勉強は嫌い
「あ~、もうやだー」
「ほら、もうすぐでワーク終わるじゃないですか」
「僕はもう終わったよ」
日曜日の昼下がり。勉強机に向かう三人。私は数学のワークを、香さんは私の勉強の面倒を、中川は自分の提出ワークを既に終わらせ、本を読んでいた。
「数学ってぇ~将来使わなくないですかぁ~?」
「そんなこと言っても、勉強はしないといけないよ……?」
「お前はできる側だから、何も苦に感じないんだろうが!!」
ちっ、勉強できるやつはこれだから…。これでも中学の頃に比べたら勉強するようになったんだぞ。私の想いは届かず、その後もみっちり二時間勉強させられるのであった。
「お邪魔しますわぁ~」
「あら、ヴェントさんこんにちは」
「こんにちは香さん。あら、…お勉強中でしたの??」
「嫌々、ですけどね」
「こーら。文句言わないの~」
「いたたたたぁ!!??」
勉強机に突っ伏している私の頬を香さんが優しくつねる。中川がまぁまぁと香さんを止めてくれたおかげで、お仕置きはすぐに済んだ。
「ワタクシが勉強を教えて差し上げてもよろしいのですわよ!!」
「あぁ~〜お願いします!香さん正直怖いです……」
「むぅ~、そもそもヴェンちゃんは勉強できるんですか~??」
「ヴェ、ヴェヴェ、ヴェンちゃん!?」
香さんの愛称呼びにヴェントさんが戸惑う。頬を赤らめているその姿はまさに、可憐な少女そのものだ。
「え…ヴェントさんってなんだか呼びづらくありませんか?愛称呼びのほうが関係性も深まるかなと思いまして…もしかして嫌でしたか?」
「い、いえ!嫌というわけではありませんが…その……恥ずかしいですわ……」
「良いじゃないですか、ヴェンちゃん!ひゅ~そんな可愛いヴェンちゃんに私は勉強教えてもらいたいな~」
「文葉ちゃんも随分と乗り気ですね。ほら中川さんも」
「え、ぼ、僕もですか?…じゃあヴェ、ヴェンちゃん、よろしくお願いしますね…」
「……ッッッ!!!そんな皆して…うぅぅ……」
ヴェンちゃんは頭を抱え、座り込んでしまう。ドレスがファサッと揺れたもんだから…ね?良い匂いがほら、これだめだこの匂いだめだよ………っは、わ、私は変態じゃないぞ!!!
「まぁ、座ってくださいよ!お茶も用意しますね〜」
「お、お気遣いどうもですわ…それにしてもこれは…数学?数字のお勉強ですの?」
「そうですね、ヴェンちゃんも僕のワークやってみますか?僕はテスト前日にワークの本誌を埋めるタイプなのでまだ白紙ですよ」
「あ、ありがとうございますわ…ほうほう、最初に計算方法が載っているのですね……ここをこうして……」
「あれ、ヴェンちゃん結構できてますね…」
「計算方法さえ教えていただければ、あとはなんら難しいことはないですわぁ!」
「お邪魔しま~す。ってヴェンちゃんもワークやってるの??」
私がお茶を運んでくると、ヴェンちゃんが黙々と数学のワークを進めていた。異世界を彷彿とさせる衣装を身にまとったヴェンちゃんが、私の質素な部屋で勉強机に向かうその姿は合成画像と勘違いしてしまうほど違和感があった。
「あぁ、しかも全部あってるんだ。流石だね」
「って、これ中川のじゃないの?あんた…楽しようとしてない?」
「まぁ、僕はすでに一回、ワークを通ってるから…答えを覚えてるんだねこれが」
「ちっ…」
「あ、いま舌打ちした?」
「はいはい~、文葉ちゃんは自分のしましょうね~」
後十ページもある…。この紙切れに私は弄ばれてるのだろうか。憎いぜ数字ッ…三十分でカタをつけるぞッ!
「結局一時間…か……ガクッ、」
「王寺さん、おめでとう。やっと終わったね」
「えぇ、ほんと頑張った…」
「お疲れ様です、それではそろそろ帰る支度を…あら?」
「すー…すー…」
私よりも範囲が広いはずのヴェンちゃんは、先に中川の数学を終わらせ、ぐっすりしていた。寝ちゃってるよ…可愛いなぁ…まるで赤ちゃ…。
「って改めて見ると中々…」
机に突っ伏して寝ているヴェンちゃん。その華奢な身体に似合わない、程よく大きな胸。切れ長の目に、ぷるんとした唇。聖母のような寝顔につい見惚れてしまった。
「ん…んん、ダメですわ…むにゃ……」
「やっぱりスタイルいいですね…」
「香さんだって…おっきいじゃないですか…私だけ何でこんな手の平サイズ…」
「ふふふ、成長の余地ありですね。それはそうと……ヴェンちゃ〜ん…帰る時間ですよ~…。起きませんね………起きないと…触っちゃうぞ〜…きゃっ!?」
香さんがヴェンちゃんにイタズラしようと身を寄せる。ほっぺをツンツンしようとした刹那。香さんがヴェンちゃんに捕まってしまった!
「寝相、悪すぎでは…………!?」
「なんてパワーだ!中川!あんたみちゃダメだよ!」
「え!?あ!はい!!!」
中川は背を向ける。ここからはムフフな時間になりそうだったからだ。案の定、ヴェンちゃんと香さんは身体を重ね合わせて…。落ち着いていた香さんも徐々に焦りだした。
「ちょ、ちょっとヴェンちゃん!?そこはだめで…あっ……」
「あたたかい…ですわぁ……ぐへへ…」
「どんな夢見てるんです…きゃっ…!?」
ジーーーー。
ふぁっ、いかんいかん。つい凝視しちゃった。
香さんの身体を、寝転びながらも、背後から弄るヴェンちゃん。な、なんか手つきがいやらしいな…。
「文葉ちゃんもずっと見てないで助けてください!!」
「え、香さんの自業自得ですし〜?もうちょっとそのままでもいいんじゃないかな〜って?」
「よ、よくありません!!怪我させないような力加減じゃヴェンちゃんの力に勝てないんです!!早く揺さぶって起こして……はふんっ!」
や、やべぇ。香さんが…あの香さんがこんな淫らで色っぽい声を……。
ハッ。大人の色香に惑わされてはだめだ!流石にここからは見過ごせないと感じ、優しくヴェンちゃんに手を指し伸ばした。
「…ちょっとちょっと、ヴェンちゃ〜ん!起きて〜!!」
「ふぁ……おはようございますわぁ…っ!?」
「やっと起きましたね…………その……手をどかしてほしいのですが…」
「す、すすす、すみませんッ!ワタクシったらなんてことを…!!!」
今日で二回目の赤面だ。ヴェンちゃんの怪力ホールドから解放されると、香さんはよいしょとその場に座る。
「…別にいいですよ。私からちょっかいかけましたし……急でびっくりしましたが…その…ちゃんとした時に………ヴェンちゃんになら……」
「そ、そんなモジモジしながら言わないでくださいよ!!こっちが恥ずかしいですよ!!」
「わ、ワタクシも…香さんとなら……」
「え、マジですか?ちょ、ちょっと冗談ですよね!?そっち系じゃないですよね!?」
「あのー、もう大丈夫ですか…?」
中川の存在を忘れていた。なんとか話を遮ってくれた。
「あ、もう大丈夫…だけど、」
「…こほん、お騒がせしました…さ、そろそろ帰りましょう。明日、早起きして予習するのでしょう?テスト本番頑張ってくださいね」
「ワタクシも応援してますわぁ!」
「それじゃあ、お邪魔しました。お二方、夜も遅いので送って行きますが…どうされますか?」
「ワタクシはひとっ飛びで帰れますので、結構ですわ。お気遣い感謝しますわ!」
「何なら中川さん、私が送って行きますよ。時の空間でほら、スイ〜っとすればすぐです」
「あー……紳士としての見せ場が…まぁいいか。ありがとうございます先生。じゃあね王寺さん、また明日学校で」
「は〜い。お疲れさんですー」
三人を見送り、私は自室に戻る。その静寂の中、冷静な思考ができた私は、もう一度勉強机に身を寄せる。
「………あとちょっと頑張ろ」
その追い込みが功をなしたのか、ただテストを乗り切っただけではなく、全教科70点以上獲得することができたのであった。