勇気を出して
私は二人を校舎側へ遠ざけ、デインズと洞穴の入り口で対峙する。身長は二メートルは軽く超え、両腕が異様に長く、目付きも攻撃的だが…見た目に反して知能が高い。そこが最も危険だと私は睨んだ。
「さぁ、神晶を返してもらいますよ…ッ!」
「フンッ、これは私が手に入れた力だぁッッ!!!」
私は自分自身の時間を早めた。奴からすると瞬間移動したかのように見えるだろう。素早くデインズの懐へ潜り込み、神晶を右手首に確認する。
デインズは大きく右手を振りかぶって、そのまま一直線に振り下ろす。土煙が上がるが、もちろん地面を空殴りだ。デインズの攻撃が当たる前に、私は自分自身の時間を戻すことで先ほどの定位置へ戻ってきた。神晶は本物だ。しかし、あの紫の輝きを放つ神晶はどんな能力なのだろうか。私には見当もつかない。
「瞬間移動か、それとも超スピードか?随分と力を扱えてるじゃないか」
「さぁね、私は力の片鱗を見せたに過ぎません。さ、あなたの番ですよ?」
少し挑発をかけてみたが、逆上などはしないようだ。
ポーカーフェイスを崩さぬよう、平常心を保とうとするが、一滴…地面に汗が落ちた。緊張感が私の額に現れ、少々の焦りを覚える。
「…ゆっくり殺してやる」
ゾワァ………ッ!!!!!
低くドスの効いたその声は心底恐ろしかった。私にはその一瞬が命取りになった。デインズは姿を消し、刹那。私の背後にまわっていた。
拳を受け止めようとしたが、ガードの上からだが私はもろに攻撃を受けてしまい、大きく吹き飛ばされた。洞穴を抜け、道路の中央まで吹き飛んだ。
手の感覚がない!痺れ、消えゆく意識の中で私は、なんとか空間の裂け目…時の世界に逃げ込んだ。そして、デインズの前に再び姿を現す。
「貴様、なぜ回復している?ただ怪我が完治しているだけじゃないな…衣服の破れも修復されている………全く見当もつかん能力だ。…ますます手に入れたいッ!」
「……………」
学校と洞穴の境界線として存在する道路。
道路…道路はダメですね…。グラウンドに奴を誘導できれば…ッ。
「来ないのか?なら私から行くぞ!!!!」
「くっ!?ハァ!!!!」
「ぬるいな…ッ!フンッ!!」
「ふっ!!!!???」
奴の攻撃にカウンターをするが、なんなくガードされ、またもや打撃を受けてしまう。しかし、吹き飛ばされる直前に軌道を変更。なんとかグラウンドまで来れた。来れたが………。
正直余裕がない。おそらく奴は神晶の力をまだ使っていない。使えない可能性もあるが…それはないだろう。学習能力が高いからだ。
私の方が神晶を扱えているはずなのに……素のスペックが違いすぎる。
純粋なパワー、スピード、タフさは奴には敵わないだろう。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!????」
「化け物だ!!!!逃げろ!!!!!!!」
「……………ほう…広い場所へでたな…」
部活動で居残りしている生徒が大勢いるが…予測済み…ッ!!
グラウンドの中央なら、生徒たちが独自で非難すれば被害はでないはずだ。
「…人間が多いな…チッ………早く終わらせるぞ…そろそろ本気でいこうか」
その言葉を聞いた瞬間、私はすぐに悟った。
………………………勝てないと。
デインズの発言から思考回路を巡らせ、一瞬で決断した。
これならまだ勝機があるかもしれない……ッ!!
「…ッ限定解放!【タイム・オブ・ゼニス】ッッ!!!!」
時間は1秒だ!たったの1秒、時間を止められるッ!!その隙に時の流れに介入して文葉ちゃんたちの元へ移動。三人で時の空間へ入り、昨日へ移動。それから作戦会議…!!よし!手が空間の端に届いた!あとはそのまま突っ込めばば……………。
「…はッ!!??」
「遅いな、その空間に逃げようとしていたのか。まぁそうはさせないがな」
全力のデインズを甘くみていた。時を止め、時の空間へ入るよりも速く、足首をデインズに握られ、強い痛みを覚えた。握る力はどんどん強くなっていく。
「ぐぁあ!!」
「ひとまず、貴様は始末だ!!フンッッッ!!!」
グラウンドの地面が視界に映る。次の瞬間……。
「一振りで十分だろう、さてと…お前の神晶をもら…」
「待てッ!!」
「…ふみ…は…ちゃ…ん」
文葉ちゃんが校舎から歩いてくるのが見えた。両足を産まれたての小鹿のように震わせているが、その目は私よりも勇ましかった。
「ほ、ほら、神晶は私も持ってんだ。か、香さんのがほ、欲しければ私と勝負してからにしな」
「ははは!お前も神晶保有者なのか!?神晶の気配が一つだったのはそうか…………………お前が力を全く解放できていないからか…。まぁいい、一気に神晶を二個か…嬉しい誤算だな。それに………当然、お前はこいつより弱い…だろう?」
「…ハッ!?…香さん!!!!!!」
私が倒れている姿を見て文葉ちゃんは必死に叫ぶ。そろそろ意識が…終わりそうだ。逃げて…ください…文葉ちゃ………………………。
「くぅ……た、確かに…ち、力の使い方はわからないし、あ、ああ、あんたのことも怖い……けど、私だってアングレカムなんだ!!あんたには負けたくない!」
私の震えは増す一方、デインズは余裕の笑みを浮かべていた。自分よりも強大な存在………………その捕食者のような目は、一瞥するだけでも吸い込まれそうだ…ッ!
「ハハハ、お前は弱いのに………強いな。面白い、こういう人間もいるのか。これも私の脳に刻んでおこう。……まぁ結局は殺すがな」
「……ま、待て〜い!!!い、いい、一回話し合おう!」
「……なんだ…?さっきまでの威勢はどうした」
「この星じゃ暴力が解決に繋がるとは限らない!地球人は…話し合いで解決する生き物なんだ!!と…いうことで……な、なんでそこまでして…神晶を狙う!!………………んですか?」
話し合いで解決できる相手じゃないことはわかっている。
しかし、能力も何もない私には時間を稼ぎしかできない。何かを待つ、奇跡を待つ。私にはそれしかできない。
「地球人は話し合いで解決か……まぁ良い。他には誰もいない、時間稼ぎしようがしまいが同じことだ。のってやろう」
私の手の内はバレていたが、デインズはやれやれと、私の話にのった。
今のうちに助かる方法を…!!あぁ〜!ほんとどうしよう!?
「そうだな……………誕生…私は生まれた時から他の個体とは違った。少しばかり知能が…ものを考える力があったのだ。我々の種族は星のエネルギーを得ることで生きているが、自分たちの星だけじゃエネルギー不足だった。他の星を襲い、エネルギーを吸収するのが我々の生きる術だ。正しいものには褒美を、悪しきものには罰を……私にはその判断ができるため、私が種族のリーダーとなった。…………………しかし事件が起きた。とある日、私は大きなエネルギーを持つ【リペル】という星を発見した。私はすぐに仲間を連れてリペルへ向かったが……神の力を持つ者が突如として現れ、我々と対峙し、我々、デインズに終止符を打ったのだ。先程…コイツが言っていたな。【アングレカムは神の力を保有し続けるものだと】」
デインズの勢いが強まり、拳を握りしめながら怒りを放った!!
「だが奴は違った。神の強大な力を使い、己の正義を我々に押し付け、生きる術を奪った…。どうだ?これが保有者と言えるだろうか?いや違う。戦争がなければ生きていけない狂人そのものだ。地球人なら知っているだろう?弱肉強食という言葉を…ッ。弱いものが負け、強いものが勝つ!それが世の理だ!!私たちがしていたことは理を乱してはいない!むしろ、本来ならありもしない神の力を人間ごときが、己の正義のために使ったことこそが理の背反なんだ!!!!」
「なっ、…………………………………………」
言いたいことは理解したが、後半はもう滅茶苦茶だ!!
デインズを興奮させてしまったことで、凶暴性が増した…!?
「……私たちが理を遂行する!私が宇宙一の生物だ!!私より上の存在はいない!!!頂点に私以外が君臨するだとッ!!??それが許せない、私が一番なのだ!!!!神をも超えようではないか!!!!!」
どうしようどうしよう、めっちゃ怒ってるよ!!!???
ここからどうすれば…!!デインズはゆっくりと私に歩み寄る。それは恐怖そのものだった。
「香さん…ッ」
膝から崩れ落ちた私は、無意識に香さんの助けを求めていた。
「…私の踏み台となってくれたことに感謝しよう。さぁ、理は動き出すッ!!」
私は見逃さなかった、倒れながらも香さんが神晶を握っていたことに。
ビュワッッッ。
デインズに触れられる前に、一瞬で私は香さんの懐に引き寄せられる。
「香さん!!??」
「こ…の子に…ふれるなぁぁ…ッ!」
「人間のくせにまだ生きているのか?存外、しぶといものだ。二人まとめて始末…………!?…なにッッッ!!??」
シュンッッッッッッ。
「フッフッフッ……ンノオォーッホッホッホッホッホッホッホッッッッ!!!!!!」
香さん…じゃない、私でもない。天から火が降り注ぎ、たちまち炎の渦をつくる。それと同時に女性の笑い声?が聞こえた。轟音が鳴り響き、炎の渦から一人…忽然と姿を現す。
「フフフ…あなたがデインズさん、、ですのね?」
「……誰だお前は。それにその………」
「よくぞ聞いてくださいましたわぁ!!!」
デインズの問いかけに待ってましたと言わんばかりに、デインズの発言を遮って彼女は大きく高らかに告げる。
「ワタクシはマシュリタント家、次期当主。ヴェント・マシュリタントですわぁぁ!!オーッホッホッホ!!」
煌めく灯火の如く、綺麗な茜色の縦巻きロールヘア。赤の装飾がメインの豪華絢爛なドレスに身を包み、スラットした体型…出てるところアリ。右手には華やかな装飾が施された、赤と金の混合色の槍を携えていた。
とても戦闘向きではなさそうな服装だが………私は見た。
あの大きく美しい炎を。間違いなく実力者だ。身元不明だが、今は彼女に頼るしかない!!
「悪きものはワタクシが成敗しますわぁ!!さぁ!燃ゆる想いをこの手に!いざ勝負!」
元気溌剌なその姿はまさに燃える炎そのものだ。ヴェントさん…は槍を数回転させた後、デインズに素早く突き刺す。デインズは攻撃を軽々交わした…が、彼女から大きく距離をとっていた。
「な、なんだそのでたらめな力は…」
「でたらめだなんて失礼な!この力はピュアそのもの…………ワタクシの努力の成果ですわぁぁ!!!」
「チッ、化け物め………………ッ!!!!!」
デインズの打撃を数十発程…槍で弾き、ヴェントさんは軽々とデインズを傷付ける。まるで槍が身体の一部かのように、華麗な動きで攻撃する姿は戦乙女だ!それに………………デインズの動きを見ると、焦りがあるように見えた。
「仕方ない…」
「逃げても離れてもワタクシの火は消えませんわよ!!!!ワタクシこそが火種そのものですもの!!!!」
「く、我が意思に応えよ…ッ!」
「あら…?」
デインズは再び距離を取り、神晶を右手に深く握り込んだ。奴の拳の隙間から神晶がぎらぎらと輝く。何かまずい…。そう感じた瞬間…私は倒れている香さんを、抱え込むようにして香さんの身を守る。
「それがあなたの神晶……かしら?」
「…やはりそうか、貴様も神晶を知っているのか?」
「えぇもちろんですわ。神晶の気配がしますもの!」
「…神晶の気配………か。実力者なのは間違いないな。…貴様の神晶も私が貰ってやる…!!!」
「あらあら、これはワタクシの神晶ですのよ、欲張りさんですのね?…まぁ、いいですわよ。あなたがワタクシに勝てれば…………ですけどね」
「ならば見せてやろう!!!ウガアァァァ!!!!」
デインズが咆哮をあげ、両手を勢いよく突き出す。その方向の先は…………私たち!!??
「塵となれぇェェグェェァァ!!!!!」
「…うっ!香さんッッッッ!!!」
ギュインッッッ。
刹那、紫色の光線………エネルギー砲が放たれ、私と香さんに迫る。横たわった香さんギュッと抱きしめた。しかし、自分の死を覚悟するよりも早く、私の視界は真っ赤なドレスに塞がれる。…気づけば私たちの前にヴェントさんが仁王立ちしていた。
「…小手調べ、ですわね……限定解放!【レッド・レギオン】…ですわ!」
二つの輝きに思わず私は目をつむる。
とてつもなく大きなエネルギー同士の衝突なので、相殺する威力もまた絶大。近隣の住人は地震と間違えても問題ないほどの揺れがあっただろう。次第に眩しさが消えていくのが分かり、徐々に目を開ける。………そこにデインズの姿はなかった。…逃げられたのだ。
「……逃げられてしまいましたか…。ささ、怪我人はワタクシに任せてくださいませ」
ヴェントさんが自身の【神晶】を首のネックレスから外し手に取ると、香さんに向かってその手をかざす。香さんの周りに直径二メートルほどの淡い光が現れ、怪我で傷んだ身体を包む。ものの数秒で光は消え、まぶたをゆっくりと上げて香さんが目を覚ました。
「ん…文…葉ちゃん?」
「か、…!香さん!!」
ギュッ。
思わず強く抱きしめてしまった。出会って二日、そんなの関係ない。命の恩人が助かったんだ。喜ばずにはいられない。私の頬を涙が伝う。その涙を香さんがクイッと拭き取ると、あの笑顔で言う。
「…文葉ちゃん、ケガはしていませんか?少し汚れていますよ」
「大丈夫です………それよりも…………怖かったです。香さんやヴェントさんがいないと私………うぅぅぅ………」
「よしよし……。うっ!?……いたた…文葉ちゃん、力が強すぎです…」
「あ!すみません…」
「傷は治しておきましたわよ、それではワタクシはこれで…」
「あ、あの…」
「先程言いましたわよ、ワタクシはヴェント・マシュリタントですわ〜」
ヴェントさんは槍を抱え、手を振りながら校門へ歩いていく。その後ろ姿は獅子を追い払った戦士のようにたくましかった。聞きたいことがまだあるが、また会えるだろう。私はそう確信し、それ以上彼女を呼び止めなかった。
「文葉ちゃん…、ちょっとすみません」
「…?…はい……」
香さんは私のホールドを解くと、自力で立ち上がる。すると、脇を締めて踏ん張る姿勢をとる。
「はぁ……………ふんっ!」
一瞬だが、香さんの身体がガクガクとバグったおもちゃみたいに動く。
「え、え!?今何したんですか?」
「あぁ、私の身体の時間を早めて傷だけではなく、体力も回復させました」
「そんなこともできるんですね…」
「まぁ、集中力がかなり必要なので、戦闘中には使えませんけどね…。しかし、先ほどの短い戦闘の最中、私自身大きく成長できました。限定解放………初めて使用しましたが…中々……。それでいて、文葉ちゃんを守れなくてすみません」
「いえいえ、私も時間稼ぎしかできなくてすみませんでした。せめて力を使えるようにならないと…」
「あの〜、王寺さん、渡野先生…これは一体…」
おずおずと中川が姿を現す。存在を忘れていたのだが、無事でよかった。その後、香さんから事の経緯話してもらった。中川は信用できる人間だ。私の説得の元、彼も仲間に加わってもらった。
「なるほど…僕には想像すらできない世界があったんですね…」
「あなたは知ってしまった以上、またデインズに狙われるかもしれません」
「…ですよね、僕も自分で自分の身を守れるようにならないと…何か戦う術を教えてくれませんか!?」
中川からの一言に香さんは驚いていた。逃げるのではなく戦うのだと彼は言うのだから。その威勢に私も勇気づけられ……。
「…私も力の使い方、教えて欲しいです!」
私だって役に立ちたい。香さんにお願いする二人。香さんは観念したのか口を開く。
「……分かりました、ふふ、元気があって結構ですね」
「「ありがとうございます!」」
「それでは明日から、学校が終わってからあの洞穴で特訓しましょう。デインズの心配はありません。もうあの場所へ戻ってくることはないでしょう。拠点はまた別に作ると思います。では今日はもうゆっくり休んでください」
「分かりました、では僕はこれで!!よぉし頑張るぞぉぉ!!!」
「中川、気をつけてね」
「あぁ、君を守れるくらい強くなるよッ!」
中川は走って行ってしまった。
「…彼、文葉ちゃんに惚れているのでは…?」
「え、いやいや。愛情表現が独特なだけだと思います…」
「ぷぷ、まぁ、明日から特訓…頑張りましょうね」
「お手柔らかにお願いします…」
そういうと、香さんは壊れた建造物を修復し、目撃者以外の証拠を消すことによって、今回のデインズの騒ぎは最低限に抑えられた。