第4話 思わぬ再会
夏至の日。領主館の宴会に向かう馬車の中で、私は同行するフィリップに聞いた。
「最近領主が変わったそうね。新しい領主はどういう人なの?」
「まだ若くて独身だそうです。未婚の娘と親たちがそわそわしています」
「あ、そうなの?」
私も未婚の娘だ。フィリップは何か考えたようだが、私は全く気にしなかった。
「それで?」
「この辺り一帯をわざわざ買い取って領主になったんだそうです。どういうつもりかは存じませんが……悪い噂は聞きません」
フィリップは慎重な物言いをした。新しい領主の下、領主館がどうなるのか、見極めようとしているよう。
フィリップは領主館に特別な思い入れがある。彼はかつて領主館の執事をつとめていた。
しかし、前の領主が代替わりした際、追い出されるようにして、妹のローラとともに私たちの屋敷の使用人になった。
今でも領主館に残った使用人たちとは交流があるようで、領主館を懐かしみ、機会があれば訪れるのを楽しみにしている。
今日だって、いつもと変わらないふりをしながら、領主館に行けるのがうれしくて仕方ないのだ。
「止めて。何かがあるわ」
私が言うより馭者の方が先に気づいていたに違いない。すぐに私たちを乗せた馬車が止まる。
前方に荷馬車が止まっている。馬は車についたままで、馭者のような男が一人、道の脇に座っている。
「どうなさいました?」
「いやあ、急ぎ来たんですが、慣れない道なもので、溝にはまってしまって……」
男は頭に手をやりながら立ち上がる。荷車の車輪が道幅から落ちてぬかるみにはまり、動かなくなっている。
「皆で押しましょう」
「それは助かります」
男が荷車を引く馬に進むよう促し、荷車の後ろからは馭者とフィリップと私の三人で押すと、さすがに車は動きだした。
フィリップが聞いた。
「どちらへ行くのですか?」
「領主館です」
男は短く答えた。が、すぐに説明を加えた。フィリップが彼のことを不審な男と思ってじろじろ見ているのが分かったからだ。
「私は画家で、レイモンといいます。領主館で働くために来ました」
「画家の荷物って、ずいぶん多いのね」
私は疑問に思ったことを聞いたまで。だって荷車が妙に重かったから。
自称画家は笑って答えた。
「いや、私は身軽な身ですよ。荷のほとんどは頼まれて運んでいるだけで……本ですな。いつ読んでいるのか知らないが、領主様は勉強家だ」
そう言って男は笑う。これで荷物の正体も分かった。
フィリップが言った。
「領主館なら先導しましょう。道に慣れないあなたは、後からついてきたらいい」
「そうさせていただきます。本当にご親切に、恩に着ます」
自称画家は深々を頭を下げた。
フィリップは馬車に戻るなり言った。
「見ない顔ですな。彼は一体何者でしょう」
「さあ。私だって知らないわ」
「怪しい者だったら、領主館に突き出してやります」
「……」
私たちの馬車が先を行き、後から荷馬車が続く。私たちは領主館へ向かう。
***
領主館の門は開かれていた。
馬車寄せには一人の男が立って、次々と現れる来訪者に挨拶をしている。彼が新しい領主だろうか。
後ろからついて来た荷馬車が私たちの馬車の横をすり抜け、正面を避けて領主館に入ろうとする。
領主らしき男がそれを目ざとく見つけ、遠くから叫ぶ。
「レイモン!」
大きく手を振りながら荷馬車に駆け寄って来る。レイモンが馬を止めて馭者台から飛び降りる。
駆け寄って来た若い男はレイモンに笑いかける。
「遅いから、心配していた」
「すまん、道に不慣れて溝に落ちてしまって……で、こちらのご一行が助けてくれた」
レイモンが私たちの馬車を示す。それを聞いて若い男がうなずく。私たちの馬車に近づいてくる。
「彼が領主ですよ」
近づいてくる男をみてフィリップが私に囁く。馭者が馬車の戸をあける。
戸の向こう側から領主はお辞儀をする。
「私の友人をお助けくださったそうで、お礼申し上げます。私はポール、新しくこの地方の領主になりました」
「これまではどの地方においででしたか?」
「どこの土地の者でもありません。今まで諸国をめぐって商売をしておりましたので、今後ここを故郷にできればと思っています」
何気ない問いに、すらすらとした答えが返って来た。
その領主の顔を見て、私は馬車から降りようとしていた足を止めた。
大きく目を見開いてもう一度確認する。昨日見たばかりの顔だから間違いない。彼はアンリエットの婚約者だ。
知らなかった。こんな近くにいただなんて……!
私がなかなか馬車から降りないので、ポールは別のことを考えたようだ。親切にも言ってくれる。
「足元はどうぞそのままで。私は構いませんが、もしあなたがお気になさるようでしたら靴をお貸しください……」
言われるまで気にしていなかったけど、確かに私の靴は泥で汚れている。来る途中、道に降りて荷馬車を押したからだ。
ポールは服の内側からハンカチを取り出す。手を差し伸べる。その仕草に私はぎょっとする。
まさか、靴を拭いてくれるつもりじゃないでしょうね?!
そんなのは私たちの親同士にまかせておけばいいのよ。しかも彼らは、まだ出会っていないんだから。これから起きることなんだから。
私は慌てて出しかけた足を引っ込める。後ずさりして馬車の奥に逃げ込み、外に向かって叫ぶ。
「どうかご心配なく。この近くの者ですので、またすぐに戻って参ります」
「必ずいらしてください。お礼をしなければ」
「ええ、わかりました。……フィリップ、帰るわよ」
最後の方はかなり適当に返事をしておいて、私は馭者に戸を閉めさせる。馬車は私とフィリップを乗せたまま、来た道を逆戻り。
ああ、びっくりした。