ダンボール運び
少し前の堕落部。
「そこの君、ちょっとこのダンボールを運ぶの手伝ってくれないか?」
「いいですよ!」
これが、僕と霞ヶ原先輩の初めての会話だった。
「どこまで運べばいいですか?」
自然と口から敬語が出てくる。
「別棟の部室までだ。私が案内しよう」
僕はダンボールを持って霞ヶ原先輩の後をついて行った。
傍から見れば親鳥とヒナのようにも見えただろう。
「────あの、このダンボールの中は何が入ってるんですか?」
この時の僕も沈黙に耐えられなくなったのだ。
「気になるのか? 部室に着いてからの秘密だ」
霞ヶ原先輩にからかわれてるようにも僕は思えた。
またお互い無言のままダンボールを運ぶ。
「着いたぞ。部室入って奥に机があるからそこに置いてくれないか」
僕は指示通りに机に荷物を置こうとしたのと同時に部室の扉が勢いよく閉まる音がした。
急いで振り返ると扉越しに霞ヶ原先輩の声が聞こえる。
「その箱の中身を開けてみてくれ」
僕は何も考えずに指示に従い、ダンボールの中にあった大量の漫画とコンシューマーゲーム機を目の当たりにする。
僕の肌から溢れ出る冷や汗をよそに、霞ヶ原先輩は非情な宣告をしてくる。
「今私はこの扉に鍵をかけた」
「君が取れる選択肢はこの2つだ」
「1つ、私が先生に君のことを報告をして懲罰を与えてもらう」
「2つ、その机の中に入っている入部届けにディベート部に入るとサインする」
「時間を30秒与えるから、入部届けにサインをしたなら扉の隙間から渡せ」
「30,29,28……」
このときの僕は勿論パニック状態だったので、慌てて入部届けを書いたのは言うまでもない。
「5,4,おっと間に合ったようだね。」
そう言うと、霞ヶ原先輩は鍵を開けずにガラガラと扉を開けた。
そもそも、扉に鍵なんか付いてなかったのである。
「堕落部へ歓迎しよう。私が部長の霞ヶ原 怜だ!」
「──天倉です。宜しくお願いします」
僕はあっけに取られがらも、ツッコミ所を見つけてしまう。
「あの──堕落部って言ってましたけど、ディベート部の入部届けを書かせたのは何故ですか?」
霞ヶ原先輩は何かに感心した様子だった。
「いい質問だな! 私がディベート部を乗っ取ったからだよ」
「それで堕落部に改名したんだ」
このときの僕が15分前の僕に会ったら、殴ってでもダンボールを運ぶのを止めさせていただろう。