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二度目のミルテ  作者: 井中エルカ


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第10話 甘くない

「……それがあるとしか思えない、不思議なことが起きている」

 ポールは平然とゆっくりと話を続ける。

「ここの領地を買った時、前の領主からは税収の見込みを示された。かなりの額の塩税が見込まれると言われ、これは重税で負担が大きいと思ったのをよく覚えている。しかしこの土地の住民と話すと誰一人塩に対する不満を言わない。おかしい、前の領主の勘違いかと思ったが、帳簿には確かに塩税の記録がある」

「……」

「……」

「……」

 

 私も含め、三人とも、言葉を発しない。


「過去にここの領主館が塩を購入した価格を調べた。きわめて安価で適正な価格だった。いくつかの納税の証書も見た。塩は実際に安く買って、住民にも安く売り渡したんだ……塩税はかけていない。じゃあどうして見せかけの塩税を計上しているのか。塩税として得た収入は、何に使っているのだろうか? 裏金でも作った?」

 さっき私も塩の価格について、ポールと話をしたことを思い出す。少し不安になる。余計なことを言っていなければいいのだけれど。

 

「そのうちに、前の領主が決して買いそうにない物に、多額の支払いがされていることに気づいた。砂糖、香辛料、茶葉、薬草……」

 再び私はどきりとする。

 さっき私は上等のお茶を飲んだ。目の前には砂糖菓子がある。香辛料もそうだし、これらはとても高価な物。


「大量の砂糖を買っている割には、ここの料理人たちは砂糖の使い方を知らなかった」

 目のまえの砂糖菓子が動かぬ証拠。お茶を出してくれた使用人は、砂糖菓子を『初めて作る』と言っていた。


「前の領主とは何度か食事をともにしたが、彼はあまり香辛料の入った料理を好まなかった。普段からそうなのだろう」

 これは、私の知らないことだけど、ポールが言うのなら本当なのだろう。二人の執事も別に不思議そうな顔をしていない。


「ここで飲むお茶も、上等ではあるけれど、投機の対象になるような、もっと高い茶葉はいくらでもある」

 彼もさっきお茶を飲みながら、それを確かめたに違いない。


「薬草は……分からなかったが、この土地ではよく育つから、外から買う必要もないだろう」

 ポールは一瞬だけ私の顔を見た。もしかしたらネズミよけの薬草を外から買っていると、考えたのかもしれない。でもそれは私たちが育てているものだった。

 

 私は気づいた。私は不用意に彼の調査に協力してしまったらしい。彼の推測に確証を与えた。

 フィリップやウィリアムや、住人たちに不利なことはなかったか?

 おいしいお茶に甘いお菓子……さっきまでの楽しい気分はあっという間に消え去る。気分が沈んで自然と顔が下を向く。

 とてもがっかりだ。自分が情けなく思えて悲しくなる。

 

「不可解な買い物だが、いずれも、使ってしまったのでもうないと言われれば分からない。前の領主は税を取る方には熱心だったが、使う方はあまり気にしていなかった。……違うか、ウィリアム?」

「全て、おっしゃる通りです」

 ウィリアムはかしこまって答える。答えると頭を下げたまま、上げなくなった。

 私は考える。

 ウィリアムが言った、『全て、おっしゃる通りです』の『全て』って、何? どこまでがポールの『おっしゃる通り』なの?


「顔を上げてほしい、ウィリアム」

 言われてウィリアムが顔を上げる。つられて私も思わずそうする。顔を上げてポールを見る。

「フィリップ」

 続けてポールはフィリップの名を呼ぶ。

「フィリップ、私は約束する。今後も塩税は必要ない。この土地には不要のものだ。代わりに必要な支援は惜しまない。……お前も私の言ったことを認めるか」

「……はい」

 一息おいてから、フィリップも静かに答えた。椅子から立ち上がり、領主に向かって深々と礼をする。

「もし処分が下るようでしたらそれは私一人に」

「そんな……」

 ウィリアムも立ち上がってフィリップとポールとを交互に見る。

 

 彼らの様子を直視するのがつらい。心が押しつぶされるようだ。

 帳簿上の不正。これは執事の間で受け継がれた伝統。

 得ていないはずの税収を記録し、代わりに買ったはずのない物の支払いを記録して、帳尻を合わせる。

 誰か一人が得をするわけではなく、露見した時の我が身の危険を冒してまで、悪政から領民を守るために。


 ポールは座ったままで二人に言う。

「その前に、お前たち二人とも、まだ仕事が残っている」

「は、仕事……?」

 その言葉でフィリップが頭を上げる。二人の執事が揃って領主を仰ぎ見る。

「私が領主になった以降の分でいい。帳簿を実態に合うよう、直してほしい。別に損害を被ったわけでなし、ただの間違いは修正すればいいだけの話だ」

 前の領主時代に何があったか、それについては問わない。

 ただ、と前置きし、強い態度でポールは告げる。

「どんな目的のためであれ、不正はだめだ。困り事はいつでも相談してほしい」

「は……」

 二人の執事がかしこまって頭を下げる。


「お前たちにはできればとどまってほしいが、どうしても出て行きたいと言うのであれば引き留めない」

 ポールはそう言うけれど、彼の本心は、その次に出て来た言葉。

「これからも、働いてくれるか、この土地と人のために」

 ウィリアムも、フィリップも、断るはずがなかった。


 ***


 二人の執事はそれぞれの仕事に戻った。フィリップは帰りの馬車を用意しに去った。

 

 ……居心地が悪い。書斎にポールと二人取り残され、それが重苦しい。

 

 今回の、領主館を訪問したいと言い出したのは私。フィリップを連れて行きたいと言ったのも私。でも、彼はそれを逆手にとった?

 彼の疑惑を解明するため、私は都合よく利用された?


 よせばいいのにと理性では分かっている。でも、言わずにはいられない。

「ポール」

 私は言った。それに応えて、彼は穏やかな微笑を私に向ける。

「聞いてもいい? フィリップも一緒に来たいと言ったのは、まさに好都合だったの?」

 ポールは何のことだか分からないといった表情をする。私は彼から顔を背けて話し続ける。

「お茶も砂糖菓子も、ただ前の領主が本当に買っていたのかどうか、事の真相を確かめるために? 」

 言いながら私は泣きそうになっている。そして、とうとうこの一言を言ってしまった。

「あなたは私を利用したのね?」

 

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