練習相手は転校生?
「今日は転校生が来たので紹介します」
「皆さ〜ん!おはようございます!!ですわぁぁ!!」
その声に聞き覚えがあった。クラスがザワザワしている中、私は、あ〜っというような態度をとる。
そして転校生であるロールヘアの美少女はというと…。
「じゃあ、自己紹介お願いー」
「ワタクシ、マシュリタント家の次期当主、ヴェント・マシュリタントですわぁ!!よろしくお願いしますわぁ〜!!!」
「うおぉぉぉぉかわいいいぃぃ!!!」
「髪綺麗………」
「ヴェントさん…俺、タイプかも」
クラスは歓迎ムードだった。…………まぁ知ってたけどね。
私もクラスメイト同様、新たな仲間に胸を躍らせるのであった。
「前にも一度お邪魔しましたが………ここで特訓をされてますの?」
「えぇ、香さんに指導してもらってます」
ヴェントさんを放課後、いつもの特訓場に招いた。洞穴だけどね。
「あら、中川さんこんにちは!!」
「ヴェ、ヴェントさん!?…くっ!?どうも!!はぁ!こん…フンッ!!こんにちは!!」
「あらま。忙しそうですわね!」
中川は一足早くきて剣豪ちゃん一号と模擬戦を行っていた。会話を挟みながら剣を振るうその姿は剣士そのものだった。まだ一ヶ月経ってないのにも関わらず、呑み込みが早いやつだ。
「ふむふむ…。練習相手にメイドさんのお人形さん……。両案ですわね。自分の全力をぶつけられますものね」
「そう言われるとそうですね、あいつ、最初は逃げ回るだけだったんですけど、いつの間にか互角に…」
「ですが、搭載されている機能しか攻撃パターンがありませんわ……つまり決まった攻撃しかこないと、最初から分かっていれば、あとは慣れるだけ。対応も簡単ですわ…………」
「あ〜、たしかに」
ヴェントさんはいつもの笑い方ではなく、ふっふっふっ、と不敵な笑みを浮かべる。
「………そこで一つ…ワタクシ、良いことを思い付きましたわぁ〜!!」
なぜかヴェントさんの心が引火し、その目を、ワクワクとトキメキが溢れんばかりに輝かせていた。
「…うっ!?……良いことって!!せやぁ!!…どんなことですか!?」
中川が剣豪ちゃん一号の攻撃を受け止めながら耳を傾ける。ほんと器用だな。私ならできないだろう。
「………ワタクシが練習相手、というので、いかがでしょうか?」
その瞬間、あの可憐なお嬢様の存在感が一気に増した。普段の印象からかけ離れたその姿は、仲間ながらも恐怖を感じた。ゾクッと背筋が凍るような…冷たい空気がその場を漂う。
「…!!!!!!」
「中川…危な………」
「ひとまずストップ…ですわよ!」
ヴェントさんは私の目では追えない速度で移動したのか、剣豪ちゃん一号の両腕を軽々と掴む。
シュウウン………。
「あら?…ど、どどどど、どうしましょう!!??壊れちゃいましたわ!!!!????」
「大丈夫ですよ。剣豪ちゃん一号は、自分よりも強大なパワーで攻撃されると、そのまま行動を強制終了するように作ってあるだけです。ふふ、焦ってる姿は珍しいですね」
「か、香さん…。びっくりしましたわぁ……」
香さんの優しさの籠った声色に、ヴェントさんは胸を撫で下ろす。いや比喩表現だよ!!??
別におっぱ………。
「それにしても先程の提案…とても良い案ですね。私よりもよっぽどためになります。これを機に大幅パワーアップといきましょうか」
「さ、あなたたちの先生が了承してくださいましたし…どうせなら本気で、そう殺す気で……その剣を振るってくださるかしら?」
ヴェントさんは、中川が右手に握りしめる剣、【リゲル】に向かって視線を送る。
動揺していた中川の、リゲルを握りしめる右手が、心なしか一層強くなった気がした。
「恩人を殺す気にはなりませんが…そうですね…実践形式が一番の近道ですよね、ぜひ手合わせお願いします!」
「じゃあ、文葉ちゃんは私と模擬試合をやってみましょうか」
「分かりまし…ってえぇぇ!?」
「大丈夫ですよ、私は殺す気…だなんて言いません」
「そうですか…」
一瞬でも安心してしまった私がバカだった。次の一言で私のやる気は完全に失せてしまった。
「死ぬ気で…よろしくお願いしますねっ」
「…………………………はい…」
「それでは、どうしましょう…流石にこの洞穴は狭いですわね…」
「この周辺に私が作っておいた広場があります。少し山奥ですが、人通りも少ないので、そこなら思う存分戦えるかと」
「分かりましたわ、それじゃあ皆さん移動しましょっ!!」
ヴェントさんは香さんに期待の眼差しを向けていた。何を期待しているんだろう、と考えるまでもなく私には理解できた。あれだ、時の世界だ。
「…ふふ、今日は歩いて行きますよ、すぐそこなので」
「…分かりましたわ………しょぼーん…」
分かりやすい落ち込み方ッ!
私はヴェントさんを宥めながら目的地に向かう。歩いて五分ほどの場所に空き地…にしては広い空間があった。道路に隣接しているが、奥行きが広く、視界を広くとっても、一軒も住宅等は見当たらなかった。地面も少し整備されていたりと、香さん特性の練習場が見事に出来上がっていた。
「ここなら…思う存分に戦えますわね。さ、遠慮はいりませんわよ!さっそく!いつでも!!かかっていらして!!!」
ヴェントさんの周りを炎が包み、炎の渦が少しずつ消えていくと例のゴージャスな赤いドレスが目に映る。早着替えもできるんだ、と感心しながら、中川の様子を伺った。
「……では行きます…ッ!」
到着したや否や、急に戦闘が始まった。中川はエクスカリバーのレプリカである【リゲル】を、大きく振りかぶって素早くヴェントさんに振り下ろす。本当に殺す気のようだ。大きな金属音が轟いたがそこには…。
「…くっ、何!?」
「あらまぁ、なかなかやりますわね!!」
「…ッ、それはどうも…ッ!!!」
リゲルの剣先を、炎を纏った右腕で受け止めるヴェントさん。刃と人肌が触れているだけでもヒヤヒヤするぜ…。中川はすぐに次の攻撃へ移り、突いたり切ったり…ヴェントさんを押しているように見えるが、全て右腕一本で受け流される。実力差はもの凄いが、私には中川の成長がよく分かった。一般人にはとてもじゃ無いが、あの剣をあんなに速く、力強く振り回すことはできない。それにどんどん速度が上がっているような気がした。あれは魔力の出力を上手く調節しているのだろうか?
「………全く歯が立たない…ッ!?」
「二週間で凡人がこのレベルまで来れるなんてある種…才能ですわ」
「ふっ、その余裕…崩してみせますよ!」
「これからが本番…というやつですの?」
その後も中川の猛攻は続く。がむしゃらに見えるその攻撃は、次第にヴェントさんを壁際に追い詰める。
ヴェントさんは相変わらず余裕の表情だ。中川の表情も、よく見ると自然と笑みが溢れていた。
「…魔力の扱いには慣れてきたようですね。疲れは見えますが……中川さん、体力を結構温存していますね」
「確かに言われてみれば………でもなんで体力を温存してるんですか?ジリ貧な気もするんですけど」
「それは…………そろそろ見れるかもしれませんよ」
「……?」
香さんの予想は的中し、ヴェントさんを壁際に追い詰めた中川は、リゲルを振りかざす刹那。ここぞというタイミングで強く握りしめていたグリップを手放し、ヴェントさんの懐に潜り込んだ。あれって残像…!?
「ッ!…フェイント…ッ!?」
「…すみませんねッ!!」
一直線に中川の拳はヴェントさんに向かって突き出された。初めてまともな一撃が入ったのかと、ドキドキしたのも束の間。中川の拳は、ヴェントさんに左手で受け止められていた。しかし、ヴェントさんが左手を解禁しただけでも一歩前進ではないだろうか。
「あら残念………ですわッ!!」
「ッ!…ぐはぁ!!??」
お返しと言わんばかりにヴェントさんの右手が中川の腹部に捩じ込まれる。痛そう…。それが真っ先に思い浮かんだことだった。
「ぐぉぉぉ…うぉぉぉ………」
ゴロゴロとその場を転げ回る中川。ちょっと面白いな…。
「ふふ」と、つい声が漏れてしまう。
「あらま!すみません、やりすぎましたわ!!」
「ま、待ってくだ…さい……ッ!」
「……?」
ヴェントさんは自身の神晶をかざそうとすると、中川はリゲルを地面に突き立て、崩れた体勢を自力で起こし、声を絞り出して放つ。
「くぅぅ……情け無用…!!!お恥ずかしいところをお見せしました……!!!今一度勝負を!!!」
「…っ!……その姿勢…嫌いじゃありませんわよ」
「……僕ならできる…!」
も、持ち直したぞ…!!!
リゲルを握りしめ、勢いよく飛び出す。
ガチャンッッッッ。
またもやリゲルはヴェントさんの右腕に直撃!ヴェントさんは笑みを浮かべる。
「さぁ、中川さん…踏ん張ってくださいね。ここからはワタクシのターンですわぁ!!!!!」
「ぬぅぅうあ!!??」
ヴェントさんは右腕のみで打撃を放つ。それをリゲルで何度も何度も受け止めるが…。
人間の腕と金属でしょ!!??明らかな金属音なんだけど。
私の思考とは裏腹に、冷静な香さんはあることに気づく。
「中川さん、攻撃を受け止め切れていますね…」
「あ!…ほんとだ…ッ!それにだんだん動きが速くなっているような…」
「その通りです。ヴェントさんが徐々に攻撃スピードを上げています。中川さんは早くもそのスピードに順応し始めていますね」
「順応って言ったって………あれは!」
剣豪ちゃん一号との模擬戦じゃあんな速度は見せなかった!!!とてもじゃないが、人間のレベルを超えてる!?
「…………既に神の領域…神速ですね」
ヴェントさんはおそらく、神晶の力を解放し始めている。
その証拠にヴェントさんが激しい動作を見せるたびに火の粉が舞っているからだ。離れては斬りつけ合う。幾たびぶつかったのか。リゲルと手刀の衝突は激しさを増していき、次第に残像のようなものが目視できる速さになる。これが神速か!?
「ハァ!!フンッ!!!」
「うふふ!!楽しいですわぁぁ!!!」
途端、中川の踏み込みが弱くなる。中川に限界が来たのではなく、ヴェントさんの身体動作が中川を上回ったんだ!
「くっ!!??重い…ッ!!??」
「もっと速く!気高く!!」
ダメだ!ヴェントさんの手刀をさばききれていない!!
せっかく対等に戦えていたのに!!
中川の集中力も切れてきたのか、どんどん動きが鈍くな…………ん!!??
「……ぐっ!?…ハァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「この威力!!!!????」
「っ!?あれは!!!???」
香さんも驚きの表情を見せる。
私には何が起きたのかさっぱりだった。あまりに一瞬の出来事すぎて確認できなかったのだ。
「…あ、あなた!まさか!?」
「う…………」
中川が地面に這いつくばって、気絶している…?膝を突くヴェントさんの周りには火の粉が舞っていた。な、なにが起きたの…???
「…中川さんが一瞬……ほんの一振りですが、ヴェントさん本来の力に匹敵するパワーを出力させた…信じがたいですが、現にヴェントさんの腕をほら…」
「…な!ヴェントさん大丈夫ですか!!??血が!!!」
私は座り込むヴェントさんのそばまで駆け寄る。
目はうつろで、右腕の切り傷から流血しており…呆然としていた。
「あ、あぁ…ワタクシは問題ないですわ。ほらっ」
「え、あ、治ってる…」
「それより、彼の心配を…神の力にあてられたのです、重症ですわ!」
「中川さんは私に任せてください。……よっと…」
「えぇちょちょ香さん!!??」
時の空間にそそくさと中川を放り込む。それを追いかけて香さんも飛び込んだ。
「…中川さん…彼はいったい何者ですの?」
「私と同じただの高校生ですよ。まぁ…周りと違う所といえば…人一倍真面目な所?ですかね…」
「真面目…その真剣な想いが彼を強くしたのですね」
「…ほら、ゆっくり出てくださいね」
「…うぉお!?」
「…中川さん、大丈夫ですの??」
ものの数秒で時の空間が再び宙に出現。中川がふらつきながらも着地する。
傷と体力、衣服は時間を巻き戻して治したのだろう。
「大丈夫ですよ!ほら、こんなに元気ですよ!」
「…よかったですわ。ワタクシも素人相手に少し本気を出してしまい……大人げなかったですわ…すみません」
「いえいえ、こちらこそ手合わせありがとうございます!……しかし、実力差はやっぱりすごいですね…。まるで勝てる気がしませんでした…」
「…ワタクシだって強くなるために努力しましたもの!…中川さんももっと特訓すれば、ワタクシと盛大に戦えるようになりますわよ!」
「…………よぉし!目標は高い方がいいですよね!」
「ポジティブだな…」
さっきまでの睨み合いがなかったかのように会話だ。とても殺し合った仲とは思えない。
「ふふ、目標が高いのはとても良いことですよ、では中川さんも治ったことですし…文葉ちゃん?……やりましょうか?」
「怖いですよ……」
死ぬ気で。その言葉が頭から離れない。身体能力は魔力のおかげで…まぁ……。でも…神晶、まだ扱えないし…。
「王寺さん、頑張って!」
「…おうよ!」
中川のバトンパスを受け取り、私も腹に力を入れる。
あいつは死ぬ気でヴェントさんを追いかけて、神の領域に足を踏み入れた。
私だけこんな弱気じゃダメだよね…!
「さぁ、いつでもどうぞ」
正面に佇む美女は、澄ました顔をして開始の合図を待っている。
香さんと一対一のタイマン…………。
頬を軽く叩いて渇を入れた。
「ふぅ…………………」
…………………………………やるか!!