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1、燃える炎と燃えつきた灰と・・・

ローラ・クイーン(Rola Queen)が生まれ育った「グリニッジ・ハイツ(Greenwich Hights)」はフォート・カンニング公園の近く、3棟の円形タワーから成るモダンな高級マンションだった。

内部には住人専用のレストラン、カフェ、バー、ショッピングモール、学校、病院、美容院もあり、シンガポール市街に出なくとも、この中だけでじゅうぶん生活できるほどだった。

実際、父のアーウィン(Irwin)はめったに外に出ることはなく・・・ 経営しているカフェバーに週1回ほど様子見に行くが、あとは「ハイツ」内でぶらぶらしている・・・ 不思議なことに父以外にも、そういう無気力な引きこもりのような大人が何人も暮らしていた。(いずれもイギリス人だった)

「ハイツ」の出入り口はサブマシンガンをもった警備員が厳重に固めており、「なんで鉄砲もってんのー?」と父に尋ねてみると、「お金持ちが多く住んでるからね」と、つまらなそうに答えた。

「うちは金持ちじゃないけどね」

ローラは父とちがい、ほぼ毎日外出して遊び歩いていた。

「生まれた時から反抗期」と後に語っているが、とにかく親が「あまり出歩くな」と言うほど、家にいる時間は短くなっていった。

とくに食事は、美味いメシが屋台でリーズナブルに食べられるシンガポールのこと、わざわざ「ハイツ」内でまずい英国料理を食べる父の気が知れず(父に言わせれば「アジア料理は混沌(カオス)だよ」ということらしいが)、もっぱら遊び仲間と屋台を食べ歩くローラであった。

高校も父の反対を押し切って、外部のインターナショナル・スクールに通うことに。

「治安のいい街だし、そこまで心配しなくてもいいでしょ?」

地元華僑とベトナムから移ってきたフランス人との間に生まれた母親のイヴ(Eve)はローラの味方になってくれた。

「そのかわりローラ、たまにでいいけど日曜は私たちといっしょに教会に行かない?」

母は敬虔なカトリック教徒であり、父もそこそこ敬虔だった。

「私、子供のころ教会で『神は死んだ!ゲハー!』って暴れまわって出禁になったじゃないさ」

「神父様もとっくに許して下さってますよ!」

「説教しないんなら行ってやってもいいけど」

「説教するのが神父様の仕事です!」

ダッセー! 誰が教会なんか! 心の中でそう毒づいて、ローラは街に飛び出した。

燃えるような赤毛をポニーテールに、瞳は燃えつきた灰のグレー。

濃い眉、薄いそばかす、うっすらと化粧をして、唇の左下にはホクロがあった。

制服のブラウスを第2ボタンまで外して胸元をチラつかせ、スカートはギリギリまで短く。

後にレズビアンとして名を知られる彼女だが、この時代、なんと彼女の頭の中は男のことでいっぱいだったのである。

男!男!男! イケメン!イケメン!イケメン!

部屋にはデュラン・デュランやボン・ジョヴィなど、ひと昔前のロックスターのポスターがベタベタ貼ってあった。

「カッコいい彼氏を見つけて、処女を捨てたい!」

そんなことばかり考えている、とんでもないバカ娘・・・ だがインターナショナル・スクールにも、処女を捧げたくなるようなイイ男はいなかった。

中国人はガリ勉だし、タミル人はすぐ踊り出すし・・・(ローラもいっしょに踊ってしまう)

将来は美容師かエステティシャンになりたい、イギリスか日本に留学もしてみたい。

日本の漫画とファッション雑誌を愛読する彼女、外国語の授業には日本語を選択。(唯一まじめに受ける授業)


そんなローラがある日、ラッフルズ・ホテル周辺で「いい男ウォッチング」をしていると、「エクスキューズミー」と声をかけられた。

振り返ると西洋人のバックパッカーの若者が立っている。

驚いたことにローラと同じく、真っ赤な髪に灰色の瞳。

若者は嬉しそうに、「君もアイリッシュなのかなー、と思って。同じ赤毛だから」

ローラは相手の顔をジッと見つめる。

ちょっと皮肉そうな眼差し、口の端に貼りついたような笑み、温かみはないが何か強い・・・意志の力を感じる・・・ なかなかの男前だった。

背はそれほど高くはなく180センチあるかないか、引き締まった筋肉をシャツの下に感じる。

「88点!」と総合評価を下すローラ、85点以上の男に会ったら処女を捧げようと決めていたのだ。

「え? そんなもん?」

「いえ、なんでも! お兄さん旅行者? 穴場のスポットに案内してあげる!」

連れていったのは、「これが知る人ぞ知るマーライオンです!」

「いや、あの・・・」

マーライオンを見渡す広場で、ローラは手すりの上によじ登り、

「ここで自分をマーライオンに重ねて、自分の口から水が出てるような写真が撮れるのです。さあ撮って!撮って!」

ローラは体を伸ばして、口を大きく開ける。

「飲みすぎたーげろげろー」

赤毛の若者はドン引きしながらも、スマホを取り出し、大量の水を吐いてる(ように見える)ローラを撮影。

「お兄さんも撮ってあげるよ!」

「いやいや、飲みすぎて吐くのはこりごりだよ笑」


2人はホーカーズと呼ばれるフードコートでビールを飲み、名物の「チキンライス」を食べた。

「君、未成年だろ? ビールはダメだよ」

「それアイルランド人には適用されない法律だから」

若者は笑って、アジア周遊旅行中のダブリン大学生、ダメダ・オメーラ(Dameda O'Meara)と自己紹介した。

「どこ泊まってるの?」

「シンガポールは安いホテルがないから、マレーシア側のジョホール・バルに泊まって、こっちに通って観光するんだ。バックパッカーの知恵だよ」

「いつまでいるの?」

「今日が初日で、1週間くらいいようかなあ」

「オメーラさん、私がガイドしたげるよ! ガイド料はタダでいいけど、お茶くらいおごって」

「いいのかい? えーとローラ、君・・・ 彼氏は?」

「彼氏は全部で12人・・・ 通称『12使徒』と呼ばれ、それぞれ特殊能力をもってる」

「ボクを13人目にしてくれるのかい・・・ その特殊能力とやらで攻撃されないかな」

「あなたが私に忠誠を誓ってくれれば大丈夫。クイーンの命令は絶対だから」

「それではマイ・クイーン、あなたの騎士になりましょう」


こうして次の日からローラは学校をサボり、オメーラをシンガポール各所に案内してあげた。

毎日、例のマーライオンを望む広場で11時に待ち合わせ、まずランチをいっしょに。

つき合ってみるとオメーラは教養があってロマンチストで、非常に楽しい相手であることがわかった。

時々、妙に黙りこんでナイーヴになる時がある・・・ 何かつらい思い出でもあるようだ・・・

ローラは初体験の場所をどこにするか、どうやって相手を誘えばいいのか、それが悩みの種だった。

「ハイツ」に外部の人間を入れることは難しい・・・ 彼が泊まってるホテルがベストだと思うが、彼の方から誘ってくれないだろうか・・・


4日目、ローラはオメーラを連れて「アメリカン・クラブ」の客となった。

未成年者だけでは入れない店だし、父は連れてってくれないし(そもそもパパといっしょなんてダサい!)、このチャンスを逃すと成人するまで来る機会のなさそうな憧れの店だった。

さすがにローラはアルコールを頼む勇気がなくてトマトジュースを、オメーラはギネスビールを頼んだ。

「ここは昔ママが働いてた店で、パパがママを見初めた場所なのよ」

それで思い出したが、今度の日曜はママの誕生日だったな・・・

彼がシンガポールにいられる最終日になるかもしれないのだが・・・

オメーラは口のまわりを泡だらけにして、「そういえばローラ、うっかりしてたけど・・・ こうして君と街を歩き回って、君のパパにバッタリ出くわしたりしないかな? 『ウチの娘に何しやがる、この野郎』とかって殴られたりしないかな?」

本気で心配してるようなので、ローラは笑ってしまった。

「パパはめったに外に出ないから」

「お仕事は何してる人なの?」

「バーを経営してるんだけど、週1日くらいしか店に行かない」

どの曜日に行くかは不定期だし、出かける時は「ハイツ」住人専用の黒塗りの窓のタクシーで出かける・・・

オメーラは困りきって、「それってボクら、もしかして知らない間にパパに見られてるってことじゃ・・・」

「気にすんなダメダ! 肝っ玉が小さいぞ!」


その夜遅く帰ったローラは、父から「こんな時間までどこにいたんだ!」と怒鳴られたが、いつものごとくスルーして母のもとへ。

「ママ、誕生日に何かほしいものある?」

通常は親の存在なんか気にもかけない不良娘だが、誕生日だけは覚えていてくれる。

母は笑顔を見せ、「物はいらないから・・・ ちょうど日曜だし、いっしょに教会に行ってくれると嬉しい」

「教会か~ 時間を取られるのがイヤなんだけど。物あげるほうがいいんだけど」


次の日、ラッフルズ・ホテルのカフェでオメーラにお茶をおごってもらいながら、

ローラ「教会行きたくねー・・・」

オメーラ「どこの教会?」

「それが・・・ 英国国教会なら『ハイツ』内にあるんだけど、カトリックだと外出ないとならんのよねー。それも人がたくさん集まるような立派なところではなく、めっちゃ小さい小屋みたいなところで予約制・・・ 『ハイツ』住人専用みたいな教会で、今んところ、ほとんどウチだけしか使ってないような・・・ でっかい大聖堂とかなら、私もそんなにイヤじゃないんだけど!」

「どうして君のパパは、そんなにも人目を避けるような・・・ ボクも一応カトリックだし、日曜は礼拝に出ようかと考えてたんだけど」

「娘の私から見てもパパは謎の多い人物で・・・ ウチの教会は外部の人は入れないから、ちゃんとした教会に行った方がいいよ!」



その翌日は土曜日。

ローラは、もしかしたら今日でお別れになるかもしれない、今日はあなたのホテルに連れてってほしい・・・ と、オメーラの胸で懇願した。

「わかった、ジョホール・バルへ行こう」

2人は乗り合いタクシーを借りきり、マレーシア側へ。

「君から言わせてしまって申し訳ない。ボクから言い出す勇気がなかった・・・」

到着した安ホテルは、簡素だが新しくて清潔だった。

部屋はエアコン付き、シャワー・トイレ付き。

先にシャワーを浴びたローラは、だんだん怖くなってきた。

とうとう迎えた初体験の瞬間・・・ 「12使徒」なんてもちろん妄想だしデタラメ。

オメーラ以前には、男と手をつないだことすらない。

彼は今、シャワーを浴びてる・・・ 今の間に逃げてしまおうか。イヤ・・・

これまで、あんなに楽しくいっしょに時を過ごした彼に対し、そんな失礼な別れ方をしていいのか。

そもそも自分から言い出したこと・・・

だが、ここでローラは重要なことに気がついた。

「私は彼を愛していない!」

イケメンと毎日デートごっこをして、恋に落ちたような錯覚をしていたが・・・ 今まさに抱かれようというこの瞬間、ハッキリと「愛してない」と断言できる!

それに避妊具・・・ 途中でドラッグストアにでもよって購入するのかと思ってたが、まっすぐにこの部屋に来てしまった。

旅行者だから、常に持ち歩いてるのか?

避妊具を持ち歩いてるような男、イヤじゃないか?

「お待たせー」

タオルで水気を拭いながら出てきたオメーラ、たちまちローラをベッドに押し倒した。

「あの、ちょ・・・」

キスで口をふさがれた。

ローラが初めて体験する大人のキス、それもかなり上手い。

この人、純朴そうなフリをして女に慣れてる・・・ しかし、それほどのプレイボーイなのにローラが誘うまでは手を出そうとはしなかったし、むしろローラと話す方を好んでるようだった。

紳士的、ってことなのか?

この瞬間の迷いが仇となり、引き返せないところまで来てしまった。

ローラは処女を失った。しかも避妊具無しで。


「君、初めてだったのか・・・ なぜ黙ってたんだ。12人もボーイフレンドがいるって言ってたくせに」

「さようなら」

ローラは服を着ると、部屋を出ようとした。

「待って!シンガポールまで送るよ」

「1人で帰れる」

「それじゃタクシーを呼ぼう」

「バスで帰るから」

それ以上、男は引き止めようとはしなかった。

ローラは泣きながら、バス停でバスを待った。



翌日、日曜日。

ローラが目覚めると、昼近くだった。

両親は例の「ちっさい教会」に出かけたようだ。

リビングのソファーに、母がローラのために用意した長いスカートがかけてあった、

いつもミニスカートやホットパンツ姿の娘に、「教会に来る時はちゃんとした服で来てね」というメッセージだろう。


山の手の丘の上、緑に囲まれて玩具(おもちゃ)のように可愛らしいカトリック教会があった。

黒塗りの窓のタクシーがクイーン夫妻を降ろした後、走り去る。

中は10人も入れば満員になりそうな礼拝堂に、それでも告解室とオルガンが置かれている。

夫妻の他には誰もいなかった。

「やっぱりバカ娘は来そうもないな」

ため息をつく父、悲しそうな母。

「昨夜は一体あの子、何があったんでしょうねえ」

神父が入ってきた。

「おや? いつもの神父さんは?」

赤毛の若い神父は、神父服(カソック)の内側からサプレッサー付きのワルサーPPKを抜き出すと夫妻に向けた。

父は一瞬で、事態を把握した。

「待て!妻は助けてやってくれ!」

その声に応えるように、イヴ・クイーンの額に赤い穴が開き、体を震わせ崩れ折れた。

「イヴ!」

妻の死体の上にかがみこんで、泣き崩れる夫。

「妻は何の関係もないんだぞ!」

冷酷な声が、狭い礼拝堂の空間に響いた。

「目の前で愛する者を殺される気分はどうだ? 絶望に震えて死ね! あ、それから・・・」

唇はニヤリと動くが、目には何の感情も浮かんでいない。

「お前の娘は、俺が女にしてやったぞ」

アーウィン・クイーンは目を見開いて殺し屋を見た。

「貴様・・・」

それが最後の言葉となり、額に38口径の死のキッスを受け、後ろに吹っ飛んだ。

「エイメン・・・」

殺し屋の口からその言葉が漏れた瞬間、教会のドアが開いて、長いスカートをはいたローラが入ってきた。

「ん?」

血だまりの中に倒れている両親の姿を見下ろし、目を上げると、昨日気まずい別れ方をした「彼氏」が神父の姿をして、手にはサプレッサー付き小型拳銃を持って、鋭い目で彼女を見ていた。

「あなた・・・」

銃口は今、まっすぐローラの方へ向いていた。

「や・・・」

その瞬間、どういった思考が男の意識を飛びかったのか・・・ やがて男は銃を服の内側に戻し、

「君を殺せという指示は受けていない」

聖具室へ飛びこむと、裏木戸から逃走した。

ローラは立っていられなくなり、その場にへたりこんでしまった。

失禁していることさえ、まったく気づかなかった。



ようやく救急車と警察が到着したのは、夕方近かった。

ローラは外傷はまったく無かったものの、精神的ショックで3日間口をきくことができなかった。

警察といっしょに1人、明らかにイギリス人らしい堅苦しくスーツを着た中年男が混ざっていた。

映画俳優のようにハンサムだったが、その男が近づくとローラは怖かった。

3日目に退院して、その男が「ハイツ」まで送ってくれた。

驚いたことに、その男の車は顔パスで正門を通り抜けた。

家族のいないガランとした自宅で、ローラがボーッと立っていると、例の男が若い女性カウンセラーといっしょに、飲み物とサンドイッチを持って入ってきた。

「とりあえず何か腹に入れようじゃないか」

男が近づくと、ローラは怯えて後ずさった。

明らかにショックを受けた男は、「これでも女性にはモテる方なんだが・・・」

女性カウンセラーが彼を下がらせ、「おそらく彼女は男性という存在そのものが恐ろしいんです。私が間に入ります」

食べ物をテーブルに置いて、ローラに優しく微笑む。「もう大丈夫よ。何飲む?コーラ?」

カウンセラーを間に挟んだ位置に男は腰かけ、

「忘れてると思うので自己紹介するけど、私はウォルター・ライアン(Walter Ryan)、君の父さんの友達、仕事仲間だ・・・ かなり昔に1度会ってるの覚えてないかな? 君は12歳くらいだったか・・・ だいぶ君にお説教したんだよ! 入ってはいけないところに入ってくるから」

ローラは思い出した・・・ 「1号棟には絶対入ってはいけないよ」(自宅のあるここは3号棟)と父に言われたことがあった。

それは「1号棟に入れるか挑戦してみろ」と言われたも同然だった。

で、見事に侵入成功した!(別段面白いものは何もなく、ふつうのオフィスが並んでるだけだった)

ローラは思い出したという合図に、激しくうなずいた。

男は笑って、「君を捕まえるのに1時間もかかった! 大した才能だよ」

そう、あの時・・・ このおじさんに捕まって、しこたま怒られたのだ。

「あの1号棟が何なのか、君はお父さんから聞いてないようだね。こういうことになったから、ある程度までは話すが、けっして誰にも漏らさないと約束してほしい・・・ 『グリニッジ・ハイツ』1号棟はMI6極東センターなのだ。もともとは香港にセンターがあったが、中国への返還とともに、ここシンガポールへと移ってきた・・・」

ローラはキョトンとしていた。

「そして殺された君の父は本名オーウィン・クィン(Eoin Quinn)と言い、潜入工作員として北アイルランドでプロヴィジョナルIRAに潜りこんでいた。彼の活躍で多くのテロリストを逮捕、あるいは処刑できた・・・ が、ついに正体が割れてしまい、命からがら脱出させたのが20年前・・・ 私が30歳の時。私は工作担当官として彼をサポートしていたんだ。私自身もアイルランド系だよ」

「MI6・・・ IRA・・・」

ようやくローラの口から言葉が出たが、頭はぐるぐる回っていた。

「で、名前をアーウィン・クイーンに変えて、この『ハイツ』に保護したというわけだ。ここには他にも世界各地でメンが割れてしまった工作員を匿っている。本人が希望すれば整形手術を受けて外国で暮らすことも可能だが、アーウィンの場合はここで愛する人を見つけて、娘も生まれたし、動く気はなかったようだ・・・ ここでの生活費はMI6が出していたし、バー経営は趣味のようなものだったんだね」

「父はIRAに報復されたってことですか」

「向こうから見たら、お父さんは憎んでも憎みきれない裏切り者だからね・・・ こちらもじゅうぶん警戒していたつもりだったが、あの教会のことを知られたのはまずかった・・・」

「私がベラベラしゃべってしまったんです! 私がバカだったんです!」

「相手もプロだから仕方ないよ。で、こんな時につらいと思うけど、緊急に見てもらいたいものが・・・」

この後「1号棟」に移り、ピックアップされたIRAの殺し屋20人以上の写真を見せられたローラ、1枚の写真を指差す。

エメット・オサリバン(Emmett O'Sullivan)

ただちに全世界の警察とインターポールに手配がなされた。


両親の葬儀も済み、ライアンは成人するまでローラの生活を保障すると約束。

しばらくしてローラの妊娠が発覚した。

母方の実家で療養するローラ、堕胎を望んだが、カトリックの家なので許されなかった。

あの男の・・・ 両親を殺害した犯人の子を・・・ 産まなければならない。

この事実に押し潰されそうになり、鬱病になりかかった。

例の女性カウンセラーが足繁く通ってきて、ローラを力づけてくれた。

「女の子ですって」

来年17歳で母となるのだ・・・

「赤ちゃんはおじい様とおばあ様が育ててくれるし、あなたは無理しなくてもいいのよ」

カウンセラーはローラの手を握って励ました。


「名前は『マラッカ』がいい」と祖父母に提案してみたが、一発で却下された。

「名前はアンです。決定です」

祖父母、ひ孫をまっとうなカトリックとして育てる所存。

出産後、アンはローラの手元から取り上げられ、祖父母のもとへ。

このころになってようやく、我が子が愛しく感じられるようになった。


事件から1年が過ぎたが、実行犯オサリバンの行方はようとして知れず、ローラの男性に対する恐怖も消えなかった。

ある日、涙を流しながらカウンセラーの胸にしがみついてしまう。

「ローラ・・・」

カウンセラーの女性は、優しくローラを抱きしめた。

初めて女性の体を経験する夜となった。


事件から2年が過ぎ、ライアンのもとに久々にローラから連絡が来た。

今はエステティシャンとして修業しながら、週2日ほど娘に会いに行ってるという。

休学していたインターナショナル・スクールは、結局そのまま退学した。

「そうか・・・ 元気そうでよかったよ」

「MI6に入りたいの」

「なんだって?」

どんな仕事でもするから入れてくれ、と言う。

ライアンは電話の向こうの、燃えつきた灰のようになってしまったローラの瞳に、再び炎が宿ってるのを感じた。

復讐・・・ 終わることのない復讐の連鎖・・・

だが今は、少しでも彼女の生きる気力になるならば・・・

「よし、どうにか手配してみよう」


事件から3年が過ぎ、ローラは祖父母の家から盗み出すように娘を連れだし、イギリスへと飛ぶ。

この後、アリスンとの出会いは「姫百合荘の生活」第5話を参照。



第1話 おしまい

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