(2/3)幸せの種を探しに俺たちは線路沿いを歩いた
新宿で仕事をして「ムサシコガネイ」という地名があるかを仲間の芸人に聞いた。
「ある。武蔵小金井だろ?」と言われて驚いた。
そこに歩いて行きたい、といったら逆に驚かれた。
「おい……歩いていけるようなところじゃないぞ! 電車だって特急と鈍行で20分はかかるんだ。トッキュウ……わかる? 普通の電車だったらもっとかかる」
『いいから行き方を教えてくれよ』と言ったが『歩いていくなんてわかるかよ』と呆れられた。
そりゃそうだ。俺たちは線路沿いをひたすら歩くことにした。
テレビの収録はお昼に終ったのでそこから二人で一言も口を聞かずにあるいた。陽が傾き空が茜色に染まっても一向に『武蔵小金井』につく様子がない。
俺はどこか安心していた。
これでマハと別れられると思ったのだ。
マハはとってもいい奴だけど、やっぱり俺にはお笑いは無理で何より水も事欠く生活が辛い。故郷では金持ちの家に育った。水しか飲めないなんてことはなかったんだ。
日本へも……飛行機代しかもらえなかったけど、金があったから来れたんだよ。
マハ、夕陽が綺麗だな。
でも俺の故郷の夕陽はこの100倍綺麗なんだよ。
俺、いい加減故郷に帰りたい。
トボトボと……難民のように俺たちは線路沿いを歩いた。線路を見失うこともあったので迷いながらの道行きだ。帰りの電車賃は新幹線代しかない。歩いた分だけまた歩き返さなければいけない。これは別れの儀式なんだと俺は自分に言い聞かせた。
夜もとっくに更けたころ、武蔵小金井駅に俺たちはたどり着いた。おそらく8時間は歩き続けていた。終電は終っていたので倒れこむように駅のシャッターの前で俺たちは横になった。
もう冬も初め、外で寝るには寒すぎたが毛布もなく虫のように丸まって俺たちは朝を待った。
朝がやってきて俺はマハに皮肉を込めて言った。
「マハ。武蔵小金井にきたぞ。どこに行けば青い種が手に入るんだ。それともまた新たなお告げでももらったか?」
マハは俺の言葉に応えようとしなかった。さすがにこたえたろう、マハ。いくら楽天的なお前でもさすがにくたびれてしまったろう。
そうじゃなかった。
マハは黙って俺の背面を指差した。指の先が震えていた。
「あそこで…………」
「え?」
「あそこで…………掃除している子供………………」
俺は振り返った。
10歳くらいの子供がお店の前を掃いている。赤いタータンチェックの長袖に茶色いスニーカーを履いている。
「お告げの…………天使だ…………」
立ち尽くす二人の後ろを大勢の通勤客が足早に通り過ぎて行く。
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驚くことにその店は雑貨屋だった。そして青い種も売っていた。種はメキシコ産で『幸福の青い種』と呼ばれるものだと言うことだった。
さすがに背筋に寒気が走る。
これは本当にお告げかもしれない、と思う俺と、そんなわけない、と思う俺が半分づついた。マハがテレビで見たのかもしれない。そしてすっかり忘れて夢に見たのかもしれない。
子供(天使様なのかもほんとは)に聞いてみた。この店テレビに出たことある?
子供は頷いた。青い種も紹介されたのだと言った。
やっぱりね……と思いながらもひどくがっかりする自分に気づいた。解散が延期になったからじゃない。どこかで信じたい気持ちがあったんだ。
100円で買った幸せの青い種を二人でわけてどこに行くにも持ち歩いてみた。
すると不思議なことが起こり始めた。
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まずは、例の大勢の芸人の一組として出たテレビ番組で予想外の好反応をもらった。大阪では全くダメな俺たちだったが東京では受けたのだ。
東京での仕事が増えやがて東京のプロダクションに移籍をした。
たまたまやった『自分をアメリカ人だと言い張るアフリカ大陸から来た人』がバカウケし始めた。
「いや、君達アフリカ人でしょ?」とツッコミを受けるたびにトンチキなセリフを返すのだ。
「アフリカ人ジャナイヨ! ニューヨークカラ来タヨ! ニューヨークハ都会ダカラ井戸ガイッパイアルヨ!」
一昔前までアメリカ一辺倒だった日本人の自虐心をそそるらしくどこに行ってもひっぱりだこになった。
「ジョンデース!」
「マイケルデース!」
「フタリアワセテ『ジョンマイケル』デース!」
「何そのわかりやすい偽名!」毎日突っ込まれるのだ。
俺とマハはカメラの前でまくし立てた。
「ギメイジャナイヨ! ホンミョウダヨ!」
「オクニノリョウリサイコウダヨ! アッツアツデジューシーナ」声を合わせる。
「センタッキーフライドチッキーーン!!!」
会場の爆笑が心地よかった。
お金が入るようになって真っ先にやったこと。もちろん吉野家に行くことだ。二人で『特盛り・生卵トッピング』を頼む。後にも先にもこんなにうまい飯はなかった。
青い種を信じてよかった。心からマハに感謝をした。マハこそ俺の幸せの青い鳥だ。こんな近くにいたのに気づかなかったなんて。
しかし、そんな俺とは対照的にマハは日に日に無口になっていった。
マハのことを気にかけながらも俺の心は『アメカワグランプリ』のことでいっぱいだった。
天川製粉という会社が行う大きなお笑いトーナメントだ。賞金は100万円。
これに優勝すれば仕事が10倍に増えると言われている。
塞ぎこんでいるマハを前に「青い種を信じろ」と俺は言った。
「あれは間違いなく幸せの天使様だった。必ず青い種が俺たちを優勝させてくれる」
そしてその通り、俺たちは優勝したのだ。
みんなに肩を叩かれながら死ぬほど酔っ払って俺は爆発した。マハと俺が逆になったみたいだった。太陽のような俺。月のようなマハ。幸せな一夜だった。
タクシーから降りるまでは。
俺が降りるとなぜだかマハも一緒に降りた。お前のうちはここじゃないだろう、俺は笑う。それとも二人で4次会を始めるか?
「話がある」マハの真剣な目に酔いが冷める。
部屋に通してマハにコーヒーをすすめたがマハは口にしようとしない。
きちんと俺を見てマハは正座をした。
「今日の優勝賞金を俺に全額くれないか」
【次回】俺たちの愛する国。俺たちの幸せの場所。