5話
そこは夢の中なのか。それとも、現実なのだろうか。私には判断しがたい空間だった。見覚えのある橋の上に紫苑が居て、クジラを飛んでいる世界。わたしはそんな世界の中で彼女の隣にいた。でも、そこにいるわたしは私ではなかった。なぜなら私は彼女とは遠く離れたここにいるから。じゃあ、あそこにいるわたしは誰なのかと問われれば、それもまた私なのだ。「なんと哲学的な」と思われても仕方がないだろう。事実、私もそう思っている。けれどこの世界の中には、〝わたし“という存在が2人居る。それだけが動かぬ事実だった。
彼女に向けて叫ぼうとする。だがうまく叫べない。ああ、これは夢なんだと実感する。でも、彼女の隣にいるわたしは心底幸せそうな顔をして話していた。
「ずるいなあ」
私の口から出たのはその一言。それなのに、いきなり頭上から低く伸びやかな声が聞こえた。そして、同時に彼女らが話しているところに
地響きが起きた。二人は顔に驚きの表情を浮かべる。そうしているうちに橋が崩れ紫苑が落ちていく、それを助けようとして、いや正確に言うと彼女のあとを追うようにしてわたしは底も見えないような闇に飛び込んでいった。きっと彼女らが帰ってくることはもうない。私のどす黒い考えは彼女らを殺すほどだった。「そうか、だから今まで私がいるうちに地響きが起きていたのか。結局私のせいじゃん」なんて思っているうちに私の周りは闇に囲まれていた。闇の中だからか息苦しさを覚える。私のせいで、人を苦しめていたという事実が心を痛めつけてくる。いっそ、この闇に身を任せて消えてやろうかなんて考えた。それが不可能なことなんて分かってる。それでも、このまま迷惑をかけることは嫌だった。




