11話
そんな声に動揺して目を覚ます。私はいつの間に家に帰ってきたのだろうか。というかそもそもどこからが夢だったのだろうか。心臓の音が聞こえてくる中でそんなことを考える。そして、自分の姿や周りを見て翌日だったということすらも夢だったと気づかされた。昨晩だと思ったときに触っていたスマホも無いし、格好も元々着ていたパジャマだった。そこまで思ってスマホを確認したくなって手探りで探す。昨晩に手元にあったはずのスマホは、少し遠い棚に置いてあった。
「あ、そうだ…。リンネは…って…あ……」
リンネを確認してみると奏斗という名前はしっかりとそこにあった。夢だと思いたかったのに、あの状況が夢ではなかったのだと嫌でも思い知らされる。最後に聞こえた『クジラさん』というのが誰なのかも気になる。でも、私にはそれを確かめるすべは無かった。いや、実はないことは無い。事実今現在一つだけ、事を明確に調べるすべがある。奏斗に聞けばいい。そこまで思って今何時だったかなと考えてスマホの時間表示を確認する。
「4時…か…。もう寝れないな…」
そう呟いてベッドに腰をかけてスマホを眺める。外からの小鳥の声が私の耳に入ってくる。その声が嫌でも、もう朝だよとと言ってきている気がして、不快感が押し寄せてきた。少しぼーっとしようと思ってもあの光景が私の頭の中でグルグルと回ってそれを許してくれない。
「……ぼーっとしてることすらも……許されない…か…」
少し誰かの声が聞きたくなる。でもこんな時間帯に起きている人なんているわけがない。仕方がないので、音楽アプリからお気に入りの曲を再生する。でも、今の私にそれは少し騒がしかった。聞いていた曲を止めて、やはりまたぼーっとする。それなのに何も聞こえないのは不安で、自分はどれだけわがままなんだなんて思いながら、スマホをただ眺めていた。
「……え…?」
いきなりリンネ特有の通知音に驚きつつチェックする。すると、奏斗から『起きてる?』と来ていた。彼の察しの良さは本当にすごいと思う。『起きてるよ』なんて返してみる。そして、違和感を覚える。私は元々彼とリンネを交換していた。だとしたら、やはりあの夢の内容は何だったのだろうか。そして、あの夢の中の私の発言はすべて何だったのだろうか。いまだに理解が追い付かない。すべてが不思議で仕方がなかった。そんなことを考えていると彼返から信が来た。その返信に背筋が凍ったのは言うまでもない。
『もしかしたら、起きちゃったかなって思って・・・…』
なんで分かったのだろうか。流石に何かが仕込まれている気がして心底気味が悪かった。でも、それを伝えるのも怖くて迷った末に私は『そうそう、ちょっと起きちゃってさ』と返した。今すぐにブロックして連絡先を消すことも考えたが、そんなことをしたら何されるか分かったものじゃないから、断念した。『電話したい』といきなり返信が来る。多分無理だと言っても彼はかけてくる。そんなことは分かっていたので、『いいよ、ただちょっと待って』とだけ返して、『3分だけね…?』という返信を確認してスマホを閉じた。さぁ、これからどうしようか、残り3分もしないうちに彼から電話が来る。人の声が聞きたいと思う反面、彼の声は聞きたくなかった。
「ね…ようかな……今なら寝れそうだし…」
そうつぶやくように暗示をかけて、布団をかぶってみる。だがやはり目は覚めていて、寝ようにも眠れなかった。そうして、うだうだとしている内に、3分経っていたようでコール音が聞こえてきた。少し震える体を奮い立たせて、何とか電話のボタンを押す。
「もしもし…?」
そういう私の声は自分でもわかるくらいに震えていた。多分自分が思っている以上に、私はこの状況に恐怖や不安を抱えているのだ。そんな中不安に思い声が震えている私とは真逆の元気な声が画面の向こう側から聞こえてきた。
『あ、もしもし?ちょっと寝ようとしてたろ?』
「いやいや…そんな訳…!」
そう言って、否定しようと思ったのにまた違和感を覚える。なんでなのかは分からない。でも、どこかに違和感があった。
『流里…?どうかした?』
「あ、ううん!何でもないよ!」
『そっか!そういえば、最近学校どう?楽しい?』
「うん!そこそこ楽しんでるかな!」
そこまで話してみて、やっと気が付いた。さっきの違和感が何だったかを。
「あれ、奏斗って今何歳だったっけ」
『え?何忘れたのかよひどいな~。今年で二二歳だよ』
やっと合点がいった。そうだ、夢の中の彼は私が作り出した偶像だったのだ。にしては生々しかった気もするが、すべてが偶像だったと信じることにした。人間とはなんとも不思議で単純だ。そう思った瞬間に何もかもが怖くなくなってしまったのだから。
「あ、ああ、そういえばそうだったね…!」
『どうしたの?今日。なんか変だよ?』
「ううん!大丈夫!」
『ならいいけど。てか、こっちからかけておきながらなんだけど、眠くない?大丈夫?』
その問いにどう返そうか迷う。下手なことを言って彼を刺激してしまうのはやはりまだどこか怖かった。それでも、私としては早く電話を切りたかったので思い切って嘘をついた。
「そうなんだよね…。さっきから眠たくて…」
それで終わって切ってもらえると思っていたのに、彼は私が想定していたもう一つの方向に進んでいった。
『そしたら、このまま寝落ちに使いなよ。俺が喋っとくから。寝て良いよ』
善意からきているであろうその言葉になんと返そうか困る。言い訳すらも思い浮かばない。その絶望的な状態に私は困ることしかできなかった。
「い、いや…私人の声聞きながらだと寝れないから……」
何とか、口から出てきた苦しすぎる言い訳で逃げようとする。きっと意味がないと分かっていても、そうする以外手がなかった。
『……そっか!それは仕方ないね、了解。』
少しの沈黙はあったが何とか了承してくれたので、「ごめん、おやすみ」と告げて電話を切り、そのままぼーっとしているうちに気が付けば記憶が途絶えていた。
翌朝目覚めると、そこには彼女にもらったあのペンダントが落ちていた。クジラの色が貰った時とは変わって少し濁っていた。何故、こんなに色が濁ってるのか分からず混乱したままで、とりあえず拾わなければと手を伸ばす。その瞬間に頭の中で嫌な考えがよぎった。あの『クジラさん』という人物の正体が私だったのかもしれないという考えが。そんなわけがないと頭を左右に振って考えを打ち消して、何の動きも示さないそれを拾う。それでも、どこかそのクジラが薄気味悪く思えて、私はそのクジラを机の中にしまった。




