特訓開始!
翌日の放課後。昨日と同じ洞穴前に集合した。
「ねぇ、ほんとに良かったの?こんな大事に巻き込んじゃって…」
「勝手に行動した僕が悪いよ、王寺さんが謝る事じゃないさ。それに、王寺さんとこうして肩を並べられるだけで、あぁ…巻き込まれて良かったなって思えるんだ」
中川は、あははと愛想笑いしながら言う。
時折見せる素の優しさがこいつを嫌いになりきれない理由だ。
「でも嬉しいよ。私だってただの一般人……神の力とか地球外生命体とか、一人じゃそんなのについていけないよ」
「…君からそんな言葉を聞いたのは初めてだ、やっぱり巻き込まれて良かった!」
「いや、良くはないでしょ」
「お二人さーん、やっほ〜」
私のツッコミの後、ひょこっと香さんが姿を現した。昨日までの出来事がなかったかのように、元気そうで何よりだ。
「…渡野先生こんにちは。本日からよろしくお願いします!」
「香さん、よろしくおねがいします」
「中川さんこんにちは。…むぅ、文葉ちゃんはやっほ〜でしょ!もうつんつん!」
「えぇ……」
落ち着きがあるその表情からは考えられない動作だ。テンションが異様なのは間違いないが、そこにはツッコミたくない。……だって可愛いから!
「…あの今日からする…特訓メニューとは、一体何からするんですか?」
中川がおずおずと問う。緊張気味の声とは裏腹に、学ぼうとする姿勢が垣間見えた。
「……そうですね…まずは魔力に慣れる事…ではないでしょうか?私の魔力を少しだけお二人に流し込みます。その状態を普通、と感じることができれば、第一段階はクリアでしょう。では手を…」
「こうですか?」
私と中川は右手を香さんに向かって差し出す。香さんは自分の手を私たちの手の甲にそっと置き、目を瞑る。するとみるみる身体に生命エネルギーが流れてくるのが分かる。気分が良く、高揚感があった。
「はい、これでどうですか?」
香さんは一歩後ろに退いて言う。私たちは初めての感覚に戸惑っていた。
「これ、変化って……」
「見た目に変化はありませんよ、例えば…思い切りその場でジャンプしてみてください」
「…………分かりました!…っうがぁ!?」
「ちょ、大丈夫?」
中川の跳躍によって天井の岩が少し崩れ、砂ぼこりが舞う。
「魔力の感覚がまだ分からないので、そうなるんですよね」
「あはは…でも、すごい身体能力ですね。頭を少しぶつけたぐらいじゃ傷にもならない!これが魔力…」
「確かに、ちょっと身軽になった気がします」
「お二人が呑み込みの早い人だと分かっていました。では次のステップです。とりあえず、魔法を使ってみましょう」
「魔法って…早くないですか?」
「ちなみに先生、何魔法を…??」
心配そうな声色の私を気にもかけずに、中川は少年のように目を輝かせている。
実はこいつ……結構なゲーマーなんだよな。
特にRPGゲーム。
だから、魔法とかファンタジー系が好きなんだろう。
「まずは…無難に火の魔法でしょうか。燃焼の三原則はご存じですよね?」
「知ってはいますが…その知識が何か関係するんですか?」
「いいえ、そうではありません。むしろ逆なんです。物が燃える概念などは考える必要はありません。とにかく手から火を出す…火が出るのが当たり前だと思うことが大事なんです。そう…このように」
「うわぁ!?」
香さんの右手から炎が!?
「…って、ライター並なんですね」
「いやいや!それでもかっこいいじゃないか!?手から火なんて…僕にはまるで魔法に見えるよ………」
「いや魔法だから」
こいつ………ボケたのか?天然か?目を輝かせている以上、ボケてはないか……。
「まぁ、魔法が使えるといってもせいぜいこの程度です。私も魔法に精通しているわけでもないので」
「これって攻撃とかにつかえたりは…」
「しないですね。正直魔法なんて日常で使えるかなー、っていうぐらいです。どちらかというと魔力によって強化された身体能力が重要です」
「デインズに私たちの打撃が通用しますかね」
「うーん、確かに王寺さんの言うとおり、僕たちの身体能力がいくら向上したところで、デインズには通用しない…では一体どんな意図が…」
「大きな力を扱うにはそれに見合った大きな器が必要です。魔力が常に流れている今の状態を、普通の感覚として体が受け入れられれば、中川さんならデインズ相手にも有効打を与えられるほどの能力を、文葉ちゃんなら神晶の力を扱えるようになると思います」
「なるほど…」
「有効打……先は長そうですね」
私が神晶の力を扱うには、まずはこの魔力に慣れろと…。
ということは、どうしても時間がかかる。センスも才能もこれといってない私にとって、険しい道のりになりそうだ。
「あ、そうそう。中川さんにはこれを差し上げます」
「…?どうも…」
香さんが中川に渡したのは一本の剣だった。
剣の類には詳しくはないが、そんな私でも一目見れば分かる。
殺傷能力のある真剣だ。
「それは有効打になるはずですよ」
「これは…夢にまでみた剣!名前はなんていうんですか!?」
「特に決まってないですよ、よければ命名をどうぞ」
「えぇ~、どうしよっかな~」
「……………………これどこから持ってきたんですか?」
中川が浮かれているうちにこそっと香さんに問う。
神晶の力を使えば盗めたり…………なんてね?
香さんの返答は、私の無粋な考えを超えるものだった。
「……私が作りました」
「!?」
「まぁレプリカですね、聖剣エクスカリバーを模したものです」
「えぇ…エクスカリバーってあの………………香さん、一体何者なんですか…」
「よし決めた!この剣は【リゲル】と名付けよう!!」
中川は欣喜雀躍の笑みでそのリゲルとやらを斜め上に掲げた。
「へ~、名前の由来は?」
「ヒントは…僕さ!!!!」
「………なんで問題形式なんだよ。お茶目か」
「さぁ、王寺さん、先生!分かりますか?」
「ふむ………リゲル………星の名前でしょうか」
「ビンゴです!流石先生!」
「…ふふ。…冬のダイヤモンドを形成する恒星の一つですね」
言われてみればその剣は所々星のようにきらめいていた。
私だけがついていけていないこの状況………………。
中川、もしかして結構博識なのか?
「流石香さん、物知りですね」
「ふっふっふっ…先生ですからね。……では中川さんは今後…いえ、今日からそのリゲルを使って、魔力有りの状態で戦闘シミュレーションでもしましょうか。相手はこちら、デデン!剣豪ちゃん一号~」
「どこから出したんですか…」
木刀を二本持ったその機械仕掛けのメイドは、香さんによって電源を入れられると、目が光り、突然木刀を振り回し始めた。
あまりにも急だったもので、私も変な声をあげてしまう。
「ひゃっ!!!???」
「っと!?いきなりですか!!??」
「思い立ったが行動、これが成長の秘訣です、ブイ」
香さんは私に向かってピースしながら説明してくれる。
中川は剣豪ちゃん一号の猛攻に、ただ逃げることしかできず、とてもじゃないが
戦闘とは呼べなかった。
「ひぃぃぃ~、これが特訓一日目だなんて!!ブラックすぎる!!」
「ほら~、木刀ですが気を抜けば大怪我に繋がりますよ~」
「ほどほどに頑張れ~」
「では、文葉ちゃんはこちらを」
「あ、私の…」
香さんから受け取ったピンクの輝きを放つ結晶……【夢の神晶】だ。
そういや香さんに預けてたんだった。
「そういえば、夢の神晶って言っても…能力がよくわかりませんよね。ほら、香さんの【時間の神晶】って、時間に関する能力なんだなって分かるんですけど…」
「…それは…正直私にも分からないんです。神晶について、全ては把握していません。名称から能力を推定できるモノもあるのですが……………………」
神晶のついたネックレスを首に付ける私を一瞥し、香さんは言う。
「夢って…………ぷぷ」
「え、今笑いました?」
「笑ってないですよ」
「夢を馬鹿にしましたよね?」
「さぁさ。その神晶の力を引き出すこと、つまり精神統一が文葉ちゃんの特訓ねっ」
「誤魔化しましたよね?」
「さぁね~」
とりあえず言われた通り、精神を集中させてみる。こういう時は座禅か。
視界を閉ざし、暗闇の中で集中させる。洞穴から差し込んでくる光は微量で、目を閉じればほとんど真っ暗だ。意識を集中………………!!
夢か……………なんだろう。好きな夢を見られる能力…………とか?それはそれで嬉しいけど。
夢…夢…うーん、夢で見たことが現実になる能力………………とかはちょっと怖いな…。
「さ…私も調べものをしないといけませんね」
翌日、中川は走りすぎで全身筋肉痛。私は座禅のし過ぎで今日も足の痺れがとれないままだった。