明日
「おーい、朝だぞ〜」
「…うぅ」
初めて聞く目覚ましの音……香さんだ。………ん?か、香さん!?
薄目でベッドの右側を見てみると、確かに香さんがいた。
だけど、なんだか上半身が浮いているような…。
「うぇぇええ!!??」
ドゴンッという鈍い音とともにベッドから落下する。
少しの段差だったが、あまりの驚愕っぷりに大きな音がなったのだ。
香さんは空間の裂け目から、よいしょと私の部屋に足を着いた。
「おっとっと、これは失礼。驚かすつもりはなかったんですけどね、ぷぷ」
「あー!今笑いましたよね、驚かすつもりありましたよね!」
「まぁまぁ、そんなことより学校の支度をしないと、いけないのではありませんか?」
「は、そうだった」
時刻は七時三十分。私は準備が遅いので、みんなより十分は早く準備しないと間に合わない。
香さんに諭され、急いで準備を進める。
「あ、そういえば香さんはどうするんですか?ほら!アニメとかだったら…転校生として…………」
途中で香さんの年齢を思い出す。
「…行けそうじゃないですか?」
私は押し切った。いや、めっちゃ美人だし…見た目だけじゃなくて落ち着いた声も可愛い…。私よりJKなのでは?
「そんなに真剣に見つめないでください。昨日も言いましたが私は二十六歳です、転校生はないでしょう」
やれやれと、香さんは首を横に振る。二十六歳でこの色気…。羨ましい…ッ!!
「なんで泣いてるんですか?」
「…何も聞かないでください…ッ」
悔しさと葛藤が混合し、よく分からない感情が巻き起こる。そうか!これが怒りか!おっぱいがある人にはこの気持ちは分からないだろうよ!!
「ま、まぁ…どういった形であれ、文葉ちゃんの学校にはいられるよう努力します」
「ふ、文葉ちゃん…」
「ん?どうしましたか?」
「い、いえ…げへへ」
「…今日はさっきと違って随分と情緒が不安定ですね」
そうだった。香さんは時の流れに介入して進んできたのか。私からすれば昨日…十時間前でも、香さんからすればさっき…数十分も経たぬ間に移動してきたのだろう。
「昨日は緊張していたもので…本来は、こっちが私です!」
「ふむ、メモメモっと…もう行きましょう、時間が…ほら」
「…五十分!?」
「それでは学校の門の前でまた会いましょう」
時刻を見て焦る私。香さんはというと、またあの裂け目に入ろうとしていた。
汎用性が高い能力だな…。途端に面倒くさがりが発動。学校に行くのにどうしても、自分の足を使いたくなくなってきた。
「…ず、ずる〜い、わ、私もそっちで行きたいで~す……なんて…」
ごねてみた。チラッ…。
「……ふふ、いいですよ…。なんだ、ごねた姿も可愛いじゃないですか」
トゥンクッッッ…。クールすぎます、香さん!
おいでおいでと香さんに招かれるがままに私は裂け目のゆっくりと身体を侵入させていく。
「ナ、ナニコレ…」
「ようこそ、時の世界へ………ッ!」
神秘的……赤、青、緑、黄、紫…他にもたくさん。
それぞれ光を帯びた線は、数十本どころか、数百数千数万…無限と言えるほど空間を流れていた。色は違う、線の太さも違う、存在する高さだって違うが…共通点として、どれも同じ速度…ゆったりした自転車程度の速度で流れていた。
「人々が過ごす、この時間という一つの世界。誰もがそれに気づかず、誰もが一度は感じ、誰もが夢を見る……そんな空間ですね。それを目にできるのは我々だけですが」
「…ひゃぁ~すごい…綺麗……あれも………あれも………あれなんかめっちゃ高いところにありますよ!」
「ふふ、じっくり鑑賞したいのはやまやまなんですが…」
「あ!そうですね、学校に遅れちゃいますね」
「?…いえ、この空間でいくら居ても学校へ遅れることはありませんよ。ただ…」
「ただ………?…ひゃっ!?」
香さんが私の腰に手を回したかと思うと、グッと引き寄せられる。
胸キュン展開に一瞬動揺したが、すぐさまそのドキドキは、別のものに変換された。
「…ただ、この空間に【時間の神晶】の保有者以外が長時間滞在すると、一生閉じ込められます。というよりも身体が耐えきれなくなって、全身バラバラになっちゃ……………」
「…え?ちょ、え、は、早く行きましょうよッ!!!???」
「その言うと思いましたよ。…さぁ、そのまま私に摑まってて下さいね」
「は…い……ひぃぃぃいい!!?」
ジェットコースター!?なんて非にならないこのスピード感!
香さんのおかげか、私たちの周りには青いバリアのようなものが張られていたため、風は感じなかったが、空間の急な移動に私の身体は大きな負荷がかかった。エレベーターのワイヤーが切れたみたいな。そんな疾走感を味わいながら、ものの十秒ほどで学校の門の前に到着し、空間からゆっくり降ろしてもらう。
「ほら、着きましたよ」
「ふぁ…あ、ありがとう…ございます…」
「安全運転だったんですけどね。文葉ちゃんにはまだ早かったか、ふむふむ」
「ふぁ…ふぁい……じゃ…じゃあ、先行ってますね…」
「ふふふ、気を付けて行ってらっしゃい」
フラフラする足に意識を回して歩く。貧弱な身体には刺激が強すぎたんだ。
でも…その刺激が快感…って何考えてるんだ私!私のキャラじゃないぞ!!
ゆっくり歩いても予鈴のチャイムが鳴る頃には、一年一組の教室に着いた。
おはようと数人のクラスメイトに声を掛けられ、挨拶を返していく。
ふっふっふっ。
こう見えても私はクラスでは結構話しかけられるのだっ。
と…悦に浸る私の席に一人の男子がやってきた。
「おはよう、王寺さん!」
「…お、おはよう」
この私よりも王子してる、長身金髪さんは二組の中川直樹。こいつはとにかくなんでもできる人だ。他のクラスの人とは、こいつ以外と話したことはない。
絡んでくれるのは嬉しいが…絡み方が正直うざい。
普通の会話を知らないからだ。
天気…まではいかなくてもいいが、せめてあるだろ。漫画とかゲームみたいな趣味の話。しかし、こいつときたら…。
「今日はどしたん?」
「そうそう!これを見ておくれよ!」
自信満々に見せてくれたのは今日の学校新聞紙だった。
美形のこいつが新聞紙を持ってるとちょっと違和感あるな…。
チラッと新聞紙に目を通すと、衝撃の事実が目に飛び込んできた。
「え、連載終了しちゃうんだ!…この漫画好きだったのに…」
「そ、そっちじゃなくてね…こっちさッ」
中川が指した指の先端には大きな見出しが。
【化け物出現】と。
…と、まぁこんな感じで、一瞬…え?となるような会話を振ってくる。
「…え?…何これ?」
「これは昨日、学校裏で撮られたらしいんだ!ほら、最近この周辺でこの異形の化け物が暴れてる噂があるだろう?人々はこれに怯えている…助けを求めている…。そこで僕は決めたんだ!こいつを退治!または撃退しようってね!」
嫌な予感がする…この手の話になると中川の熱意は倍増。ただでさえ熱いのに。まぁ、そういう所も正直嫌いじゃないから、ある程度のことは付き合ってるが…今回はついていけない。香さんの件があるからだ。少し申し訳ないが、適当に受け流そう。
「ふーん、まぁ中川ならできるんじゃない?頑張ってねー」
「……そうなんだけど…そこでね、一つお願いがあって…王子仲間である君にも手伝って欲しいんだ………」
「なんで急にヒソヒソすんのよ」
恥ずかしいのか中川は小声になる。てか私の嫌がる態度はお前の目に映らないのか。
「今回はほんとパス。ごめんだけど、私も用事があんのよ」
「そ、そうかい?なら僕一人で行くよ、とほほ…」
今までにないぐらいに残念そうな表情を見せるもんで、私は少し罪悪感を抱いてしまった。香さんとの約束もあるのに………。はぁ…なんとかして予定を空けよう…。
「……分かったよ、そんなしらけた顔しないでよ。……私の用事が済んだら手伝ってあげるよ」
「本当かい!?やっぱり君だけだ!!王子を目指すもの同士、いや、同志よ!ともに化け物退治だ!!!」
「あー、じゃあまた連絡するわ」
「了解です!王子ッ!」
「それやめい」
「下調べはやっておくね!!!それじゃあまた!!!!」
中川との会話はいつも私の席で行われる。私は一組、中川は二組で違うクラスなのに、一日一回はこうして会いに来るのだ。不本意だが、恋愛的な意味で付き合ってるんじゃないかという噂もあるらしい。
「あれ、二組の中川、また会いに来てたの?お熱いね~お二人さん!」
「いや、そういうんじゃないよ…」
「でも中川君が、他の女の子とは違う接し方をするのって王寺さんだけらしいよ?」
「…多分違う意味だと思う」
なんだかんだ中川はモテる。女性には紳士的に…それがモットーらしい。
なので、あいつの周りにはいつも女がいる……そう、ハーレム野郎だ。
…ということもあり、私はあいつから少し特別扱いされているみたいなので、周りの女子からの目が気にならないこともないが…幸い、恨みや嫉みを聞いたことがないのが救いだ。実際、クラスの女子は皆優しい。私は二人のクラスメイトの恋バナになりそうな、前振りを華麗に躱す。そこで一限目のチャイムが校内に響く。
「チャイム鳴ったぞー、座ってー」
一限目は化学の授業だ。
化学の先生が入室し、生徒に座るよう促す。
「今日は新しい化学の先生を紹介する。どうぞー」
…ん?私は香さんの言葉を思い出す。どういった形であれ……と言っていたがまさか…。しかし予想は的中。入室してきたのは、黒艶のあるショートボブに、白衣でその身を包んでいてもわかるナイスバディィ……。あのキリッとしたお目目さんは…。
「おはようございます、渡野香です。今日から化学の授業をたま〜に、担当させていただきます。何かとご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いしますね」
「そういうことだ。今言った通り、基本的には私が化学の授業を。難易度が少し高い化学の授業は渡野先生にお願いします」
「…うふふ」
「ま、まじか………」
香さんは私の可笑しくなっているであろう、顔を見ると、クスクスと笑う。教師って、そんなすぐになれるものなの!?
「改めて皆さん、よろしくお願いしますね」
「うわぁ…可愛い」
「スタイルすごくいいなぁ」
「渡野先生…俺、タイプかも」
ヤジが飛び交う中、渡野先生は微笑んでいた。それは私の反応見て、笑っているということを皆は知らなかった。
一緒に帰ることになっていたので、私は廊下に併設されているベンチの上に座って待っていた。すると、コツコツと歩く音が近づいてくるのが聞こえる。
「文葉ちゃ~ん」
「かお…渡野先生」
「ふふ、香でいいですよ…文葉ちゃんは特別です…!」
「じゃ、じゃあ香さん…今日はこのまま帰宅して私の家で作戦会議…でいいんですよね?」
「そうですね、文葉ちゃんの慎重さを見習って私も計画をもっと練ろうかと」
「分かりました、それじゃあ帰りましょっか!」
デインズという生命体の謎や、神晶の力などなど、
昨日、香さんに聞けなかったことがまだまだあるので、
作戦会議という名目で、今日は色々教わろうとしていた。
「…そういえば、まさか教師とは思いませんでしたよ…」
「あら、そうですか?あの時の文葉ちゃんの顔ときたら…うふふ、ドッキリ大成功〜」
香さんはブイブイとピースしながら私にその身を寄せてくる。
くっっ!!!可愛いぃ!!あざとい!!!!!!!!!
無駄に長い廊下を歩き終え、校舎をでる。
「あ、こっちで送っていきましょうか?時間短縮に」
香さんは指をパチンッと鳴らすと、空間に例の亀裂が入る。
「い、いえ!もうあれには懲りたので、帰りは歩きましょうよ」
「ぷぷ、からかってみただけですよ。可愛い〜…えーい」
「や、やめてください、ほっぺをツンツンしないでください、てかキャラ崩壊してますって!!」
可愛いが爆発していないか!?いくら相手が女性でも身が持たない!!!!
「あ、王寺さん!」
「お……中川?」
「…そちらのレディーは…渡野先生でしたか?」
「どうも中川さん、気をつけて帰宅してくださいね」
「はい、ありがとうございます!…王寺さんまたよろしくね…!じゃあ失礼します!!」
中川は一瞬、私に目線を送り、その場を後にした。
「彼と付き合ってるんですか?」
「…いや、そうじゃないんですけど…彼は王子様に強い憧れがあるそうなんです。それで、私の苗字が王寺なので…なんだか気に入られちゃって。毎日毎日会いに来て。……今朝も約束しちゃったし」
「約束?」
「最近、ここの学校周辺で化け物が出るらしんです。それを今日退治しに行こうって。まぁ、香さんのこともあったので、また今度ねって受け流しましたが」
新聞に載っていたモノを香さんに見せながら説明する。すると香さんは歩く足をカツンッと止めた。
「………彼、帰る方向はあっちなんですか?」
「あ、そういや下調べに行くって言ってたような…?たまに一緒に帰ってるんで、あいつの家はあっちと反対方向…ですね」
「……すぐに彼に連絡をしてください…早くッ!!」
「っ!?……ど、どうしたんですか香さん…?れ、連絡ですね…分かりました」
香さんが今日一の声量で放った言葉…それは、どこか焦っているようにもみえた。中川に電話を繋げる間に香さんに事情を聞いてみた。
「…あいつ電話かけたらすぐでるのに…中々繋がりませんね…。香さん一体何があったんですか…?化け物って言っても、胡散臭いですし、学校新聞なんて、正直あてになりませんよ」
「…このままでは彼の命が危険です。これ……見てください。この写真に映る大きな影…化け物は……デマでも、CGでもなんでもありません」
「…な、なんで分かるんですか??」
香さんは何かに怯えているかのような震えた声で話す。その空気感から私にも、何かまずいことになっているのではないかと、危険信号が伝わってきた。
そして、絞り切ったような声で…。
「これは…この影は、デインズです…ッ!」