6、ママと地名とパパ
狸吉幼稚園年少組に編入したころのアンは、ほとんど日本語がわからず孤立していたのだが・・・ 心優しいベトナム人ハーフの少女ダーちゃんの手助けもあり、年長組になるころには見違えるほど話せるようになって、友達も増えた。
そしてダーちゃんとともに狸吉小学校に進学。
今や日本語を自在に使いこなせるアンは、その独特なネーミング・センスで
「この道はチカンが出るから『変質者のこみち』と名づけます!」
「この公園はカップルがよく来るから『リア充の丘』です!」
などなど、校内や学校周辺の地名を名づけまくったのだった。
それを見たダーちゃん、(地名を名づけるアンってステキ・・・)
惚れてしまった。
んが・・・
姫百合荘オープンから10ヶ月がたとうとしている12月。
クリスマスツリーが飾られた小学校の昇降口で、「ここをクリスマスの・・・」
アンは必死に頭をひねった。
「クリスマスの? って来月になったら?」
心配そうに見守るダーちゃん。
通りかかった上級生の女子が、「ここは昇降口だよ」と言い捨てる。
アンは力なくうなだれて、「しょうこうぐちです」
「アン、しっかりして!」
「ダメだ・・・ 地名ブームは終わった・・・」
「私は信じてるよ! アンは必ず不死鳥のようによみがえる!」
そんな地名スランプもケロッと忘れて翌日。
アンは前の席の樹摩とダベっていたが、
「え、マジ? おやぶん、ママと寝てるの?」
「ママと寝るのは週1回くらいかなー。あとはアリスンや真琴と・・・」
「ププッ 小学生にもなってママといっしょに寝るなんて!」
クラスで一番騒がしい樹摩が、大声で騒ぎ始めた。
「おやぶん、ママと寝てるんだー! こいつはケッサク!プハハハハ!」
アンは額に青すじを立てて、「うるさいぞ、じゅま。だまれ!」
「うひゃひゃひゃひゃ! おやぶん、おこちゃま!」
バチーンと樹摩の頭をはたいてしまうアン、「だまれっつーてんだろ!」
「うわーん!ぴえーーーん」
ガチ泣きする樹摩、教室の注目が集まる。
美幸が駆けよって、「おーよしよし」と樹摩を慰める。
ダーちゃんもやって来て、「アン!すぐに人をぶつの、あなたの悪いクセよ」
「なにおー」プルプルしながら、ダーちゃんに拳を振り上げるアン。
「私をぶつの? やってごらんなさい」
しかしダーちゃんには決して手を出せないアンであった。
そこへ担任の若葉先生が入ってきて、「なにやってんのもー!」
アンが怒られて、とりあえずこの場は収まったが・・・
この件は若葉先生とダーちゃん経由で紅鬼の耳に入り、姫百合荘で緊急対策会議が開かれた。
さっそく週末に樹摩を姫百合荘にお泊り付きで招待、お菓子とごちそうでもてなすことに。
が、その前に・・・ 紅鬼「アン、じゅまちゃんにまだ謝ってないんでしょ。遊ぶ前にごめんなさいしなさい」
「アンわるくないし」プイッ
不安そうな樹摩、「あの、もういいでし・・・」
ここで母親のローラが割って入り、「アン!ちゃんと謝って!」
その目には涙が光っていた。「女の子をぶつなんて、絶対やっちゃいけないんだよ!」
それを見ていた湯香は感心して、「ようやく娘をマトモに叱ったな・・・」
母の涙を見てオロオロするアン、「あの・・・じゅま・・・ すみませんでした・・・」
「私もごめん、おやぶん・・・」
ローラは紅鬼の胸の中で、わんわん泣き始める。「よかった・・・」
実は2人の子供はとうに仲直り済みだったが、号泣するローラを心配そうに見ている。
アリスンはアンの頭をなでて、「アン、えらいよ」
ローラは湯香に噛みついて、「なんでニヤニヤしてるの!」
「なんでって・・・ これまで、どれだけ私に迷惑をかけてきたか自覚ないのか!」
ようやく母親として一歩前に進めたローラだが、あいにくこの後も娘を自分で叱ることは、めったになかったのである・・・(アンが悪いことをすると、ローラが湯香を叱る+紅鬼がアンを叱る、のコンボ)
この後は湯香もいっしょに子供たちと遊んで、お菓子を食べて、夜は真琴が作ったオムライスを食べて、アリスンが子供たちをお風呂に入れてくれた。
「おやぶんちのオフロでけー!」
樹摩のキンキン声に思わず耳をふさぐアリスン、「なんという声のでかい子・・・」
夜になって、おやすみの時間。
アンはアリスンと同じベッドで寝るので、
ローラ「じゅまちゃん、もうお母さんといっしょに寝てないんだって? じゃ私といっしょに寝てみようか」
樹摩「え!マジすか!」ドキドキドキ
ローラに抱かれるようにベッドに入る樹摩、至近距離で見るローラの寝顔についつい見入ってしまう。
(うわ、うちのママと同じ人間とは思えないくらいキレイ・・・ いい匂い・・・)
目を開けるローラ、「そうそう忘れてた」
樹摩の口にキスして、「おやすみなさい」
顔を真っ赤にした樹摩、心臓が破裂しそうで夜遅くまで眠れなかった。
週が明けての月曜日、教室で樹摩はいつになくボーッとしていた。
アン「どした、じゅま? ヨダレがたれてる」
樹摩「うわーん!ローラママにもういちど抱いてもらいてえよー!」
アン「ええ・・・」
樹摩「なんであの人あんなにやさしいの? そもそもなんで、あんなに若いの? じゅまのママより10歳くらい下だよね?」
アン「そんなにローラさんちがいいなら、ローラさんちの子になりなさい!」
樹摩「え、いいの?なるなる! それで毎日ママといっしょに寝る!」
金曜日となって、ようやくローラは休みシフト。
月~木は「遅出組」のため、なかなか子供たちに会えない彼女だが、今日は貴重なスキンシップの日。
「じゅまには渡さないよ!」
いつになく甘えっ子全開のアンが、ローラにしがみつく。
さらにアリスンも、後ろからローラの首にしがみついて、「私はローラの恋人になりたいんだ、ママを求めてるわけじゃないんだって、ずっと思ってたけど・・・ やっぱりローラにママの面影を見てるのかなあ・・・」
ローラ「でも考えてみると私とあんたって7つしか違わないのに、ママってスゴイよね笑」
この日は湯香も、ローラの膝枕で甘えて、
「オカーン!私にも優しくしておくれー」
湯香の顔を撫でてやるローラ、「おねえちゃん、いつも2人の妹と遊んでくれてありがとうね」
アンが不満そうに、「湯香が妹だよ?」
アリスン「湯香ってローラと1つしか違わないんだよね・・・」
これに加えて、体調不良の真琴の助っ人で家事を手伝いに来ていたアイリーンが、ローラの頬に自分の頬をピッタリつけて、「ママ!私にもキス、プリーズ!」
「はいはいアイリーンおねえちゃん、いつもママを助けてくれて、えらいわ」
その唇にキス。
アリスン「アイリーンってローラより年上だよね・・・」
この時・・・ ローラの背中がゾワゾワッと・・・ 何かを感じた。
(ママ・・・)
アリスンの目に、メイド服を着た若い女性のような影がローラに寄り添う、幻とも現実ともつかないような光景が映った。
(あれ?まさかキャロル・アン? イギリスから連れてきちゃったかなー?)
5人の娘に囲まれてイチャイチャしているローラを、羨ましそうに見てる紅鬼、
「いいなあローラさん一家! 私もまざりたーい」
ハッと気づいて、よく見ると
(5人じゃなくて4人の娘だよね・・・ はて?今ローラのまわりに5人いたような気がしたんだけど・・・)
ローラさん一家の豆知識(5)
多田ダダダ(ダーちゃん) 日本国籍
父は日本人の前衛芸術家(ダダイズムから娘の名をとった)、母はベトナム南部カントーの出身
姫百合荘オープン1周年の時点で7歳
同時点で身長140センチ(成長中)
読者モデルとしても活躍中
幼稚園年少組の頃からアンとは大の仲良し
小学校に進学して、凛々しく地名を名づけるアンに惚れてしまう
非常に大人っぽい性格だが、おはじき、お手玉、ゴム飛びなど素朴な遊びが好き
将来は女優になりたいかもしれない
アオザイがめっちゃ似合う
好きな食べ物はフォーとクロワッサン
この日、紅鬼たちはアイリーンが運転する三菱デリカで、神奈川県某所に向かっていた。
助手席の紅鬼がアイリーンをナビゲート、後部座席にはアリスン、ミラル、夜烏子が乗っていた。
意外と自然が残っている神奈川県、ある山のふもとの「立国山・俊英寺」という禅寺の駐車場に車を止める。
紅鬼「このお寺は食用にされた動物たちを供養する『獣畜供養』でも有名なんだよ」
寺僧の案内で「この先は私有地 立ち入り禁止」と書かれたゲートをくぐり、山道を登っていく。
15分ほどで真新しい鳥居が現れ、それをくぐると「愛國神社」の立派な社殿。
「アリスンとアイリーンはウチらの正体をわかってるし、どうせならここも見ておいてもらいたくて・・・ 本当はローラにも来てほしかったけど」
ミラル「私も初めて連れてきてもらったな」
夜烏子「私は3度目」
神職が出迎え、「お嬢さま、遠いところお疲れ様でございます」
「いきなりですみません。なかなかみんなの都合の合う日がなくて」
まずは拝殿でお参り。
「こちらには第2次大戦後、『敵』との戦いで命を捧げた英霊の御霊をお祀りしております」
アイリーン「アリスン、正しい参拝の仕方わかってますか?」
ガイドとして英国人を神社に案内することも多いアイリーン、得意げである。
アリスン「私を誰だと思ってんの!」
88の言語を操り、外国文化にも精通するアリスン、こちらも得意げである。
アイリーン「それにしても靖国神社以外にこんなところがあったとは、まったくの初耳です」
紅鬼「ここは風太刀家と関係者だけが入れる、完全にプライベートな神社だから」
アリスン「うーん、戦後は日本に戦死者は出てないはずだけど。そもそも日本に軍隊はない建前でしょ」
神職「ふつうの戦争ではありません。『冷戦』です・・・ 人に知られることのない影の戦争」
続いて「御霊屋」と記された施設に案内される。
神職「ここは仏教の寺院ではございませんので、遺骨も安置しておりませんし、お線香とかもありません。みなさま各自お好きな形で、英霊の魂の安らかなることをお祈りしてください」
広いホールに、遺影が並んでいた。
その数は200柱ほどであろうか・・・
明らかに日本人ではないものも、いくつかある。
そのひとつが赤毛に灰色の瞳の、皮肉な笑みを浮かべた若者の写真。
「エメット・・・」
夜烏子が、かつてほんの短い間、彼女の夫であったアイルランド人に手を合わせる。
アリスン「エメット・オサリバン・・・!」
アイリーン「これがアンちゃんのパパ?」
MI6の資料で何度も写真を見ていたアリスンだが、今あらためて感慨深い気持ちに包まれていた。
なんという数奇な運命だろう・・・
北アイルランドで殺し屋に育てられた若者が、この日本で傭兵となり戦死、英雄として神社に祀られているのだ・・・
この男がいなければ、アンは生まれてこなかった。
この男がいなければ、私とローラが出会うことはなかった!
一方ミラルもまた別の遺影の前で、目を潤ませていた。
「ムーサ・・・ こんな形で再会するとは・・・ そもそも、あんたが日本に来ていたということ自体おどろきだよ・・・」
それは青い布を頭から肩まで巻きつけたトゥアレグ族の写真。
ムーサ・アグマフディ(Moosa AgMahdi)と記してある。
紅鬼「ムーさんにもお参りしとかないと」
ミラルとともに手を合わせる紅鬼。
不思議そうに見ているアリスンとアイリーンに、ミラルは打ち明けた。
「私がニジェールのサハラ砂漠の奥地から家出した時、ムーサの隊商にまぎれてアルジェリアまで連れてってもらったの! あのころのムーサは美少年だったなー。で、お金がないからゴニョゴニョ・・・ 私のヴァージンで・・・」
アリスン「ええーっ」
アイリーン「こういう場所で言うことですか」
ミラルはニヤリとして「同時に私も奴の童貞をいただいたってわけさ!」
紅鬼と夜烏子は他にもいくつかの遺影を拝んでいたが、詳しい説明もないまま御霊屋を出て、社務所でお茶と菓子をいただく。
アリスン「いつかアンに話さないといけない時が来るけど・・・ 夜烏子はどうするつもり?」
夜烏子は考えこみながら、「悪い面も話さないとならないけど、同時に日本を守って戦ってくれた『英霊』としての面も見てもらう・・・ それで後はアンちゃん自身に判断してもらうしかない」
ミラル「現実の人間はマンガみたいに正義の味方と悪人にキッチリ分かれるわけじゃないからね・・・ そのエメットという人はヒーローでもあり悪人でもあった、つまり人間だった」
アイリーン「そういうことをわかってくれるといいっすね」
帰りもアイリーンに運転させるのは気の毒だったが、
夜烏子「免許取りたての私が運転するよ?」
紅鬼「最近まったく運転してない私が替わるよ?」
という2人の申し出を退け、アイリーンががんばった。(愛車を傷つけられるのが怖かった)
西陽の差しこむ車中で、
ミラル「ムーサの遺体はどこかのイスラム墓地に?」
紅鬼「それが爆発に巻きこまれて遺体は見つかってなくて・・・」
ミラル「そうか・・・」
考えこんでいたミラル、「それにしてもムーサも、エメットって人も、それから我らがパンテーラさんも・・・ 『ぷりぷり7』なんてアニメに釣られて、よくもまあノコノコ日本までやってきたもんだ」
夜烏子「そもそも『ぷりぷり7』自体がそういう目的の・・・ 畜産品のPRというのは表向きで」
興味深い話だとアリスンは思ったが、ついウトウト眠りに落ちてしまった。
ローラさん一家の豆知識(6)
若葉緑 狸吉小学校1年3組担任
姫百合荘オープン1周年の時点で24歳(ローラと同年)
身長166センチ その他のサイズは秘密だがバストは大きい
男性が苦手、ステキな女性の恋人がほしい
当初、姫百合荘住人から「おっぱい先生」と呼ばれていたが、うっかり本人の耳に入ってしまい、「ひどいです!」と泣かれてしまったため、その呼び方はご法度に
今は「若葉ちゃん」と呼ばれ親しまれている
「じゅま事件」の際、じゃっかんダーちゃんともギクシャクしてしまったアン、今日はダーちゃんを招いてお泊り会。
夜はベッドでアリスンが2人の可愛い妹を両腕に抱きしめシーツをかぶり、ギュッとしたままコイバナ会。
コイバナといっても恋してる当人同士がギュッと固まってるので、だんだんヒートアップしてくる。
「アリスンおねえさま、私、おねえさまも大好きですが、アンはやっぱり渡せないと思うんです」
「アンはもともとアリスンの恋人なんだよ!」
「2人とも! 姫百合荘では取り合ったり奪ったりする必要はないんだよ・・・ ただ愛し合うだけ・・・ 私たちはみんなで恋人になれる」
「私も、その仲間に入れてもらえるんですか?」
「そうだよ。アンだってダーちゃん好きでしょ?」
アンはしばらくうつむいていたが、「うん・・・」
涙を浮かべるダーちゃん、「うれしい!」
「ダーちゃんは、す・・・だけどさ、学校でベタベタするから、はずかしいんだよお」
「ここでちゃんと『好き』って言ってくれたら、もうベタベタしない」
「ほら、どーするアン?」
目をキラキラさせるダーちゃんから視線をそらすアン、真っ赤になって
「しゅき・・・」
「いやーん!しあわせ!」
翌週の教室では、アンの机に腰を下ろして色っぽく脚を組んだダーちゃんが、アンの髪を撫でたり頬にキスしたり、それを目撃した男子児童は気絶せんばかりだった。
アン「ベタベタしないって言ったのに!」
「あれはウソよ。簡単にだまされるなんて子供ね、アンは」
そんなこんなで親密さを増していく2人。
ダーちゃんを送って学校前の歩道橋を、手をつないで渡る。
西に傾いた太陽が2人のほっぺを赤く照らす。
アンが足を止め、「この歩道橋を『恋人が手をつなぐ橋』と名づけます」
ダーちゃんの目は輝き、眼下は自動車が通る普通の道路だが、まるでロマンチックな夢の街を歩いてるような気分になった。
その後、ローラのスマホにダーちゃんからのメッセージが届いた。
「おかあさま アンさんがほどうきょうを・・・」
思わずニコニコするローラ、「スランプを脱したか!」
第6話 おしまい