15話
翌朝、学校に行くと今日も誰もおらず、前回とは違ってただ誰もいない教室で自習をしていた。先生も生徒もいないこんな教室では、自習以外にすることも無かった。
「やっぱり誰もいないと不気味なうえに暇だなぁ…」
そんな独り言は静かな教室の中に吸い込まれていった。
それから30分程経った頃、少し休んで体制を直そうと廊下に出る。案の定廊下にも誰もいないなと考えて気が付く。廊下の向こう側、少し離れた教室の扉の前に誰かが居る。それに気が付いて目を凝らして、相手の正体を探ろうとその陰のいる方を見るとそこに居るのは年端もいかないくらい背格好をした少女だった。何故そんなに幼い子がここに居るんだろうと疑問に思いつつ、とりあえず話しかけてみようと彼女の方へ向かう。彼女もこちらに気が付いたのか走ってこちらへ向かってくる。
「クジラさん!なにしてるのー?」
そう問われて体が強張った。彼女が私に向けて話した『クジラさん』という言葉。私の名前はクジラさんではない。ましてや、彼女とは初対面である。そんな彼女の話す『クジラさん』という言葉に対して私は奇妙さを感じつつあった。
「く、クジラさんって誰の事かなぁ?」
「えー?クジラさんじゃないのー?」
「う、うん。私は流里だよ。流里おねーさん」
「やっぱりクジラさんだよー」
彼女にお姉さんという語句を教えても彼女は頑なに私のことを『クジラさん』と呼んだ。疑問と不安感、そして不気味さが一気に襲ってくる。彼女がなぜ私のことを『クジラさん』と呼ぶのか、それだけが謎だった。そこまで考えて分かった。私は彼女と会ったことがある。あったことがあるというより過去に夢の中で『クジラさん』と呼んだ声が同じな気がしてきていた。
「クジラさーん…♪地震を起こしまくってるクジラさーん♪あなたの存在がこの世界を壊しているのを…知らないのかなぁ…♪」
いきなり彼女が流暢にしゃべりながら歌いだす。全て私に向けての言葉だろうか。その声は私にとって不快そのもので、今すぐに耳を塞ぎたくなるものだった。それでも、私の手が動かないのはきっと私に自覚している部分があるのだろう。図星を指された時ほど、人はどうしたらいいか分からなくなるものである。
「ちなみにあなたのお名前はなんていうの?」
呼び方に迷うため、とりあえず名前を聞く。その返しはとても衝撃的なものだった。
「私の名前は花韮紫苑。あなたにクジラの呪いをうつした犯人」
「…え?」
いきなりとても冷たい顔であまりに流暢にしゃべるから驚く。あの舌足らずな感じは完全になくなっていた。と思えば、いきなり子供のような笑顔で自己紹介をし始めた。
「なーんて冗談だよ!私のお名前は小森茉弥!まだ5歳なんだ!」
「そ、そっか…」
とても子供らしいのにどこか大人びている彼女の発言に私は不信感を隠せなかった。何よりももう居ない私の友人の名前を知っているということが私の中の不信感を大きくしていった。いた。それと共に先ほどの彼女の「呪いをうつした」という発言の意図も私には掴めなかった。幼い子のいたずらというにはあまりにも無理がある。でも、それ以外に理由は見当たらなかった
「茉弥ちゃんは、なんでここに居るの?」
「えっと、最近このあたりで冒険をしてるの!」
口調は子供のようだが、発言は確実に大人がするそれだった。
「そっか、でもここは危ないから早く帰らなきゃだめだよ?ほら空も…って……え?」
茉弥ちゃんにそろそろ空が暗くなってきたことを伝えようとして、空を見上げてみて驚愕した。普段自分がどれだけ空を見ていないのかがわかる。そのくらい普段とは確実に違う空の色だった。今すぐに隕石が落ちてくるんではないだろうかというほどの真紅に染まった空の色に私は驚きを隠せなかった。
「どうしたのクジラさん!外に何かある?」
「ううん!なにもないよー!それよりほら!早く帰らないとお母さんが心配するよ?」
「大丈夫!私帰る場所無いから!」
その言葉に言葉では言い表せない複雑さを覚えた。帰る家がないとはどういうことだろうか。育児放棄、家出、他にも色々あるが何が理由なのだろうか。とにかく何もかもが不気味で私は考えが追い付かなかった。
「ねぇねぇ、クジラさん!あのペンダントはどこにやったのー?クジラさんと同じクジラさんが付いてるやつ!」
彼女からの言葉に私は何もできなくなる。体が固まって動けない、そこにある教室の扉へと逃げることもできない。そんなギリギリの状態で私は彼女の問いに答えた。
「あのね、あのペンダントは今家にあるんだ」
「ふーん、私からもらったプレゼント忘れてきちゃったんだ…」
また彼女は紫苑と同じ口調でしゃべりだす。彼女の正体は誰なんだろうか、私にも正体は掴み切れない。彼女が小森茉弥なのか、それとも花韮紫苑なのかは私にはもう分からない。でもどこか彼女の幼少期とこの少女の姿が似て見えるのはなぜだろうか。
「ねぇねぇまや「私は茉弥じゃないよ」え?」
私の言葉を遮るように呟く茉弥ちゃん。自分で名乗ったのに彼女が茉弥でなかったら彼女は何者だというのだろう。
「冗談はよくないよ。自分で自分の事を茉弥って言ってたじゃない」
「うん。でも、私の名前は茉弥じゃないよ」
言葉の意味を理解するのに少し時間がかかり、それでもまだ言っている意味がよくわからなかった。茉弥なのに茉弥じゃないという、その矛盾が私を惑わせるには十分だった。
「じゃあ、あなたは誰なの…?」
「だから、私の名前は花韮紫苑だって…!」
「でもそれはさっき冗談だって…言ってたじゃん?」
「あれを信じてたの?嘘だとは思わなかったの?クジラさんって案外バカなんだね…♪」
少しの疑問とイラつきを覚えながらも、一応ちびっこなので優しい顔を張り付けて話しかける。きっと私の顔は周りから見たら歪みまくっていると思いながら。
「じゃあ、本当に紫苑なら証明してみてよ。流石にできるよね?」
「うん!もちろん!手紙の内容も覚えてるよ!」
そういうと彼女はスラスラと私も覚えた手紙の内容を話した。




