イマジネーターは眠らない
「強者どもが夢の跡」番外編
序
人間の空想が産み出した化け物、妖魔。それを討伐するのは空想を現実化させる能力者、夢想士だけ。人間の生命エネルギーを奪う妖魔討伐のために作られた組織、夢想士組合。そして、己の欲望のためにしか能力を使わない闇之夢想士による闇之夢想士同盟。三つ巴の戦いが今日も始まる。
第1章 リズの相談所
私はポケットから懐中時計を取り出し時間を確かめた。午前2時。一般人はベッドで夢を見る時間である。しかし、私は眠れないので夢は見ない。私の夢は眠って本当の夢を見ることだ。この細やかな夢が叶う日が来るまで、私は仕事をする。アメリカの中でも群を抜くマンモス都市、イースタン・シティも眠らない街なので私にはピッタリの場所だ。
さてさて、ヤクの売人が女性を二人連れ込んで10分。そろそろ頃合いかな?私はポケットから両手を出して、ゆっくりと廃工場の中に入って行った。結構な荒れっぷりだが、ヤクの売人や麻薬中毒者にはうってつけの場所である。
二人の若者がそれぞれ女性たちの身体を抱いて、今にもその牙を白い首筋に突き立てようとしているところだった。私はくわえたタバコにジッポーで火を点けた。
若者たちはギクリとして私という闖入者の存在に気付いた。
「な、なんだ、テメー!どこから入って来やがった!」
「おい、ロン。こいつもヤクで大人しくさせるか?」
ふう、やれやれ。最近の若者は礼儀がなってない。もっとも、この二人がいつ吸血鬼になったか分からないので、年上の可能性はあるが。
「パーティーはお開きの時間だよ、吸血鬼」
私の言葉を聞いて若者たちは顔を見合わせた。
「お、おい、こいつ夢想士か!?」
「黒いコートに黒いブーツ、まさか、模倣者かよ!?」
「大正解。ご褒美に即死させてあげよう」
私の手には十字剣が握られていた。
「くそう!あっさり殺られてたまるかよ!」
ロンと呼ばれてた吸血鬼が、地を蹴って突進してきた。疾走状態を使えるのか。そこそこの実力はあるらしい。
疾走状態は思考速度と反応速度を上げるスキルで、夢想士でいうならCランクで常人の10倍の早さで動ける。Bランクなら100倍、B+ランクなら1000倍、Aランクなら1万倍、A+ランクなら10万倍の速度で動くことが出来る。
ロンの動きも悪くなかったが、生憎私には届かなかった。十字剣で首を跳ねられ、ボロボロと灰になって身体が消えてゆく。
「ひっ!た、助けてくれー!」
残った一人が恥も外聞もなく背を見せて逃げ出した。
「やれやれ、少しは戦おうという気概がないものかね」
私はロケットの砲弾さながら、爆発的なスピードで追い付き、十字剣を振りかぶり、一気に下に振り下ろした。若き吸血鬼はあっさりと身体が二つに別れ灰になってゆく。
「やれやれ、最近はヤク絡みの現場ばかりだな」
私は一人ごちて、女性たちの元に戻った。やれやれ、ヘロインか?二人とも横になったまま、よだれを垂らしている。
「いかんなあ。人生をクスリなんかで棒に振るなよ」
私は廃工場から出ると、うーんと伸びをした。まだまだ夜は終わらない。私は再び次の獲物を求めて夜の街に溶け込んでいった。
授業終了を知らせるチャイムが鳴り、クラスメイトたちは帰り支度を始める。俺も教科書をリュックに仕舞って教室を出た。するとクソッタレなことに、デュークとその取り巻きたちが待ち受けていた。
「よう、ジョニー。俺たちこれからボーリングに行くんだが、お前も来るか?」
最初からそんな気もないくせに、親しげに声を掛けてくる。
「あー、いや、デューク。悪いけど俺は帰って勉強しないと」
俺がそう言うと取り巻きたちが、どっと爆笑した。
「そんなの適当にやりゃーいいだろ?テストなんざ要領だよ、要領」
そういうと、デュークは紙巻きを取り出し、ライターで火を点けた。イースタン・シティは大麻は州の条例で合法になっている。
「ま、行かないならそれでもいいけどよ、少しカンパしてくれないか?」
勿体ぶっているが最初からそのつもりだったのだ。くそう、いつもいつも、タカりやがって!
「悪いけどウチは金持ちじゃない。バイトもしてないし、金なんて持ってないよ」
そう言った途端、目の前に黒いドーベルマンが現れた。
「なら、ヘル・ハウンドをけしかけてやろうか?お前の水遊びの能力で止められたらいいけどな」
B+ランクの魔物使いであるデュークはこの獰猛な妖魔を自在に操れる。
「おっと、デュークのヘル・ハウンドがお出ましだぜ」
「そこらの妖魔なら手も足も出ない魔物使いのコンビだ!」
取り巻きたちが囃し立てるが、俺はあえてそれを無視した。
「か、金が欲しいなら、素手で来い」
俺の言葉に一瞬、怒りの表情を見せたデュークだったが、
「はっはっは!男らしく素手で来いってよ。Bランクの分際で威勢だけは良いよな」
デュークは構えもせずに、手でかかってこいと誘う。くそ、BランクがB+ランクに勝てるわけがない。だが、もう後には引けなかった。
「おりゃあー!」
俺は破れかぶれでデュークに向かっていった。俺のパンチはあっさりかわされ、反対に5~6発良いのをもらった。やはりBランクがB+ランクに勝てるわけがない。反応速度が段違いなのだ。
「これで分かったかよ、ジョニー。お前は一生俺には勝てねーよ」
地面に転がった俺を見下ろし、デュークは勝ち誇る。取り巻き連中が俺の身体をまさぐり、財布を抜き取った。
「あったぜ、デューク」
「なんだよ、20ドルぽっちかよ。まあ良いや。次からは素直に出せよ、負け犬」
談笑しながら遠ざかってゆく連中に気付かれないよう、俺は声を出さずに泣いた。
俺はいつもの下校ルートから外れて、とぼとぼと歩いていた。家のある48区の手前で、何やら変わったものを見つけた。見た目は普通の一軒家に見えるが、ポスト脇に「リズの相談所」と書かれていた。これは普通の人間には見えない。夢想士でなければ視ることが出来ない看板だ。
相談所?夢想士の?一体、何をする店なんだ?全く分からなかったが、悩みを抱えているのは間違いない。家に近づき、扉の前に立ってみる。
悩みはある。あるのだが、いまいち何の店か分からないのが怖い。呼び鈴を鳴らすかどうか躊躇していると、
「あのー」
不意に背後から話しかけられて、俺は文字通り飛び上がった。
「は、ははは、はい?」
振り向くと荷物を抱えた妖精が、不審げにこちらを見ていた。
「よ、妖精!?しかも、上級の妖魔!?」
俺は飛び退いて両手の上に、水で出来た球体を構えた。
「失礼な反応ですね。これが視えないんですか?」
妖魔は首から下げたIDカードを示した。夢想士組合発行の身分証だった。つまり、妖魔だが、夢想士組合や人間の敵ではない存在か。
「あ、えっと、ゴメン。」
「別に良いですけど、ウチに何かご用ですか?」
「あ、えっと、ちょっと悩みを抱えてて、そのー」
俺の言葉を聞いて、赤毛の三つ編みをした妖精は、
「なーんだ、お客さんですか。早く言ってくださいよ」
そう言うと、妖精は扉の鍵を開けた。
「あたしは助手のエマです。どうぞ、お入りください」
さっさと中に入ってゆく彼女の後を、俺は慌てて追いかけた。
「リズー!久しぶりのお客さんですよー!」
リズ?そういえば助手って言ってたっけ。俺は案内されて書斎らしき部屋に通された。
「ん?おお、相談所の客か。久しぶりだな」
革張りのソファーに座ってる人物が、どうやらオーナーらしい。黒いコートに黒いブーツ。くしゃくしゃの金髪。だが、何より異様なのは目の下に、メイクしてるとしか思えない黒い隈があることだ。せっかくの美人顔もこれでは台無しである。
「何やら失礼なことを言われてる気がするんだが?」
「あ、いえ、決してそんなことは!」
「ふん、まあ座りたまえ、少年」
促され、俺は女性の対面に腰を下ろした。
「さて、君の悩みは一体なにかね?全て話して楽になると良い」
俺はなるべく簡潔に自分とデュークの関係を話して聞かせた。スクールカウンセラーにも話せなかった悩みだ。
「なるほど。B+ランクのいじめっ子にBランクの君が勝つ方法か」
リズさんはタバコの紫煙を天井に吐き出しながら、目を閉じた。
「まあ、普通なら不可能だな」
などと、身も蓋もない回答を述べる。
「考えてもみたまえ。反応速度が10倍の相手だ。相手には君の動きが超スローモーションに見えるだろう」
「そんなことは分かってます!だから相談に来たんじゃないですか!」
俺は半ば腹立ち紛れに怒鳴った。
「まあ、そう興奮するな。コーヒーでもどうかね?」
言った側から手にコーヒーカップを持っていた。いつの間に!?俺とリズさんの前には湯気の立つコーヒーが2つ並んでいた。
「ミルクは要るかな?」
「お、お願いします」
じっと凝視していたが、リズさんの手にはいつの間にかミルクの入ったカップが握られていた。
「あのー、これは夢想士の力ですか?」
「ん?当然だろ。一流の夢想士なら、固有結界に必要な物資は用意しておくものだよ。妖魔の結界に入り込んで戦いが長引いた時には、こうした用意がされてないと、結局敵も倒せずに逃げ出す羽目になる」
なるほど、これがプロの夢想士か。
「さて、要するに君の願いは夢想士としてのレベルを上げて、デュークっていじめっ子に報復することだね?」
「は、はい。可能ですか!?」
リズさんはタバコをくわえて火を点ける。
「普通ならそんなチートなやり方はないが、私には出来る。ところで君はお金はあるかね?レベル上げの案件は安くても1000ドルは必要だが」
「せ、1000ドル!?俺は高校生ですよ!持ってるわけないじゃないですか!」
「親に借りるとか?」
「ウチは母子家庭で普段から母に世話になってます。1000ドルなんて大金、借りられるわけないじゃないですか!しかも、母は夢想士じゃありません。どう説明しろっていうんですか!?」
「分かった分かった、落ち着きたまえ」
俺は浮きかけていた腰を下ろし、コーヒーを口に運んだ。
「それじゃあ後は身体で払ってもらうしかないな。ところで君は童貞かね?」
俺は口の中のコーヒーを吹き出した。
「な、なな、なんでそんなこと!」
「お金がない人は身体で払ってもらうって言ったろ?童貞なら希少価値があるから、報酬としては十分だ。で、どうなんだい?」
「ど、童貞ですよ!彼女もいないんだから当然でしょ!?」
「よし、それじゃあ契約成立だ。君は運が良いぞ、少年」
リズさんは軽やかに立ち上がり、部屋の入り口まで歩く。
「おい、何をしてるんだね?早く行くよ」
「ど、どこにですか?」
「ベッドルームに決まってるだろ?基本的にウチは前払い制なんだよ」
「え、ま、まさか・・・」
「そう、これから君の童貞をもらう。それでレベル上げも出来るんだから、役得だろ?」
俺は混乱しながらもリズさんについて、ベッドルームに移動した。ま、まさかレベル上げ出来る上に、初体験まで済ますことが出来るなんて。リズさんの言う通り役得以外の何物でもなかった。
ベッドルームの扉を閉めると、リズさんはコートのボタンを外し始めた。なんと、コートの下は黒い下着だけだった。
「着るものには無頓着でね。コート着てたら服を選ぶ煩わしさもないし」
何だか露出狂みたいだな。などと思っていると、
「むぐっ!?」
リズさんの唇が俺の唇を塞いだ。柔らかい舌が侵入してきて、俺の口内を舐め回す。こんなディープなキスは初めてだった。お互いの舌が絡まり、押し合いへし合いしてる間に俺はベッドに押し倒されていた。
「ぷはっ!」
そこから後のことは良く覚えてない。まるで夢のような心地で俺はいつの間にか眠ってしまっていた。
「はっ!?」
目を覚ました時、外はもう暗くなっていた。午後7時!?不味い、完全に門限オーバーだ!慌てて衣服を身につけていると、
「やあ、目が覚めたかね?初体験の感想はどうかな?」
まるで通常モードのリズさんが尋ねてくる。
「そ、それはもう最高でした!でも門限オーバーしてるので、スミマセンが今日は帰ります」
「帰るのは構わないが、午後11時にもう一度ここに来なさい。食事とシャワーを済ませて集合だ」
「え、夜遊びは禁止されてるので・・・」
「小学生か、君は。レベル上げしたいんだろ?それには実戦を経験するのが一番だ。それとも、これから先も負け犬として生きてゆくのかね?」
その言葉は禁句だ。俺は一気に好戦的な気分になり、
「分かりました。何とか母の目を誤魔化して抜け出してきます!レベル上げのためなら何でもしますよ!」
「良く言った。じゃあ待ってるよ」
リズさんの言葉に後押しされて俺は覚悟を決めて帰宅した。
帰宅した俺を母さんが咎めた。まあ、今まで門限を破ったことなかったからなあ。
「聞いてるの、ジョニー?門限を一時間も遅刻するなんて、悪い仲間と付き合ってるんじゃないでしょうね?」
母、モニカ・マクダウェルは普通の人間だ。さる弁護士事務所でやり手として仕事をしている、シングルマザーだ。幼い頃から世話になりっぱなしふで、ろくに恩返しも出来てない。いや、うろつく中級の妖魔たちを人知れず討伐して、助けてはいるのだが、母は俺が夢想士だと知らない。
まあ、そんなこと告白するなんてあり得ないし、母さんには妖魔とは無縁の人生を生きて欲しいと願ってる。
「本当に母さんが心配するようなことはしてないよ。それより定期考査が近いから勉強しなきゃ」
「そう、何でもないならそれで良いの。ジョニー、先に食事にしなさい」
何とか機嫌を直した母だったが、本番は夜中なんだよなあ。食事してシャワーを浴び、後は勉強!の、フリをするだけだ。集中したいから絶対に入って来ないでと念を押し、俺は部屋の鍵をかけた。窓をそっと開けて外に出ると、目撃者がいないか用心しながら相談所に向かった。改めて思うけど、近所にこんな場所があるとは思わなかった。
相談所に到着すると、俺は今度は躊躇なく呼び出しのベルを押した。しばらくすると、
「はいはーい!って、君か。こんばんは」
助手のエマが出迎えてくれた。
「ししし、リズも好きだよねー。どう?童貞を捨てた気分は?」
「!?」
いや、考えてみたらあの時、家の中にはエマもいたんだよな。秘密の行為を知られてると思うと、何だか顔が火照ってくる。
「学生さん相手だとお金がないからって、すぐに生命エネルギー搾取するんだよね。まあ、眠れないリズにしてみれば、栄養ドリンクみたいなものだからね」
「勝手なことを言ってるんじゃない、エマ。今夜のターゲットの場所は分かってるのか?」
後ろからやって来たリズさんが冷たい口調で詰問した。メイクで目の下の隈を隠している。まあ、あれだけ目立つとすぐに誰か特定されるからな。
「あ、あれれ。いたの、リズ?場所はバッチリ分かってるよ。23区にある「ナイトフライト」っていうナイトプールだよ」
「客も吸血鬼なのか?」
「いや、ここは従業員だけだね。ナンパして、そのノリで美味しく頂いちゃうんじゃない?」
「引き続き後方支援、頼むぞ。さて、それじゃ行こうか、少年」
リズさんはさっさと俺の脇を抜け、家の外に出た。後を追いかけようとすると、
「ちょっと待って、君もこれを付けていってよ」
そう言ってエマが渡して来たのはイヤホンマイクだった。
「これで常にあたしのコンピュータから指示を出せるから。無くさないでよ」
「おーい、何をしてる?早く来い、ジョニー」
リズさんが足を止めて呼び掛けた。そういえば名前を呼ばれたのは初めてだ。
「すぐに行きます!」
俺はイヤホンマイクを耳に装着しながら後を追った。
「ところで、リズさん」
「なんだね?」
「リズさんは不眠症なんですよね。いつからなんですか?」
「10年」
あまりにも当然のように言うので、反応が遅れた。
「あ、ああ。10年の間、寝たり寝れなかったりしたんですね?」
リズさんはタバコに火を点けると、首を振った。
「違うよ。10年間まったく睡眠を取ってない」
「ええー!」
そんな話、寡聞にして聞いたことがない。
「ど、どうしてなんですか?人間って1週間眠らないと気が狂う、みたいな話聞いたことありますけど」
「私の場合、事情が特殊だ。吸血鬼の巣窟に乗り込んだ時、精神攻撃を受けた。以来、全く眠れない。自殺出来るほどの大量の睡眠薬を飲んだが、眠くなるどころか、逆に目が冴えて、辺り一体の妖魔を皆殺しにしたことがある」
「バ、吸血鬼!?支配種じゃないですか!そんな奴に術を掛けられたんですか?」
「以来、私は吸血鬼専門の夢想士となった。術をかけた奴を捕まえるためにね」
「え、それって、これから吸血鬼の棲みかに乗り込むってことですか?」
「そうだよ。大丈夫、もう一人相棒も呼んであるから」
「Bランクの俺なんか、あっさり殺されますよ!帰っていいですか?」
いつの間にか、近くのレストランの駐車場に到着していた。そこにバカ笑いする大柄の黒人の姿があった。
「ハッハッハ!随分と臆病な奴がいるじゃないか!そいつが今回の依頼者かい、リズ?」
「やあ、ピート。そうだよ、彼の名はジョニー・マクダウェル。ジョニー、彼は元傭兵の相棒、ピート・ローガンだ」
手を差し出してくるので握手をすると、とんでもない馬鹿力だった。
「いででで!」
「おいおい、この程度で大袈裟だな、少年」
冗談じゃない!この脳筋め!
「それくらいにしておけ、ピート。さて、今夜だが23区にあるナイトプールに行く」
「おいおい、あそこはハイソサエティが集まるお高い店だろ?そんなところにいるのかい?」
「従業員が吸血鬼らしい。ひょっとすると、オーナーもそうなのかもな」
「となると、一般客もいるってことか。少しばかり厄介だな」
「今夜はゲストもいることだしな。ま、状況によっては派手に暴れてもらうことになるかも」
「ハッハッハ!任せておけって!その少年の面倒はリズが見るんだろ?」
「ああ、私の依頼人だからな。レベル上げのための実戦経験をさせておきたい」
「ほう、それはそれは。少年、危なくなったら逃げ出すこったな」
流石にカチンと来て口を開きかけたが、
「それくらいにしておけ、ピート。ジョニーもだ。敵が何人いるか分からない状況だから、連携を取らないとな」
リズさんはそういうが、この黒人の男は戦いの素人である俺を、からかって遊んでるようにしか見えない。
「さて、能力の確認だ。Bランクということだが、一体どんな力を持ってるんだい?」
突然、話を振られて言葉に詰まったが、見せるしかなさそうだった。俺は両手を突きだし、手のひらの上に水の玉を出現させる。それを人を小馬鹿にするピート目掛けて投げつけた。ピートはなんてことないって風に、上半身の動きだけで避ける。
「おいおい、ただ投げつけるだけかよ!これは恐れ入ったね!」
ピートはツボに入ったらしく、お腹を抱えて大爆笑だ。くそ、この野郎!
「水を出せるだけか?応用する技はないのかい?」
リズさんは笑いもせずに、悔しさで身悶えしそうな俺を落ち着かせてくれる。
「例えば、だ。こうして水を出して」
リズさんはいとも簡単に俺と同じことをして見せた。以前から出来るのか?
「へい、少年。これがリズの特技だ。相手の技をそっくり盗めるスキル。それゆえリズはこう呼ばれてる。模倣者ってな」
一目見ただけで?それはとんでもない能力なんじゃないのか?
「この水を凝縮させて・・・一気に発射する!」
リズさんの手の上の水が弾丸みたいに凝縮し、勢い良く飛び出した。水なのにそれは鉄製のガードレールに穴を穿った。
「す、凄い。こんな使い方があったなんて・・・」
「練習したまえ。それまで私たちはレストランでコーヒーでも飲んでるよ」
「え、そんな!」
リズさんとピートは本当に店内に消えていった。こんな技、一朝一夕で身に付くのかよ!そうぼやきたくなるのを堪えて、俺は水の操作方を練習するのだった。
二人が戻ってくる1時間の間に、何とか木に穴を穿つことは出来るようになっていた。
「ほう、正直期待はしてなかったが、出来るようになってたとは。君は案外才能があるのかもしれないな」
精神集中でヘトヘトになった俺に、リズさんはカップのコーヒーを差し出す。ホットコーヒーだったが、俺はガブガブ飲んだ。
「基本が出来たら後は応用だ。もっと沢山の水が産み出せたら、能力の幅はうんと広がる」
俺たちはピート所有の四駆のベンツに乗り込み、目的地に向かって出発する。後部座席がやけに狭いなと思ったら、短機関銃と拳銃、弾薬が山のように積まれていた。
「何でこんな大量に銃が?」
俺の最もな疑問に、
「ああ、俺の武器さ。傭兵だからな」
と、ピートは事も無げに言う。
「な、何ぃ!?ピート、あんた夢想士じゃないのか!?」
「妖魔を視ることは出来る。しかし、俺にはスキルや術はない。銃を撃つのが俺の仕事だ」
「て、テメー!夢想士でもないのに、あんな偉そうな態度取ってたのかよ!?」
「あん?少なくとも妖魔と戦うことは出来るぞ。弾丸の先は魔水晶で加工してあるからな」
ピートの運転は乱暴で、お世辞にも乗り心地が良いとは言えなかった。
「警察にも対妖魔の特殊部隊があるだろ?俺は個人経営の特殊部隊さ」
ガンガン、ラップ音楽が鳴り響く車内はこれから戦闘に向かう途中とは、到底思えない乱雑さだ。俺が耳を塞いで閉口する中、リズさんは一言も喋らずタバコを吹かしていた。
やがて、車は高層ビルの駐車場に入り、ようやくエンジンと共に音楽も止まった。ようやく解放されたと思ったら、
「ほら、さっさと降りな少年。準備があるからな」
ピートは後部座席の扉を開けながら邪険な言葉を浴びせる。
全く、誰のせいで生きた心地がしなかったか、抗議したかったが、リズさんに呼ばれたので我慢しておいた。
「さて、いよいよ敵の巣窟に乗り込むわけだが、ジョニー。君は結界を張れるかね?」
「そりゃまあ、基本的な防御結界なら」
「そうか。ウィルシャー高校にもICがあるからな。どれ、少しやって見せてくれ」
「はあ、それじゃ、防御結界!」
俺の呪文で、周囲に半透明の結界が出現する。
「ほう、思ったよりやるじゃないか、少年」
戦闘服を身に付け、銃や弾薬で武装したピートが意外そうに言う。ふんっ、こんなの朝飯前だよ!
「どれ、強度を確かめてみよう。十字剣!」
リズさんは剣を手にして振り上げた。え、ちょっと待って!?
ガキン!
結界の一部が破損したが、致命的な損傷じゃない。
「ふむ、まあこれくらいなら何とかなるか。ジョニー、戦闘になったら真っ先に結界を張るんだ。攻撃は外には通じるからな。まずは死なないように注意しろ」
え、何だか急に不安になってきた。中級妖魔の討伐しか経験のない俺が、ついてきて良かったのか?
「さて、それじゃまずは客を装って店内に入るか。ピート、エマが監視カメラを通じて指示するから待機しててくれ」
「OK、いつものことだな。死ぬなよ、少年」
ピートの奴は車に寄りかかり、気軽そうに手を振った。ちぇっ、縁起でもない。
俺たちは客として中に入り、水着を借りてビーチパラソルに陣取った。
「それで、リズさん。ここには何人、吸血鬼がいるんですか?」
「それはまだ分からないが、従業員だけとしても、10人はいるな」
「だ、大丈夫なんですか?そんなに支配種がいて」
「なあに、支配種といっても、基本的には妖魔だ。首を切り落とされたら死ぬさ」
何だか自信たっぷりだけど、大丈夫かな?ほら、あそこの女性客をナンパしてる奴も吸血鬼だ。こんな敵地の中に入り込んでも、リズさんの態度は全く変わらない。
「さて、ビールでも飲むか。君はどうする?」
「俺はまだ未成年ですよ」
「来年には卒業だろ?プロムでしこたま飲むことになるんだ。今から経験しておきたまえ」
リズさんはそう言うと、さっさとバーのほうに歩きだした。なかなか素敵な提案だった。というか、酒でも飲まないと落ち着けないだろう。
「ねえ、君って高校生?」
突然、声を掛けられ飛び上がりそうになった。見るとグラマラスなブロンド美女が、誘惑的な目付きで俺を見ていた。でも、俺には分かってしまうのだ。彼女が吸血鬼だということを。
「いや、童顔に見られるけど、これでも大学生だよ」
内心ドキドキしながらそう答える。リズさんが戻ってくるまでは、何とか口八丁で誤魔化すしかない。
「ふうん。ねえ、一緒に泳がない?気持ちいいわよ」
「あー、悪い。連れがいるんだ」
「そう、さっきの金髪の人?つまり・・・あなたも夢想士ってことね」
こちらも最初からバレていた。まあ、リズさんってかなり印象深いからなあ。
「いきなり、こちらのテリトリーに入ってくるなんて、良い度胸ね。それともお馬鹿さんなのかしら?」
ブロンド美女の雰囲気が、どんどんどす黒くなってゆく。さっきの水の弾丸でなんとかなるか?
〈すぐに結界を張って!来るよ!〉
突然、イヤホンマイクから音声が届いた。エマだ。
俺はすぐに結界を張った。ブロンド美女の鉤爪がガキン!と突き立てられる。くそう、こうなったら破れかぶれだ!手のひらに水球を出し、
「水之弾丸!」
両手から水が飛び出し、ブロンド美女の左胸に穴を開ける。
「ぐはっ!?小癪な真似を!」
ブロンド美女は荒れ狂って結界を攻撃してくる。その間、何発も水之弾丸を撃ち込んでいるのに、ダメージを負った様子はない。くそう、やっぱりBランクの俺には無理があるのか?
そこに、リズさんがやってきて、剣でブロンド美女の首を跳ねた。その身体が灰になって消えて行く。
「少々、荷が勝ちすぎたようだな。従業員だけだと言ってたが、客の中にもいるぞ、エマ」
〈情報不足は謝るよ。でも、そのくらいの人数なら楽勝でしょ?〉
「バカ、レベル上げには荷が重すぎる。仕方ないピートをこちらに寄越してくれ」
〈アイアイサー〉
うわ、やっぱり俺には荷が重いのかよ!来るんじゃなかった!
「ジョニー、水はどんな形にでも変えられる。それを応用すれば様々な攻撃が可能だ。それにこれだけ水が大量にあるんだ。それを自在に操るイメージを持て!」
って、そう言われても!
そして、蝶ネクタイの従業員が3人、俺たちを取り囲んだ。
「こうも堂々と夢想士が入り込むとは、警備は何をしてる?」
この店のチーフらしき男が他の二人を叱責する。
「スミマセン、連絡が取れません。すでに殺られた後かと」
チーフはリズさんを忌々しげに睨み付けて、
「模倣者め、あちこちのコミュニティを潰して回ってるらしいが、ここはそう簡単にいかんぞ!」
そう吐き捨てた。
「それはどうかな?ところで、お前たちの仲間に、眠りを奪う術を使う奴はいるかい?」
リズさんは全く気圧される様子もなく、そう尋ねた。
「ああん?知らんな。そんなことより、自分の命の心配でもしてろ!」
3人が襲い掛かってくるかと思った時、バーから爆発音が響いた。見ると、ピートがグレネードランチャーを置き、MP5の短機関銃に持ち変えるところだった。店内はパニックになり、人間たちは大急ぎで店の外へ出ようと押し合いへし合いの団子状態になっている。
「ちっ、あの忌々しい戦争屋め!殺せ!夢想士と、それに連なる連中は皆殺しにしろ!」
「生憎、皆殺しになるのはお前たちだ」
リズさんの手には十字剣が握られていた。俺も急いで両手に水球を発生させた。短機関銃の銃声のスタッカートが鳴り響く中、吸血鬼たちは、ピートの制圧に向かう者とリズさんを狙う者で分断された。
「行くぞ、吸血鬼!」
リズさんが疾走状態に滑り込んだ。次々に灰になってゆくが、俺のほうにも何人か襲い掛かってきた。結界に遮られて地団駄踏んでる連中に向けて、
「水之弾丸!」
取り囲む吸血鬼たちの眉間に、水の弾丸を撃ち込んだ。少し怯んだだけで死なない。どうすれば良いんだ?
〈ジョニー、プールの水を利用して!まずは連中を一網打尽にして、水圧を掛けて水のチェーンソーを作って首を切断するんだよ!〉
突然エマにそう指示されたが、そんなやったこともない技。使えと言われても。しかし、このままじゃ殺られてしまう。俺は大量の水が宙を舞う様をイメージして、念を込める。すると、プールの水が噴水のように吹き上がって、俺の回りにいる吸血鬼どもが、太いロープのように襲い掛かる水に縛り上げられた。
「やった!動きを封じたぞ!」
〈さ、後はチェーンソーだよ〉
軽く言ってくれるなあ。だが集中してイメージすると、チェーンソーのように回転する水が出来上がる。それを移動させて吸血鬼たちの首を跳ねる。
「やった!本当に成功した!この技は水流切断と名付けよう!」
〈リズと寝たお陰で君の能力が底上げされたんだよ。さて、派手にやったからそろそろ警察がやってくる。撤退の準備をして〉
「え、リズさんとピートは?」
〈もう交戦は終わったよ。ボヤボヤしてると捕まるよ。あ、ちゃんと魔水晶の回収も忘れずに!急いで!〉
エマの指示で転がっている魔水晶を回収し、店の出入り口に向かうと、リズさんも撤退に掛かっていた。
「やあ、ジョニー。首尾はどうだった?」
「上々ですよ!これならB+ランクにも引けを取らない!」
「おい、二人とも!雑魚は始末したぞ!急いで撤退だ!」
銃を構えたピートがそう促す。
「よし、急ごう」
俺たちはパトカーのサイレンが鳴り響く中、撤退行動に移ったのだった。
第2章 闇之夢想士
俺はこっそりと家に戻り、少しばかりの仮眠をとった。興奮状態だったが、同時に力の使いすぎで疲れていたので、泥のように眠った。
そして、目覚ましに頭をキックされて、嫌々ながらも身体を起こした。短時間ではあるがかなり熟睡したようで夢も見なかった。
「ジョニー、起きたの?早く支度しなさい」
母さんの声に促され、俺は着替えて朝食のテーブルに着いた。
「あら、ナイトプールで銃撃戦だって。怖いわねえ」
テレビには昨夜の店が炎上している様が、ドローンで写されていた。あそこに俺も昨日いたんだよな。何だか実感が湧かない。
「また麻薬絡みの事件かしらね?ジョニー、あなたも巻き込まれないよう、気をつけるのよ」
「分かってるよ、母さん」
まさか息子が事件に関わってると思いもしない母は、首を振って画面に見いっていた。
「じゃあ、俺はもう行くよ」
「あら、もう良いの?コーヒーのお代わりは?」
「いや、もう十分だよ、それじゃ行ってきます」
「そう。じゃあはい、今夜の食事代」
「ありがとう」
母の頬にキスをして俺は家を出た。何だか生まれ変わったような気分だった。試しに手のひらの上に水球を出す。高速回転させると、それだけでかなりの威力がありそうだった。夢想士はその名前通り、イメージする力の強弱でランクが変わる。今の俺ならB+ランクも取得出来るかもしれない。
そんな浮わついた気分のまま、登校ルートを歩いていると、
「Hi、ジョニー」
見知った顔が挨拶をくれた。幼なじみのルーシー・ヴェネットだった。
「おはよう。今日は遅いな、ルーシー」
「そうでもないわよ。私はいつもこれくらいの時間よ」
「そうだっけ?生徒会の仕事とかで、もっと早かった気がするけど」
「もう、私も生徒会長じゃないからね。受験勉強一筋よ」
「ICはどうするんだ?」
「ま、そっちのほうは気分転換に参加するかもね」
「おいおい、部長がそんなこと言って良いのか?早く次期部長を決めないと」
程なくウィルシャー高校の正門に到着した。警備員にカバンの中身を見せて中に入る。
「ICは、政府からも助成金が出てる公式の組織だからな。ちゃんとしないと」
「随分と偉そうに能書き垂れてるじゃないか」
角から姿を表したデュークは、いつもの取り巻きを連れて、声を掛けてきた。
野郎!来やがったな!
「Hi、デューク。揉め事なら止めてよね。私たち夢想士の評判が悪くなるわ」
ルーシーは何気ない風を装ってるが、デュークを強く牽制していた。
「おいおい、止めてくれよルーシー。揉め事なんて、大袈裟だ。俺たちは同じクラブの仲間なんだ。そうだよな、ジョニー?」
ここで俺に振るか?しかし、今日の俺は一味違うぞ。
「お前の仲間になった覚えはない。お前の取り巻きたちと一緒にするな」
俺の言葉でデュークのこめかみがピクッと痙攣した。沸点の低い奴だ。
「言うじゃないか。昨日のされたのに、まだ自分の実力が分かってないのかよ?」
「お前は吸血鬼を倒したことがあるのか?なけりゃデカイ口を叩くな」
デュークの顔が小馬鹿にしたそれに変わる。
「吸血鬼!?お前、昨夜はよっぽど良い夢を見たらしいな。高校生が吸血鬼に勝てるわけねーだろ。身の丈に合わない夢を見てんじゃねーよ」
「つまり、勝てないんだな?じゃあ今後俺に対して一切の嫌がらせを止めろ。じゃないと後悔するぞ」
「な・・・んだと、テメー!」
遂にキレたデュークがボクシングスタイルで殴りかかってきた。
おお、見える!見えるぞ!!今まで見えなかったデュークの攻撃が、ハッキリと手に取るように分かる。すでに疾走状態に滑り込んでいるはずだが、デュークのパンチの軌道が全て読める。俺はフック気味のパンチを上体の動きだけでかわし、ボディーに渾身の力をこめたパンチをぶちこむ。
「ぐうっ!?」
そして、がら空きになってる顎にフックを叩き込んで、文字通りKOした。取り巻きたちはオロオロして、どうして良いか分からない様子だ。
「早く連れていけよ。授業が始まるぞ」
俺の言葉でようやく連中は、デユークを連れて校舎の中に入っていった。
「驚いたわね。デュークはB+ランク、あなたはBランクでしょう?どうしても勝てるはずがないのに・・・何か特訓でもしたの?」
ルーシーの戸惑いと驚きは当然だ。一つランクが違うだけで、疾走状態の反応速度は10倍になる。本来ならあり得ない話だ。
「まあね。自分より遥かに強い存在と戦えば、意外と呆気なくレベルがあがるんだよ」
「早速、放課後に顧問に頼んであなたのレベルを計ってもらいましょう。私の見立てではAランクに達してるかもね。普通ならあり得ないことだけど」
誰しも考えることは同じか。まあ、俺自身どこまでレペル上げに成功したのか、計ってもらいたいものだ。
クラスの違うルーシーと別れ、俺は今日も勉学に励むのだった。
放課後、ICの顧問である、ミシェル教師にレベルチェックのテストをしてもらった。
「良いの、ジョニー?君は確かBランクだったわね?いきなりAランクのテストを受けるなんて、無謀だと思うけど」
「まあ、守りは完璧です。今は自分の能力を試して見たいんです。よろしくお願いします」
ICの専用クラブ棟の闘技場で、俺とミシェル教師、そしてルーシーだけがこの場にいた。
「良いわ。チャレンジ精神を持つことは良いことよ。それじゃ行くわよ!」
ミシェル教師は呪文を唱えて、地面に生じた魔方陣から妖魔を呼び出した。頭はトカゲのようだが、ちゃんと人間のように2本足で立ち、筋肉隆々の手強そうな奴だった。正にAランクの夢想士でしか倒せない、上級妖魔だ。
恐ろしいスピードで襲い掛かってくる妖魔に、水之弾丸を次々撃ち込んだ。動きが止まるが、まだそれほどの威力はない。次に俺は大量の水を生み出し、ムチのようにしならせて妖魔の身体に巻き付けた。そのままギリギリと締め付けて動きを封じる。
「トドメだ!水流切断!」
水を平らに圧縮し高速で回転させる。手の動きに連動させて妖魔の首を跳ねた。その身体がボロボロと崩れて行く。
「何てこと、ジョニー、一体どんな特訓をしたの?こいつはAランクの夢想士でないと倒せない強さなのに!?」
「ミシェル先生、それで評価のほうは?」
「あ、ああ、これなら文句なくAランクね。IDカードを渡しなさい。すぐに再発行してくる。それにしても大したものね。短期間でこれほどレベルを上げた生徒は今までいなかったわ」
ミシェル教師は興奮を隠せない様子で、急いで闘技場を出ていった。
「本当にどうしちゃったの、ジョニー!?朝はデュークを一方的に倒して今度はAランク相当の妖魔を倒しちゃうなんて!秘密の特訓でもしたの?」
確かに秘密の特訓はしたが、それをルーシーに話すことは出来ない。自分の童貞と引き換えに手に入れた力、なんて言えるわけがない。
「近所にA+ランクの人が住んでることを最近知ってね。稽古をつけてもらったってわけさ」
「へええー。良いなあ。私もレベルを上げたいわ。報酬とかどれくらい取られるの?」
「あー、えーと、それは・・・学生割引してもらって、残りはローンで払うことになってるんだ」
「そっかあ。やっぱりそう簡単にレベル上げなんて、出来ないのね。でも興味はあるわ。今度紹介してくれない?」
まあ、相談所なんて看板出してるんだし、お悩み相談なら問題ないだろう。恐らくは。
「ああ、良いよ。また、そのうちにね」
俺は肝心なところは秘匿したまま、軽い気持ちで請け合うのだった。
玄関のチャイムが鳴った。私は瞑想と呼吸法で、全身の疲れを癒してるところだ。何しろ眠れないので身体にはすぐに疲労が蓄積する。方術の修行はその疲れを癒す唯一の方法だ。
「つべこべ言うな、エマ!いるのは分かってるんだ!」
おや、この声は。イースタン市警のフィル・シモンズ警部か。大方、昨夜の件で怒鳴り込んで来たに違いない。
「エマ、良いから入ってもらって。私が応対するよ」
ドカドカと足音を鳴らして応接室に姿を現したシモンズ警部は開口一番、
「一体、どういうつもりだ、リズ!」
部屋の入り口に仁王立ちで、いきなり叱責を始めた。こめかみには神経質そうな血管が、浮き出している。
「まあ、座ってくださいな、警部。コーヒーは如何です?」
「ああ、もちろん、いただこう!」
私のブレンドしたコーヒーのファンである警部は、この言葉に弱い。
ソーサー付きのカップで香りを楽しんだ警部は、美味しそうに最初の一口を楽しんでいた。
「さて、用件は察してますが、昨夜のことですよね?」
私が話を振ると、シモンズ警部はハードボイルドな顔付きに戻り、
「そうだ!一体どういうつもりなんだ?ここは紛争地帯じゃないんだぞ!派手に銃撃戦を演じるとは、言語道断!」
一気呵成にまくしたてた。
「まあ、記者会見でどう説明するか、悩ましいところですね」
「そうだ!人間の目撃者も多いところで、派手に妖魔とやり合うとは、俺をストレスで殺すつもりか!?」
「隠蔽のための失認結界を張るのを忘れてました」
「忘れるなよ、そんな大事なことを!妖魔や夢想士の存在を派手に宣伝するな!!」
「大丈夫ですよ、警部。夢想士組合には優秀な清掃人がいます。どんな派手な事件でも、事故として隠ぺいされますから」
「そういう問題じゃない!現場の夢想士にもっと危機管理意識を持ってもらわないと、俺の胃痛は収まらないんだ!」
コーヒーをぐいっと飲みきった警部は、カップを置いて縁をコツコツ叩いた。
はいはい。私の美味しいコーヒーでも飲まないと、やってられないってわけですね。私は警部のカップに熱々のコーヒーを注いだ。目に見えないポットを使って。
「以後、気を付けますよ、警部。これから暴れるときは、ちゃんと隠ぺいしますから」
「そういう問題じゃない!全然分かってないじゃないか!」
「しかし、警部。現場で妖魔と戦う夢想士たちの身にもなってください。命懸けの戦いになれば、余裕もなくなりますよ」
「うーん、それはそうだろうが・・・」
「それに、人間の記憶なんていい加減なものです。化け物を見たといっても、それをさも科学的な言葉で説明してやれば、容易く幻覚か見間違いで事は収まりますよ」
「まあ、この街の科学者は妖魔の存在を知ってるくせに、表向きは非科学的だと、その存在を否定してるからなあ」
人口300万のマンモス都市である、イースタン・シティには、妖魔の存在を認め、その生態を研究したり、夢想士の能力の解析などを行っている機関や研究所が山ほどある。私は夢想士組合と提携している組織しか信用してないが、世の中光もあれば闇もある。己の欲望のためにしか能力を使わない闇之夢想士の存在も忘れてはならない。この連中は自分の利益になることにしか能力を使わない。それどころか、妖魔と手を組む連中もいるから始末が悪い。
「そういえば、警部。私がこの間、特別刑務所送りにした闇之夢想士は口を割りましたか?」
「ん?自ら超絶好調を名乗ってた、あのイカれた奴か?残念ながら死んだよ」
「死んだ!?殺されたんですか?セキュリティの高い特別刑務所で、一体どうやって!?」
思わず取り乱した私をシモンズ警部は手で制した。
「落ち着け。状況的には自殺したと思われるが、何らかの精神攻撃を受けてた場合、自殺させられた可能性はある」
「警部、遺体はまだあるんですか?」
「ああ、司法解剖があるからな。だが、どうして?」
「本当に精神操作されたのなら、痕跡が残ってるはずです。私ならその痕跡を探し出せる」
「うーん、解剖を遅らせることは出来るが、精々今日いっぱいだぞ?」
「精神操作されてたなら、私の脳をいじくった奴かもしれない。警部、早速訪ねても良いですか?」
「あー、リズ。そう焦るな。これから電話をかけるから、その後、俺の車で一緒に行こう」
私は逸る気持ちを抑え、頷いた。
「なんだ、君か」
玄関に現れたエマはつまらなそうに呟いた。
「随分とご挨拶じゃないか!昨日の今日で対応が違いすぎる!」
「だって、君はただの依頼人の一人だからね。新たな依頼がないのなら帰ってくれないかな?」
「塩対応にも程がある!」
俺たちのやり取りを見ていたルーシーがそこで口を挟んだ。
「ジョ、ジョニー、彼女は妖魔よ。大丈夫なの?」
そこでようやく、ルーシーの存在に気づいたエマは、
「何だ、新たな依頼人を連れてきてくれたのか。早くそういえば良いのに」
急に手のひらを返したエマは、
「「リズの相談所」にようこそ。さあ、入って。リズは生憎不在だけど、すぐに帰ってくると思うから」
完璧な営業スマイルでエマは俺たちを応接室に案内する。なんだ、この対応の違いは?
「すぐにコーヒーを持ってくるよ。リズが淹れたやつじゃないから、味の保証はしないけどね」
ウィンクを決めてエマは部屋を出ていった。
「ちょっと、ジョニー。彼女は妖魔よ。どうなってるの?」
「いや、妖魔でも、鑑定士とか情報屋とか、夢想士組合の一員として働いている奴はいるだろ?」
「あー、そうか。協力者ね。初めて会ったから敵かと思ったわよ。そういえば首から夢想士組合のIDカード、ぶら下げてたわね」
流石にルーシーは優秀だ。俺は最初、すぐには分からなかった。
「お待たせ~」
エマがトレイを持って現れ、俺たちの前にコーヒーカップを並べる。
「エマ、リズさんがいないって、仕事か?いくら不眠症だからって、昼間まで働かなくても」
「君もバカなこと聞くなあ。そんなの秘密に決まってるじゃない。一応ウチは、夢想士組合の個人支部だからね」
何だかエマの対応が冷たすぎる。一緒に戦った仲間という、俺の認識は甘いのか?だが、
「ふーん、かなりレベルアップしてるじゃない。やっぱりリズと寝た効果は・・・」
「わー!わー!わー!」
俺は大声でエマの発言をかき消した。そして、彼女の手を取り部屋の外に出る。
「いきなり、デリカシーのないこと言うな!連れがいるんだぞ!」
「何だ、彼女は君と付き合ってるのか?なかなかどうして、隅に置けないな」
「ルーシーはただの幼なじみだよ!それでも、会ったばかりの人と寝たとか、そんな話聞かせられないだろ!」
「はー、人間ってのは、何でそんな下らないことを気にするのかなー?」
エマは肩をすくめてため息をついた。ああ、なるほど。人間と妖魔の共存が難しいのは価値観の違いか。まあ、俺たちは妖魔は人間を食い物にする化け物と教えられてきたからな。
「まあ、とにかく、リズは出掛けてるから、重要な話なら日を改めることをお勧めするよ。リズは知っての通り眠れないから夜通し吸血鬼狩りしてるけど、昼間は相談所でのんびりやってるからね。今日はたまたまいないけど」
「なんだよ、それを早く教えてくれよ。そっかー、じゃあコーヒー飲んだら帰るか」
「ところで、用ってのは、ひょっとして彼女のレベル上げかな?」
「だから、彼女じゃないって!っと、まあ用件は確かにルーシーのレベル上げだけど」
「そうかそうか」
何やらルーシーは楽しそうに笑ってる。何か気になるなあ。
「だったら、本当に日を改めたほうが良いね。それから今度は彼女が一人で来たほうが良い。レベル上げはデリケートだからねー」
「?分かった、そうするよ」
何やら合点がいかないところがあるが、それが相談所の決まりなら仕方ない。俺はルーシーに伝えるため、応接室に戻った。
闇之夢想士専門の刑務所、ノースキル収容所の中には司法解剖を待つ遺体を、収容している遺体安置所があった。私はシモンズ警部と共に係員を説得して、遺体の検分する許可を取り付けた。
「No.13、ここか」
ボタンを操作すると壁から金属製のベットが現れる。
「超絶好調か。今頃あの世でどんちゃん騒ぎしてそうだな」
シモンズ警部は顔をしかめ、私は遺体の頭部に手を当てて電磁波を流し込む。色々な情景が浮かび上がる。一つ言えることは、ヤクの売人で、売春宿を経営し、何人も殺してるイースタン・シティの暗部を代表するロクデナシということだ。
と、記憶の途中で吸血鬼が出てきた。この男が闇に堕ちるキッカケを作ったのは、どうやらこの吸血鬼らしい。身長約2メートル、体重90キロはありそうな筋肉の化け物のような奴だ。
会話は?会話はないのか?
「バーンズ、あんたがこの間卸してくれたヤクは上質だ。一儲け出来るぜ」
「超絶好調、分かってると思うがなるべく若くて、上玉を寄越せ。お前には期待してるぞ」
ここまで記憶を見たところで、バーンズと呼ばれた吸血鬼がいきなり私と目線を合わせた。
「誰だ!見ているな!?」
私は咄嗟に両手を放して無理やり繋がりを断った。下手をしたら私まで術中にハマっていたかもしれない。
「どうした、リズ?何があった?」
シモンズ警部が心配げに尋ねてくるが、私はしばらく深呼吸を繰り返して心に残る微細な悪意を追い出した。
「シモンズ警部、バーンズという奴に心当たりは?」
「バーンズ?そいつが黒幕なのか?」
「ええ、恐らく。超絶好調の縄張りは?」
「確か57区だと思うが、吸血鬼なら複数の縄張りがありそうだな」
と、その時、遺体の中からカウントダウンが聞こえた。
「警部、床に伏せて!」
「な、なんだ!?」
私たちが床に伏せた直後、遺体は派手に爆発した。全身の骨が散弾のように天井や壁に突き刺さっている。
「一体何が起きたんだ!?」
「生体爆弾ですよ。もし記憶を読む者がいたら、口封じに爆殺するためのね」
「だとすると、その、バーンズという吸血鬼は、かなり用心深い奴のようだな」
「ええ、でもバッチリ顔は見ましたから、あとでモンタージュを作成しましょう。それと、見つけても絶対に手出ししないように周知徹底してください。この吸血鬼は私でないと倒せませんよ」
「ああ、分かってる。夢想士でない我々は、バックアップくらいしか出来ることはないからな」
シモンズ警部は立ち上がり、すぐに遺体安置所に人員を寄越すように、スマホで連絡を取っていた。
私は久しぶりに気分が高揚していた。記憶を操作する吸血鬼。私から眠りを奪ったのはあのバーンズという奴かもしれない。私は警部を残して急いで家に取って返した。
「会ってみたかったなあ」
隣を歩くルーシーがポツリと言った。
「仕方ないよ。また明日来れば良い」
「そうだけどさ。一晩でジョニーをレベル上げさせたAランクの夢想士なんて、興味あるじゃない?」
「変わった人だよ。優秀なのは間違いないけど」
などと益体のないことを喋りながら歩いていると、行く手を阻む連中がいた。
「おい、デューク。まだ懲りないのか?もう勝負はついたろ?」
デュークは何だか雰囲気が変わっていた。背後にチラチラ黒いオーラが見える。
「うるせえ!俺はまだ本気を出してねーんだよ!」
デュークは手をかざすと黒くて巨大な地獄之番犬を顕現させた。
「俺の地獄之番犬でズタズタに引き裂いてやる!」
「ちょっと、デューク!夢想士同士の私闘は禁止されてるのよ!今すぐ止めなさい!」
ルーシーが仲裁に入るが、デュークは聞く耳を持ってなかった。
「引っ込んでろよ、ルーシー。君はもう部長じゃないんだからよ」
デュークがパチッと指を鳴らすと、獰猛そうな地獄之番犬は吠えることなく、静かに疾走してきた。俺は両手に水球を生み出し呪文を唱えた。
「水流之鞭!」
俺の両手から飛び出した水はムチのようにしなり、地獄之番犬の全身をきつく締め上げた。悲鳴を上げる魔物にデュークは罵声を浴びせた。
「何やってんだ!そんな水、さっさと抜け出せ!」
だが、その命令は無駄になった。俺の飛ばした水之弾丸が地獄之番犬の眉間を撃ち抜いたからだ。形が崩れ消えて行く魔物。魔物使いにとっては悪夢の光景だろう。
「そら、勝負はついたぞ。デューク、さっさと消えろ」
「うおおおおー!何で?何でだよ、畜生!?」
デュークは崩れ落ち、地面を何度も叩いて泣きわめく。流石にちょっと哀れになってきた。
「なあ、デュークもう終わりにしよう。同じ夢想士同士で争っても仕方ないだろ?」
「うるせえ!」
デュークはゆっくりと立ち上がると、憎しみを込めた目で俺を睨んだ。
「このままじゃすまさないぞ?必ずテメーにはひと泡吹かせてやるぜ!」
捨て台詞を残すとデュークは取り巻きたちを連れて、俺の視界から消えていった。
「デュークも困ったやつだけど、凄いじゃない、ジョニー!あんな技見たことないわ。あれがAランクの技なのね、スケールが違う」
ルーシーが盛んに俺を褒め称えるが、俺は正直、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。命懸けだったとはいえ、かなりチートなやり方でレベル上げしてるからだ。
せめてAランクらしく、これからは訓練に励むとしよう。俺は心の中で密かに誓った。
「くそっ!ジョニーの野郎、ただじゃおかねえ!」
デュークはビールを飲みながら、際限なく繰り返す。巻き紙の大麻に火を点けて、盛大に煙を吐いていた。
「なあ、デューク。俺の車の中でハッパはやらないでくれよ」
「うるせえ、ミッチ!文句あるのか?」
そりゃ、大ありだよ。でも口には出さない。スナイプス家はイースタン・シティでかなり名の知られた夢想士の家系だ。だから、ジョニーの奴にこてんぱんにやられても、取り巻きたちはデュークに逆らわない。
「デューク、魔物はやられたが戦士の称号も持ってるんだろ?じゃあまだ負けたわけじゃないぜ」
「そうそう。ジョニーなんて所詮Bランクだった成り上がりだから、今度こそ思い知らせてやれ」
他の連中が好き勝手なことを言っている。けど、ジョニーの奴のあの技はAランク相当じゃないか?そう簡単にいくとは・・・
その時、車のドアをノックする者がいた。マズイ、サツか!?デュークたちは慌ててハッパやビールを隠した。
俺はドアを開けて車を降りた。
「だ、誰だ?俺たちは何にもしてないぜ」
辺りを見渡すと、後部座席付近にフードを目深に被った人物が立っていた。
「な、なんだ、あんた。サツじゃなさそうだが」
震えそうになる足をどやしつけて、俺は質問する。
「デューク・スナイプスはいるか?」
地獄の底から聞こえてくるような、凄みのある声だった。デュークは唇を噛んで逡巡した後、後部座席のドアを開けてフードの男の前に立った。
「俺がデュークだ。あんたは誰だ?」
「ほう、良い具合にオーラが黒ずんでるじゃないか」
男はフードを外し素顔を晒した。スキンヘッドで顔に悪魔のタトゥーを入れた男だった。
「何の話だ?こっちは機嫌が悪いんだ。からかうつもりなら・・・」
「欲しいんだろ、力が?自分に恥をかかせた同級生に復讐したいんだろ?」
「あ、あんた、なんでそんなことを・・・」
「知ってるかって?この街の夢想士のことなら、大抵把握してるさ。俺は夢想士同盟のザック・ワイルドだ」
「ユ、夢想士同盟!?」
話に聞いたことがある。夢想士組合と違い、妖魔の討伐もせず、自分の欲望のために能力を使う異端者の組織。それどころか、妖魔と手を結ぶ連中もいるらしい。そして、夢想士同盟の連中は闇之夢想士と呼ばれている。
「そ、そんなあんたが何故接触してくる!?俺たちはこれでも夢想士組合の下部組織、ICの一員なんだぞ!?」
「ふ、ハッパやビールをやってる時点でアウトだろ?まあ、俺は夢想士同盟のエージェントってところさ。デューク、手っ取り早く強くなりたくないか?」
「!?」
「ふふ、知ってるぜ。格下と侮ってた奴にこてんぱんにやられたんだろ?」
「テメー!」
「おっと」
がむしゃらに突っ込んだデュークは、かわされて地面に転けた。
「こ、この野郎!」
起き上がろうとしたデュークの前に、ザックと名乗った闇之夢想士は一振の剣を地面に突き刺した。
「!?」
「この剣はな、ドラゴンスレイヤーと言って、噓か真かドラゴン退治に使われた名剣だ」
「ド、ドラゴンスレイヤー・・・」
「さあ、柄を掴んでみろ。お前を持ち主と認定すれば、この剣とその力はお前のものだ」
「お、おい、デューク!」
俺は咄嗟に呼び掛けたが、ザックに睨まれて動けなくなってしまった。
デュークは手を伸ばし、剣の柄を掴んだ。その瞬間、目映い光が辺りを包んだ。そして、再び夜の闇が戻って来た時には、デュークは別人に変貌していた。まるで歴戦の剣士のような獰猛な顔付きになっていた。
「これでお前も夢想士同盟の同士だ。残りの連中はどうする?」
ザックはまるで虫けらでも見るような目付きで、俺たちを品定めする。
「も、もちろんついて行くさ!デュークがそうするなら。なあ、みんな!」
一人が阿諛追従すると、他の連中も口々に賛同した。実際、拒否権など最初からなかったのだ。
「よし、まずはジョニーという奴を血祭りに上げろ。その後は模倣者だ」
こうして俺たちは半ば強制的に夢想士同盟に取り込まれたのだった。
第3章 弟子入り
俺は午後11時頃に、こっそり窓から抜け出した。目指すはもちろんリズの相談所だ。俺は足取りも軽く目的地につき、呼び鈴を鳴らした。
「また、君か。いい加減にしてよ」
エマに開口一番、そう言われた。
「え、いや、だって。この間一緒に戦った仲間じゃん」
「仲間?あれは単に君のレベル上げをするために必要な、案件の一つだよ」
エマの対応はかなり冷たいものだった。そこに、黒いコートを着たリズさんが顔を見せた。
「ん?ジョニーじゃないか。何か用事かね?」
心なしかリズさんの応対もビジネスライクなそれだった。
「いやー、せっかくAランクになれたので、リズさんのところで仕事をしてみたくて」
「うーん、何か勘違いをしてるようだが、まあ良い。とりあえず入りたまえ。コーヒーでも淹れよう」
流石にリズさんは大人な対応をしてくれた。エマはというと、ぷいっと顔を背け、別の部屋に入っていった。
「俺、エマに嫌われることしましたっけ?」
「ん?ああ、エマは客には愛想が良いが、それ以外の来客は基本的に歓迎しないんだよ」
なるほど。エマの態度が昨夜より冷たく見えるのはそのせいか。
「まあ、かけたまえ。君はミルクを入れる派だったな」
またもや、空中から湯気の上がるコーヒーが出てきた。この技能は身に付けたいな。
「それで、用件は何かね?私も夜は忙しいのだよ。手短に頼む」
「あー、いや、えっと。まずはレベル上げに協力してもらって、ありがとうございます」
「ああ、まあ仕事だからね。別に礼を言われる筋合いはないよ。貰うものは貰ったしね」
リズさんはタバコに火を点けて、ニヤニヤ笑った。
「あ、それで、俺の幼なじみもレベル上げしたがってるんですが・・・」
「んー?それは男かね?女かね?」
「え、女ですけど」
「女か。ふむ、まあたまには女を抱くのも良いか」
それを聞いて俺は思わず腰を浮かせた。
「え、リズさん。女でも抱くんですか?報酬として!?」
「そうだよ。これは東洋の房中術と言ってね、早い話がセックスで生命エネルギーを強化する、魔術の一種だ」
リズさんは悪びれもせずそう言った。何か本でそんな魔術があることは知ってたが、その使い手が目の前にいるとは。
「で、でもルーシーに、そんなやり方されるのは、ちょっと・・・」
「何を言ってるんだ、君は?レベル上げしたがってる本人が承諾すれば、なんの問題もあるまい?」
それは、そうなんだけれども。
「幼なじみのレベル上げね。承諾した。明日にでもここを訪ねるように言っておいてくれ。で、君は何の用なんだね?」
うーん、やっぱりリズさんもビジネスライクな対応だ。
「俺はもっと経験を積んで自分を磨きたいんです!だから、リズさんのパーティーに加えてくれませんか?」
「うん?」
リズさんの頭に?マークが飛び交ってる。俺はそんな突拍子もないことを言ってるだろうか?
「ジョニー、勘違いさせたのならすまないが、私はピートとエマがいれば他に必要ない。私は吸血鬼専門の夢想士だからな。他の妖魔の討伐をしてるまともなパーティーに参加したほうが良いぞ」
随分と淡白な反応だ。でも、俺は諦めきれなかった。
「リズさんが吸血鬼専門でも構いません!それに支配種を倒せるなら他の上級妖魔だって倒せるでしょ?だから、お願いします!」
俺は土下座して頭を床にこすりつけた。恥も外聞もどうでも良い。
「やれやれ無茶なこと言う奴だ」
リズさんはタバコに火を点けて、一口で全て灰にした。紫煙が立ち込める中、
「いいか?私のパーティーに加わるということは、このイースタン・シティの暗部全体を敵に回すということだ。君にその覚悟はあるのか?」
リズさんは顔を寄せてそう尋ねた。これが最後通牒であるということだ。もちろん、俺は目を反らすことなく深く頷いた。
「俺、昨夜の戦いでようやく自分の生き方を見つけたような気がするんです!安心してください!リズさんを失望させるようなことはしません!」
しばらく無言だったリズさんだったが、立ち上がり元の位置に戻ってソファーに座り込んだ。
「やれやれ。無茶苦茶言う奴だな。分かったよ、好きにしたまえ。しかし、私は夜を徹して討伐するんだが、昼間、学校のある君はいつ睡眠を取るんだね?」
「そ、それは出発前に仮眠を取るとか、方法を考えます。リズさんが気にしなくても」
「私が気にするよ。仕方ないな。君はパートタイムで働きたまえ。報酬は自分で倒した吸血鬼の魔水晶のみだ。それで良いね?」
「は、はい!それはもう!」
魔水晶は妖魔を倒すとゲット出来る、生命エネルギーの塊だ。夢想士組合で買い取ってもらえる。魔水晶は武器にも防具にも加工出来る優れもので、吸血鬼のなら、かなり高額で買い取ってもらえる。夢が広がるなあ。
その時、家の外から派手なエンジン音が聞こえてきた。
「ピートが来たな。行くぞ、バイト君」
その呼ばれ方は何か嫌だなあ。
「エマ、ジョニーの分のイヤホンマイクを用意してくれ。今夜からパートタイムとして働いてもらうことになった」
リズさんの言葉に、呆れたような顔でエマが姿を現した。
「本気なの、リズ?Aランクになったって言っても、経験不足な彼を討伐に参加させるなんて」
「少なくとも覚悟は出来てるようだ。まあ、昨夜の戦いでもそれなりに役に立ったからな」
「どうなっても知らないよ、はい」
不満顔だったが、エマは俺にイヤホンマイクを渡してくれた。
「それは今後、君が持っていたまえ。窮地に立たされた時など、ピンチに襲われた時でも、誰かが察して助けてくれるからな」
「ありがとうございます。でも、俺はピンチになっても足を引っ張ったりしませんよ」
「良い心がけだ。さ、行こう」
リズさんが家を出た後、エマが俺を引き留めた。
「街中の監視カメラをハッキングして常に状況を把握してるけど、決して無理はしないようにね」
ぶっきらぼうな言い方だが、俺のことを気遣ってくれるのは素直に嬉しかった。
「ありがとう、行ってくるよ!」
俺はエマに親指を立てて、元気に相談所を後にした。
「おいおい、一体全体、こりゃどういうことだ!?」
ピートの奴が、案の定なリアクションを見せた。
「リズ、この少年のレベル上げは成功したんだろ?なのに何故また今夜も同行してるんだ?」
ピートは車に寄りかかり、腕を組んで疑問を表明した。
「ジョニーが吸血鬼狩りのパーティーに参加したいというのでね。本人も覚悟を決めてるし、とりあえずパートタイムで参加させようと思ったのだよ」
リズさんは何てことないという態度だったが、ピートはあからさまに不満そうだった。
「おいおい、昨夜Aランクになったばかりの坊やが、戦力になるのかい?」
「それを言うなら、あんたは妖魔が視えるだけのDランクだろ?夢想士のパーティーに素人が加わってるようなものじゃないか!」
俺の指摘でピートの顔付きが変わった。
「おい、少年。言っていいことと悪いことがあるぜ。俺が素人だって?お前の思い上がりを矯め直してやるぜ」
ピートはゆっくりと俺に向かって歩み寄って来る。リズさんは止めもせずタバコを吹かしている。
よーし、やってやる!
近付いてきたピートに向かって、俺は疾走状態に滑り込み、パンチを顔面に向けて放つ。すると、信じられないことにピートは上体の動きだけでパンチをかわし、ストレートを俺の胴体に向けて繰り出した。かろうじてその攻撃はかわしたが、続く左フックで俺の目から火花が出た。よろめいたところをピートのハイキックが襲い、俺は何とか両腕でブロックした。が、その重い蹴りで2メートルは吹っ飛ばされた。
「よし、それくらいにしておけ、ピート」
リズさんのジャッジが下った。ピートは肩をすくめて、再び車に寄りかかった。
「ジョニー、分かったかね?ピートは攻撃に銃火器を使うが、疾走状態は使えるんだ。いくら傭兵でも、全くの素人を相棒にするわけないだろう?」
リズさんの解説を聞きながら、俺は何とか立ち上がった。
「な、何でだよ?素手でこれだけ強いなら、攻撃の術とか身につければ良いじゃないか。そもそもあんたは夢想士なのか?」
「いや、俺はただの傭兵だ。だが命懸けの戦場で戦ううちに、疾走状態とやらが使えるようになっただけだ」
何だかとんでもないことを言ってるぞ。俺はリズさんをすがるように見つめた。
「そんな顔をするな。おそらくピートには夢想士の才能があったんだろう。だが、正式な訓練を受けてないから、私たちのような術は使えないが、疾走状態だけは自力で身に付けた、ということだろう」
そんな話は聞いたこともない。だが、命懸けの戦場なら確かに疾走状態は使い勝手の良いスキルだ。
「納得したか、少年?そもそも銃を使っても、相手の動きが視えないんじゃ戦いにならないからな」
ピートはそう言って、腰のホルスターからグロック17を取り出した。
「そして、銃にも改良を加えてる。疾走状態の時でも、動作が遅くならず、光速に近い早さで弾丸を撃ち出すことが出来るんだ。それこそ吸血鬼相手でも、十分有効だぜ」
ピートはニカッと笑って拳銃を仕舞った。
「なるほど、分かったよ。あんたは確かに強い。でも最初から強かったわけじゃないだろ?俺が成長するまで待ってくれ。その時に改めてリターンマッチを申し込むぜ」
ピートは俺の台詞が気に入ったのか、頭を反らせてバカ笑いした。
「OK、楽しみにしてるぜ、少年」
「話はついたようだな。それでは出発しよう」
リズさんの一言で俺たちは車に乗り込み、大都会の夜に狩りに出掛けたのだった?
「おい、聞いたかい、バーンズ。超絶好調の奴が、ムショでくたばったらしいぜ」
俺の右腕であるダグが報告してきた。その件に関してはもちろん知ってる。奴の頭の中をいじくったのは俺自身だからな。
「そうか。闇之夢想士でも、使える奴だったんだが、残念だな」
俺は大きな執務デスクの椅子に座り、パソコンを操作した。超絶好調の名前の横に「死亡」と書き込む。
「さて、後釜を据えなきゃいかんな」
「それなら、ザックが適任じゃないか?昨夜、若い連中を闇之夢想士に引き入れたらしいし、使える奴だ」
「そうか。じゃあ57区はそいつに任せて、お前は引き続いて58区で例の奴を探し出せ」
俺の言葉にダグは顔を曇らせる。
「どうした?何か問題でもあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないが、本当に太陽を克服する方法が書かれた古文書なんか、あるのかい?」
「疑っても仕方あるまい。これは魔王カーライル様の勅命だ。お前は魔王に楯突く気か?」
「そ、そんな、大それたことは考えてねえよ。分かった、引き続き探索する」
ダグは頭をかいて、執務室を出ていった。奴は俺が直々に吸血鬼にした奴で使える男だが、いまいち、ここ一番って時の決断力に欠ける奴だ。まあ、ボスになれるタイプではないが参謀としては優秀だ。
「しかし・・・だ」
俺は昨日のことを思い出していた。超絶好調の記憶に入り込んできたのが、あの模倣者とはな。あの女は吸血鬼の間では有名な奴だ。数多くのコミュニティーを潰してきた夢想士で、何でも自分にかけられた術を解除するために、片っ端から吸血鬼に接触し、滅ぼしてきたらしい。カーライル様も機会があれば殺せと命令をくだしているが、未だに成功した者はいない。
「しかし、ついに俺の縄張りにやってくるか。俺が直々に相手をしてやっても良いが、ここは一つ、闇之夢想士同盟の連中にやらせてみるか。あのザックという男は、俺の精神支配を受けなかった奴だ。模倣者に届くかもしれん」
俺はパソコンを操作して今まで見つかった古文書のデータを、アプリで解析を試みる。見つかった古文書は全体の3割ほどだ。やはりデータ不足でエラーが出てしまう。
「思わぬ邪魔者がやって来そうだし、急がないといけないな」
俺はデスクを離れて紫外線を遮断するカーテンに歩み寄った。もうすぐ日が沈む。俺たちの時間だ。
俺たちは車の中で時を待っていた。あるロッククラブが吸血鬼の巣窟になっているらしい。建物の外に長い行列が出来ている。
〈調べた限りでは、そのロッククラブはデスメタルの聖地みたいだね。夜な夜な若者たちが刺激を求めて集まってくる。吸血鬼にとっては絶好の狩り場らしい〉
イヤホンマイクでエマの情報を聞いている。あれほどの人間たちが集まってれば、確かに獲物は選び放題だな。
「エマ、超絶好調の奴はここ57区だけでなく58区も縄張りにしていたのだろう?そっちのほうは何か情報はないのか?」
〈58区は特別刑務所のある所なのに、随分と大胆だよね〉
イヤホンの、向こうでエマが忍び笑う。
〈闇之夢想士同盟の連中が何か探してるみたいだね。思った通り、今回も夢想士同盟が絡んでた。どうやら2つの縄張りを持つ吸血鬼が何かを探索させてるみたい〉
「その何かというのはなんだ?」
〈んー、いや、まだそこまでは分からない。ただ、連中は古い図書館や博物館なんかを捜索してるから、歴史的に価値のあるものかもね〉
「吸血鬼が骨董品を漁ってるのか?うーん、エマ。引き続き調査を進めてくれ」
エマとの通話が終わったタイミングで、
「おい、開店したみたいだぜ」
ピートが緊張した声音で言った。
「我々も中に入るか。行くぞ」
リズさんは車から滑り降りて、早々と店に向かって歩き出す。
「ちょっと待ってくださいよ!」
俺は慌てて車を降りた。
「ヘイ、少年。リズは常に迷いない行動を取る。考えてる暇はないぞ」
ピートの言葉を聞きつつ、俺はリズさんの後を追って店に向かった。ピートは車に残って待機し、状況次第で店内に突入してくる予定だ。店先でチケットを買って中に入ると、そこはカオスの世界だった。長髪の奴が多いが金や赤、紫など色とりどりにカラーリングされ、革ジャンに金属の鋲を打っている。中にはTシャツで両腕にびっしりとタトゥーをいれてる奴もいる。一瞬長袖かと思った。
リズさんはバーカウンターでビールを呑んでいる。
「いやー、まるで不思議の国ですね。こんなイカれた連中が、普段どこに隠れているのやら」
「デスメタルなんて音楽が存在すること自体、今の時代は世界中がストレスを溜め込んだソドムってところだな」
「ソドムって何ですか?」
「君は旧約聖書を知らないのか?悪徳の限りを尽くしたことで、神の怒りによって滅ぼされた街の名前だよ」
リズさんはぐいっとビールをあおって教えてくれた。
「実際、人間の心の闇は深い。ドラッグや銃が平然とやり取りされ、事件のない日は皆無だ。神が本当にいるのなら、居眠りしているとしか思えない」
「リズさん、俺たち夢想士は正義ですよね?」
俺の質問にリズさんは一瞬、呆けた表情を浮かべたが、吹き出して笑いだした。
「いやー、悪い悪い。笑う気はなかったんだが、君のあまりにも純粋無垢な質問がツボにハマってね」
リズさんはタバコをくわえて火を点けた。
「もちろん、夢想士は善であるべきだ。だが中には悪に染まる連中がいる。それが闇之夢想士だ」
「その名前は聞いたことあります。でも、実際にいるんですか?」
「君はよほど幸運に恵まれてるんだな。会ったことがないとは。自分の欲望のためにしか能力を使わない。それどころか妖魔と手を結ぶ輩もいるんだ。そして、闇之夢想士にも拠り所となる組織がある。それが夢想士同盟だ」
俺は唸らずにはいられなかった。自分の私利私欲に能力を使うのは、仕方がない部分もあるが、妖魔と手を結ぶなんて、狂気の沙汰だ。
「それと、吸血鬼の場合、信仰者と呼ばれるカルト集団がいる」
「信仰者?」
「吸血鬼の手先となって昼間にあれこれ雑用をこなす連中だ。将来的に吸血鬼にしてもらうという契約を交わしてね」
「え、自ら吸血鬼にしてもらいたいって人間がいるんですか?」
俺はかなり驚いたが、リズさんは何てことない風に答える。
「まあ、一定数はいるさ。何しろ不老不死なんだ。憧れる奴がいても不思議じゃない」
「そりゃそうですが、でも!」
「お、始まるみたいだぞ」
会話は途中で断ち切られ、耳がぶっ壊れるんじゃないかという、とんでもない爆音がホールの中を荒れ狂った。
「うひゃー、これは本当に音楽か?どこかの工事現場にでもいる気分だ」
「ジョニー、いたぞ。ステージの上。今演奏してる連中は吸血鬼だ」
地声は全く聞こえないが、テレパシーで俺とリズさんは会話が出来る。
「どうするんですか?今すぐ討伐しますか?」
「いや、無駄な騒ぎは起こしたくない。このバンドのステージが終了してからにしよう」
今夜このクラブで演奏するバンドは3組。まさかとは思うが・・・
〈ハロー、聞こえるかい?〉
騒音の中、イヤホンマイクからエマの声が聞こえてきた。
〈情報を精査してみたけど、どうやらそのクラブのオーナーが吸血鬼みたいだよ〉
「そうすると、出演バンド3組全員が吸血鬼の可能性が?」
〈高いかもね。今のところその3組がレギュラー出演してるからね。ステージ上から目を付けておいた獲物を楽屋に招待して、美味しく血を頂いているのかも〉
「リズさん!」
「ああ、ざっと見たところでは観客たちの中に吸血鬼はいないようだ。楽屋に襲撃をかけるか。と、その前にほら」
リズさんに何かを手渡される。それは長大な十字架を思わせる剣だった。
「十字剣だ。銀と魔水晶を加工した剣で、不死身の吸血鬼にもダメージを与えられる。もちろん殺すことも出来る優れものだ」
「え、もらえるんですか?でも、それじゃリズさんの武器が・・・」
「心配は要らない」
リズさんの手にも十字剣が握られていた。
「この間討伐した、吸血鬼たちの魔水晶で新調したんだ。だからそれは君にプレゼントするよ」
「あ、ありがとうございます!」
「水属性の術だけで戦うのは無理があるからな。この剣なら頭以外の場所を攻撃しても、吸血鬼にダメージを与えられる」
それは有り難い。正直、水を使った術だけで吸血鬼を倒す自信はなかったからな。
「よし、行くぞ」
俺たちは移動を開始した。左側の扉を抜けて、その奥がバンドたちの楽屋になっている。だが、楽屋に通じる扉の前には屈強そうな二人のスタッフが警備している。ちなみに人間だ。
「待て、どこに行くんだ、あんたたち?」
「この先は楽屋になってるんだ。バックステージパスのない奴は大統領でも通さないぜ」
ボディービルダーみたいな筋肉を誇示して、通せんぼする。大統領はデスメタルはお気に召さないと思うがな。
「通してくれたら100ドルのチップを奮発するがどうかね?」
リズさんは100ドル札をヒラヒラさせながら、交渉を始めた。
「100ドルだと?桁が一つ少ないぜ」
「あんな騒音に100ドルは破格だと思ったんだがね。仕方ない。ジョニー後は任せる」
急にリズさんに振られて、一瞬呆けてしまったが、Aランクになった俺には、普通の人間の攻撃など止まって見える。思考速度も身体能力も常人の1万倍だ。そもそも喧嘩が成立しない。
「おい、舐めてるのか!」
「ズタボロにして表に放り出してやる!」
二人の屈強な男たちが、これ見よがしに身体を揺らして近付いてくる。俺は身長178センチで体重は60キロほどだ。奴らから見れば吹けば飛ぶような優男に見えるだろう。
一人が手を伸ばして胸ぐらを掴もうとしたので、疾走状態に滑り込んだ。巨体の腕を掻い潜って、右フックをみぞおちに、左ストレートをこめかみにぶちこんだ。100キロはありそうな巨体が軽々と飛んで壁に激突した。もう一人はまだ構えることも出来ていない。俺はワンツーパンチを顔面とみぞおちにお見舞いし、左ハイキックで太い首を刈った。
疾走状態を解除すると、二人の巨体のスタッフは、だらしなく地面に転がっていた。正直、このスキルはかなりチートだ。
「よし、行くぞ」
あれ?リズさん、賞賛の言葉は?まあ、良いか。一般人相手に負ける方が難しい。
リズさんが楽屋の扉を開くと、中には、ひいふうみい、10人の男たちがいた。その他にグルーピーとおぼしき女たちの姿もあった。
「な、なんだテメーら!」
「表のボディーガードたちは何してやがる!」
「生憎だけど、俺がKOした。意味は分かるよな?」
「な、なん、夢想士か!?」
男たちは慌てて立ち上がるが、女たちはみんな呆けた顔でソファーやテーブルの上で、夢うつつの状態だ。
「ヤクで女たちをトリップさせて、その血を飲んで自分達もラリって演奏してるのか。やれやれ、吸血鬼も地に堕ちたな」
リズさんの発言で男たちは色めき立った。
「こ、こいつ、模倣者か!」
「黒いコートにブーツ。目の下の隈、間違いないぜ!」
「ど、どうする?ザックに連絡するか?」
「バカヤロー!俺たちは吸血鬼なんだぞ!闇之夢想士なんかに頼る必要はねえ。俺たちで始末しようぜ!」
「そうだ、やっちまえ!」
おいおい、数が多いことに気付いて闘志を燃やし始めたぞ。確かに10対2。数の上では向こうが勝ってるが、こっちには吸血鬼専門の夢想士がいるんだぞ。憐れな奴らだ。
「ジョニー、水の術で連中を混乱させろ。その機に乗じて十字剣で倒してゆくぞ」
「了解!」
俺は十字剣を右手に、左手を前方にかざした。
「水流之鞭!」
ムチのようにしなる大量の水が、連中に襲いかかる。ただの水と侮ってた奴はいつの間にか拘束され、動けなくなっていることに気付く。
「よし、上等だ!行くぞ、ジョニー!」
「ひゃっほう!」
俺たちは十字剣で動けなくなった吸血鬼たちを、次々と血祭りにあげて行く。相手はCレベルの吸血鬼だったようで、苦戦することなく圧勝した。ただ一人の生き残りに剣を突き付けリズさんは尋ねる。
「精神攻撃を得意とする吸血鬼はいるか?具体的に言うと、相手の眠りを奪う術なんだが」
「そ、そんなの知らん!命だけは助けてくれ!」
「本当に知らないのか?もう一度、よーく思い出してみろ」
リズさんの剣先が相手の片腕に突き刺さった。悲鳴を上げる吸血鬼。
「そ、そういえば、この57区と58区を縄張りにしてる吸血鬼は、魔術が得意らしい!俺は見たことないがあんたの探してる奴かもしれねえ!」
ついに口を割った。Cレベルだと吸血鬼も大した脅威にならないな。
「そいつの名前は?」
「た、確かバーンズ、そうバーンズだ!」
「ありがとう。後はもう安らかに眠れ」
「え!?ちょっ・・・」
リズさんの剣が首を切り落とし、吸血鬼は灰になって消えて行く。後は今ステージに立ってる5人だけだ。
リズさんはタバコをくわえて火を点けた。
「それにしても、良い具合にレベルが上がってるな。君は使える人間だ。私のパーティーに入ってくれて良かったよ」
リズさんが手を差し出すので、俺は慌ててその手を握った。
「ようこそ、夜の真世界に」
リズさんはくわえタバコのまま、にんまりと笑った。
演奏を終えて楽屋に引き上げてきたバンドの連中も無事に始末し、クラブのオーナーの住む2階に襲撃をかけた。札束を勘定していたオーナーはドアを蹴破ったリズさんを見るなり、机の上に置いていた拳銃を発砲した。
「リズさん!」
「心配いらない。このコートは対物理攻撃、魔法攻撃を無効化する特別製だ」
言うが早いか、リズさんは疾走状態で一気に距離を詰め、銃を握った右腕を斬り落とした。悲鳴を上げる吸血鬼に剣の切っ先を突き付け、
「精神攻撃を得意とする吸血鬼を知らないか?相手の眠りを奪う術だ」
「そ、そんな奴は知らねえ!見ただろ?俺は銃がないと戦えないCレベルだ」
「そうか、じゃあもう用はない」
リズさんが剣を振り上げると、
「ま、待ってくれ!吸血鬼じゃないが、術を得意とする闇之夢想士なら知ってる!」
男は必死になって情報を漏らした。
「ほう、闇之夢想士か。確かに術を使う奴なら、そっちのほうが確率は高いかもな。名前はなんて言うんだ?」
「た、確かザック。ザック・ワイルドって奴だ!間違いねえ!」
男はもう恥も外聞もなく全てをうち明けた。
「しょ、正直に言ったぜ。これで俺の命は助け・・・」
リズさんは素早く首を跳ねて男の命乞いを黙らせた。
「ザック・ワイルドか・・・すぐにエマとシモンズ警部に当たらせて正体を突き止めよう」
〈会話は聞いてたよ。もう情報を探ってるよ〉
エマの声がイヤホンから聞こえてきた。仕事が早いなー。
「よし、居場所を突き止めるまで待機だな。ジョニー、車に戻ろう」
「あ、はい」
何か今回はあっさりと仕事が終わったな。ピートの奴、出番がなくてガックリくるかな?俺は内心ほくそ笑んで、リズさんの後を追ってクラブから脱出した。
第4章 千のナイフを持つ男
結局、正確な居場所は割り出せず、昨夜は早めの解散となった。深夜にこっそり家に戻り、ベッドに入って泥のように眠った。ザックという闇之夢想士と、バーンズという魔術を使う吸血鬼。2つの地区を掌握している黒幕でありながら、エマの技術をもってしても、尻尾も掴めない。
俺は朝食を摂ると、学校に向かった。途中でルーシーと出会うと彼女は昨夜の事件について語った。
「57区のロッククラブで、出演してたバンドと店のオーナーが行方不明になったらしいわ。最近、物騒な事件ばかりよね」
その当事者の一人がここにいるが、もちろん内緒だ。
「ところでジョニー、昨日の相談所だけど」
「ん?ああ。話は通してあるから行って来なよ。俺はちょっと野暮用があって一緒に行けないんだ」
「そうなの?うーん、一人だとちょっと心細いけど、A+ランクの夢想士に会えるなら頑張るわ」
どういう方法でレベル上げするかは言えなかった。そりゃ言えないよな。二人並んで歩いていると、行方を遮る連中がいた。予想通りというか、デュークとその取り巻きたちだ。
「おいおい、デューク。昨日勝負はついただろ?今日は何の用だ?」
「勝負なんてついてねえ!この俺が負ける勝負なんであるものか!」
デュークの両手に剣が握られていた。呪文無しで出せるとは、よほど手に馴染んだ代物みたいだな。
「地獄之番犬はどうした。使わないのか?」
「魔物使いの称号は返還だ!俺は戦士だ!」
そう叫ぶデュークのオーラは真っ黒だ。まさかこいつ、闇に墜ちたのか?
「行くぞ、覚悟しろ!」
言うが早いかデュークは疾走状態に滑り込み、剣で斬りかかってくる。その速度が増していることで、俺は慌てて十字剣を顕現させ、斬撃を正面から受け止めた。何てスピードと重い攻撃だ。昨日までとはまるで別人だ。デュークの剣が禍々しい黒い光を放つ。
「デューク、それは自分で作った剣じゃないな。まさか闇之夢想士と接触したのか!?」
「うるせえ!このドラゴンスレイヤーは俺の得物だ!」
ドラゴンスレイヤー?ドラゴンを討伐出来るっていう、伝説の剣か。しかし、そんなものを何故デュークが持ってるんだ?
「そーら叩き斬ってやるぜ!」
デュークの斬撃の早さに俺は防戦一方になってしまう。デュークというより、剣そのものが意識を持って自動的に動いているようだ。
「デューク!夢想士同士の私闘は禁止と言ったはずよ!」
ルーシーが両手に短剣を持ち、デュークの剣の動きを逸らした。ルーシーのクラスは戦士だ。その両手の剣の動きは美しく、そして苛烈だ。
「引っ込んでろよ、ルーシー!今、ジョニーの奴をぶっ殺すんだからよ!」
「なっ!?正気なの、デューク?」
「おい、お前らルーシーの相手をしろ。その間に俺はジョニーを始末する!」
デュークの奴、完全に闇に墜ちたか!だがそれならこちらも遠慮しないぞ!腕の一本は覚悟しろ!
取り巻きたちが、それぞれの得物を手に、ルーシーを取り囲む。彼女ならそう簡単にやられないだろうが、闇に墜ちた奴は引き換えに強い力を手に入れると聞いたことがある。なんにせよ、早くデュークを無力化しないと!
「水流之鞭!」
俺は左手をかざし、水のムチでデュークを縛ろうと思ったのだが、
「ひゃはは!相変わらず水遊びが得意なのかよ!」
デュークが剣を一振すると、水のムチが弾け飛んだ。やはり、デュークの能力を底上げしてるのは、あの禍々しい剣なのか!
「水之弾丸!」
何発も発射した水の弾丸も、やはり剣の一振で無効化された。仕方ない。疾走状態ならまだ俺のほうが上だ。剣で真っ向から戦うしかない。
「手品はネタ切れかー?ならこま切れに刻んでやるぜ!」
互いの剣が目まぐるしく動き、他者の目にはその動きが見えないだろう。高速の戦いでは少しの油断が命取りになる。何とかデュークの斬撃をかわしているが、こちらが攻撃する隙がない。あの剣はデュークの実力を何倍にも引き上げている。
不味いな。そろそろ疲労が溜まってきた。しかし、剣に操られてるデュークのスタミナは無尽蔵だ。捨て身の攻撃を覚悟したその時、
「ふん、ドラゴンスレイヤーか。また随分と年代物の剣だな」
くわえたタバコに火を点けたリズさんが、両手を腰にあてがい、つまらなそうに吐き捨てた。
つばぜり合いから、お互い距離を取ったデュークが、獰猛な目付きでリズさんを睨む。
「誰だ、あんた!ジョニーの仲間か?」
「というより、師匠だな。ジョニーのレベル上げをしたのは私だからね」
その言葉に、デュークの顔付きがさらに歪んだ。
「そうか、あんたか。ジョニーの野郎に余計な真似をしたのは!ならアンタにも死んでもらうぜ!」
デュークが地を蹴り、リズさんに迫る。
「リズさん!?」
「うん、さてと。電撃破壊!」
リズさんは何てことない風に、かざした手の平から電撃を発射した。
「ぐおう!?」
まともに食らったデュークは煙を上げながら、地面にぶっ倒れた。手を離れた剣を、リズさんが拾い上げる。
「ふむ。元々は勇者の使う正義の剣だったのが、闇之夢想士の手に渡ってから、呪いと災いを振り撒く邪剣となってしまったのか」
俺はとりあえすルーシーに加勢して、取り巻きたちを全員ぶっ飛ばした。
「リズさん、やはりその剣の影響でデュークは闇に墜ちたんですか?」
「うむ、何世紀もかけて邪気を吸収してきて、とんでもない魔剣になっていたみたいだな。夢想士組合に預けて浄化してもらおう」
立ち上がったリズさんの目が、隣に立つルーシーに向けられる。
「あ、リズさん、彼女がレベル上げを望んでる、俺の幼なじみの・・・」
「ルーシー・ヴェネットです!A+ランクの夢想士にお会いできて光栄です」
右手を差し出すルーシーの目は、期待と憧憬でキラキラ輝いていた。
「こりゃどうも。リズです。今日学校が終わったら相談所に来たまえ。協力させてもらうよ」
「ありがとうございます!」
ルーシーは感極まったように身体を震わせてるが、レベル上げの内容は詳しく言えないんだよな。何か後が怖いけど。
「全員動くな!両手を頭の後ろで組め!」
いつの間にか現れたパトカーから、警官たちが降りて、両手で銃を構えている。
「この辺りで派手に暴れている連中がいると通報があったが、倒れてる奴らはお前たちがやったのか?」
「はいはい、私ですよ、お巡りさん。この二人の学生が不良たちに絡まれてたので、私が護身術で倒したんですよ」
「本当か?君たち学生証を出しなさい」
銃を仕舞った警官の一人が俺たちに近付いて来た。仕方ないので学生証を取り出して、両手を上げた。
「ウィルシャー高校の生徒か。さっきの証言に間違いはないかね?」
俺は素早くリズさんにアイコンタクトを試みた。軽く頷いてウインクを決める。
「よし、君たちは早く学校に行きなさい。遅刻するぞ」
やけにあっさりと放免になったなと思ったら、リズさんが手錠をかけられるところだった。
「リズさん!」
「心配いらないから君たちは行きたまえ。後は大人の話し合いだ」
仕方ないので俺たちは学校に向かうことにした。パトカーが次々にやって来て、デュークと取り巻きたちにも手錠がかけられる。
大丈夫だろうか?俺は不安を覚えながら通学路を歩いた。
「さて、IDカードは確認しただろう?いい加減、この手錠を外してシモンズ警部に連絡を取ってくれないかね?」
「ああ、確かに確認したよ。エリザベス・タイラー、通称リズ。吸血鬼のコミュニティーを潰して回っている模倣者」
助手席に座ってる警官が後ろを振り返って嫌らしい笑いを漏らした。
「そうか。お宅らIDカードを見せても手錠をかけるから妙だと思ったが、信仰者か」
「ダグの命令でお前さんを捕らえてこいと言われてね。警官ってのはいい隠れみのになるのさ」
「ダグとは聞いたことがないな。大方、Bレベル程度の小物だろう?そんな奴に吸血鬼にしてもらっても、下っ端にしかなれないぞ」
「バカ野郎!ダグは確かにBレベルだが、トップはバーンズだ!俺たちはバーンズの信仰者なんだ!」
「おい、軽々しくその名を出すな!」
運転席の警官がたしなめるが、時すでに遅しだ。やっとバーンズの尻尾を掴んだぞ。
「それで?私を一体どうするつもりなんだ?」
私が尋ねると助手席の警官が、またしまりのない笑いを漏らす。
「そりゃ、決まってるだろ?今まで多くの吸血鬼を殺して来たんだ。激しい拷問の末、なぶり殺しだ。お似合いの最後ってわけだ」
「はてさて。そう上手くいくかな?」
私は後ろ手になっていた両手を前に出し、右手に摘まんだ手錠を見せてやった。顔色を変えた警官たちの頭をそれぞれ掴み、激しく激突させてやった。警官たちは白目を剥いて気絶した。私はIDカードを取り返し、スマホでエマとピートに連絡を入れた。任務に失敗した信仰者がどうなるか知らないが、どうせ似たような手口で吸血鬼たちに、餌となる人間を差し出して来たんだろう。相応しい報いを受けるがいいさ。
私はパトカーを降りて自宅へと取って返した。今夜は忙しくなりそうだ。そういえば、ジョニーの幼なじみのレベル上げの仕事もあったな。使えそうなら連れてゆくか。今夜への期待で私の頬は緩んだ。
学校から戻ると俺は近くの寂れた公園で、術の練習を繰り返した。水はどんな形にも変化し、限りなく柔軟でありながら岩に穴を穿つことが出来る。もっと自由自在に動かせるようにならなければ。
そうして自主練をしているとエマから連絡が入った。今夜、57区と58区を縄張りにしている吸血鬼を捉えることが出来そうだと言う。ちなみに、今夜の討伐にはルーシーも同行するとのこと。
Oh、ついに初体験を済ましたか。まあ、そのことには触れないでおいてやろう。異性ならともかく、初体験が同性というのも、なかなか恥ずかしいことだろうからな。
「OK、分かった。今夜の11時に相談所に行くよ」
気が付くともう夕方だった。よし、食事して方術の練習で心身を整えてから、相談所に行こう。最近夜更かし続きだからちょっと疲れている。英気を養わないと。俺は自宅へと戻った。
食事の後、瞑想途中にうっかり寝てしまい、慌てて時計を確認すると午後11時半だった。
しまった!寝てしまった!アラームをセットすべきだったか?いや、そんなことすると母さんに気づかれてしまう。俺は大急ぎで靴を履き、窓から外に出た。相談所が近いのが唯一の救いか?相談所の前にはリズさんとピートがすでに車に乗り込んで待っていた。
「スミマセン、遅刻しました!」
「構わんよ。夜は始まったばかりだからな」
「ルーキーの分際で随分な重役出勤だな」
運転席のピートが嫌みを垂れる。まあ、予想済みだけどね。
「だから、謝ってるじゃないか。少しくらい大目に見てくれよ」
後部座席に乗り込むとルーシーがすでに座っていた。俺の顔を見ると赤くなってそっぽを向いた。
「や、やあルーシー。良い夜だな」
こっちに振り返ったルーシーは、いきなり俺の右頬を拳でぶん殴った。
「いってー、何するんだよ、ルーシー!?」
「レベル上げの方法、どうして詳しく教えてくれなかったのよ!」
羞恥に身悶えしながらルーシーが怒鳴った。いや、そう言われても。俺も童貞を奪われたわけだし、そんな話、軽々しく言えない。
「まあまあ、落ち着きたまえよ、ルーシー。ジョニーだって羞恥心がある。レベル上げのために童貞を捧げたなんて、なかなか言えることじゃない」
「あ、あんた。レベル上げにかこつけて、セックスしたかっただけじゃないの?厭らしい、不潔だわ!」
「おいおい、言い過ぎだろ?それに自分だってヤったんだろ?リズさんは強要はしなかったぞ!」
「そ、それは、そうだけど。でも前もって知ってたら、覚悟を、決める、余裕も、あったのに」
ルーシーの言葉は徐々に小さくなってゆく。最後は真っ赤になって向こうを向いてしまった。
「終わったかね?それじゃ行こうか、ピート」
「了解!」
ピートが車のエンジンをかけると、社内に大音量でラップが流れ始めた。何となく気まづい雰囲気だったので、会話しなくて済むのは有り難かった。
イヤホンマイクを装着すると、エマの能天気な声が聞こえた。
〈ヤッホー、リズが警官に取り付けた発信器はふた手に分かれたよ。57区と58区にね〉
「どちらのほうが吸血鬼か分かるか?」
〈いや、流石にそれは分からないよ。どちらのほうをナビすれば良い?〉
「そうだな。バーンズの名前を出した警官のほうかな?」
〈ベータのほうだね。了解、こちらは58区のほうだ。ん?ここは・・・〉
「どうかしたのか、エマ?」
〈いや、ここはビル建設予定地なんだけど、遺跡が見つかって現在、研究チームしか入れないところなんだけど〉
「遺跡?何だか匂うな。吸血鬼が興味を示す遺跡。ひょっとしたら、とんでもない代物かもしれない。ピート!」
「オーライ!もうそっちに向かってるぜ!」
ピートは交通違反スレスレの、スリルのあるドライビングテクニックで車を走らせる。
「吸血鬼たちとの戦闘。もうすぐなのね、腕が鳴るわ」
ルーシーは両手に短剣を握り、武者震いをしている。かなり気負ってるな。
「肩の力を抜けよ、ルーシー。Aランクに底上げされてるから、Bレベルの吸血鬼なら敵じゃないよ」
「べ、別に緊張なんかしてないわよ!話しかけないで、厭らしい!」
またまたそっぽを向くルーシー。何なんだよ。俺がしたわけじゃないだろ?自分の意思でリズさんと寝たくせに、何で俺が悪者みたいになってるんだよ。理不尽だ、たくっ!
やがて、車は58区の中ほどにある、ビル建設予定地の近くで止まった。ピートは素早く車を降りてトランクを開け、戦闘準備に入る。俺たちも車の外に降り立ち、カバーのかけられた建設予定地を仰ぎ見る。
「準備OKだ、リズ。作戦はどうする?」
「ちょっと待ってくれ。エマ、発信器の動きはどうなってる?」
〈それが、中に入ったきり全く動きがないんだよね。ひょっとしたら感づかれたのかも?〉
「気づかれても別に構わないんだがな。何とか中を見ることは出来ないのか?」
〈普通のビルならともかく、建設中でまだ監視カメラが設置されてないんだよ。こうなったはら、あたし自身がネットに浸入するしかないかな?〉
何だかとんでもないことを言ってるぞ。探索能力に関しては人間のハッカーには真似できない、電脳遊泳というスキルがあるらしい。
〈OK、入り込んだよ。現場にもネット環境が揃ってるから、調べてみるよ〉
「あまり、無茶はするなよ、エマ。内部の様子が分かればそれで良いからな」
〈アイアイサー、分かってるよ。ん?何だこのデータ。古文書かな?内容はちょっと分からない。吸血鬼に関するものかな?一応、こっちのサーバーで解析してみるよ〉
「エマ、それより中の様子はどうなんだ?パソコンのカメラで見られるだろう?」
〈ああ、そっか。ゴメンゴメン。今視点を切り替えてそっちのスマホに送るよ〉
程なくして、全員のスマホに内部の様子が映し出された。他の端末を操作しているのが一人。これは吸血鬼だ。少し離れた位置に黒いオーラをまとった人物が一人いた。おっと、その奥にも何人かいるな。ん?これは・・・まさか!
「ジョ、ジョニー!デュークがなぜここにいるの!?」
ルーシーが上擦った声で疑問を呈した。取り巻きたちも一緒になって、慎重そうに地面を削っている。遺跡の発掘か?何にしろ、デュークは完全に闇に墜ちたようだ。
「君たちの友人は闇之夢想士になったようだな。だが、手心を加えちゃダメだぞ。闇に墜ちたのは本人の問題だ。我々がそれを斟酌してやる必要はない」
リズさんがハードボイルドな口調で注意するが、流石に同級生相手に殺し合いをしたくない。
「何とかこちら側に引き戻す方法はないんですかね?」
「一度闇に墜ちた人間が立ち直った例は、生憎知らないな。敵として立ち塞がるなら蹴散らすだけだ」
一縷の望みも無しか。
「ルーシー、こうなったら仕方ない。デュークたちは敵として対処するしかないよ」
「でも、ジョニー!」
「お喋りはそこまでだ。私の魔力探知でも、吸血鬼と一際強大な闇之夢想士と残り数名だけだ。このまま突入するぞ」
デュークの大バカ野郎が。何で闇になんか堕ちるんだ。俺は十字剣を握り締めて気を引き締める。
唯一の出入口から一斉に全員で突入すると、吸血鬼は驚きの表情を浮かべ、闇之夢想士はゆっくりとこちらを向いた。良く見ると地面に誰かが倒れてる。昼間の警官だ。頸動脈がズタズタに裂かれてピクリとも動かない。
「おっと、動くなよ。ひょっとして、そっちがダグか?」
「な、何で俺の名前を知ってる!?」
「そして、そっちがザック・ワイルド。闇之夢想士だな?」
こちらは慌てもせずに余裕たっぷりに見える。スキンヘッドに悪魔のタトゥーは印象が強すぎる。
「何を今さら慌てている、ダグ?この警官が捕獲に失敗してる時点で、こうなる予想は簡単に出来るだろう?」
「そりゃそうだが、早すぎるぜ」
「大方、その警官の身体に発信器でも仕込んでたんだろう」
おやおや、この場は吸血鬼より、闇之夢想士のほうが仕切ってるみたいだな。このダグという吸血鬼はBレベル程度だろう。それよりザックという闇之夢想士のほうがエネルギー量で上回っているようだ。
「ダグ、データの入ったパソコンをバーンズに届けろ。ここは俺が相手をする」
「おい、ザック。勝手に仕切るな!お前は雇われの身だろうが!」
「雇われだから仕事を完遂するんだ。そのデータはバーンズも必要としてるだろうからな」
僅かな逡巡の後、ダグは身を翻した。
「分かったよ!後は頼むぞ、ザック!」
テーブルの上にあったノートパソコンを手に、ダグは撤退行動を取る。
「おっと、逃がすかよ!」
ピートは短機関銃をぶっ放して後を追おうとするが、無数のナイフが煌めき、その動きを封じられた。
「言っただろう?お前たちの相手は俺がする」
ザックは手に何も持ってない。タンクトップに迷彩ズボンで、隠すところなど、どこにもない。あの大量のナイフはどこから出したんだ?
「電撃破壊!」
リズさんの攻撃をかわすザック。そしてリズさんの指示が飛ぶ。
「今だ、行け、ピート!」
一瞬のチャンスを逃さず、ピートは発掘現場から離脱し、ダグの後を追った。
「ふん、あじな真似をする。おい、デュークたち。そっちの同級生たちを殺せ。俺は模倣者の相手をする」
ザックが指示をするが、デュークたちは動かない。いや、動けないのだろう。すでに勝敗はついてるからな。
「俺の命令が聞けないってのか?」
ザックから一際、大量の黒いオーラが放出される。すると、信じられない光景を目にした。ザックの頭といわず身体といわず、全身にナイフの刃が生えてきた。ヤマアラシどころじゃない。本当に全身隈無くナイフの刃で武装した、怪物がここに出現した。
「そうか、お前は「千のナイフを持つ男」か!」
「ふっふっふ、その二つ名を聞くのも久しぶりだな」
「知ってるんですか、リズさん?」
「ああ、大量虐殺の記録保持者だ。肉体改造系の夢想士は心を病みやすい。肉体の変化に引っ張られるからだろう。だが、「千のナイフを持つ男」ほど、危険な存在はそうはいない。二人とも防御結界を張っておけ。万が一のためにな」
「さて、足手まといどもを始末するか。お前たちはそこで震えて待ってろ!」
言下にザックの身体がくるくると回転を始めた。無数のナイフが回転して向かってきたらどうする?その答えが眼前に繰り広げられた。
「うわああー!」
「助けてくれー!」
「死之刃状攻撃!」
取り巻きの3人は、高速で回転するナイフの化け物に、文字通り八つ裂きにされた。辺りに肉片や骨の欠片、大量の血飛沫が巻き散らかされた。
「ミッチ!CJ!ロニー!」
デュークは悲惨な声で呼び掛けるが、もうすでに取り巻きたちは小さく刻まれた後だ。
「残りはお前だけだ!」
「させるか!水流之鞭!」
俺は水のムチでデュークの身体を確保して、こちら側に引寄せた。
「ちっ、あじな真似を。まあ、どのみち全員ここで死んでもらうがな」
くそっ!俺の水を使った攻撃は通じそうもない。全身ナイフまみれの敵なんて完全に埒外だ。
「みんな、下がってろよ。この化け物の相手は私がする」
リズさんが一歩前に出て宣言した。
「ふふふ、どうした模倣者?俺のスキルは真似しないのか?」
「ふん、誰が進んで血に飢えた野獣になりたがる。だが、そうだな。手先だけなら簡単だ!
リズさんは左腕をかざして、手を大量のナイフに変えた。
「そら、これでどうだ!」
リズさんの左手のナイフが高速で打ち出されたが、全身ナイフ男には何のダメージもない。
「はははー!この程度か、模倣者!」
ザックは再び身体を回転させ始めた。不味い、あれが来る!
「死之刃状攻撃!」
全身ナイフの危険な攻撃がリズさんを襲う。
「重力操作!」
どんっと、周りに衝撃波を残してリズさんの身体が宙に舞った。
「さあ、どうだ?千のナイフを持つ男よ。空中にいる私をどうやって攻撃する?」
「ふん、勝ち誇るのは早いぞ。俺がその対策をしてないとでも思ったか?」
再び身体を回転させ始めたザックは、そのまま重力操作で飛び上がる。
「食らえ!死之刃状竜巻!」
迫り来る暴虐の嵐を素早くかわして、リズさんは左手をかざした。
「電撃破壊!」
回転していたからか、先ほどと違ってザックはまともに食らった。
「ぐおおー!」
ナイフの化け物は地に落ちて、リズさんも地上に戻った。
「魔力感知は使ってるんだろうが、正確な位置までは把握しづらいだろう。回転していてはな」
リズさんは右手に握った十字剣を握り直した。
「ふふふ、勝ったつもりか?全身頑丈なナイフで守られたこの俺に、どうやってトドメを刺す?」
「その方法はもう気づいてる。お前に最後の攻撃のチャンスをやろう。かかって来い」
リズさんは何を思ったか、右手だけで剣を持ち、前方に構えた。
「舐めるなよ、模倣者!俺の全力を見せてやる!」
ザックの身体が回転を始める。おそらく最後のスピンになるだろう。
「死之刃状攻撃!」
高速で回転するナイフの塊が、リズさんに迫る。
「リズさん!」
「心配するな、ジョニー。もう勝敗は決している」
リズさんは迫り来る暴虐の嵐を前に冷静だ。そして身体を半歩前に出して目にも止まらぬ早さで剣を突き出した。
「ぐあああー!」
その場に響いたのはザックの咆哮だった。リズさんの突きだした剣は、ザックの顔面部に突き刺さっている。
「いくら全身をナイフで武装しても、目にナイフを生やすことは出来ないだろう。ちょうどその位置を狙うにはかなり神経を使ったがね」
「ふ・・・ふふふ、はっはっは!俺の負けだ模倣者。最後に一緒に地獄に堕ちろ」
ザックの雰囲気が一変した。最後の悪あがきか?
「ジョニー、ルーシー、結界を張れ!大急ぎだ!」
リズさんの切迫した声に反応して、俺たちは防御結界を張った。
「食らえ!死之刃状爆裂!」
ザックの身体が爆発して全身のナイフが、四方八方に飛散した。文字通りナイフ爆弾だ。ビル建設予定地を覆っていたビニールのカバーもズタズタになり、まるで本物の爆弾が墜ちたようだった。
リズさんは卵型の結界の中で、大きなため息をついた。
「究極之守護、久しぶりに使ったな。Cレベルだが」
結界を消したリズさんは俺たちの元に歩みよった。
「大丈夫か?私も究極の結界を使わないと防げない爆発だったが」
「大丈夫です。俺とルーシーの力を合わせて作ったから、かなり頑丈な結界が出来ました」
「そうか。後は彼をどうするかだが」
リズさんの目がデュークを捉えた。殺気こそないが、その目はとても冷たかった。
「リズさん、俺たちで決めて良いですか?」
「ああ、構わないよ。だが、先行させたピートが心配だ。早く決めてくれ」
〈ピートなら敵の本陣の近くで、武装して待ってるよ。流石にAレベルの吸血鬼相手に仕掛けるほど、ピートはバカじゃないよ〉
「そうか、それは何よりだ」
リズさんは立ち上がり、離れてゆく。俺たちへの気遣いだろう。
「デューク!このバカ!何で闇になんか堕ちたのよ!」
ルーシーは怒鳴りながら何度もデュークの肩を叩いた。デュークは気まずそうに顔を伏せてなすがままだ。
「デューク、俺が言えた義理じゃないが夢想士組合に帰って来い。まだやり直せるさ」
デュークは一瞬だけ、殺気のこもった視線を送ってきたが、すぐに顔を逸らした。
「自分の身の振り方くらい、自分で決めるさ」
そう言ってデュークは立ち上がった。その目は決別の意志が込められていた。
「デューク・・・」
ルーシーは説得を諦めたようだ。それ以上何も言わない。
「じゃあな、二人とも。次に会うことがあるか分からないが、とにかく、サヨナラだ」
踵を返したデュークは遺跡を後にした。次に会うときは敵か味方か?出来れば味方として会いたいと、俺は素直に思ったのだった。
第5章 炎の魔術師バーンズ
俺は57区にある、IT企業のビルの社長室にいた。模倣者の捕獲に失敗した警官の死体を見下ろしながら、バーボンのロックをあおった。吸血鬼にもアルコールは作用する。最もどれだけ呑もうが泥酔はしないが。
この警官のように吸血鬼になりたがる者は多いが、そう簡単に眷属は作らない。自分の手足として動く者なら信仰者のほうが役に立つからだ。何より昼間、太陽の元で活動出来る者は重宝する。一気に致死量を吸ったから警官は死んだ。もちろん吸血鬼として復活することはない。ただ血を吸われただけでは高貴な吸血鬼にはなれないのだ。
ソファーに座り、待っているとようやく我が眷属がやってきた。
「バーンズ、不味いぜ!模倣者の奴が来てる。58区の遺跡後に襲撃をかけてきた!」
「落ち着け、ダグ。その警官同様、発信器をつけられていたようだ。これで我々のアジトも見つかってしまったということだな」
俺は立ち上がり、ダグに歩みよった。
「お、俺は逃げたんじゃないぜ!古文書のデータを持って来ないといけなかったし、ザックの奴が・・・」
「分かった分かった。さて、データをもらおうか」
俺はノートパソコンを受け取り、ダグの左耳を素早く切り落とした。
「うぐああー!」
「ダグ、お前はもっと堂々としてろ。仮にも俺の眷属なんだぞ。あんなザックのような闇之夢想士に舐められてどうする?」
しばらく痛みで呻いていたダグだったが、耳の再生が始まる頃には落ち着きを取り戻していた。
「さて、模倣者だが、今回はパーティーを組んで来たようだな」
「パーティー?模倣者は、ピートという黒人とタッグを組んでるんじゃなかったのか?」
「そのピートなら、このビルの近くで車を停めて、監視しているようだな。尾けられたな、ダグ」
「ま、待ってくれ!急いでいたから尾行を巻く暇がなかったんだ!」
「おーい、ダグ。ダグダグダグ。堂々としてろと言ったろ?」
「す、すまねえ、バーンズ」
「謝る必要はないさ。さあ、今からあの傭兵を捕えにゆくぞ」
俺は社長室のドアを開けて、エレベーターに向かって歩き出した。
ベンツの四駆の中で俺は銃やグレネードランチャーの点検をしていた。あのダグとかいう吸血鬼を追ってきたが、まさかこんなデカイIT企業のビルをアジトにしてるとは思わなかったぜ。
グロッグ17に弾を込めてホルスターに収めたところで、ダグが車の正面に立っていることに気づいた。
「野郎、挑発のつもりか!」
俺は素早く車から飛び出し、銃口を向けた。
「俺は夢想士じゃないが、疾走状態は使えるんだぜ。舐めてもらっちゃ困る」
「くくく、舐めちゃいないが、お前は吸血鬼を知らなすぎる」
途端に背後に気配を感じて、俺は素早く振り向いた。そこにいたのはウェーブのかかった長髪でスーツを着こなした若者だった。いや、吸血鬼は見た目で歳は計れない。
「君がピートか。俺はバーンズだ。模倣者と組んで数々のコミュニティを潰してきたようだな」
「お前らは人間を食い物にする化け物だ。俺としてはリズに協力するのは当然だぜ」
「そうかそうか。ではやるが良い。この俺を殺せるならな」
「そっちから姿を現したんだ。悪く思うなよ」
俺は何の躊躇もなくグロッグ17を連射した。するとバーンズの姿が煙のようになり弾は素通りしてしまった。
「なっ、何だと!?」
「君はAレベルの吸血鬼のことは良く知らないようだな。俺はこの通り、身体を霧状態にすることが出来る。銃で俺は殺せないということだ」
俺の身体は自動的に動き、車の中にある短機関銃を取り出した。フルオートで撃ちまくるが、霧になったバーンズの身体は全ての弾を無効化した。
「お前の負けだよ、ピート」
すぐ背後から声が聞こえた時には、強烈な一撃を首に食らって俺の全身から力が抜けた。
「君には精々楽しませてもらうぞ」
バーンズの勝ち誇った顔を最後に、俺の意識は暗闇に堕ちた。
再び目を覚ました時、俺は手錠で繋がれていた。素早く辺りを見渡すとあちこちでヤクでラリった若者たちが、コンクリート打ちっぱなしの広大な部屋に転がっていた。その出入口付近だけは何台ものパソコンのモニターが並び、何か作業をしてるようだ。
「やあ、目が覚めたかね、ピート」
部屋に入って来たのはバーンズとダグ、そして屈強そうな一団だった。
「あっさり殺しても良かったんだがね、君には色々と聞きたいことがある」
正面に立ったバーンズが、両手を腰にあてがい、歌うように言った。
「聞きたいこと?生憎だが拷問には慣れてる。何をしても無駄だぜ」
「ふっふっふ、そういうだろうと思っていたよ。君のような男は暴力には屈しない」
バーンズが顔を寄せてニヤニヤと笑った。何か嫌な予感がする。手錠を引っ張ってみたが当然ながら壊すことも、抜け差だすことも出来ない。
「だが、俺の眷属になったらどうなるかな?吸血鬼の主従関係は絶対だ。抗うことは出来ない」
「何だと!?貴様、まさか!」
「一般的に誤解されてるが、吸血鬼に血を吸われても眷属にはならない。人間が吸血鬼の血を飲むことで、晴れて眷属になれるのさ」
背筋に冷たい汗が流れた。
「や、止めろ!俺を化け物にする気か!」
若者の一団が俺の身体と顔を固定し、上向きにされて口を開かされる。
「Aレベルの吸血鬼の眷属になれるんだ。誇りに思え」
バーンズは爪先で手首を切り、流れる血を俺の顔の上に注いだ。
「や、止めろ!グフッゴブッ」
無理やり口を開かされてるので、抵抗の甲斐なくバーンズの血を飲み込んでしまう。
「ふん、たっぷりと飲んだな。気分はどうだね?」
俺の身体の芯の部分に火が灯ったように、熱く激しい痛みが全身に広がる。
「ぐあああー!」
「身体の構造が遺伝子レベルで変化するのだ。耐え難い痛みだろう?だが、それが収まったらお前は晴れて俺の眷属になる」
「うおおー!くそったれがー!」
その時、誰かが現れて何事かバーンズに耳打ちした。
「ふふふ、君のかつての相棒がやって来たようだ。感動の再会を見せてもらうとするか」
俺の手錠が外され屈強な男たちに担がれて、部屋の外に連れ出された。
〈ビルの監視カメラ映像で確認した。ピートが奴らに捕まったよ!〉
切迫したエマの声がイヤホンマイクから聞こえた。
「場所は割り出してるのか、エマ!」
〈57区にあるウィンズってIT企業のビルの中だよ。あっさり殺さなかったのが、かえって心配だよ。急いだほうが良い〉
ピートが捕まった?あの自信家の傭兵があっさり捕まるとは。なんにせよ急がないと!
「リズさん!」
「ああ、すぐに急行する。君たちは重力操作は使えるか?」
「私は使えます!」
流石にルーシーは優秀だ。あらゆるスキルを使いこなす。
「俺は・・・まだ上手く使いこなせませんが、頑張ってついてゆきます!」
「よし、車がない以上、重力操作が一番早い移動方法だ。行くぞ!」
言うが早いか、リズさんの身体はドンッと空中に舞い上がった。
「行くわよ、ジョニー!」
「お、おう!」
身体の中の空想の発射ボタンを押して、俺は空中に舞い上がった。ここから一定の高さを保ったまま、早く飛ぶのが難しいんだよな。リズさんの姿はもう見えないし、ルーシーの後ろ姿を追うのに必死だ。それにしても57区のビル街といえばかなりの距離だ。
「エマ、ピートがビルの中のどこに監禁されてるんだ?」
飛行するコツを掴んでルーシーのすぐ後ろまで追い付いてから、俺はエマに尋ねた。
〈残念ながらそれは分からない。IT企業のビルのくせに監視カメラが1台も作動してないんだ。何か良からぬことをしてるんだろう。しかし、武装してるピートを容易く捕まえるなんて、バーンズってのはAレベルの吸血鬼に間違いないね〉
「Aレベルの吸血鬼か・・・」
とんでもなく強いんだろうな。そいつはリズさんに譲るとしよう。
俺とルーシーは他の吸血鬼を相手にすることになりそうだ。
「ところで、ジョニー。吸血鬼と戦ったことがあるのよね?」
安定した飛行を保ちながらルーシーが尋ねてくる。
「ああ、でも俺の時はCレベル、精々Bレベルの吸血鬼だったからな。今回は少しばかり強い奴らと戦うことになりそうだぜ」
「不安を煽るようなこと言わないでくれる?ただでさえ、初めての吸血鬼との戦いなのに」
「そりゃ悪かった。でも、心の準備をしておいたほうが良いかと思って」
「ええ、良い具合に緊張してきたわ」
57区に入った。目指すビルまで後少しだ。と思ったら、いきなり敵の襲撃を受けた。空中にいるので蹴りを入れられたら、派手に吹っ飛ばされた。
「ジョニー!」
ルーシーが両手に剣を構えた。しかし、襲撃者はもう一人いた。
「ルーシー、後ろだ!」
俺の警告が終わるより早くルーシーは相手の攻撃を避けて、剣で反撃に出た。一方、俺を襲った奴はまるで空中に地面があるかのように、体幹のぶれない突きや蹴りを放ってくる。こりゃ、空中戦にかなり慣れてる奴だ。
「水流之鞭!」
とりあえず敵の動きを封じるために術を使う。大量の水が敵の身体をぐるぐる巻きにする。動きを封じたところで十字剣を握り、敵に肉薄する。すると、相手はぷにゅっと水と同化して縛めから逃れた。なんだ、ありゃ?身体を水に出来るのか、こいつは?
「くそっ、これならどうだ!」
俺は剣で斬りかかったが、相手も古風な剣を握り、俺の斬撃を真っ向から受け止めた。
「水之弾丸!」
空中に停滞していた水を弾丸に変えて、吸血鬼の背後に何発も撃ち込んだ。特に頭に撃ち込んだのが効いたのか、動きが止まる。その隙を逃さず、俺は十字剣で首を跳ねた。不死身の吸血鬼も首を跳ねられたら死ぬ。サラサラと灰になって夜風に飛ばされてゆく。
目を転じるとルーシーと吸血鬼の死闘が続いていた。俺は先ほど同様、水之弾丸を吸血鬼に撃ち込んだ。動きが止まった瞬間を逃さず、ルーシーの左右の剣が首を跳ねた。
「サンクス、ジョニー。やけに動きが早いので手こずってたのよ」
「俺たちはAランクに成り立てで吸血鬼との戦いにも慣れてない。助け合ってゆこう」
「そうしましょう。あ、ウィンズって看板があるわ。あそこがアジトなのかも?」
見ると確かに看板がある。地上にはリズさんの姿があった。って、ピートが人質になってる!?
「降りるぞ、ルーシー!」
俺は空想のハンドルを前に倒し降下してゆく。リズさんの後ろに着地した時、強烈な違和感を感じた。だって、ピートの奴が・・・なんでピートから妖魔の気配がするんだ!?
「これはこれは。あんたが模倣者のリズか。初めまして、俺はバーンズという」
一際強大なエネルギーを放っている吸血鬼が名乗った。間違いない。こいつはAレベルの吸血鬼だ。
「何故だ?」
怒りを圧し殺した、しゃがれ声でリズさんが詰問する。
「何故、ピートを眷属にした!?」
リズさんの音葉を受けて、バーンズは肩をすくめて両手を広げた。
「現在、俺は施設軍隊を編成中でね。優れた人材を常に探しているんだ。その点、ピートなら文句のない経歴だ。それともう一つ、かつての仲間が襲いかかって来た時、あんたがどんな表情になるのか、興味があってね」
リズさんの身体がワナワナと震えている。ピートを眷属にしたって!?そりゃいくらなんでもあんまりだ。俺はピートとは仲が良くなかったが、それでも吸血鬼たちに、強い怒りと憎しみが沸いてきた。
〈みんな、落ち着いて聞いて。吸血鬼(バンパイア〉になったらもう元には戻れない。でも、親にあたる吸血鬼を殺せば、支配は解けるよ〉
イヤホンマイクからエマの泣きそうな声が聞こえてきた。そうか、あのバーンズという奴を倒せばピートは自由になれるのか。もう太陽を見ることが出来なくなったとしても、それは微かな希望だ。
「さあ、やれピート!模倣者を殺せ!」
朦朧として立っていたピートが、その命令を聞いた途端、獰猛な表情になり、リズさんに襲いかかった。ムエタイのような動きだが、スピードは段違いだ。リズさんは足さばきだけで攻撃を凌いでいるが、なかなか反撃に出ない。やはりピート相手では戦いにくいのか?だったら俺が、と思ったが、バーンズのいう私設軍隊とやらが立ちはだかる。くそう、リズさんを助けにいけない!
「そら、ピート。お前の愛用のナイフだ」
バーンズは大きな軍用ナイフを放った。それを手にした瞬間、ピートの攻撃がさらに危険なものになった。リズさんも素手ではキツいのか十字剣でピートの斬撃を受け止める。
しかし、それ以上眺めてる余裕は無くなった。バーンズの手下どもは格闘技のエキスパートであるらしく、剣を使った俺の攻撃はいなされ、逆に向こうの攻撃はガードを掻い潜って襲ってくる。ルーシーも3人を相手に奮闘しているが、徐々に劣勢になってゆく。くそ、これは詰んだか!?
と、その時、短機関銃の連射音が響き、吸血鬼の何人かが、吹っ飛ばされた。良く見ると武装した対妖魔特殊部隊が、意外な人物と共に現れた。
「救援に来たぞ、リズ!」
あれは確かフィル・シモンズ警部。対妖魔特殊部隊のイースタン・シティでの隊長も勤めてる人物だ。そうかエマのやつが通報したのか。ナイスタイミングだ!
「助かりました、シモンズ警部。俺たちはICのジョニーとルーシーです!」
「ほう、君らは夢想士か。しかし、リズはなんだって相棒のピートと戦ってるんだ?」
「それは事情がありまして、リズさんとピート、俺たち以外は全員敵なので、遠慮無くやってください」
「そうか。総員、油断無く動き敵を殲滅しろ!」
見ると、バーンズともう一人がビルの中に入り、リズさんたちも雪崩れ込んだ。
「ルーシー、行くぞ!」
俺は咄嗟にルーシーの手を掴み、ビル内に飛び込んだ。その瞬間、ビルの入り口がグニャリと変形した。やはり結界を張ったのか。さて、これで敵はバーンズとその側近、ピートだけになった。いや、ピートを敵認定したくないが、今この時は認めたくないが敵だ。
「お前たちの相手は俺がするぜ!」
バーンズの側近が俺とルーシーの前に立ちはだかる。
「冥土の土産に教えてやる。俺の名はダグだ!」
「へえ、そうかい。別に聞きたくはなかったがな」
俺の挑発にダグはあっさり乗った。
「テメー!舐めた口を聞けなくしてやる!重金属連鎖!」
ダグは鎖を振り回すとこちら目掛けて投げつけてきた。すると一本だった鎖が何本にも分裂した。何本かは剣で叩き落としたが、何本かは俺の身体に巻き付き、強烈に締め上げてくる。
「ち、このう!」
動けない俺の代わりにルーシーが、両手に剣を構えて突進する。すると、ダグは鎖を身の回りに張り巡らせ、ルーシーの斬撃を防御する。こいつはBレベルの吸血鬼と侮ってたが、こんな術を使えるとは。2対1でも苦戦を強いられるとは。あのバーンズの眷属だからか?そのバーンズはリズさんとピートの戦いを余裕を持って眺めていた。
全ては私の責任だ。いくら戦闘経験が豊富とはいえ、ただの人間のピートを相棒にするとは。だが、後悔先に立たずだ。ナイフを握ったピートの戦闘力は凄まじく、攻撃をかわすだけで手一杯だ。元々の戦闘力に加え、吸血鬼の力も加わるのだから、それも当然か。
「ふっふっふ、やはり相棒だった男に攻撃は出来ないか、模倣者?」
バーンズの声が鬱陶しい。仕方ない。やりたくはないが、あれを使うしかないか。私は疾走状態をさらに加速した。ピートの動きがスローモーションになる。横蹴りでピートを壁に叩きつけ、両手に握った銀の杭を両手両足に突き刺した。
「ぐわあああー!」
ピートが咆哮を上げた。
「吸血鬼は紫外線と銀に強いアレルギーを持っている。しばらく我慢しててくれよ、ピート」
わたしは呆気に取られてるバーンズを、正面から睨み付けた。
「相棒の仇を取らせてもらうぞ」
「これは、異なことを。ピートはまだ生きてるぞ」
「人間としては死んだ!」
私は十字剣を構えてバーンズに歩みよった。
「ふ、私を殺せる気か、模倣者。私は炎の魔術師と呼ばれた男。簡単にはいかんぞ」
バーンズは両手を広げて手のひらの上に火の玉を出現させた。
「食らえ、地獄之業火!」
火の玉がロケット弾のように真っ直ぐ飛んでくる。私は剣で火の玉を散らしたが、消えたと思った火が再び私のコートを焼く。
「これは!」
「ふふふ、不死之炎は気に入ったかね?そのコートは特別製らしいが、私の操る炎も特別製だ」
はたいても、水を生み出してかけても、火は消える気配を見せない。それどころか、ますます燃える勢いが増してゆく。仕方なくコートのボタンを引きちぎり、床の上に投げつけた。不燃性のコートだが今は勢い良く燃えている。
「これはこれは。中は下着だけか。案外グラマーだな。お前も眷属にして、色々とサービスしてもらうとするか」
下卑た笑いを浮かべるバーンズ。性根の腐った奴だ。こんな奴にピートを奪われるわけにはいかない。
「地獄之業火!」
私は両手の上に火の玉を出現させてバーンズ目掛けて攻撃した。
「何!俺の術を!?」
「忘れたのか!私は模倣者だぞ!」
バーンズは両手の炎で相殺しようとするが、私の炎には独自の性質を与えている。
「くっ、不死之炎まで!?おのれ!」
私の放った火は、蛇のようにバーンズの身体に巻き付き、全身を火だるまにする。
が、次の瞬間には炎は行き場を無くしてとぐろを巻いて地面に落ちた。
「む、これはまさか・・・」
突如、背後に殺気を感じて前方に身を投げ出して避ける。バーンズの奴が剣で私の立っていた場所を裂いていた。
「霧状態か!」
「はっはっは!どんな攻撃をしても俺は霧状態によって無効化出来る。さあ、次はどんな攻撃をする気だ?」
私は十字剣を手に、身構える。
「そちらが来ないなら、こっちからゆくぞ!」
バーンズは両手を前にかざした。
「炎之暴風竜!」
両手から飛び出した炎はドラゴンの姿をして襲いかかってくる。
「なら、こちらも炎之暴風竜だ!」
私はかざした左手から炎の竜を、顕現させた。
「何ぃ!どうしてこうあっさりと相手の術を盗めるんだ!?」
炎の竜は互いにもつれ合い辺りを焦がしながら戦っている。
「むう、甘く見てたのは認める。ならば、これでどうだ!」
バーンズが両手をかざした。
「炎之魔法陣!」
すると、私の足元に魔法陣が展開し、強烈な炎が床から吹き出してきた。
「魔法陣の外に出ることは出来ない!骨まで焼きつくしてやる!」
「究極之守護!」
私は師匠から学んだ究極の結界を張った。果たして奴の炎はこの結界を破れるかな?
俺は水之弾丸を連射してダグを狙うが、鎖が縦横無尽に動いて攻撃が通らない。ルーシーの素早い剣撃も通らない。仕方ない、とっておきを使うか。
「水流之光撃!」
俺は奴の展開させている鎖の隙間から髙圧縮の水を発射した。一つじゃない。何本もの髙圧縮の水が鎖の間隙をすり抜けてダグの身体を貫いた。
「な、なにい!?こんな技を・・・」
鎖が勢いを無くして床に次々と落ちてゆく。
「隙あり!」
二刀流の剣士、ルーシーの素早い動きでダグの首は切り落とされた。サラサラと灰になって崩れてゆく。俺とルーシーは拳を合わせて互いの健闘を称えあった。
やはり、というか当然だが、バーンズの炎は私を焼くことが出来なかった。
「な、なにい?何故焼きつくされないんだ!俺の最高奥義だぞ!?」
「残念だったな、バーンズ。この結界は歴戦の勇者から学んだ究極の結界だ。お前ごときでは火傷させることも出来ないぞ」
「くそ、仕方ない。この場は逃げるしか・・・」
「凍結!」
私の呪文で、バーンズの身体がその場に固定された。足元から音を立てて全身が凍ってゆく。
「な、なんだこれは!?私の身体に何をした!?」
「おかしいとは思ってたんだ。霧状になれるスキルがあるのに、何故炎を操れるのかとね」
私は固有結界からコートを出して袖を通した。
「炎に包まれた状態からお前は、霧状態で脱出した。おかしいだろう?普通なら蒸発してしまうはずなのに、そうならなかった。つまりお前の炎には制限がかけられていた。そんな炎に私の結界は壊せない。そして、お前の弱点も分かった。霧状態の時に炎に強いということは、逆に冷気に弱いんじゃないかと思ったが、どうやら当たりのようだな」
「うおおー。地獄之業火!」
バーンズは必死に炎を出して、自分の身体を溶かそうとするが、まるで効果はなかった。
「無駄だ、バーンズ。私の凍結はマイナス196度。つまり液体窒素と同じくらい温度を下げられる。どんな生物も生存は不可能だ」
すでに首から下は完全に凍っているバーンズは恐怖の表情で私を見ていた。
「一つだけ聞きたい。あんたは相手の眠りを奪う術を使えるか?」
「し、知らん。俺は使えないがAレベルの吸血鬼なら、誰もが魔術を使える。そんな術を使える奴もいるかもしれん!そ、そうだ!私を見逃してくれたらそいつを探し出してやる!だから、命だけは助けてくれ!」
「あん?」
私は十字剣を握り氷の彫像と化したバーンズに近づいた。
「お前は今まで人間との約束を守ったことがあるのか?今まで一度でも命乞いをしている人間を見逃したことがあるか?」
私の表情から命乞いは無駄と悟ったのだろう。バーンズは顔を歪ませて吠えた。
「おのれ、いずれ魔王カーライル様に連なる幹部の誰かがお前を殺すだろう。先にあの世に行って待ってるぞ!」
「生憎、私は天国に行くと決めている。地獄に堕ちるお前とは会うことはない」
それだけを言って、十字剣でバーンズの首を跳ねた。返す刀で胴体の部分も粉々に砕く。
「終わりましたね、リズさん!」
ジョニーは単純に戦闘の終了を告げただけなのだが、私は思わず怒鳴ってしまった。
「まだ、終わってない!ピートの姿を見ろ!」
ピートは銀の杭で壁に張りつけられたままだ。
「す、すみません、リズさん。初めての本格的な討伐に参加して舞い上がってました!」
深呼吸して気持ちを落ち着かせ、ジョニーの肩をポンポンと叩いた。
「いや、すまない。自分の蒔いた種なのに、八つ当たりしてしまったな」
私はピートを張りつけにしてる杭に手を伸ばした。
「や、やめろ、リズ。このまま殺してくれ。化け物のまま生き延びたくはない」
私は無言で両手両足に刺さっている杭を引き抜いた。
「ぐわあああー!」
かなりの激痛だったろう。それでも抜かないわけにはいかなかった。
「ピート、あんたの気持ちは分かる。けど、しばらくは手を貸してくれないか?」
「俺は吸血鬼になっちまったんだぞ!化け物のまま生き延びたくはない!」
「ピート、私の願いは知ってるだろう?せめてそれが叶うまでは相棒でいてくれないか?」
「俺は狩る側から狩られる側になっちまったんだぞ!」
「それは心配いらない。エマと同じだ。協力者として、夢想士組合にIDガードを発行してもらう」
「俺は吸血鬼になったんだぞ?誰かを襲って血を吸ってしまうかもしれない!」
「私の血を吸えば良い」
その言葉に、ピートは驚きの表情を浮かべた。
「正気か、リズ?」
「吸血鬼に血を吸われても、それで眷属になるわけじゃないんだろ?だったら平気だ。それにどうしても直接吸えないなら、献血みたいに必要な量だけ採血すれば良い」
ピートが我慢できずに吹き出した。
「まったく、前からそうだと思ってたが、あんたはイカれてるよ、リズ」
言葉とは裏腹にピートは嬉しそうに笑い転げていた。
「よし、それじゃそろそろ帰るか。ピートの車でな」
「それが狙いで引き留めやがったな。リズ、お前は計算高いぜ」
「それに、そろそろ夜が明ける。急いで相談所に戻ろう。ピート、今日からウチの地下室で寝起きすれば良い」
「よーし、思い切りヒップホップな部屋にしてやるぜ!」
車内で私たちは笑いながら帰路についた。
第6章 夢想士は眠らない
なんだかんだ、ゴタゴタはあったが全ては丸く収まった。デュークの奴はあれから行方不明になった。家人にも何にも言わず、突然失踪したらしい。裏事情を知ってる俺とルーシーは複雑な気分を味わった。今は闇之夢想士同盟で元気にしていれば良いが。
ルーシーは無事にAランクに昇格した。彼女の二刀流の剣撃を防げる者は皆無だ。あれから俺たちも何となくリズさんのパーティーメンバーとして落ち着いていた。何しろ吸血鬼の魔水晶は高値で売れるので、俺としては良い小遣い稼ぎになってる。
授業が終わってルーシーと一緒に相談所を訪れた。エマはニコニコと笑って愛想が良い。
「やあ、今日はリズは瞑想中だよ。相談所のほうはすっかり閑古鳥が鳴いてるよ」
今や完全に味方認定されてる俺たちは、こんな具合にウェルカムな状態だ。
「ん?来たのか二人とも。例の物は持って来てくれたろうね?」
瞑想を中断したリズさんが早速せっついてきた。
「もちろん、買って来てますよ。ファニーズのイチゴタルト」
ルーシーが後ろ手に隠していたものをテーブルに置いた。
「おお、やはりオヤツはこれに限るな」
リズさんは上機嫌でテーブルの上にコーヒーを並べてゆく。
「リズさん、今度そのコーヒーの淹れかた、教えてくださいよ。お陰で他のコーヒーは飲めなくなっちゃいましたよ」
ルーシーがねだると、
「良いとも。イチゴタルト10個で、手を打とう」
「やった!約束ですよ」
「あ、イチゴタルト!抜け駆けするなんでズルい!」
入室してきたエマが頬を膨らますが、
「心配しなくても、あなたの分もちゃんとあるわよ」
「やったね!」
随分とかしましいが、ピートの奴が気の毒だ。もう普通に食事出来ないからな。
「エマ、今夜の予定は立ってるか?」
「13区に大がかりなコミュニティーがあるよ。この間手に入れた古文書の欠けている部分を保管してるみたい」
「よし、今夜行ってみるか。ジョニー、ルーシー、今夜11時に集合だ」
「「了解!」」
俺とルーシーは少し仮眠を取るため一度戻らないとな。それから2時間ほど談笑して、一旦解散した。
早めの食事を摂っていると、母さんが頬に手を当てて質問してきた。
「ジョニー、勉強も良いけど少し痩せたんじゃない?たまには息抜きしても良いのよ」
「大丈夫だよ、母さん。適度に仮眠をしてるから」
「そう?」
「弁護士を目指すにはこれくらいの勉強は当然だよ」
「あなたが私の意思を継いでくれるのは嬉しいけど、決して無茶はしないでね」
母は俺の頬にキスをして、仕事に出掛けた。弁護士の仕事も大変そうだな。俺は自分の部屋に入って鍵をかけ、ベッドに横になった。軽く睡眠を取ると、窓からそっと外に抜け出した。相談所に向けて歩いていると、派手なラップ・ミュージックが大音量で流れていた。やれやれ、困った奴だ。
「隣近所に迷惑だろうが。リズさんの相談所に客が来なくなったのは、あんたのせいじゃないのか?」
「よう、一番乗りとは張り切ってるな、少年」
ピートが白い歯を見せてニカッと笑って見せる。
「いい加減、その少年は止めろ。俺はAランクの夢想士だぞ」
「第一印象ってのはなかなか抜けないもんだ。安心しろよ。お前のことはリズやエマと同等に思ってるんだぜ?」
「やあ、来たかジョニー」
相変わらずの黒いコートとブーツ姿のリズさんが現れた。
「リズさんからも言ってやってくださいよ。ピートの奴、未だに俺のことガキ扱いしてるんですよ」
「ふむ、ピート。もう少し音量を落とせ。それからジョニーのことは名前で呼んでやれ」
すると、ピートは大袈裟な身振りで肩をすくめて、
「OK、ボス。これからは名前で呼ぶが、へまをしたらまた少年と呼んでやるぜ」
この野郎、一度模擬戦でこてんぱんにしてやろうか。
「ゴメンなさーい。家を抜け出すのに手間取っちゃって」
ルーシーがやってきて、メンバーが揃った。よし、ここからは作戦モードだ。
「揃ったな。エマ、13区のどの辺りだ」
リズさんがイヤホンマイクを装着して、ハッカーのエマに尋ねる。
〈今は廃墟になってるアボロ・ミュージアムって、映画館だよ。今はジャンキーのたまり場になってるみたい〉
「なるほど、いかにも吸血鬼が根城にしそうな所だな。よし、行くぞ、みんな!」
俺たちは次々とピートの車に乗り込む。ガンガンにラップが流れる車内で俺は密かに笑いを漏らした。吸血鬼専門の夢想士のパーティーなんて、俺たちくらいだろう。ふと空を見たら見事な満月が出ていた。いかにも俺たちに相応しい黄金の円盤が雲の切れ間から輝く。
マンモス都市イースタン・シティの夢想士は眠らない。
了
こんにちは、チョコカレーです。今回は趣向を変えて「強者どもが夢の跡」の番外編です。舞台をアメリカに移しただけで、けっこう新鮮な気持ちで書けました。語り部は高校生のジョニーですが、主人公のリズが結構エキセントリックな存在で、書いてて色々なアイデアが生まれました。本家の「強者どもが夢の跡」の4部もそのうち、着手する予定です。それでは、また次の作品でお会いしましょう。