(1/3)日本で初めての黒人2人組芸人
これは、昭和50年ごろの物語。
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「一緒にオワライをやろう!」とマハが言ったとき手に持ったコカ・コーラを落とした。
オワライ? オワライってなんだ? いつでもどこでも突拍子のない奴だが今度は何を言い出すんだ?
缶を慌てて拾ってついた砂を払った。
俺たちは公園の噴水に腰掛けていた。真夏の太陽が照りつけて吹いても吹いても汗が滲み出てくる。
日本の夏は、暑いだけじゃなくてジメジメしているからほんとうに参る。
「コメディアンのことだよ!」
マハの話によるとこうだった。
日本では『お笑い芸人』というものが毎日テレビに出ている。みんなお金をいっぱい稼いでいるだろう。お笑いはしゃべれればいいんだ。元手は何もいらない。
たくさんのお笑い芸人がいるが『黒人の二人組』というのは見たことがない。
珍しいからきっと受けるぞ。
「無理だよ」俺は頭を抱えた。
マハはいいだろ。陽気で楽天的で声がデカイ。俺は静かな哲学的な男なんだ。人を笑わせるなんて、ましてや文化が違う国の人間を笑わせるなんてできるわけがない。
「デキルヨ! シム! カネモチにナロウヨ!!」
日本語をまくしたててマハは俺の体を揺すった。
「ヤメロ! アタマ、ユレル!」叫んでも一向に止めようとしないのだ。
俺の名前はシム・アジュクム・クフォー。ガーナ人だ。
マハのフルネームはマハ・ウエドラオゴ。ブルキナ・ファソから来た。
同じアフリカ大陸からやってきて、二人ともフランス語がしゃべれた。でも仲良くなったのはそれだけじゃあなかったと思う。
馬が合うのだ。マハは熱湯で、俺は冷水。マハは太陽で、俺は月。マハが何かをしでかして俺がフォローに回る。俺が落ち込むとマハが笑わせてくれる。凹凸がぴったり合わさるように俺とマハは気があった。
二人とも夢をいだいて日本に来た。俺は日本の技術を学びたかったし、マハは…………マハは自分の国から抜け出したかった。
「あんな国」
自分の国なのに憎々し気にマハは吐き捨てるのだった。
「貧乏で仕事がなくて軍人が威張っていてガキどもがすぐ死ぬあんな国」
俺はそれを悲しい気持ちで聞いた。
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マハに押し切られ、大阪のプロダクションに所属することになった。
道頓堀。人が走っている看板の前で(グリコって会社のだと後で知った)マハが看板と同じポーズをとった。そして看板の100倍笑顔で叫んだ。
「オレハ、テンカヲ、ソルゾーーーー!!!!!」
『天下を取る』じゃないのか。剃ってどうする。
俺はため息をついた。
仕事なんて、あるわけない。たまにテレビに出るときがあったが、いわゆる『アメリカ人役エキストラ』であった。
タレントの後ろで偉そうに腕組みしながら『用心棒です』って顔をするのだ。
日本人どもは黒人を見るとアメリカから来たと思うらしい。馬鹿か。アメリカなんて見たことも歩いたことも食ったこともねえよ。
土木工事をする合間に『お笑い芸人』として舞台に立てるときもある。しかし評判は芳しくなかった。一つ出演すると渡されるギャラが500円ほど。帰りの電車賃にすらならないこともままあった。
家賃にも事欠く俺たちはバイトの給料日になると吉野家に行く。そして牛丼の並み盛りを二人で半分づつ食べるのだ。こんなウマイもんないよ。いつか一皿丸々たいらげたいなあ……。
辛いときには二人で「ギュウドンオオモリ」「ギュウドンオオモリ」と言い合うんだ。
どんなときでもマハは不思議と辛そうな顔をしない。根っからの天真爛漫さがマハにはある。
とうとうアパートの電気が止まった。まもなく水が止まった。
家賃の督促状の山を掻き分けて公園に行き水を飲んだ。
そろそろ……限界かもしれない……と感じていた。
そんなある日のことだ。
東京で仕事があった。ラッキーなことに電車賃が出る。この仕事でコケたらマハに頼んで俺は辞めさせてもらおう、と思っていた。
大阪でダメで、東京でダメなら、もう俺たちダメだろ?
心の中で最後通告を突きつけて新幹線に乗る。深刻な顔してペットボトルに入れた水を飲む俺と(弁当代がでるわけじゃないからな)隣でスヤスヤ眠るマハ。
本当に二人は正反対だよな。
マハ、お前はいつかブレイクできると思っているかもしれないけど、俺には思えないよ。お前のように何にも悩まず生きていくことなんて俺にはできない。
この仕事が終ったら……俺たちお別れかもな……。
小田原を過ぎたあたりでマハがシートから跳ね起きた。驚く俺の肩を例のごとく掴んで揺さぶる。
「シム! お告げがあったぞ!」
……お告げ!?
目を白黒させる俺にマハはまくし立てた。
「今夢の中でお告げをいただいた。種だ! ムサシコガネイで青い種を捜すんだ!!!」
………………何がなにやらわからない。
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マハの話によるとこうだった。マハは夢の中で一面の砂漠を歩いていた。やがて水をたたえたオアシスに行き当たった。夢中になって水を飲みふと顔をあげると天使がいたのだという。
「天使は少年の姿だった。白い羽根を生やしてみたこともないドレスを着ていた」
少年はマハに青い種を差し出した。
『ムサシコガネイに幸せの青い種がある。それを見つけて持ち歩きなさい』
天使が言ったのだとマハは主張した。
マハに出会って何百回目かの頭を抱えるポーズを俺は取った。
「マハ、それは夢だ。」
「いや! お告げだ!」
「夢だ。マハ。そんな夢なら俺もしょっちゅう見る。な? 昨日も見た。俺は王族の息子で宮女を100人ばかり侍らしていた。それでシェフに死ぬほどヨシノヤのギュウドンを作らせるんだ。な? そんなことはありえないんだ。幸せの青い種もありえない。だいたい『幸せの青い』と言ったら『鳥』じゃないのか」
しかしマハは俺の言うことを一切聞かなかった。まあ一度だって俺の言うことを聞いたことなどないわけだが、それにしてもしつこい。
俺はとうとう切れた。
「そんなに言うけどなあ! マハ! だいたいムサシコガネイってどこにあるんだよ!! ほんとにあんのかよそんなとこ!!!」
絶対にある。お告げは絶対だ。と主張するマハにとうとう言ってしまった。
「わかったよ! もし無かったらお前とはこれっきりだからな!!!」
もう、付き合いきれない、と正直思った
【次回】幸せの種を探しに俺たちは線路沿いをあるいた