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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

桜膜 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おおう、見ろよつぶらや。もう桜の花がぽつぽつ咲いてんよ。

 川津桜とはいえ、このあたりは毎年、2月になるまではろくに花開かないっつーのに。今年は少し、生き急ぎ出したのかねえ。

「先んずれば人を制す」とは有名なことわざだが、それはあくまで人の世界の話。花などは早く咲き過ぎると、子孫を残すうえで不利になりがちだ。花粉を運んでくれる虫たちが、活動してくれない時期にあたる恐れがあるからな。


 だがそれでも、本来の時期を前倒し、後ろ倒しにして動くことに、どれほどの意味があるのか。

 こいつを探ることは、昔から続いている研究のひとつだ。この花の開花にも、時期のずれには様々な要因があるらしいんだが、俺が最近知った中に、少し変わった話が混じっていてな。

 つぶらやの好きそうな話だと思うが、聞いてみないか?

 

 

 過去、川津桜が年内に2回咲くことは、何度かあったらしい。

 例年通りの2月頭あたりと、一度散ってから12月あたりに開花するといった具合にな。

 これから話すその年に関しては、特に2回目の様子が奇妙だったという。1回目に咲いた樹はもちろんのこと、咲いていなかった樹も、大量に花を咲かせる事態となったんだ。

 2月に咲かなかった分、力をたくわえていたのか。年末に咲き誇る姿は、例年を上回る派手さで、ゆく年を見送っていく。

 

 だが、早く生きるなら早く死なねばならないのが、自然の摂理。

 小正月が明けたあたりから、新年の空を桜吹雪が舞うようになった。成人の日も、桜にもまれる新成人であふれたが、そのうちの何人かが、少し奇妙なことを口にする。

「花びらで肌を切った」と。

 詳しく聞いてみたところ、成人式の帰り。最寄りの駅まで友達と向かっていたところ、川津桜の下を通るルートに入った。

 そのとき、空のずっと高いところで「ゴウウン……」と、飛行機の音にしては低い音が鳴る。「なんだ?」と空を見上げたところ、風はないのにはらはらと花が散ってきて、羽織ったコートのあちらこちらや、フードの中へ潜り込んでくる。その中のある花びらが、ひゅっと頬をかすめたんだ。

 花弁にしては、冷たくしっかりとした肌触り。すいっと目の前を通りすぎ、すでに散らばった桜たちに紛れ込むやいなや、頬からぽたりと垂れるものがあった。


 血だ。そっと指でなぞってみると、先ほど花弁が触れた頬の部分が薄く切れている。

 それは何も頬に限った話で済まなかった。服を切られた、髪を切られた……ひどいものだと、つむじの近くを薄く削ぎ取られてしまったケースもあったそうだ。

 成人の日以降も、ちらほら。そして細々ではあるが、音と花びらに関する被害の報告は続く。


 ――このままだと危険だ。桜の花をすぐに散らしてほしい。


 あちらこちらで、そのような声があがり、住民たちは自主的に地域の川津桜を散らして回り出したんだ。

 無許可で、夜中にひっそりね。



 ヘルメットから剣道で使われる防具まで、身を固めて仕事にあたる人々。

 高枝切りのはさみを使って、まだついている桜の花は次々に落とされる。そればかりか、以降も花が開く気配を見せるたび、つぼみのまま次々とはさみで、枝から地面へといざなわれた。

 無断でやっていることだ。木を伐り倒すような真似はできない。あくまで「裸」の桜の樹を仕立てることしかできない。いつになく寂しい、街路樹としてたたずむことになった川津桜だったが、人々の目はことあるごとに光っていた。



 ところが、件の花びらの被害はおさまらない。むしろ、大きくなっているようにも感じられた。

 服も肌も、ふとした拍子に深々と切り裂かれるのみならず、強固なコンクリートでできた建物の壁面にも、亀裂が入るほどになっている。

 その被害が花びらだと認識できたのも、格別目がよい人がいたから。ほとんどのケースで傷をつけた張本人を捉えられず、かまいたちが現れたと思われもしたとか。

 そして前々から被害に遭う者が聞いていた、空からの重い音も、少しずつボリュームを増しているという。

 


 花びらが原因ではなかったのではないか。

 そう思い当たるものの、濡れ衣を花びらたちを回復させるのは容易じゃない。

 散らすのは一瞬。咲かすには一苦労。

 住民たちは桜たちへ手を出すことをやめ、どうにか奇妙な「花びら」の被害を避けんとする。空から雷とも違う重い音が聞こえたら、できる限り屋内へ逃げるように、と。

 

 

 音が最も大きく響いたのは、バレンタインの翌日だった。

 快晴の空、昼間に大きく響いた重々しい音に、人々は家や建物の中へ避難する。

 いかなる方向から、「花びら」が飛来してくるのか。窓を閉じ、そのガラス越しに外の様子をうかがう人々の前に、それは姿を現わした。

 青色に染まっていた空の情報が、どんよりと青紫色に染まる。

 雲が湧いてきたわけではなさそうだった。雲と呼ぶには、その塊はあまりに丸い。卵の殻の底のように思えたんだそうな。


 ゴウウン……。

 何度も聞いた音がまたも鳴り響き、それとともに空の物体はかすかに高度を下げつつ、東から西に向かって、ゆったりと振り子が振れるように傾いていく。

 家から見守っていた人の中には、このときに家の庭に「ザクリ」と何かが刺さる音も別に聞いていたらしい。後で注意深く確かめたところ、畑に小さく深い穴が開いていて、掘り起こしてみたところ、桜の花びらに酷似した破片が見つかったんだ。

 まるで、氷と刃が一緒になったような物体だったという。人肌に触れた先から、たちまち湯気を吐いて溶けていってしまった。それでいて形を保っているときのふちの部分は、ただ触れただけで、こちらの指に傷をつけたほど。

 そして、その「花びら」が落ちてきたのは、「殻の底」がちょうど頭上に来たあたりだったという。



「殻の底」が見えたのは、せいぜい30分程度。片方に振れた振り子が、その高さを増していくように、じょじょに空の向こうへ消えていった。

 あの「殻の底」の正体はいまでもはっきりしないが、俺が話を聞いた人は観覧車のカゴのように思えた……と話してくれたっけな。

 ひょっとしたら、この地球を眺めるために、高い高いところから降りてきたアトラクションのひとつかもしれん。で、花びら型の破片というのは、おそらくそのカゴの塗装なんかに当たるのが落ちてきたんだろう。

 やがて川津桜が咲くころにも、あの空からの音は何度か聞こえたんだが、「破片」の被害はぐっと少なくなっていた。というのも、例の音がすると桜たちの花びらが自然と飛び散り、吹雪となって人々の周りを取り巻くんだ。

 きっとその桜がクッションになって、破片の被害が及びにくくしているんだろう。当初はそれがあまりうまくいかなかっただけで。

 本来に咲く時期をずらしてでも、桜たちは地球そのものや、住まうものたちが傷つくのを避けたいんじゃないかな。

 


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