48)難易度の高い業務の負荷
業務は最初だけ課長から教わり、その後は派遣から教わっていた。
派遣さんは、こう言ってはあれなのだが、教え方があまり上手ではなかった。とはいえ、課長も先輩の係長も上手とは言えなかった。
私が思う教え方の上手・下手とはどういう事かというと、相手の目線に立って、相手の力量に合わせた伝え方が出来るかどうか、というものである。
教え方が上手い人は、質問者が何故その質問をしてきたのかまでを考え、質問に対する回答だけではなく、躓いたポイントの根本的理由の解説までを伝える事が出来る。
根本的な解決をしないと、また別の問題で質問者は必ず躓く事になる、という事を理解しているからである。
経理メンバーの教え方が下手な理由は、自分が理解している事を私が理解出来ない理由が何であるか、という思考が無かったのが原因だったと思われる。これは、ある意味経理メンバーの能力が優秀である証拠とも言える。
とはいえ、私は教わる側の立場なので、とにかく必死に理解しようと努めた。ネットでも沢山調べた。しかし、一口で経理と言っても、会社ごとによってやり方やルールが違う事も多々あり、本やネットのみの情報だけでは実務レベルになるとどうしても補填出来ない事も多くあった。
私は、この時点でもう既に軽く詰んでいた。
そもそも、上場企業の経理部というのは、普通に転職活動したらそう簡単になれる仕事ではない。私はただ流れに身を任せていたらたまたま流れ着いただけの人間である。
ほぼ携帯受付しかやって来なかった私は、難易度が各段に跳ね上がった業務に打ちのめされていった。
しかし長年勤めてきた会社であるという事、まがいなりにも係長というポジションであるというプライドもあり、弱音は吐けなかった。
これまで経験してきたものとは別の種類のストレスを抱えながら、私は3か月経理の仕事をどうにかこなしていった。
「作業」は、ノートを見ながらであればこなせた。しかし、全く理解は追いついていなかった。何度質問をしても、何度調べても、理解出来なかった。元々私は決して能力の高い人間では無い。
お忘れかもしれないが、私は努力をしても偏差値が46程度にしかなれない人間である。
もしかしたら他の人なら理解出来る説明を、ただ私が理解出来なかっただけだという事も全然ありうる。
係長というポジションは、ただのプレッシャーになっていた。元々お試しでスタートした役職であったが、その口約束をした当時の上司はもう居ない。
私は、体調を崩した。1週間以上の微熱が続いた。腹痛、食欲低下も経理に来た初期の頃からずっと続いており、体重は異動前から6キロ減っていた。
ある日仕事中、課長の目の前で泣いてしまった。
そんな様子を課長から報告を受けた人事から、「内科ではなく心療内科を受診した方が良い」という連絡が入り、病院へ行った。そこで、”適応障害”という病名が付いた。
その3日後、私は会社を休職する事が決まった。
10/6から私は会社に行かなくなった。




