21)高校入学とアルバイト
高校生になった。
私の中学での学力は下の下から始まり、最終的に中の下になった。部活を辞めたので勉強に集中出来たのが幸いした。私なりに本気で取り組んでも中の下なので、これ以上の伸びしろは無い。中学時代が一番勉強していた。
高校では可愛い制服を着たいと夢見ていたが、自宅から通える範囲で且つ自分の学力で通える所なんて片手で数えるほどしか無かったので、私は当時偏差値48の、自転車で通える高校に入学した。私の代が入学してからは、偏差値が46に下がっていた。
余談だが、私の代の高校入試ではAO入試は撤廃され、”特色化選抜”というものが採用された。
これは部活等で優秀な成績を残した人を積極的に受け入れる、という性質のものだった。私は一般入試の前に、この特色化選抜で合格を果たした。
何に優れていたと判断されたかというと、私は中三の夏休みに2泊3日でボランティア活動に参加していた。福祉に寄り添った活動だったため、その年の人権作文(読書感想文は別であった。人権作文はやるもやらぬも自由だった)でその体験を書いたら、市の教育長賞に入賞した。5千人ほどの応募数のうち、2番目に良い賞だった(1番は市長賞)。
学校を途中で抜けて、市役所まで赴き表彰式が行われた。そこで図書券5千円分を貰ったので、漫画を買った。式は退屈で、どうでも良いような質問ばかり投げかけてくるので、市の職員は暇なんだなぁなどとぼんやり考えていた。私の本性は作文からは透けて見えなかったようだ。
学校でも別途全校集会で表彰された。私のことをいじめてきていた男子たちは、この時は特に何も言ってこなかった。
中一での合唱祭の指揮者賞と、中三での作文の教育長賞、これらを武器に戦って勝利したというわけだ。部活を3年間やり切った友達はみんな特色化選抜では落ちて、その後の一般入試で合格していた。部活を頑張っただけではだめなのか、と世の中の厳しさを実感した。
余談が長すぎた。私の唯一の栄光だったのでつい語ってしまった。
真面目に内申点を稼げば、勉強が出来なくても勝つことが可能、という事を学んだ入試だった。
高校生では5月から中学の友達に誘われてアルバイトを始めた。
1階が本屋とコミックレンタル、2階がTSUTAYAのレンタルとセル(CDやDVD等の販売)という構造の店舗で、友達は2階のレンタル担当だったので私もそこを希望したのだが、1階のコミックレンタル担当になった。
人生で初めてのアルバイト、初めての接客、初めてのレジ打ち、最初は当たり前だがとても緊張した。だが、徐々に慣れてきた。
レンタル市場は当時から徐々に下火になるという噂が流れ始めていたので、例に漏れずコミックレンタルも徐々に客足が遠ざかっていった。
暇を持て余した店員の私は、掃除をするフリをしてよく棚に隠れて漫画を読んでいた。
店長から本物の監視カメラとダミーの監視カメラの場所を教えて貰っていたので、私は映らない死角を知っていた。時には堂々と床に座ってくつろいでいた。
漫画大好き人間の私には天職とも言えるこの職場は、最終的に高校を卒業し、専門学校を卒業し、フリーターになり、就職するまでの計6年間働き(サボり)続けた。
6年もやっていると、最後の方は私が社員にレジの操作を教えたりする機会もあった。
どの作品がよく回転するかも大体覚え、たまにお客様から「この作品ありますか?」という問い合わせを受けた時は、検索せずに案内していた。お客様は小声で「すげぇ、場所全部覚えてるんだww」と言っていた。




