!!!!
「…フンッッッッ!!」
「なんのッッ!!」
香さんに踏ん張られ、私の腰回りを腕でホールドされる。
「せぇ~の…ッ!!!!」
「え!?力ヤバッ!?」
そして……なんと真上の投げられてしまった。五メートルほど上空に飛ばされ、私は受け身を取ることに真っ先に思考が回った。
「…まだ終わりませんよ…ッ!限定解放!【タイム・オブ・ゼニス】ッ!!!…二秒、二秒の時間を!!」
瞬きをすると、そこに香さんの姿を確認できなかった。
「うんっっっ!!??」
落下しようとしている私の身体は空中で静止した。香さんが私の足首を掴んでいたのだ。時の空間から上半身のみを露出させて、足を取られてしまった。
「限定解放は使えるようですね。それに時の世界に入れるように…夢の神晶はもう限界ですか?」
「神晶が使えないからって負けませんよ!ハァッ!」
私はすぐに手を振りはらい、宙吊りになっていた状態から、地面に何とか着地する。
「…私の身体ならできる…もっと速く…ッ!!もっと高く…ッ!!!!」
「さぁ来なさい!!タイム・オブ・ゼニスッ!!!」
宙に浮いている香さん目掛けて踏み込んだ跳躍をした。夢の神晶のおかげか、香さんの顔面に拳が届き………。
「ぁあうぶ!?」
「手が滑ったようですね……ッ!」
まぶたを上げたと同時に、自分で自分の顔面を殴打するという不可解な事が起きた。
時止めか!!!???
更には、香さんに腹部を全力で蹴り飛ばされる。急加速によって、再び私は地面へ叩き戻された。
「げほッ……ぐ……うぅ」
「……………大丈夫ですか……?」
想像以上のダメージに悶えてしまう。香さんは地面に座り込む私に対して手を差し伸べる。流石にやり過ぎたと思ったのか、本心から心配しているようだった。しかし、私は興奮状態、自分でも止められない…。
「香さん…………」
「さ、立ってください、今日はここまでに……文葉ちゃん…?」
「捕まえましたよ…香さん。最後の抵抗です。死ぬ気で耐えてくださいね…ッ!」
「!?」
左手で香さんの腕を掴んだまま、右拳でぶん殴った。香さんは急いでガードをしたが、私はお構いなしに腕を振り切った!
「ぐ!?ぁああ!??」
「まだまだぁ!!」
「あのスピードはなんですの!?」
吹っ飛んだ香さんが地面に着くよりも早く、私は香さんの足首を掴み、そのまま…。
「限定解放!タイム・オブ・ゼニスッ!!!」
「!?」
気づけば香さんの拳が、私の顔面に迫っていた。
香さんの目はマジだ。この一撃は私の戦闘不能を意味していた。
「…………あれ?」
「あら!起きましたわね!私が言えたことではありませんが、やりすぎですわよっ!」
目を覚ますと、ヴェントさんの顔が視界いっぱいに映る。怒った顔も綺麗だ。
「あはは…すみません、つい…」
「文葉ちゃん、大丈夫ですか?」
「ま、まぁ……」
香さんが、私のそばに腰を下ろして言う。
ゆっくりと私の体を起こすのを手伝ってくれた。
「私が時間を戻しておきました。こうでもしない限り、女の子の顔は殴りませんよ」
「あ、ありがとうございます。で、でもほんと痛かったですよ!?最後の一撃なんて……」
「それはすみませんでした。私としたことが、本気になってしまいましたね」
「それ以外も痛かったですけどね…!!」
私はまだ少し痛む頬をさすりながら言う。
香さんはと言うと既にピンピンしていた。
「まぁ、何はともあれ、神晶の力を引き出すことに成功いたしましたわねっ!!」
「そ、そうですね!これが私の神晶…!」
「…う〜ん、力を引き出せたのはいいのですが。…代償はないのでしょうか。…こんなに強力なら何か一つくらいはありそうですが…。文葉ちゃん、身体にどこか異変はありませんか?」
「…それで言えば、時間を戻してもらったはずなのに…疲労感……?が残ってますね…」
時間の神晶で時間を戻してもらえれば、身体は戦う前に戻っているはずだが、疲労感が残っているということは、これが神晶で力を使った代償だろう。神晶の代償は同じ神晶の力でもカバーできないのか。
「おそらく、願った内容が大きければ大きほど、疲労感も大きくなる…とワタクシ、ヴェント・マシュリタントの頭脳が閃きましたわ!!!」
ヴェントさんがえっへん…と、得意げに教えてくれる。
「まぁ、この程度の疲労感であれば問題ないです。数時間もすればすっかり取れるかと」
「にして王寺さんすごいね!ついに神晶を使えたじゃないか!」
「中川だってすごいよ、あんな剣捌き、神速だって私には無理だ」
「お互いの良い所、もっと伸ばして行きましょう。デインズとの実戦でも役に立つかもしれません」
「…あ、そうですわ!デインズの居所を探すのも良いですけど、やっぱり新しい仲間が必要ではなくって?」
確かにデインズとの戦闘を円滑に運ぶには、私たちの戦力を上げることが必須だと思う。私たち個々が強くなるのはもちろんの事、仲間を増やす方を優先した方が安全にデインズを撃退できる。
「何か心当たるがあるんですか?」
「えぇ、同じく異世界人なら…この世界にいますわよ!!」
「え!?それは戦力アップ間違いなしですね!」
「では、ヴェントさんにそちらの件を任せてもよろしいですか?私はまだ調べたいことがありますので」
「構いませんことよ!ワタクシもできれば、デインズについて調べておきますわね、ではまたこれで!ごめんあそばせ〜!おーっほっほっほっほっほっほっ!」
ヴェントさんは高笑いと共に姿を晦ました。
香さんの言う通り、実戦形式の特訓により、私たちは大幅にパワーアップできた。その達成感から満足げに帰宅しようとした私は、あるもう一つの恐怖に気づいてしまった。
「あ、まずい…」
「文葉ちゃんどうしましたか?」
「明日からテスト発表だ…」
「あー、そうだったね…。僕は一週間前から勉強をしていたからな…どうしよう…。王寺さんは勉強かい?」
王寺さんは勉強かい?じゃねぇよぉ!!!!
そうか。こいつは勉強できるタイプの嫌味野郎だったか。
「私は勉強できないんだよぉ…。それになんで五月上旬に中間テスト発表なんだよぉ!!!!!」
「あら、一般的には一学期中間テストとなれば五月中旬…普通じゃないんですか?」
「桜花高校の中間、期末テストは、まぁ、他の高校となんら変わりはありませんが、授業を短期間で詰め込んでいる分、テスト発表が明日の金曜日。テスト開始が来週の月曜日なんですよね」
「発表してから開始までの期間が短い、と…」
「嫌な説明ありがとさん王子…。あぁ嫌だ。テスト嫌だぁぁ!なんで詰め込んだ後にすぐテストしないんだよぉ!詰め込んだ意味ないじゃん!面倒くさい面倒くさい!!!!!」
さっきまでの戦闘による疲労感を忘れたかのように、地面を転げ回る私。
「お、落ち着きなよ」
「三日でどうやって勉強しろって言うんだよぉぉぉ」
「いや、そうならないために、ここ一週間の授業…ほとんど自習時間だったじゃないか。それに先生方も、結構範囲を教えてくれてたと思うんだけど…」
「うるせぇ!テスト発表するまで勉強はするもんじゃないの!!!」
「そこまで言うならやりましょう」
「……な、何をですか?」
転げ回る動きを止め、真面目なトーンで質問をぶつけた。
正直返事聞かなきゃよかった……。
「勉強会です!」