第2話 火龍との戦いはどうだったのか?
魔法とは、ヒトの思考が次元を越えて実体化したもの。
人類が魔法を得たと同時に、魔物と呼ばれる存在が現れるようになった。
それもまた、ヒトの思考の産物であるから。
有史以来、架空の存在として語り継がれてきたデーモンやドラゴンが、いつ・どこで実体化するかがわからない世界。
魔物に対し軍隊は無力だった。
一人一人能力も装備も違う大勢を統率するのは不可能に近く、国に縛られた彼らでは、世界規模で神出鬼没の魔物を追いかける事すらままならない。
そこで魔物討伐“パーティ”と言う少数精鋭・民間の営利自警団が、世界各地に無数、点在するようになった。
俺が“Don't mind”を脱退する前日。
戒厳令によってもぬけの殻となった都市・カンカールの空を、漆黒のドラゴンが旋回していた。
炎を吐くドラゴン……“火龍”。それ以上の情報は無し。詳細は戦いながら、手探りで知るしかない。
何処の誰がうっかり想像して現世に呼び込んでしまったのか全くわからない。その生態や能力は、この世に生きる人の数だけ存在する。
魔物とはそう言うものだった。
しゃん、とメルクリウスの錫杖が鳴った。
「ブリッツ・バイル!」
技名の叫びとほぼ同瞬、火龍の脳天に細木のような雷光が爆ぜた。
空を蹂躙していた火龍は、それこそぶん殴られたかのように地表へ墜ちてゆく。
いちいち技名を叫ぶとは、何ともダサい光景に見えるが……術者の思考強さが威力と精度に関わる魔法戦では教科書通りの手法だ。
何事も、名前が付いていた方が白黒はっきりする。
杖を振るう無難なスタイルと言い、流石は魔法戦士フリード家の次男坊と言った所か。
網膜に焼き付いた雷の軌跡にくらみながらも、俺は遠く火龍に向けて目を凝らしていた。
これで終わりでは無いだろう。
地面に激突する寸前、火龍は再び高度を上げて、こちらへ飛んで来る。
「うっそ!? 効いてない!」
ウォルフガングが悲鳴混じりにのたまう。
おいまさか、あれで終わりだと思っていたのか。
火龍は、オレンジ色に塗られた家々の外壁を右翼でガリガリ削りながら、肉迫。
まず、固体のような烈風が、俺の体を軽々打ちのめした。一瞬遅れて、火龍自身が俺の視界を覆う。
ウォルフガングが飛び出し、果敢にも火龍と正面からぶつかった。両手には、分厚い手甲。普通なら挽き肉になる衝撃だが、奴は魔法で瞬間的に自己強化を行い、踏ん張る。
手甲と火龍の鼻先が擦れ、稲穂のような火花が激しく飛び散る。
「ブリッツーー」
メルクリウスが再び詠唱の素振りを見せると、火龍は大気を巻き上げながら急上昇。ウォルフガングもうまく衝撃を受け流したようで、その場に尻餅をついた。
再び高度に達した火龍が羽ばたく度、固体じみた吹き下ろし風が、俺の足を浚おうとする。
火龍が滞空した事で、今さらその全容が視認できた。
岩肌のような外皮の下で、法外な量の筋肉が律動している。
こうもりのような皮膜の翼が、にわかに赤熱しだした。
そして、音とも言えない咆哮がほとばしった。壁やら地面がビリビリ振動する。
遂に、その時が来た。
火龍の本領発揮。
炎のブレスを吐く気だろう。
俺はここに来て、その挙動に全神経を注ぐ。
正直、気絶しそうなほど怖かった。
だが、やるしかなかった。
来るのが炎だと言うことは知れている。
ならば、やる事はひとつだ。
乱杭歯が敷き詰められた火龍の口腔が眩しく光り、飽和ーー今だ!
俺は、俺の思考を奴のブレスにかぶせた。
世界が真っ白に染まった。
熱い。
熱い、熱い、熱い、熱い熱い熱い!
全身がやすりがけされたように、死ぬ程痛い!
右眼球が破裂して見えなくなった。
酸素が急激に奪われて、息苦しい。
だが、それは生きている証拠だ。生きてれば回復魔法でどうとでもなる。
やがて世界の明度が元に戻り、一仕事終えたような顔してやがる火龍が見えた。
街はあちこち炎上しているが、パーティメンバーは全員生きている。
俺自身の意識がまだある事も含め、安心した。
即死しなければ安いものだ。それが、魔物戦の哲理。
火龍のブレスに対する“レジスト”は、どうやら成功したようだ。
魔法の理屈を思えば、炎の魔法を知る者は逆説的に炎の打ち消し方も知っていると言うことだ。
基本戦術だが、最重要でもある。俺だけではなく、他の連中もレジストに参加した筈だ。
しかし、ここからどうするか。
俺は、火龍の弱点自体はおよそ目星を付けていた。
奴は、自分の体内で作った熱を、翼からわざわざ放熱していた。
となると、あのブレスは火龍にとってかなり不安定な代物だと言う事になる。
つまり、あの火龍は火に弱い。
そんな事を考察しているそばから、レインが一矢を撃ち込む。
流石の狙いだ。矢は、火龍の脳天を正確に刺し貫く。
だが、頭を刺されたくらいでAランクが死ぬ筈も無い。
しかしワンテンポ遅れて、矢から凄まじい靄が放射した。
やっぱりだ。あの矢を起点として冷気の魔法を放ったのだろう。
だが俺の見立て通り、火龍は一瞬ウザそうにしながらも、元気一杯に猛り狂った。
「駄目か!」
ああ、駄目だったよ。
火龍だから水や冷気に弱いなんて道理は無いだろう。
ちゃんと、相手の生態を見極めろっての。
だが、お陰で俺の仮説はより強固になった。
俺は“ストックしている”魔法思考の一つに意識を馳せた。
一方、火龍は再び急降下、真新しい石畳をクッキーのように粉砕しながら、俺達に突進してきた。
ウォルフガングほか、前衛メンバーの尽力もあり、直撃はまぬがれた。
だが、先月建て直されたばかりのショッピングモールの屋根に陣取ると、火龍は再び両翼を拡げた。
やはり、赤熱。
その顎がまた、光り輝く。
このタイミングだ!
俺は、スタンバってた魔法を詠唱。
「“焔槍”ーー」
「このぉ!」
同瞬、屋根から屋根へ跳び移ったウォルフが、火龍に飛び掛かって横っ面をぶん殴りやがった。
まずい、狙いがずれた!
俺が放った“焔槍”ーー火炎弾は、狙っていた火龍の口を大きく逸れて、喉を焙っただけに終わった。
日常でもそうだが、このワン公は自己主張の塊な癖に、妙に気配が希薄だ。
「アニキ! ブレスの瞬間に口を炎で狙え!」
あの単純バカは、奇しくも俺と同じ考えを口走った。
「ヒンメル・フランメ!」
弟分に呼応し、メルクリウスが叫んだ。
俺の焔槍とは比にならない火量が、真昼の空を夕焼けに変えて、ブレス発射寸前の火龍の口を直撃。
肉と骨と脳の破片が、炎の尾を連れて放射状に爆発四散。
頭部を失った火龍の身体は、ピクピク痙攣しながら墜落。
家屋やら公園を散々すりつぶした挙げ句に、動かなくなった。
火龍は死んだ。
誰も、その現実をすぐには処理できなかった。
やがて、歓声が上がった。
「オイラたち、やったんだ……! Aランクを……!」
「うおおおお、流石メルさんだ!」
「マジパネェ、マジパネェ! どうしよ、それしか言葉がねえよ!」
まあ確かに、この戦い一つとっても、俺は何もしなかった。そう言われれば、返す言葉も無かった。