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第5話 仕返し?

 家に帰って馬車から降りる時、私はフィリップに嘘を言った。

 

「足をくじいてしまったから、今日はもう出かけないわ」

「それはいけません、すぐに手当てをしませんと」

「大した事ないから大丈夫、お前だけでも領主館に行ってきたら?」

「とんでもない。ローラと共にお嬢様のお世話を……どうか安静になさっていてください」

 

 私を心配したフィリップは出かけず、結局この日、誰も領主館には戻らなかった。

 

 フィリップには悪いことをした。久しぶりに領主館を訪ね、そこの使用人たちと語らったり、最近の様子を見たりするのを楽しみにしていたはずなのに。何も言わなくとも、がっかりしているのが伝わって来る。

 

 私の一度目の人生では、フィリップは領主館を訪れていた。それが今回は行かなかった。この違いは今後、どう影響するのだろう?

 

 

 ***

 

 翌朝。

 「もうすっかり、よくなったわ」

 心配して声をかけてくれるフィリップとローラに、私はこう答えた。

 

 

 この日、私は薬草の摘み取りをすると決めていた。

 昼前から薬草園に出て、緑の薬草の、今年出て来た若い枝葉を摘み取って集める。本格的な夏が来て葉が日焼けする前に、すべての摘み取りを終えなければならない。

 かご一杯に収穫した枝葉をいったん取り込む。空になったかごを持って再び畑に出ようとした時、フィリップがやって来て言った。

「領主様がお見えです」

 断る暇もなく、来客はすぐそこまで来ていた。ポール、何の用で来たの?

 

 私たちは土間の作業部屋で向き合った。当然私の靴は土だらけ。ポールも、土ほこりを気にした風はない。

 私は持っていたかごを戻し、作業用の手袋も外して台の上に置く。


「こんな所ですみません……どうぞ、中にお入りになりませんか?」

「急に来たのは僕の方ですし、作業のお邪魔をしてすみません。あなたの足はもう大丈夫なのですか?」

「足?」

「お怪我なさったと聞きました」

 そうだった。私はようやく、昨日の嘘を思い出した。畑作業に夢中になっていたせいで今まで忘れていた。


「ああ、ええ、もう、すっかり……」

「すぐに戻ると言ったのに、あなたは来なかった。それで……」


 心配して来てくれたということらしい。でも、彼は(まだ)私が誰だか知らないはずなのに、どうやってこの家にたどり着いたのだろう?

 

「あなたがどこの誰だか分からなかったが、人に聞いたらフィリップという執事がいるのは、この家に違いないと言うので……」


 言われてみれば昨日、私は馬車の中でフィリップの名前を呼んだかもしれない。そして彼はそれを聞いた、と。

 領主館でフィリップは有名人だから……納得した。

 

 ポールは作業部屋の中をぐるりと見回して何かに目を留めた。それは手のひらほどの大きさの、小さな布袋。

 毎年私とローラで、たくさん作っては近辺の家々に配っている。


「領主館にも同じものがありました」

「ネズミよけです」

 私は答える。するとポールはさらに興味を持ったようだ。

 

「袋の中身は?」

「特有の芳香がある薬草です……よく乾燥させた後、精油とまぜて熟成させたものを入れています」

「ネズミをよく防ぐと、評判がいいですね」

「それはそれは……」

 

 次に彼は、台の上に置いてある『農業大全』が気になったようだ。

 なんとなく部屋に残しておくのもはばかられて、今日私はこの本を持ち歩いていた。

 

 ポールは聞いて来た。

「あなたは本をお読みになるのですか?」

「あまり読みません」

 そう答えた時、彼の視線が冷ややかだった。私は言葉を付け加えた。

「ただ、この本は友人が贈ってくれたもので、ネズミよけの方法を研究するために少しだけ読みました。それで改良を加えて……でも結局どんな方法も猫にはかなわないと結んであったので、読んでかえってがっかりしました」

 するとこれを聞いたポールは大笑い。

 

「貴重な本のようですね、見せてくださいますか?」

「ええ、でも、ちょっと待ってください……」


 『農業大全』には例の絵がはさんであるのだ。あれを取り出してしまわないと。

 

 台の上で本の表紙と数ページをめくっていると、あの紙が滑り落ちて行った。不運なことにポールの足元に落ちて、彼はそれを拾う。私は思わず目を覆う。

 「これは………」

 痛めつけられた自分の肖像画を目にして彼は絶句する。私は青ざめる。


 少ししてから、ポールは言った。

「……昨日お会いしたばかりだと言うのに、僕は嫌われてしまいましたね。もう失礼した方がよさそうです」

 つくられた微笑。どこかさみしそうな様子。

「待ってください」

 私は思わず叫んだ。

「お気を悪くなさるのはもっともです……でも……あなたが嫌いで、私がやったのではありません」

「では誰が?」

「それは……その人の名誉のために、今は申し上げることはできません」

「……あなたのいう事は分かりました、でも」

 ポールは手にしていた肖像画をくるくると丸めた。

「この不名誉な絵は僕にくれなければなりません。僕の名誉を守るためにも」

 そして彼は何かいいことを思いついたように手を打った。

「この絵の代わりに、僕もあなたにも肖像画を贈りましょう。では今日はこれで、本当に失礼しますよ。ごきげんよう」

 言うが早いか、あっという間に後ろ姿が遠くなる。去り際はいつも早い。

 

 

 大変なことになってしまった。

 落書きされ踏みつけられた肖像画が本人に見られ、そのうえ、本人の手に渡ってしまった。

 本来ならば、今の時点では存在していないはずの肖像画なのに……。

 

 それにポールはあの絵の代わりの肖像画を私にくれると言った。

 それはどんな仕返し? ずたずたに引き裂いた私の肖像画でもくれるというの?


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