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底辺女の走馬灯  作者: 人生から降りるボタン
45/50

45)父の最期の真相

2016年某日、私の元に1通の手紙が届いた。とある司法書士事務所からだった。


手紙にはざっくりと、下記のことが書かれていた。


・父方の祖父が他界したこと


・祖父の最晩年、寄り添っていた佐藤さんという方(祖父の兄嫁)が今祖父の家で暮らしていること


・祖父の納骨に立ち会って欲しい、墓守を引き継いで欲しい、祖父の家の土地の権利を佐藤さんに譲って欲しいということ


・母に最初連絡をしたが、今母は九州にいるため、私に手続きを進めて欲しいこと


・一度詳細な話をするために、事務所に来て欲しいということ





私は伯母に相談し、伯母と一緒に司法書士事務所を訪れた。


事務所内では、鶴田さんという方が私たちを待っていた。鶴田さんは佐藤さんの親族とのことだった。


色々な話を聞いた。鶴田さんは、私の父の話も聞いていたとの事で、鶴田さんと伯母が知る父の最期を、私はそこで聞く事となった。





父は2000/3/19に他界した。私が小4の時である。


てっきり施設に預けられていたタイミングだと思っていたが、それより1年も前であった。


父が「入院する事になった」と言ってきたのがいつだったかは覚えていないのだが、おそらく入院生活はそれほど長期化しなかったのだと思う。


それでも、祖父は毎日のように父の病室を訪れていた。私たち家族がお見舞いに来ない事を、父は「大丈夫」と強がりながらも寂しそうな顔をしていた、と祖父は語っていたそうだ。





母が病院から「父はもうダメかもしれない」という連絡を受けた時、母は気が動転し、そのままの勢いで教会を訪れた。そして、父の事を助けて下さいと神様にずっと祈っていた。その様子を発見され、母は保護された。


この期間は数日に及び、その間私たち兄妹は家で放置されていたらしいのだが、全く覚えていない。





父の葬儀にも母は参列しなかったそうだ。


そして、父からの遺言書は兄が保管していたのだが、引っ越しやらのゴタゴタでうっかりどこかに無くしてしまった、という相談を伯母は兄から受けていたらしい。


遺言書には、「母は何も悪くないから、責めないであげて欲しい」という旨が記載されてあったそうだ。





私は、涙が止まらなくなった。


父は、どれだけ寂しい思いをしながら旅立っていったのだろうか。


それでも母の事を気遣える優しさは、一体どこから生まれるのだろうか。


父は、私たちと家族になれて幸せだったのだろうか。





後日祖父の家を訪れ、佐藤さんにお会いした。祖父の遺骨に手を合わせ、佐藤さんから祖父の話を沢山伺った。


祖父の家は、佐藤さんに譲る手続きを進めた。私たち一家は長らく訪れていなかったし、ご高齢の佐藤さんは慣れ親しんだ家で暮らしていくのが一番だと判断したからだ。祖父に寄り添ってくれていた恩もある。


父がまだ元気だった頃はよくお正月に遊びに行っていた家だった。祖父母からお年玉を貰い、祖母の車いすを押しながら散歩した事をよく覚えている。





祖父の納骨を済ませ、墓は今後兄が管理する事となった。


私は祖父の納骨時、意図的に同席しなかった。


後日、1人で墓を訪れ、「久しぶり、やっと会えたね」と挨拶をした。

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