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第7話 意趣返し!

 来訪者のない、平和な三日間だった。

 「静か過ぎますなあ」と、フィリップは物足りなそうだった。

 「もう、苦いお茶はお出ししなくていいんですかねえ」と、ローラは残念がった。


 この間にマーゴからの新しい手紙が来た。アランという新しい恋人ができた、と書いてある。

 あちらは想定通り、順調に事が進んでいるようだ。

 

 ***


 約束した通りのきっちり三日後。我が家に来客があった。

 ポールが一人だった。前もって来訪時間が告げられていなかったので、私たちはまた土間の作業部屋で、立ったまま向かい合っていた。


「レイモンは来ないの?」

「絵を見た時のあなたの感想を、直接聞くのがこわいそうです」

「そうなの? それで画家がつとまるの?」

「向いてないでしょうね」

 ポールは言った。あまりにもきっぱりと突き放したので私は驚いた。


「でも、この絵は会心の出来だと思いますよ。ぜひ、見てください」

 ポールは大型本くらいの大きさの台紙を差し出す。私はそれを受け取る。


 私は二つ折りの台紙を開く。ポールが私の反応を見守っている。

 彼の視線を感じて私はおっかなびっくり自分の肖像画を見る。見た瞬間、えっ。これが、私……?

 確かに私なんだけど、何かが違う。

 

 穴のあくくらいその絵を見て、それから私は目線をあげる。笑みを浮かべたポールがいる。私が肖像画を気に入るものと、自信たっぷりの様子。

 私は嫌みにならないように気をつけながら言った。


「この肖像画はちょっと、……少し美人過ぎませんか?」

「そのままだと思いますよ」

 即答だった。

「人の目にはあなたがそう見えているという事です。もちろん、僕も含めてですが」

 ポールはにっこりと笑う。私はいたたまれなくなって絵の台紙を閉じる。突然彼の微笑みが魅力的な事に気づく。

 ポール、そんな目で私を見ないでくれる?

 

「では絵は、受け取っていただけますね?」

「はい」

 絵の感想を待っているレイモンのことも思うと、突き返せるわけがなかった。


 負けた、と思った。

「降参だ」

 誰に聞かせるでもなく声に出して言った。

 でも、全く悔しいと思わない。むしろ完敗して、自分の負けを認めて、すがすがしい気分。

 

 私は絵の台紙を脇に抱える。この台紙も、同じ物を見たことある気がしてきた。未来のアンリエットが持って来た婚約者の肖像画に似ている。どこにでもあるような台紙なのか。

 それとも、もしかしたらポールの肖像画を描いたのも、レイモンなのかもしれない。十分にあり得る。


 

 この日、私は彼に頼み事をした。断られないという確信があった。

 案の定、ポールは快諾して言った。


「では、僕があなたに用があるということにしておきましょう。その方がフィリップも来やすいでしょうから」


 ***

 

 領主館に向かう馬車の中でフィリップは言った。

 

「今まではあちらから来ていたものを。それを突然の呼び出しとは何事でしょう」

「領主館じゃなきゃならないことでもあるのよ、きっと。フィリップ、あなたにまで来てもらって、すまないわね」

「とんでもありません、お嬢様」

 

 フィリップの口は文句を言い、態度はどこか浮き浮きとし、顔は笑みを隠し切れない。領主館を訪問できるのがうれしくてたまらないのだ。

 

 私が肖像画を受け取った数日後、領主館から使いが来た。用向きは私に話があるとのこと。領主館の勝手が分からない私は、フィリップを伴って出かけることにしたのだ。

 

 果たして領主館に到着すると、ポールが私たち二人を出迎えてくれた。

 少し館内を歩いた後で私は言った。


「ここまでありがとうフィリップ。この後は用が終わるまで、お前は待っていて」

「かしこまりました」

 

 フィリップは頭を下げて了承の意を表し、足早に立ち去る。いつのまにか彼は駆け足になっている。

 向こうからは長年の知り合いが駆け寄って来る。遠くから一度、私は指されたような気もするが、すぐに彼らの姿は見えなくなってしまう。


 ポールが私の先を促して言う。

「僕たちも行きましょうか。せっかくだから館内を案内します」

「そうね。ありがとう」

 

 ポールは軽くひじを曲げて肩越しに私を見る。その仕草で、私は彼の腕を取るように求められているのだと分かった。

 少し迷った末、私は彼の腕に手をかける。腕を取って一緒に歩くことにする。

 どこかにフィリップか、フィリップ本人でなくてもその知り合いの目があるかもしれない。気が抜けない。

 フィリップが十分に旧交を温めるまでの時間、ポールと用があるふりをして過ごさなくては。

 

 ***

 

 玄関、待合い、広間、事務室に応接室、……。

 領主館で特に目新しいものはなかったが、よく整えられているという印象だった。

 領主の書斎には壁一面の棚に本が並んでいて、レイモンがポールは読書家だと言っていたのを思い出した。

 

 レイモンにも会った。

 彼は何もない部屋の真ん中で座り込んで、四方を囲む白い壁とにらめっこをしていた。手は動かさずに考え事をしている風。

 ポールに肩を叩かれると、はっとして私たちの方を振り返った。私に気づいて驚いたように言う。

「おや、ミルテじゃないか。あんたも借金取りにつかまって、領主館で働くことになったのか?」

「違うわよ。この前は絵をありがとう」

「どういたしまして。いや、あの絵を描くのは本当に時間がかかって大変だった……」


 それを聞いてポールが口をはさむ。

「無駄口をたたいてないで、さっさと仕事にかかったらどうだ」

「さぼっているわけじゃない。頭の中で全体の構想を練っているんだ」

「紙に描いたところで、『これは賢い人にしか見えない絵の具で描かれている。だからお前には見えないんだ』なんて言うつもりなんだろう」

「さすが俺の親友、よく分かってるじゃないか」

「同じ手を二度も使うからだ」


 ……二人の下手な漫才はさておき。

 レイモンの方から、何もない室内で壁面から天井まで続く絵を描いてみたい、と、言い出したのだそうだ。それでポールはこの部屋をレイモンの自由にさせているのだと言った。この件に関してはポールの言うことを信じていい気がする。

 

 閉口したのは、館内の行く先々で、使用人たちが私を『奥様』と呼んでくれること。ちなみにポールは『旦那様』と呼ばれている。

 

「私、まだ未婚だし……『奥様』じゃないと思うんだけど」

「ただの成人女性に対する呼称だと思えばいいのでは?」

「そうなの?」

 ポールは笑って私がさらに反駁しようとするのを制した。

「僕も来た当初は『若様』だったけど、最近ようやく『旦那様』になった」

「?」

「この領主館は建物も人も前の領主から受け継いだ。当初、使用人たちの目が『こんな若造に何ができる』、と厳しかった。それが最近彼らの態度が軟化して、呼称も『若様』から『旦那様』に変わった……認められたようで僕はうれしかったけど、あなたは違う?」


 そんなことを聞いた後では、違うだなんて、言えないじゃない?


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