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底辺女の走馬灯  作者: 人生から降りるボタン
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12)はじめての木造校舎

また監禁生活かと思いきや、児童養護施設では普通に学校に通う。


とにかく田舎だったので、学校がひたすら遠い。実際どれくらいの距離だったかは忘れたが、体感片道1時間はあったと思う。集団登校だったので朝は迷子になる事は無かった。通学バスとかあっても良かったのではと思う。





学校は、まさかの木造二階建てだった。東京生まれ東京育ちの私としては、ここでの生活は全てが衝撃で新鮮だった。


5年生は2クラスで、同室の同い年のNちゃんとは別のクラスだった。


東京の小学校では机の並びは教卓向きに縦に整列されていたが、ここでは教卓を囲むように半円の形で並んでいた。





私はまたしても授業で躓く事になる。何をやっているのか全く分からなかった。


当時を振り返って兄は、「あそこは授業の進行が遅くてレベルが低かった」と言っていた。兄は物心ついた頃から私と違って優秀だった。東京の頃の学力は普通だったようだが、運動は部活に入らなくてもリレーの補欠に入る程度には出来ていた。何をするにもそつなくこなすタイプの人間だった。私と違って毎日学校にも行っていた。


私は、どっちが進行が早くてどっちが遅いとか判別が付かなかった。何故なら、教わったそばから忘れる脳みそだったからだ。





私は施設で自宅警備員をするわけにはいかなかったので、必死に授業内容を把握しようと努めた。先生は気を遣ってか、私を当ててくる事はしてこなかった。


校舎の階段付近の廊下は薄暗く、階段脇には立派な鷲やら狼やらの剥製が並んでいた。私は掃除当番で階段の掃き掃除担当だったのだが、雰囲気が怖くて毎回半泣きだった。校舎全体がお化け屋敷みたいで、1人でトイレに行くのもビビってなかなか行けなかった。





そう、トイレ問題は私の中でとても深刻だった。下校時は集団ではなく、各々タイミングが合った子と一緒に帰る感じだった。私は方向音痴で長い道のりを覚えられる自信が全く無かったので、いつも施設の同室の子と一緒に帰っていたのだが、下校時刻になると私の膀胱サイクル的に、毎回若干トイレに行きたくなっていた。でもトイレに行っている間にみんなが帰ってしまったら、私は施設に帰れなくなる。


「トイレに行ってくるからちょっと待ってて」と言えば済む話だったのだが、東京時代のコミュ力は、転入生Kちゃん(パート4参照)からのいじめの経験や度重なる環境変化により、銀河の彼方へと旅立ち、私はガッチガチのコミュ障へと変貌を遂げていた。私はトイレを我慢しながら約1時間の道のりを帰宅する事になっていた。


私は、何度かトイレがギリギリ間に合わず、おもらしをした事がある。多分みんなにはバレていなかったとは思うが。


小5にしておもらしをしているのが情けなくて、でも誰にも言えなくて、本当に悩んでいた。

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