神晶の回収
「父さん。現在、四つの神晶がこの周辺にあることは確認済みよ」
「ふむ、その中に【時間の神晶】はあるのか?」
「えぇ、渡野香…という女が所持しているそうな」
「…そろそろ顔を出してもよかろう。我々、神高会が表に出る時が来た」
私は、神晶保有者がいると言う【桜花高校】へ向かった。
確か王寺文葉と渡野香……この二人がいるはず。十五時十五分。この時刻は特訓場で特訓しているはず。例の洞穴はここかしら…?
「…いたわ……二人と……彼は誰かしら…」
私の記憶にない、長身で金髪の男性がいた。制服からするに桜花高校の生徒だろう。
「神晶保有者じゃ……なさそうだけど………戦力としてはどうなのかしら?」
「お邪魔しますわぁ〜!!」
「………来たわね…!」
そこへ、私が探していた三人目の神晶保有者が現れた。彼女はヴェント・マシュリタント。我々同様、異世界から来た刺客……ッ!!!
「あ、ヴェンちゃん」
「こちら、みたらし団子の差し入れですわぁ〜!!」
「後でいただきますね」
今日の計画はこうだ。時間の神晶を最優先に狙う…ッ!それだけ。
服装…オッケー!髪型…オッケー!!心……まぁオッケー!!!
生徒達がいない隙に、洞穴へ一直線に歩く。
渡野香…彼女と真っ先に視線がぶつかった。
「おや…どちら様ですか?」
「…初めまして。私、この周辺に住んでいるものですが…最近、この洞穴に人がいると聞きまして…。ここら辺は何かと危険ですから、一つ安全確認をと思いまして」
「なるほど……見回りご苦労様です。私は桜花高校の教師をやっているものでして、安全面には気を遣っていますので、心配なさらないでください」
「先生でしたか…なら安心ですね。では私はこれで失礼します」
って…………………追い返されちゃった……!?
………とりあえずコンタクトは取れた。今日はこれでいい。少しずつ確実に、隙を作るのよ。
帰るフリをして私は、洞穴の入り口付近に身を潜める。
「あの人…怪しいですわね」
「ヴェンちゃんもそう思いますか」
「え、良い人そうに見えましたけど…」
「さっきからワタクシたちの様子を伺っていたことから…おそらく、彼女はワタクシたちに、何か企みを持って近づこうとしていますわ」
さっきから耳を澄ませていれば…全部バレてるーーーーー!!??
なんでなんで!?私完璧だったじゃない!!??
「………うぅぅ……………もうーー!!なんでよぉぉーーー!!」
悔しさと悲しさが一気に込み上げ、私はその場を全力で去った。
「もしかして…私たちと仲良くなりたいのでしょうか?」
「そうかもしれませんわ、それに彼女…異世界人ですし…」
「え、異世界から来た人なんですか?」
「魔力を持っていました。それは私も感じました……が、なぜこんな距離の詰め方をするのでしょうか?」
「仲良くしたいなら、そう言ってくださればいいのに…」
しばらく走ったせいで疲れて歩いていると、小さな公園が視界に入る。綺麗なベンチが置かれていたので、休憩がてら…ゆっくり腰を下ろした。ここの公園は人通りが少なく、周りの木々がいい具合に、心を落ち着かせてくれる。
「はぁ…父さんになんて言えば良いんだろ……」
二十五歳にもなって未だに私は、父さんの期待に応えられたことがない。いつもいつも…最終的に父さんが解決してくれる。あの時だって……あの時だって………ッ!私はやっぱりダメな人間なんだ………。
「……響子」
「と、父さん!?」
顔を上げるとそこには、ゲートの魔法を使った形跡と、父さんの姿があった。
「こ、この時間はいつもなら…家でパソコンを触っているはずなのに…!」
「人を無職みたいに言うな」
父さんは私の隣に座る。相変わらず厳格な雰囲気を醸し出している父さんだが、この時は何を言いたいのかすぐ理解できた。
「……失敗したか」
「………う、うん」
「…………まぁ、良い。私がなんとかしよう…お前は家に帰ってゆっくりしてなさい」
父さんは全て分かっていた。まただ…。また父さんに任せっきり。
このままじゃダメなことは私も重々承知している。私の中でネガティブな思考と同時にとある感情が湧き上がる。何としても今回の重要な任務…!私がやり遂げたい!!!
「と、父さん…私…まだやれるわ!」
「いや、無理する必要はない。娘の失敗は親の失敗だ」
「でも!!…………………」
「………………なんだ」
「私…今まで父さんの言うこと、上手くできたことないでしょ…?」
「…………」
父さんはいつにもなく真剣に、切実に私の話を聞いてくれた。
「できないことが一つ増えるたびに…私は責任を感じていたの…。今まで、最終的に父さんが解決してくれてたけど…今回は違う。神晶の重要性は私にも分かってるし…それに父さんは力が…日に日に衰えてる」
「…それは」
「分かってるんだよ…だからこそ私が強くならないと…私が父さんを超えて…守れるようにならないと…」
「…………そうか…しかし責任感を感じることはない。できないことが増えていくのは当たり前だ。それに、できないことが一つ増えるたびに私は、こう感じてる……………楽しみだと…」
「………楽しみ?」
すると、あの父さんからまさかの笑みがこぼれる。
幼い頃、思い出話を聞かせてくれた時のあの顔だ。
「あぁそうだ。できないことができるようになる……これほど生を実感できる試練はない。そう、試練なのだ。小さなことでもいい。それを一つ、また一つと乗り越えるたびに強くなる。それが人間だ」
「で、でも父さんも落ち込む時だってあるでしょ…?」
「ない…と言えば嘘になる。悲しみや悔しさをグッと堪える日もある。怒り、恨みをぶつける日もある。だが、それらを経験して分かったことがある……………グッと堪えた日と怒りをぶつけた日……その数が今の私の原動力だ。苦い経験が…そのうち強さとなって現れるのだ」
父さんはスッと立ち上がる。その後ろ姿は、とても大きく感じた。これが成功者……実力者の背中なんだと。
「強くなったな、良いだろう。後二回、チャンスをやろう。それでできなければ、私がかたをつける」
「…ありがとう、父さん……今夜はカレー作るね!」
「……あぁ、楽しみにしている」
そう言うと父さんは魔法で空間を歪め、暗黒の空間へ歩みを進め、ゲートによって、姿を消した。
「…二回か……まずは交渉で…それが失敗すれば…ラスト一回。…それは……力づくで行くしか…」
時間なんてない。一度失敗した交渉をもう一度試みるのはあまり賢い選択ではないかもしれないが、実力行使となると奴らに分がある。
「あれ、あの子は……」
公園の前を通ったのは、神晶保有者である王寺文葉だった。私はこのチャンスを逃すまいと彼女に向かって一直線に足を早めた。息を整えて、偶然を装って、自然に、私は公園を出る。
「あれ、さっきの…」
「あら、生徒さん…かしら?」
「先程はお気遣いありがとうございました。えーっと…」
「橘響子よ。あなたは?」
「王寺文葉っていいます。よろしくお願いします」
「王寺さんね…ここで会えたのも何かの縁だし、少しお話でもどうかしら?」
でた!私渾身のお誘い!!!自然!!ちょー自然よ!響子!!
お願いお願いお願い!!!この誘いを断らないで!!
全力の心の声とは別に、無表情を装う。
「いいですよ、ここら辺にコーヒーが美味しいお店あるので…そこでどうですか?」
「あ、あら…お気遣いどうもありがとう」
「いえいえ…それにしても響子さん…その初対面で失礼なんですけど、その…大きいですよね…」
「えぇ……って、え??」
王寺さんは私の身体………特に胸を凝視して言う。
いやほんと初対面で何言ってるの!!??
「え!?そ、そうなの…?」
「はい、とても大きいですね。上着越しでも分かります…。私の目は騙せませんよ………すみません、私…大きな胸にはとっっっても強い憧れがあるので…」
「そ、そうですか?」
「じーーーー…………」
「……触ってみる?」
っっっって!!何言ってるの私ぃぃぃ!!!???
え、もうこの子興味津々じゃない!!??
「え、いいんですか!!では…」
早い早い早い早い!!!まだ心の準備が………………!?
わしゃわしゃと動かすその指が私の胸にめり込む。優しく、じっくり味わうように私の胸を揉む。
「ふーん…こんな感じですか…もみもみ…」
「こ、こんな感じよ…」
「決めました!!私、響子さんとは上手くやっていけると思うんです!!!」
「は、はい!!??」
え、私…神晶保有者と仲良くなれるチャンス!?けど…チャンスを作ったのが私のおっぱいって!!??
「響子さん末長くよろしくお願いします…!」
「こ、こちらこそ…」
「あ、響子さんここですここ!」
王寺さんがノリノリで紹介してくれた場所………外見は普通の喫茶店だった。
さ、ここからが本番…ッ。仲良く、仲良くね…。
「へぇ…いいお店ね」
「でしょ〜、響子さんここに座ってください」
「あ、ありがと…」
王寺さんは私のために椅子を引いてくれ、エスコートしてくれる。
「響子さん上着預かりますね」
「あぁ、ありがと……」
王寺さんは私の上着を軽々と持ち上げ、椅子に掛けてくれる。
「響子さん、こちらメニューです」
「あぁ……」
なんなのこの子!?か、カッコいい……。
ふと我に返り、メニューに目を通す。
「じゃあ、このアイスコーヒーにしようかな…王寺さんはどうす…る?」
「えへへ……」
視線を前へやると、そこにはニヤけた王寺さんの顔が。
な、なんでこんなにニヤニヤしてるの…??
「ど、どうしたの??」
「いやぁ…綺麗な人だなって…」
「も、もう!そんなに歳上をからかわないで……!」
「いえいえ、事実ですよ。響子さんスタイルいいし、髪もサラサラで綺麗ですし、あ!目の色も綺麗な茶色なんですね……」
「ち、近い……………ッ!」
恥ずかしさのあまり、私は顔を隠してしまう。自分でも体温が上がっているのが分かるくらい赤面しているだろう。え、何…私歳下に口説かれてる…?それも女の子にぃ…!?
「あはは、ごめんなさい。コーヒー頼みましょっか。すみませーん」
「はーい、ご注文はどうしますか?」
「アイスコーヒー二つでお願いします」
「かしこまりました〜」
店員さんはスタスタと席を離れる。すると、王寺さんは真剣な面持ちで…。
「…響子さん、ここの人じゃないでしょ」
「…!!!!!!」
時が止まった。あまりにも緊張感が薄れていたので、ガードが崩れたのか。
どう返そう…。早く返事しなきゃ…。私が悩んでいると、王寺さんが口を開いた。
「え、あぁ!変な意味じゃないですよ、ただ…さっき、友達があなたを見て異世界人だと言っていたので…」
「…………」
だめだ。何か言わなきゃいけないのに…。沈黙が私を追い詰める。チャンスのカウントが減りそうになっている。
まずい……まずいまずい…!!もう、実力行使しか……!
「別に響子さんを悪い人だと思ってませんよ。私こう見えて、フレンドリーなんで!」
「…………え?……ほ、ほんと…?」
「嘘は言いませんよ。ただ一つお願いがあって…」
ハッと、さっきのことを思い出した。私は自身の胸を両腕で隠す。
「…お願い?……ま、まさかまたおっぱ」
「違いますよ!!もう…えっちですみませんでしたよ!!……コホンッ、それで…響子さん、魔法って使えますか?」
「まぁ、少しなら…」
「やったぁぁ!!」
王寺さんはガッツポーズを決め、私の手を握ってきた。その手は温もりに満ちていた。私はこの温もりを知っている……これは、父さんと同じ温もりだった。
「私に魔法を教えてください…!!」
「…それは構わないけど……こっちの世界の人は魔力がないんじゃ…」
地球に来てからはや二年。この世界では魔力が溢れていないことは、既に把握済み。子どもも知っている常識だ。
「大丈夫です!異世界の、その友達に魔力を流してもらってるので、一時的ですが魔力が身体に巡っているんです」
「…そ、そういうね。なら……後日、ここで待ち合わせでもいいかしら…?」
「お願いします!連絡先交換しても良いですか?」
「連絡先…?あぁ、スマホね」
私は初期設定を済ませただけのスマホを取り出し、王寺さんに渡す。
「え、あれ?初期設定が終わった後の画面じゃないですか、とりあえず連絡先だけでも登録しておきますねー」
「え、えぇ……」
王寺さんは慣れた手つきで連絡先登録をする。カウント減少は…回避された…?仲良くなる目的は達成された…のかな?
「じゃあこれからよろしくお願いしますね、響子さんっ」
「よろしくお願いします…」
「こちらアイスコーヒーです…ごゆっくり〜」
「コーヒーきましたよ響子さん!ささ、ぜひ!」
「うん…………あ、美味しいです」
「でしょ!誘ってよかった…!!」
失敗して失敗して…こんなよそ者の私に優しくしてくれて…。王寺文葉さん…彼女とは仲良くやっていけそう…。
王寺さんの顔を見つめる。不意に目がってしまい、無意識に視線を逸らしてしまう。王寺さんを見ていると、なんだかドキドキする……。それに胸が熱い……。私ったらどうしちゃったのぉぉ!!??