(3/3)俺たちの愛する国。俺たちの幸せの場所
『なんだ、そんなことか』と俺は思った。
いいよ、いいよ、いくらでもやるよ。今すぐ買いたいものでもあるのか?札束なんてこれからいくらでも入ってくるんだから。
「100万円を持って俺は国に帰る」
俺は凍りついた。
@@@@@
「……何を言ってるんだ? マハ?」
かすれる俺の声。飲みすぎたせいじゃない。
「俺たちやっとこれからじゃないか。グランプリとって、これから死ぬほど仕事ができる。お金だってドンドン稼げる。それがお前の夢だったんじゃないのか?」
「夢だった。でもシム。俺は辛い」
「何がだよ! 忙しいことか!? そんなの何てことないだろ!? 国に帰ったら仕事すらないんだぞ!?」
「俺は自分の故郷を馬鹿にしなければいけないことが辛い」
驚きで俺は黙り込んだ。
「今の俺たちの芸風は『アメリカ人だと言い張るアフリカンピープル』だ。自分の国を恥じてアメリカ人になりたいと思っている黒人どもだ。周りも俺たちをそういうキャラクターとして扱う。俺たちがどうやって突っ込まれているかお前わかってるか?」
わかっている。
『アフリカ人のくせに』『ハンバーガーじゃなくてトウモロコシを食ってるくせに』そう言われているのだ。
「俺は、自分の国が嫌いだった」
マハはコーヒーに目を落とした。
「早くここから抜け出して食べ物に不自由しない国に行きたいと思っていた」
マハの声は硬かった。そしてマハとは思えないくらい小さかった。
「しかし、毎日自分の故郷を馬鹿にされるたびに、腹がたって仕方なくなったんだ。俺の国は確かにアメリカとは比べ物にならないくらい貧しいよ。でも」
コーヒーに涙が混じるのが見えた。
「アメリカなんか、目じゃないくらい素晴らしい国だ。確かに日本は俺にお金をくれた、でも」
涙を落とし続けながらマハは俺にむけて顔をあげた。
「俺はもう、一言だって俺の国にケチをつけられたくない」
@@@@
何も言えなかった。もちろん俺だって自分の国を馬鹿になんてされたくない。どちらかと言えば陽気で何も考えていなさそうなマハの方が周りの芸人から突っ込まれ易かったのだ。そして突っ込んでくれなければ俺たちの芸風は設立しない。
笑いながらどれほどマハが辛かったか今更ながらに俺の心臓を針が刺す。
「…………芸風を変えればいいんじゃないのか…………」
「どうやって?プロダクションもテレビ局もお客もそれを期待しているのに?」
「しかし……」
「それだけじゃないんだ」
マハが初めて笑った。
「俺、子供の役に立ちたいんだ」
100万円なんて、日本の中じゃはした金だ。でもブルキナ・ファソでは違う。
俺はこのお金で病院なり、学校なり、孤児院なりを建てて一人でも多くの子供たちを救いたい。
「確かに日本にいた方がもっともっとお金を稼げる。でも、俺は今死んでいく子供たちを救いたいんだ」
「それじゃあマハ……」
俺たちの今までは何だったんだろう。俺は思ってしまった。
二人で種を握り締めて闘った日々はお前にとっては辛いだけだったのか。
「『幸せの青い種』はお前を幸せにはしてくれなかったのか」
「違う」マハが静かに首を振った。
「グランプリを取れたことはとても嬉しかったよ。それに、舞台に立って故郷をこき下ろされる日々が俺に愛国心を取り戻させてくれた。子供たちを救いたいと思わせてくれた。あれは本当に紛れもない幸せの種だった」
これから口にすることが恥ずかしくてならない。でも俺は言っていた。
「マハ……お前はそれでいいだろうけど。俺はどうなる?『ジョンマイケル』はコンビだろ?お前がいなくなったら俺どうすればいいんだよ」
「ダイジョウブ!」
マハがあの『お笑いをやろう!』と言ったときの天真爛漫な笑顔を戻した。
「俺たちには必殺のジョークがある!」
「……アツアツデジューシーナ…………?」
そうだよ、という風にマハは頷いた。
@@@@@
マハは国に帰っていった。俺には新たなキャラクターが加わった。
『グランプリを取った途端に相棒に逃げられたピン芸人』だ。
ショウキンモッテ、トンジルシヤガッテ!! 俺が言うと「トンズラだろ」と誰かが合いの手を入れてくれる。
リポーターの仕事や、テレビのレギュラーももらった。マハ、俺はしばらくこの国で生きていくよ。何てったって日本は俺に成功をくれた。
なあ、マハ。元気か。国に帰って子供たちのために何か出来ているか。
俺は元気だ。
時折、この国でたった一人の『黒人ピン芸人』であることが辛いときもあるけれど。そんなときはポケットの青い種を握り締める。スポットライトを浴びて俺は何度でも叫ぶよ。
「オクニノメシハサイコーダ! アツアツデジューシーナ!!!」
……………………センタッキーフライドチキン。
(終)
お読みいただきありがとうございました!
2007年3月21日 初稿