プロローグ 業火の中で
新作小説です。果たして少女が見たものは?
僕、今から死ぬんだな……。
死ぬって、冷たいって思ってたけど、熱いな……。暑いな……。
途切れそうな意識の中で、少女はそう思った。
ゴウゴウ、バチバチと音が聞こえる。そして、その音とともに熱気と、なんだか息苦しい、においのする空気も次々とやってくる。少女はその空気を吸い込もうとしたのか、急に咳込んだ。
煙に目がやられて、涙もハナも出てくる。苦しい。苦しくてたまらない。
パパのたばこなんかで遊ぶんじゃなかった……。
たばこって口から煙が出るから不思議だな、と思ったから、両親の出かけた隙を突いて吸ってみようとしたのだ。たばこがまだ吸ってはだめだということを理解するには、少女は幼稚園児の5歳で、あまりにも幼かった。
しかし少女は好奇心が旺盛で、思ったことはやってみようとする性格だった。それは母の作る料理の手伝いから、開業医をやっている父の真似事まで、何でもだった。今日はその真似事はたばこだった。
少女は幼いながら用意周到だった。寝室の父のたばこ皿から吸殻を一本、事前に拝借したのだ。そして、自分でコンロで火をつけた。しかし、たばこは火をつけるには短すぎ、少女は火のついたたばこを床の上に落としてしまった。慌てて水をかけて火を止めたつもりだった。そこで安心したのがいけなかった。
実は吸殻の火は消えていなかった。
少女がそのことに気づいた時には、火はどうしようもなく燃え広がっていた。
電話、しないと……。 ケーサツ、に?
火事になった時にどこに電話しなければいけないかなんて、少女にはわからなかった。
僕のせいだから、死んでもしょうがないな。熱いな。苦しいよ……。
また咳込んで、少しだけ首をもたげて周りを見ようと目を開けた時だった。
誰か、いる……? 誰?
長い銀髪、きれいな海みたいな緑の瞳、ちょっと黒めの肌に白衣が輝いていた。赤々と燃える火の中で、それだけが見えた。目が合ったような気がしたが、分からない。
「だ……、れ…?」
声を出そうとしたが、かすれてうまく出ない。
「何をやってんだい、ダニエル、さっさと殺ってお終い!!」
どこからか恐ろしい女性の声がした。
「はい」
ダニエルと呼ばれたそのお医者のような男性は、そう言うと、少女の首へと手を伸ばした。
少女はそこから先の記憶が、ない。