異世界の訪問者
「あら、美味しそうですわね」
「お!お嬢ちゃん見る目あるね~、俺んとこのみたらし団子は日本一、いや、世界一さ!!」
「……なら一本貰おうかしら!」
「おっけい!1本50円だよぉ!」
「50円…こちらの通貨であっているかしら?」
「ちょうどありがと!まいどあり!!」
ヴェント・マシュリタントは異世界であるこの地を満喫……ではなく、情報集めを行っていた。屋台で購入したみたらし団子を片手に、目の前にある道を意気揚々と歩く。ふと視線を左に向けると…この辺りでも有名な公園。園児たちが戯れるための遊具や、座り心地の良い木製ベンチが設置されいる。ヴェントは、その木製のベンチに、自慢のドレスに気を使いながら上品に腰掛ける。
「よいしょ……。いただきます……ん~!!とっても美味ですわぁ~!!」
ここ数日、スイーツを食べ歩いていたヴェントにとって、みたらし団子という和菓子は、革命的だった。幸せそうにみたらし団子を頬張った後、ヴェントは散歩…もとい情報集めを再開した。
「そういえば…あの人たち、大丈夫かしら?」
ヴェントはふと昨日の出来事を思い出す。彼女の長所は思い立ったが行動。
「ワタクシ、ヴェント・マシュリタントが参上いたしますわぁ!!!………………確かあっちに…ゴ~ですわぁッ!!」
道路にクレーターを作らぬよう、近場の川の上空から跳躍し、川に大きな衝撃を与えた後、例の学園方向へと向かった。「さすがワタクシ!町への配慮も完璧ですわぁ!!!」と高層ビル程の上空で、ヴェントは高らかに言い放つのであった。
ズドンッッッ!!!
グラウンド側から聞こえた大きな物音に私、中川、香さんの三人に一斉に緊張感が走った。また奴が来た。恐怖が来たのだと。私にはそれしか考えられなかった。
「……と、特訓を始めて二週間…!僕の今の実力がどれだけ通じるか試して…」
「……………………」
「ダメです、二人は下がっていてください。ここは私が…」
「それではこの特訓の意味がありません!!僕も戦います!!」
中川が声を荒げる。それほど彼も必死なのだろう。あんな事があって、まだ立ち向かえる勇気があるなんて…私にはとてもじゃないが無理だった。
香さんは言い返す前に何かに気付いたのか、安堵しているように見えた。
「………………どうやら戦う必要はないようですね、デインズではありませんでした」
「!?…それってどういう………あ、あの人は命の恩人の…?」
「あら、あなたたち。元気そうで何よりですわぁ!!!」
「………ふふふ、あなたも元気ですね」
その特徴的な赤いドレスと茜色のロールヘア。ふふふ、と佇むその姿は忘れない。ヴェントさん…だったかな。日本では滅多に見れないほどの美貌の持ち主だ。
「先日はありがとうございました。大きな借りを作ってしまいましたね」
「いいえ、困ったときはお互い様ですわっ」
「わぁ」
ヴェントさんが語尾の【ですわ】と同時に、香さんの鼻先をツンと優しくつつく。そのあざとすぎる仕草に私の心は夢色に。香さんも驚きのあまり声が出てしまったのだろう。
「やりましたね…えーーい、つんつん」
「あはは!くすぐったいですわぁ!つんつん!!」
「…あはは、面白い人だな」
「………癖強いけどね」
「あ!話が変わりますが何件かいいですか?」
物理的なツンツンモードから、急に話を切り替える香さん。相変わらず情緒不安定だ。
「あら、何でもどうぞっ」
「では場所を変えましょうか」
そういうと四人でとある場所に向かった。
「ゆっくりしていってね~」
「……………で、なんで私の部屋なんですかね」
「周りの目が気になりますしも………あら、中川さんは大丈夫ですか?」
「ふぁ、はい~」
「~~~んん!!!!!さっきのアレ!凄かったですわ!!!!なんていうのかしら…凄かったですわぁぁ!!」
さっきのアレ、とは時の空間のことだろう。時間短縮のため、四人で時の流れに介入し、私の家の前まで移動したはいいものの、未知の経験に耐え切れず、中川は目を回していた。
「おーい、中川大丈夫か~」
「あぁ、なんとか…」
「あの空間の説明はまたの機会に。それで話なのですが、まずヴェントさん。あなたも神晶についてご存じなんですよね…?」
「もちろんですわよ、ワタクシも神晶…持っていますわ」
「やはりそうでしたか…ちなみどのような神晶を?」
「ワタクシが保有しているのは、真っ赤な火!【炎の神晶】ですわぁ!」
そういうと、ヴェントさんは部屋の中央に置かれている勉強机の上に、例のごとく首から外したネックレスを置く。結晶の色は赤。それも烈火の炎と言わんばかりの綺麗な赤色だった。よく見ると、結晶は透明度が高く、結晶の中が燃えている。それに、大きさも人差し指の第一関節程度しかなく、私たちの神晶よりも少し小さいというか…。
「炎?聞いたことがないですね…」
「当然ですわ、正確には炎の神晶…なんていう神晶はございませんもの」
「…………?」
「………順を追って話しますわね。……文葉さんたちにも理解しやすいよう説明しますわね」
「お気遣い感謝です…ッ」
私のほうを向いて微笑んだヴェントさんは、コホンと咳払いをし話を続ける。
「かつて十個の神晶の一つに、【自然の神晶】という神晶がありましたの。それは、自然にまつわる力が扱えるものだと聞きましたわ。そして、先代のアングレカムとデインズとの戦いの最中、自然の神晶にひびが入り、原形を留める力すら無くなってしまい、それぞれ【炎】【水】【木】【光】【闇】と、5つの神晶の欠片になってしまったのですわ…。それが【炎の神晶】の成り立ちですの。ご理解いただけましたか?」
「はい、僕も理解できました」
「ちなみにその情報はどこで入手しましたか?」
確かに香さんの言うとおりだ。
その説明では、まるでヴェントさんがその場にいたような口ぶりだ。
「…それはワタクシがこの炎の神晶を手に取った時に、瞬時に脳裏に流れて来た情報ですわ!現にデインズは存在しましたし、ワタクシはこの神晶を信じますわぁ!!」
「なるほど、確かにあのデインズは先代のアングレカムと戦い、勝利しています。信憑性はありますね。すみません。試すような真似をしてしまって」
「いえ!全然構いませんわよ!!」
「話は変わるんですけど、炎の神晶っていうぐらいですから、やっぱり能力は炎を操るものなんですか?」
デインズから助けてもらった時に炎の渦を見たんだけど、一応聞いてみた。
「もっっちろん!!熱く!!気高く!!!美しく!!!!それがワタクシ、ヴェント・マシュリタントの情熱ですわぁ!ワタクシの情熱こそ神晶の力!!止められぬこの想いこそが!ワタクシの強さの秘訣なのですわぁぁ~!!!お~っほっほっほっ!」
「素敵ですね。私ももっと情熱を持てば…」
香さんが共感しちゃってるよ。ちょっと変わった人だけど、実力者に変わりはない。仲間になってくれれば大きな戦力になってくれるだろう。
「…あの、ヴェントさん!」
「あら、なんですの?」
ピタッと高笑いを止め、私の呼び止めに応じてくれる。
「その……デインズを止めるのに協力してほしいんですけど…お願い、聞いてくれますか??」
「もちろんですわ!!……………ですが、ワタクシの力はあくまでも欠片。神晶本来の力には遠く及びませんわ。それにワタクシは異世界人、この世界の事柄に関しては色々疎いかもしれませんが、そんなワタクシでよければよろしくお願いいたします」
「ありがとうございます…って異世界……??」
「異世界ってあの異世界ですか!?」
私と中川が大袈裟に反応し、取り乱してしまうが、ヴェントさんはさっきとは打って変わって冷静に教えてくれる。
「えぇ、ワタクシの世界はこの地球…なんてものはございませんし、こちらに来て調べたのですが、こういったケースは異世界転移、そう呼ばれているそうですわ」
「……まさか異世界にも神晶が散らばっていたとは…私の常識の範疇を超えていますね…調査を広げますか…」
「ふふふ、神晶のことは話しましたし、異世界のことも話しましたわね…………!!…では改めて詳しく自己紹介を!」
ヴェントさんは立ち上がり、スカートの裾を指先で摘み、クイッと持ち上げる。品が漂うその姿はまるで本物のお姫様だ。
「【アレスティア】という世界から参りました、マシュリタント家次期当主、ヴェント・マシュリタントですわ。以後お見知りおきを。【炎の神晶】を保有しておりますわ」
深々と下げた頭をあげる際に、目が合う。その眼差しはなんとも言えない色気がった。やっぱり落ち着いた雰囲気だとお姫様みたいだな……。
「私たちも改めて自己紹介を…私は渡野香と言います。十一年後の未来から神晶を追い求めてこの時代までやってきました。神晶は【時間の神晶】を保有しています。よろしくお願いしますね」
「僕は中川直樹です。桜花高校の一年生です!!神晶は保有していませんが、よろしくお願いします!!」
さ、最後かよぉぉぉぉぉ!!!!未来人と完璧王子の後に平凡な私!!??この空気……苦手だ…ッ!
「…………王寺文葉です。中川と同じ桜花高校の一年です……【夢の神晶】っての持ってます。よ、よろしくお願いします…」
「皆さんよろしくお願いしますわぁ!」
全員が自己紹介を終えると中央の机を囲んで座る。
「あ、お菓子でも食べますか?結構ありますよ」
「いいですね、お気遣いありがとうございます文葉ちゃん」
「お、お菓子!魅惑の食べ物ですわね!!」
「ヴェントさん大好きなんですね。どうぞどうぞ、好きに食べちゃってください」
大きな器に個包装されたチョコ、飴、クッキーをざばざばと積み重ねる。
「………まぁ!この…飴玉………?とても固いですが、甘くておいしいですわぁ!」
ヴェントさんは飴玉を無理に噛もうとする素振りもなく、ガリッガリッ、と、容赦なく粉砕していく。
「ヴェントさん、飴は噛まずに舐めるのがオーソドックスですよ…」
「そ、そうでしたのね…」
「このチョコレート……イチゴ味がこんなにおいしいなんて……!?」
「香さん、イチゴ好きなんですか?」
「イチゴも好きですが、私はイチゴ味が好きなんです!む~美味しい…」
二人とも可愛すぎるぜ!くっ!!同じ女とは思えない!!!!
「中川も食べなよ、ほら」
「あ、ありがとう」
さっきから中川が静かに微笑みながら会話を聞いていたので、クッキーを手渡しし、食べるよう促した。
「え、なんで照れてんの?」
「いやだって…ほら…これ、女子会みたいだろう?こ、こんなにも綺麗なレディーに囲まれては…緊張しちゃうよ」
「今更だよ、私は男みたいなもんでしょ?」
「王子仲間と言っても、君だってレディーさ」
「なら、せめてクイーンと呼べ」
「ま、まぁ緊張している真の理由は…恥ずかしながら僕は女性の友人どころか、まともに男友達と遊んだことすらないんだ…だからその…この空間が楽しくって」
一同が中川に視線を向け、ぽかんとしている。正直驚いた。中川の素直さが、しみじみと伝わってくる。
「別に恥ずべきことではありませんよ」
「そうですわ!今までになかったのでしたら、これから作ればいいのですわよ!!!想い出を!!!!」
「そうだよ、私たち王子仲間…友達…でしょっ?」
「…………っ!皆……ありがとう。ただひたすらに感謝だ。よし!じゃあ僕にもチョコを頂けるかな!?」
「はいよ!……って、自分で取っていいからね」
「あぁ…ごめんごめん…ありがとう!」
その後、神晶やデインズのことはいったん忘れて、友人として、仲間として、会話が弾んだ。途中…私はふと気づいた。え、私ってこんなに喋れるっけ。
「あら、そろそろお暇する時間ですわね」
「そうですね、帰りましょうか。文葉ちゃん、押しかけてすみませんでした。楽しかったです」
「いえ、私も楽しかったので大丈夫ですよ」
「お菓子のごみはどこに捨てようか……?」
「あぁ、それはあっちに………」
部屋の隅に設置しているごみ箱に人差し指を指して教える。
我こそはと中川がごみを両手で救い上げようとすると…。
「捨てるのでしたらワタクシにお任せなさいな!」
サッ………。
机に散乱するごみのすぐ上を、ヴェントさんが右手で一撫ですると、ごみは一瞬にして燃えて消えてしまった。
「えぇ!?」
「調整すればこんな用途にも使用できますのよ!灯火程度でも楽に処分できますの!!地球にも優しいですわぁぁ!!」
「見事な力の調整ですね。よっぽど訓練しない限り、あの出力調整は難しいでしょう…文葉ちゃんも明日から、ヴェントさんに負けないくらい特訓頑張ろうねっ」
「うぇぇ…………………頑張ります」
「よく言えましたっ」
明日からもっとしんどくなるってことでしょ……………。
今はまぁ、座禅による精神統一と魔力が流れた身体を使って、軽い運動と筋トレをする程度だけど…。
はぁ……先はまだ長いってさ…………。
「それでは失礼します」
「僕も。お邪魔しました、王寺さん、明日からも特訓頑張ろう!!」
「失礼しましたわ!それでは文葉さん、また明日、教室でお会いしましょう」
「ばいばーい~」
三人を玄関まで見送り、自室へ戻るために階段を上がろうとしたところで異変に気付く。ん???最後ヴェントさんなんて言った??
「また明日教室で……ってまさか……」
学校………じゃなく、わざわざ教室で…。うん、確定だよね。
「転校生枠か……いや、嬉しいけど…」
久々に楽しくお喋りした私は疲れ切ったのか、その日はそのまま布団に入り、
そこから眠りに就くまで遅くなかった。