神のお買い物
「もうすぐ待ち合わせ時間か…」
「おーい中川ー」
駅前で佇む僕を呼ぶ声。
声がした方向を見ると、二人の可憐な女性の姿があった。
「すみません、時間ギリギリでしたね」
この女性は渡野先生。普段、学校では白衣を着こなしているが、今日は大人の女性…そういった表現がぴったりの服装だ。派手過ぎずおしとやかな…美しい。
「いえ、僕も今来たばかりです!それにしても、王寺さんが誘ってくれるなんて珍しいよね」
「珍しいっていうか初めて誘うけどね」
「あはは、そう言われてみれば…そうだね」
こちらの女性は王寺文葉さん。僕にとってライバルであり、友人だ。彼女もまた、落ち着いた服装で女の子の雰囲気を漂わせていた。王寺さんは美しいよりも、愛らしい、という言葉が似合うだろう。
「え、なに…?」
「ん?あぁ、いや。二人の私服姿は新鮮だなって」
「いや、テスト勉強するときに見たでしょ」
「そうなんだけどね…。女性には褒めるが吉、だろう?」
「中川さんは紳士的ですね」
「いえいえ、日本男児たるもの女性には紳士的に…それが僕のモットーです!」
「皆さんお待たせしましたわぁ~!!」
「あ、ヴェンちゃん!!」
王寺さんが一番に反応する。オーラ…存在感が溢れ出る彼女は、ヴェント・マシュリタントさん。異世界からやってきた美少女だ。品がある振る舞いや、着こなしだって完璧と言えるだろう。夕映えを彷彿とさせる赤い髪色に、炎ごとく煌めく赤い瞳が僕の胸を打つ。
「ヴェ!?そ、そうですわね…ワタクシ、ヴェンちゃんですものね…!」
「ヴェンちゃんも忙しいところ、今日は付き合っていただいてありがとうございます。それにしても
…今日もそのドレスなのですね……」
「あら、ワタクシ、このドレスを何着か所有していますので、今日ももちろん、正装ですわぁ!さぁ、早速ショッピング致しましょ!!」
よく考えれば、この状況。とても羨ましがられるのでは?こんなに美しい女性たちと朗らかな時を過ごせるのだから。そんな幸せな時間が壊れぬよう、彼女たちを守ることが僕の務めだ…!!何を隠そう、中川直樹、人生初のお出かけのお誘い…ッ!今日は大型のショッピングモールへ行くらしい。
「わぁ、この世界のお洋服屋さんって、内装もとっても綺麗ですわね!」
「さすがヴェンちゃん、目の付け所がいいですね!」
「そ、そうかしら!?」
「さぁさぁ、まずはこのお店から入りましょうっ」
ショッピングモール内にある洋服屋に入店。
渡野先生がいつにも増してテンションが高い。
普段は白衣しか着ていない分、洋服に興味があるのだろうか。
「文葉ちゃん、こういうのはどうですか?」
「…可愛いですけど、ちょっと大胆じゃないですか??」
「そうですか…ならもうちょっと露出度を増やしますか…」
「え、なんで!???」
前から思っていたが、渡野先生と王寺さんはかなり仲が良い。生徒と教師の垣根を超えた何かがあるのだろうか。
「中川さん中川さん」
皆んなを見守る僕に、先生が、興味津々な声色で話しかけてきた。
「どうされましたか?」
「中川さんはどういうのが好みなんですか?」
「それは……」
究極の選択…ッ!先生に対して、いや!レディーに対して失礼のないように…ッ!!
僕の思考回路はこの瞬間、いつもよりも何倍と働いた。
僕はキメ顔で先生に告げる。
「……今日の…今、先生が着ているような服は好みです」
「やーん、えっちー」
「な!なぜですか!!??」
「嘘です。そうなんですね、教師として、生徒の意見を聞いておこうかと」
「じょ、冗談なんですね…」
僕の最適解を軽くからかい、先生は再び物色する。
「文葉さん、こちらのお洋服はどうかしら??」
「わ、私?」
ヴェンちゃんは、それはもう年相応のはしゃぎっぷりだった。
王寺さんはヴェンちゃんの輝く眼差しに応えるために、僕同様、必死に思考回路を巡らせているようだった。
「えーと…その服でも十分魅力的だけど、ヴェンちゃんはもう少し明るめの服のほうが魅力が引き出される…はずッッッ!!」
「そ、そうかしら。参考にしてみますわ!」
王寺さんはヴェンちゃんに熱意を伝えると、僕と視線が合った。
するとテクテクとこちらに歩いてきた。
「ねぇねぇ、中川はどういうのが好みなの?」
「僕はそうだなぁ、」
ふ、対策済みさ、と言わんばかりのキメ顔で告げた。
「王寺さんが今日着てる服みたいなのが好きかな」
「…え、なに。あんた、口説いてるの?」
「な、なんでそうなるのさ…」
僕の戦法って、女性はあまり嬉しくないのかな…。
そこからというものの、何着か試着ショーが始まった。
王寺さんは、持ち前のスラっとしたスタイル…165cmある身長を活かしたジーンズのファッションだ。
「素敵だね、何かテーマとかあるのかい?」
「最近流行ってる服」
聞かないほうが良かったかな…。服については無頓着だと前々から聞いていたが………。まぁ魅力的なのは事実だ。
続いては渡野先生。黒く艶やかな髪に色合いが似ている、暗めの肩あきのトップス、デニムのショートパンツだ。教師にあまりこういう感情を抱くのはよくないかもしれないが、色気が溢れ出ていた。透き通るほど綺麗な肌が、大胆にも肩、太ももとその姿を露わにしていた。それに…引き締まった腰とは裏腹に、出ているところは出てるというか…やめよう。
「こういうの着てみたかったんです…!」
「お似合いです。街で見かけたら二度見しちゃいますね」
「うふふ、中川さん褒め上手ですね」
続いてのモデルはヴェンちゃん。
「ど、どうかしら……?」
普段はザ・お嬢様風の赤の装飾がメインのドレスを着ているのだが、今回は…!?
「ッハ!!!???立体感ある素材が魅力のフレアスカート!さり気ない透け感が色っぽい白のトップス!!極めつけはヒール!!!とことん可愛いを詰め込んでいる!!この破壊力!!!ぐはぁ!?」
王寺さんのキャラ崩壊とも言える饒舌な解説が入った。
「ふ、文葉さん!か、解説はやめてくださいまし!?」
「ヴェンちゃん…ドレス以外も中々…」
「僕も良いと思いますよ。上品で素敵です」
「…文葉さんに言われた通り、明るめにしてみたのですけど…」
「ヴェンちゃん…今日も最高に可愛いよ…ッ」
「ひゃ!…ひゃい……」
王寺さんがヴェンちゃんの顎をクイッと斜めに上げると、ボソッと囁く。
そのウィスパーボイスにヴェンちゃんの顔はそれはもう…乙女の顔だった。
「お買い上げありがとうございましたー」
「中川、ほんとに何も買わなくて良かったの?」
「大丈夫だよ、それに…僕にピッタリの服なんて、そうそうないよ」
「あんた、ナルシストだよね」
「それほどでも…ッ」
次に訪れたのはフードコートだ。
どうやらここは王寺さんが来たかった場所らしい。
「お~、美味しそ~~」
「文葉ちゃん、パフェ好きなんですね」
「スイーツと女の子には目がありませんから…!」
「後者は誇らなくてもいいと思うけど…」
ま、まさか王寺さん…女の子が好きなのか??いや、それを咎めるつもりはないが。
「ぱ、ぱふぇ?こちら、華やかな食べ物ですわね」
「パフェはフランス…という国から来ており、完璧という意味のパーフェクトが名前の由来ですね。完璧なデザートというだけあって、アイスクリームやフルーツ、ケーキにゼリー、シリアルやチョコレート、はたまた生クリームまでトッピングされているのが一般的なのだとか」
「香さん、詳しいのですね。ワタクシの世界にはなかった代物ですし…なんといってもパーフェクトと呼ばれるスイーツ…いざ勝負ですわ!!!」
ヴェンちゃんは恐る恐る一口。ゆっくりと口の中でその甘さを味わっている。
「…美味しいですわ……生クリームの上品な甘さに、ビターチョコの苦み……ッ!シリアルのカリカリ触感がたまりませんわぁ~!!」
「ふふ、美味しそうに食べますね。中川さん、私たちもいただきましょうか」
「そうですね!いただきます!!」
「ふぅ…美味しかった……ふぅ~」
「え、王寺さん早くない??」
王寺さんの食べていたパフェのグラスは、カランッというスプーンの音を立てて置かれていた。
「余は満足じょい~」
「キャラがおかしいよ王寺さん…」
お昼を軽く済ませ、次の目的地へと向かう。