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底辺女の走馬灯  作者: 人生から降りるボタン
49/50

49)休職期間の焦りと葛藤

私が休職する直前、課長は転職する事が決まっていた。


8月から水面下で動いていたとの事だった。もしかしたら、そういった理由もあり教え方も雑になっていたのかもしれない。しかし、それはもう私にはどうでも良い事であった。





母から、休職直後に電話が来た。兄はいつの間にかまた九州から都内へ異動になり、母を置いて1人だけさっさと引っ越して行ったとの事だった。新婚生活に母は邪魔だったのだろうか。


母は年金を受給していたが、年金だけではとても一人では生活していけず、「私はどうしたら良いんだろう」とまた私に相談してきた。





私は、何も答えられなかった。今休職している旨を母に伝えると、大丈夫か、そっちに行こうか、と心配してくれた。


しかし、足の悪い母が遠方からこっちに来た所で何になるというのか。結局介助するのは私ではないのか。私は「いいよ、来なくて」とだけ伝えた。


私がいつもと様子が違う事を察したのか、それきり母は何も言わず、じゃあ切るね、と言って電話を切った。





私は休職して1か月、とても焦っていた。早く復帰しなければと思っていた。


病院で、「もう大丈夫なので復職可能の診断書を書いて下さい」と言ってすぐに診断書を会社に提出した。





その後11月半ば頃、産業医との面談を行い、12月いっぱいまで休職し、年明けから復職、という流れで話は決まった。


しかし、人事も産業医も、もう経理部には戻らない方が良いという判断だった。


人事からは他の異動先を紹介する、と言われていたので、私もそうしようと思って承諾した。





後日人事から、異動先は事務はもう無く、営業しか無いというメールが届いた。


私はてっきり事務として別の異動先があると思っていた。部署異動する前に経理部ともう一つ異動先候補があったので、何ならそこになる可能性が濃厚だな、と思っていたので、頭が真っ白になった。





営業に異動するという考えは私の中には無かった。とても私には出来るとは思えなかった。


私は、12月に入ってから転職活動に動き出した。1社だけ面接に行った。


正直、係長という役職があれば内定を取るのは簡単だろうと高を括っていた。しかし、内定は取れなかった。


私はたった1回の挫折で心が折れ、転職活動はすぐに途絶えた。





12/20、事業部長から電話が来た。体調の様子と、今後どうしたいかを聞かれた。


私は、営業は難しい、とだけ答えた。事業部長は、もう少しだけ考えてみて、と言って電話を切った。





年が明けて2022/1/6、事業部長から再び「検討状況はどうか」というメールが来た。


私は、他の会社を探す、と伝えた。会社を退職する事が決まった。


その後も、私は仕事を探す気力は全く出ないままだった。家から出る頻度も減っていき、ベッドで過ごす時間も日に日に増えていった。





人事からは、有給が20日残っているので、1月いっぱいは有給消化で、1月末で退職という形で良いか、というメールが来た。


それで良いです、と返信をし、私は再びベッドに潜り込んだ。





私の休職期間は3か月で幕を閉じた。この先の事は、白紙のままだ。





終わり。

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