1話
今、私の耳に聞こえてくるもの。それは、誰かの悲痛な声、ヒソヒソと聞こえる陰口や噂話、そして、その中に混ざる喜びの声。
私は今、先日亡くなった友人、花韮紫苑の葬式に来ている。疎遠になってしまったとはいえ幼少期からの仲だったし、ただ参列しろと言われたからというだけ。それ以外に理由などない。違う、あったけど忘れた。いや、忘れたかったのだ。友人が死んだことも何もかも。
私の友人は所謂『祝福を受けることができなかった』方の人間で、幼少期から持病があったらしかった。そして友人は不幸にも持病が悪化して、亡くなってしまった。
もう何も考えたくなどないが、それでも周りからの声は嫌でも入ってくる。
「やっとアイツ死んでくれたね。清々したわー」
「いやそれな?クラスで参列とか言われたけど、アイツ別にクラスに対して貢献なんかしてないのに何でうちらが参列させられてるんだろうね。意味わかんなーい」
「ほんとそれな」
そんな悪意にあふれた声で、私は胸を締め付けられる。一度疎遠になったとはいえ、やはり友人の悪口を言われるのは不快なものである。なぜ死んでからも文句を言われているのだろうか、ましてや持病もある中でも頑張っていた彼女にここまでの罵詈雑言を浴びせられる彼女らの気が知れなかった。
この世の中に祝福なんてない。彼女のために使われるはずだった資金は、もう治る見込みもないと彼女の両親がもう一人の娘のために使ってしまった。そんな事実は、本来誰の目にも触れないはずだったのに、私には彼女からの手紙で明かされていた。何故ほぼ疎遠だった私なんかに教えてくれたのかなんて分からないが、きっと何かの気の迷いだろう。そうで無ければ説明がつかない。万が一彼女がそれを信用してる人にしか教えていないとして、残念ながら私はその信用してる人に入れる自信なんてない。そんな仲だった。それでも、知ってしまったことはとても残酷で。そんなことをしておいて悲痛そうな声を出す彼女の両親に対して苛立ちすらも覚えていた。
ああ、やはり世の中は理不尽なのだ。少しでも悪いところがあったら見捨てられる。医療ならばそうで無かったかもしれない。けれど、彼女の周辺はそういう奴らばかりだった。きっと、彼女から見た私もそんな奴らの中の一人だっただろう。高校に入ってからも放課後に会いに行っていたとはいえ、月に二~三度行けばいいほうであった。そんな私が信用されているだなんて虫がいいにも程がある。
だから、私は彼女からの手紙の内容を忘れようと最大限の努力をした。それでも、人間の頭とは不思議なもので、忘れようとするたびに頭の中に彼女の手紙の内容が浮かんできてしまって、忘れることなんて到底不可能だった。何故だかは分からないが思い返す度に幾度も読み返してたから、今や何も見ずともすべての文章を口調までそっくりそのまま書けるくらいだった。内容自体は書き連ねるには重たすぎるため、今回は省略する。ただ、簡単に説明するのなら、お見舞いへの感謝と、前述した彼女の医療費の行方などの話だったとでも語っておこう。
そんなこんな話しているうちに焼香なども終わり、解散の流れになった。彼女の同級生たちがさっさと帰っていく中、私は彼女の遺影の前で立ち止まり、その笑顔と向き合う。どうして誰よりも優しかった彼女がこんな目に合わなければいけなかったんだろうか。私にはどうしても納得がいかない。
「どんな目的があったの?なんで私に教えてくれたの…?」
「流里ちゃん?どうかした?」
いきなりの紫苑の母からの質問に息が詰まる。あまり仲が良いとは言えなかった私が彼女の遺影の前で立ち尽くすのには違和感があるのだろうか。そう思いながら何でもないです、と答える。そんな私の態度を不思議に思ったのか、小首をかしげたがすぐに元に戻り、そのまま去っていった。
「冷たくなっちゃったね。あの頃はあんなに温かかったのに…なんで…」
声が震えて言葉もしどろもどろになる。理由なんて本当はとうに分かっている。それでも問わずにはいられなかった。彼女のことを思う度に、胸が痛くなる。自分に何かできることがあったんじゃないのか、死ぬのを食い止めることができたんじゃないかと。
彼女の手紙の最後の弱々しい文字で書かれた文に、私はこの内容を忘れることはないだろう。
『私は、祝福を受けられなかった人間だったんだ。だからね?病気で死ぬんじゃなくて、自殺するんだ。ごめんね?最後まで生きられなくて。家族から見放されたこの状態が嫌なんだ。もう耐えられないし、これが唯一、友達に書く手紙。今までありがとう。流里は、きっと祝福を受けて幸せになれる人間だから。私の代わりに長生きしてね』
この内容を初めて読んだときは絶望感がひどかった覚えがある。自死に対する絶望感と、私にしか手紙を送ってきてくれていないという嬉しさで、複雑な心境だった。
「そんな、私なんかに向けての手紙が最後で良かったの?なんで、なんで私なんかに」
そう思って、彼女に問いかけてみた瞬間に抑えていた涙があふれた。今までの感謝と同時にあふれ出てきたような涙に私は困るしか出来なかった。その場にしゃがみ込む。もう、立ち上がれる気はしなかった。それ程に疎遠だったとはいえども幼少期から仲の良かった友人を失うという経験は私の心に傷を残した。
「なんで…この世の中はこんなに理不尽なの?理不尽すぎるよ…」
祝福を受けて幸せになれるなら、なぜ私は彼女を失ったのだろうか。死なれてしまったら、私には幸せになっても彼女に何も伝えられない。それを分かった上で、彼女は不幸にも自分から死を選んでしまった。いきなり、私の目の前から消えた彼女がいったい何を考え何を訴えたかったのか。誰かに教えてほしかった。
「ねえ…どうして、どうして私から離れていくの…?」
ただ、そうとしか言えない。その瞬間、クジラの鳴き声のようなものが聞こえた。
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