第1話その4 名前
両親の言い分はわかった。というよりはわからざるを得ない。あの人たちは毎回そうだ。突然ものが送られてきたりすることは何度もあった。シオンもそれには慣れているようで、「その手紙、また母さんと父さんから?」と尋ねてくる。俺は頷くとその手紙をシオンに渡した。
「はぁ!?」
珍しく大きな声を出す我が弟に、あの内容ではそれもそうだろうと父母にフォローを入れてやろうと口を開きかけると、「両性具有ってあの両性具有!?」と続けて言った。そっちかい、とも思ったが、確かに男女両方の性質を備えていることは驚くだろう。確かに見た目的には女の子のようにも男の子のように見える。
「どうやらそうらしい」
「マジかあ……見た目的には女の子かと思ってた」
「まあ、どっちで扱うかは本人に決めて貰えばいいんじゃないか?」
「確かにそうだね」
俺たち兄弟の考えがまとまるのは早い。双子だから思考が似通っているのかもしれない。俺はツノちゃん(仮名)に向き直ると、「お前は男の子か? それとも女の子か?」と問いかける。
するとツノちゃんは小首を傾げ、何を言っているのかわからないと言う表情で俺の顔を見たままじっと動かなくなる。何かを考えているのだろうか、それとも答えがないのだろうか。それすらもわからない。
「ふうむ」
「とりあえずは困らないから決めなくていいんじゃない? 人間の本質は性別ではないし」
「なるほど、確かにそうだな我が弟よ」
それより、とシオンはスープに口をつけてから「名前決めた方がいいんじゃない? 流石にツノちゃんは可哀想でしょ」と至極真っ当なことを言う。確かにそうだ、しっかりした名前は必要だろう。その前に彼? 彼女? にも意見を聞かないとな。記憶を無くしてるらしいから、名前も覚えていないのかもしれないが。
「おいお前、名前はあるのか?」
「な、まえ……わかんない」
まあそうだよな。そう来るのは一応予測していた。着ている服がふかふかしてるのでふかちゃんとか、羊っぽいのでメーちゃんとか。うむむ、人の名付けなんてしたことがないから困ったぞ。
「羊、羊ねえ……」
どうやらシオンも考えているらしい。羊、羊――そうだ!童謡にもあったあの名前がいいだろう。
「メリィだ!」
「メリィ!」
思わず隣を見る。まるで被ったことが恥ずかしいとでも言わんばかりにシオンは顔を赤くしていた。さすが我が弟、俺の思考回路をよく理解してらっしゃる。
メリィさんと呼ばれた彼はそれが自分の名前だと認識したのか、「めり、ぃさん」「めりぃ」と反芻してからよほど嬉しかったのか俺とシオンを両腕で抱きしめた。
「めりぃ、うれし! うれしー!」
この辿々しい言葉遣いもなんだか癖になる。意味がわかるレベルまで達しているからこう言うことが言えるのだろうが。
なんにせよ気に入ってもらえたようで何よりだ。俺はそう思いながらスープに口をつけた。流石に少しぬるくなったいたが、これくらいの方が飲みやすい。俺はメリィにも飲むように促した。
メリィはマグカップを手に取ると不思議そうな表情をしてから口をつけ、「おいし、これ、おいし」と目を輝かせながら笑った。その表情に俺まで嬉しくなってくる。
おそらくメリィは俺の両親にこのアパートに行くよう指示されていたのだろう。よく飛行機とか乗れたなとか、よく空港からこの田舎町に来れたなとかいろいろ気になるところはあるが、なんにせよ無事でよかった。