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2、泣きと笑いと父兄参観

港区立狸吉(たぬきち)小学校1年3組では、担任の若葉緑(わかば みどり)先生が来たる日曜の「父兄参観(父親参観)」のプリントを配っていた。

(来る来る来る・・・)

赤毛にグレーの瞳のアイリッシュ系児童のアンが元気よく手を上げて、「先生!うちには父親がいないよ! 母親は10人くらいいるよ・・・」

(来たーーー!)

先生はあらかじめ用意しておいた説明をよどみなく、「別にお父さんでなくともお母さんでもいいし、おじいさん・おばあさん、お兄さん・お姉さん、近所の人、誰でもいいのよ。平日は仕事で来られない、という身内の方なら誰でも・・・」

クラスで一番さわがしい樹摩(じゅま)が後ろの席のアンを振り返って、「おやぶんの家、お父さんどしたの? リコン?」

先生はハラハラしながら、(そういうプライベートなこと聞いちゃダメ!)

アンは不安そうに「たぶんリコンだと思うけど、ママが教えてくれない・・・ もう少し大きくなったら話すって・・・」

樹摩「ええっ? そりゃまたよっぽどのことだね! ただのリコンじゃないね!」

先生(樹摩ちゃん!それ以上その話題に触れないで!)


樹摩が踏んだ地雷のとばっちりを、先生が食らうことになった。

次の金曜日、母親のローラ自身が娘を迎えに来た。

今日は樹摩と美幸(みゆき)の習い事が習字はお休みでピアノは夕方から、ダーちゃんがモデルの仕事なし、ということで仲良し4人組が校庭でボール遊びに興じている。

「ママ、今日はみんな揃ってるし、もうちょっと遊びたい!」とリクエストされ、ローラは校庭のベンチで待つことにした。

その間に若葉先生を呼び出し、お説教。

「若葉ちゃーん! こないだはアンから『パパはどうしたんだー教えろ教えろ』って責められっぱなしだったよ!」

「ごめんなさいローラさん! 私の説明の仕方が悪くて・・・」

平身低頭に謝る先生だが、ローラもそれほど怒ってるわけではなかった。

優しいまなざしで、元気に走り回る子供たちを見守る。

4人は「サバイバル・ドッジ」という、コートなしで2チームに分かれて戦う変則ドッジボール(アン考案)で遊んでいた。

アン・ダー組VS樹摩・美幸組。

校庭を縦横無尽に走り回る過激なファイトには、「元気だなー」と呆れてしまう。

その歓声・悲鳴の音量の大きさには近所から苦情が来ないか心配なくらいだ。

「あの、ローラさん・・・」

「はい?」子供の声がうるさくて、よく聞こえない。

「私がこんなことを聞ける立場じゃないのは重々承知してるのですが・・・ やはりアンちゃんとは、これからまだ6年生になるまで長いおつき合いですし・・・ 大変複雑な事情がおありなようですが、あの・・・ だいたいでいいんですけど私に事情をお話しいただくわけにはいかないでしょうか・・・」

ローラは先生の顔を真正面から見て、「若葉ちゃんは信用できる人だし、アンをお任せする以上、ある程度は知っておいてもらいたいという気持ちはあります。でも・・・重い話になるよ」

「覚悟してます!」

ダーちゃんは遊びながらも、ベンチで並んで語らっている2人の大人の女性をチラッと見て、

(何話してるんだろう・・・ たぶんアンのことよね・・・ ハッ)

飛んできたボールを間一髪かわした。


「ディテールは話せないんだけど、東南アジアのとある街のとあるマンションで私は生まれた・・・」

話しが進むにつれ、先生の目は見開かれ、あんぐりと開いた口を手で押さえた。

ダーちゃんは先生の顔を見て、(先生のあのリアクションは何?気になる・・・ おおっと!)

またしても危うくボールを避ける。

先生「IRAって、たしか・・・ いまだイギリス領のままになってる北アイルランドを取り戻そうとしてる組織でしたっけ?」

ローラ「さすが先生、よくご存知で」

「それにしてもアンちゃんのパパが・・・ ローラさんのご両親を殺害して世界中の警察に追われる殺人犯とは・・・」

「どうやってアンに話したらいいと思います?」

「わかりません! そんなの・・・ 残酷すぎます!」

先生の目から涙が溢れてきた。

「あと先生に聞いてみたいんだけど・・・ たしかに私の方からオサリバンを誘ったわけだけど、あの状況・・・ どう思う? 男性に話すと『レイプとは言えない』って意見が多いんだけど」

「レイプですよ!16歳の子に誘われたからって避妊具もつけずに押し倒すなんて・・・」

「ありがと、センセ」

先生の肩を抱きよせ、その頬にキスする。

それを横目で見ながらダーちゃん、(泣いたりキスしたり・・・ どういう話してるのか気になりすぎる! もぎゅ!)

とうとう顔面にボールを食らってしまった。

「ダーちゃん大丈夫?」

アンが駆けよる。これでダーちゃんリタイア、とうとう1人で2人を相手にしなければならない。


「アンの中には、あの男の血も流れている・・・ 私に似てない部分は、あの男の遺伝なのだろうと思うと・・・ このまま成長して、だんだんあの男に似てくるんじゃないかと思うと・・・ 正直私は怖い・・・」

今度は先生がローラの肩を抱きよせ、優しく慰める。

「で、シンガポールにはそれ以来帰ってないんですか? おじい様おばあ様にも?」

うなずくローラ。

ダーちゃんはリタイアしたのをいいことに、そろーっと先生たちの方へ近づくが、

先生「ごめんねダーちゃん、向こうで遊んでてね」とバリアーをはられてしまった。

アンは1人で2人の敵を倒し逆転。

樹摩「おやぶん、しゅごい・・・」

アン「もう1回やる時間あるね! 今度は私と美幸、じゅま・ダーちゃんね」


「MI6?」

「英国秘密情報部」

「ローラさん、秘密情報部員?スパイなんですか!」

「元、ね。それに下っ端の雑用係だったし・・・ 今、007を連想したでしょ?」

「スミマセン!」

「いいの、私も実は初めて聞いた時は・・・」

「私、かなり危険な話を聞いてしまったです?」

「そろそろね・・・ MI6に入ってから先のことは公務員機密保持法に触れるので話せません。要点は・・・ エメット・オサリバンが日本に来たこと、奴を追って私らが日本に来たこと、そして奴がこの世にもういないこと・・・」

先生の体を戦慄が走った。「ということは・・・ 復讐を果たしたってことですか・・・」

ローラは無表情な横目で先生を見た。「知りたい?」

「う・・・・・・」

樹摩「あぶない!」

飛んできたボールが先生の顔面を直撃。

アン「たいへんだー先生を保健室へ!」

美幸「先生ごめんなさい・・・」

樹摩「みゆきの剛速球をモロにくらったからな!」

ローラは失神した先生を抱え、「あんたら、私たちを殺す気?」

(オサリバンが日本に来た経緯については「姫百合荘のナイショ話」第6話参照)



「父兄参観には私が参加します」とアリスンが宣言したのは、夕食のテーブルでのこと。

アン「まじかー!」

姫百合荘(ひめゆりそう)管理人の紅鬼(くき)が「私が出てもいいんだよ」と口を挟むが、

アリスン「ローラのパートナーは私なんだから!私が父親のポジションでしょ! 実際に姫百合荘の大黒柱でもあるしー」

紅鬼「ぐぬぬ・・・」

88種類の言語を操る語学の天才にして投資の達人、ポッペンブルック(Poppenbroke)伯爵令嬢アリスン・ローズ(Alison Rhodes)、17歳。

ボブカットのブロンドに知性が光る緑の瞳、イギリス人女性の平均よりは小柄で華奢な可憐な少女。

姫百合荘の住人達から可愛がられると同時にウザがられ、尊敬されると同時に憎たらしがられるという、くそ生意気さん。

「授業の後の懇親会にも出るから! アンのお迎えはローラ、よろしく」



前日の土曜日、狸吉小学校には警察、消防、外務省、さらには英国大使館からも警備の万全を期す要望の連絡が入り、緊張に包まれた。

日曜当日には朝のうちから10名ほどの警官もやってきて、爆発物が仕掛けられていないか全校舎をチェックする。

授業開始前、大使館から借りたデイムラー・リムジンで校門前に乗りつけるアリスン、ショーファーが開けたドアから優雅に降り立つ。

清楚な薄いピンク色のスーツ姿の彼女を、校長、港区長、東京都知事、さらに外務省の担当者が礼儀正しく出迎えた。

「レディー・アリスン、お待ちしておりました。さ、貴賓室へご案内いたします」

「貴賓室(笑)いつ作ったんですか(笑) 早目に教室に入って、いい場所を確保したいです」

「折り畳み椅子をお持ちします」

「45分くらい立ってますよ! どうか特別扱いしないで」

その光景を窓から見ていたアンと仲間たち、アリスンの威厳に圧倒されてプルプル

「あれがアリスンの真の姿・・・ 同じジーンズを3ケ月はいてオシッコの匂いをさせていた人はどこに・・・」


教室の後ろに並ぶお父さんたちは、中央に立つ高貴なオーラを放つ少女を取り巻き、緊張がみなぎっていた。

廊下側の窓からは都知事をはじめ、お偉いさんたちが覗いている。

この状況で若葉先生が平常心でいられるわけもなく、「みみみなさん、おふぁふぁふぁふぁようぎょざざいますし」

ここでアリスンが手を上げて、「若葉先生、がんばって! いつも通りに!」(父兄から笑い声)

このナイスフォローのおかげで、まだカクカクしてるものの、どうにか順調に授業を進める先生。

「それでは・アン・さん・この・問題・わかりますか?」

「わわわわわかりましえええんぬ」

肝心のアンが緊張しまくりなので、アリスンはズッこけてしまった。


この人生の試練をどうにか乗り越えた若葉先生、寿命が10年縮まった思いだ。

娘を迎えに来たローラ、「本当にこの後も参加するの?」

アリスン「もちろん! 父兄の皆さんと親睦を深めなきゃ!」

男性恐怖症のローラとちがい、13歳から年長者に混じってMI6に勤務していたアリスン、オジサン連中にまったく物おじしない。

おしゃれな口髭のダーちゃんのパパ、中小企業社長の樹摩のパパ、顔も体も丸い美幸のパパとも挨拶を交わす。

先生「懇親会出たくないなー」

唇とバストがセクシーな若葉先生、オヤジどもから猥褻な目で見られることも多く、飲み会の席が憂鬱でたまらない。

「若葉ちゃん、私の横にいなよ! 守ってあげるから」

「アリスンさん、ありがとう!」


飲み会ではウーロン茶を飲みながら、オジサンたちと株や投資の話題で盛り上がったり、なぜか競馬に詳しくて驚かれたり、若葉先生にセクハラ発言をする港区議をやんわり諫めたり、車の話になると「実家ではロールスロイス・ファントム乗ってましたよ」の一言でレクサスオーナーやベンツオーナーを黙らせたりもした。

終了後は校長が呼んでくれたタクシーで帰宅。

若葉先生が二次会のカラオケに無理やり連れていかれそうなので、引き抜いてタクシーでいっしょに姫百合荘に連れ帰り、お茶を出した後・・・


翌朝アンは、ママともアリスンとも真琴(まこと)ともちがう、親しみのない匂いの中で目を覚ました。(アンは匂いだけで姫百合荘住人すべてを識別できる)

「あ、先生!」

横で寝ていたのは若葉先生・・・ とうとうお泊りしてしまったのだ。

サイズ的には一番大きいパンちゃんのTシャツを借りていたが、それでもバストはキツキツ。

「う~ん・・・ 今日は振替休日だから、もうちょっと寝かせてー」

「もーお!なんでアンのベッドで寝てるのさー!」

スマホを取り出し、担任の寝顔を撮影してしまうアンであった。




ローラさん一家の豆知識(1)


アリスン・ローズ イギリス人

姫百合荘オープン1周年の時点で17歳

この時点で身長155センチ(まだ成長中)、その他のサイズは秘密

生まれはコッツウォルド丘陵に近いホワイトホース・パーク

父はポッペンブルック伯爵ジョン・フィリップ・ローズ(Jhon Philip Rhodes)卿

母のオーレリア・ローズ(Aurelia Rhodes)はアリスン8歳の時に病死、その死亡時に父は秘書のベリンダ・メイ(Belinda May)といっしょに親しく過ごしていた。

このことがアリスンの男性不信につながり、恋愛対象は女性しか考えられなくなったらしい。(男性でも同僚や友人としてなら親しくなれる)


日本の漫画「百合物語」(猫又むつみ著)の熱心な読者

かつて、その外国語能力を生かして日本漫画の違法翻訳サイトを立ち上げたこともある、けっこうなワル(このサイトは某スーパーハッカーによって潰された)

その他に愛読書は「日本死語辞典」

好きなチーズはコンテ、カビの生えたチ-ズは苦手

趣味はギャンブルとイカサマ

金持ちなのにイカサマをする理由は「マヌケをカモるのが楽しいから」

悩みは身長が低いこと(160センチはほしい)、鼻が大きいこと(そんなに大きくはない)

14歳でオネショをした記録を持つ




「アリスン!お疲れさま!」

父親のいないアンのため父親参観に乗りこむという大役を果たしたアリスンを、紅鬼は優しくねぎらった。

このチャンスを利用しない手はないアリスン、「紅鬼、ハグして」

「はいよ!」ぎゅっ

いつもみんなのことを気づかってる紅鬼だが、ここまで優しくて機嫌のいい時は週に1回あるかないか。

「うううーん、紅鬼大好き」

いつもはケンカしたり張り合ったりすることも多い2人、アリスンとしてもどうして「紅鬼に甘えたい時」と「紅鬼をへこませてやりたい時」が交互にやって来るのか、不思議でならなかった。

それは紅鬼の方も同様で、この高貴な血統の少女が「可愛くて仕方ない時」と「はげしくムカつく時」の周期を繰り返すのが大きな謎だった。

いずれにしろ、単に「大好き」「可愛い」だけでは退屈なのは間違いない・・・ 2人とも愛情と同時に刺激も求めているのだった。

若葉先生の半分くらいしかない紅鬼の胸に顔を埋め、切なさに包まれるアリスン。

「どうしてだろ・・・ 紅鬼が好きすぎて泣きたくなってくる・・・」

そのうち本当にワンワン泣き出してしまう。

「どしたの? 何かつらいことでもあった?」

「そうじゃないよ・・・ 紅鬼と別々の人生を生きてることが悲しいんだよ・・・ これほど大好きな人と、永遠にこうしていられないという現実・・・」

紅鬼はよくわからないのだが、ローラによると「多感な少女の高ぶる感情による感情のセックス、感情のオーガズム」ということらしい。

よくわからないなりに、少女から放射される強い感情を受け止め、同じくらい愛しい気持ちで抱きしめる紅鬼であった。

こうして1時間くらい抱き合っていた。


この後、アリスンは今度はローラに優しく抱きしめられていた。

パートナー同士であるにも関わらず、ふだんあまりイチャイチャすることのない2人・・・

理由はいろいろあるのだが、今夜は娘のためにがんばってくれたお礼も兼ね、いつになくスイートな優しさで年下パートナーに接するローラであった。(通常はどうしても母親のように接してしまう)

「んふふ・・・ くくく・・・ くすくす」

くすぐったいような笑いを漏らす少女に、心配になってきたローラは

「笑いキノコでも食った?」

「いや、そうじゃないんだけど・・・ ローラに抱かれてると、なぜか笑いが・・・ これは幸せの笑いね! 止まらなくなっちゃうんだよなあ」

と言いつつ年上パートナーの胸に顔を埋め、クスクス笑い続ける。

「なんかキモイ! アブノーマル」

「どうしてだろう? 紅鬼に抱かれると泣きたくなって、ローラに抱かれると笑いたくなってしまう・・・ 紅鬼が好きすぎて切なくなるし、ローラに愛されると幸せすぎて、くすぐったくなってくるし・・・」

「あ、わかった! 紅鬼の愛はダウナー系で、私の愛はアッパー系なんだよ」

「ドラッグか!」



第2話 おしまい

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