閑話/テオドア・ステュアート
前半は礼子によるテオ語り。後半はテオによるミリアム語り。です。
――テオドア・ステュアート。「怠惰」な神官。
アルセンシア王国が誇る大神殿の神官長の息子。
非常に怠惰な性格で、他人との会話や、食事ですら面倒くさがっている。
また、神官であるにも関わらず信仰心はなく、寧ろ神へ嫌悪感すら抱いている節がある。
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「アタシはね、猛。テオくんは化けると思ってたんだよ!」
「はぁ?」
アタシが、公式サイトの登場人物紹介ページを指して力説すると、義弟は思い切りしかめ面をした。そんな顔も可愛いと思うのだから、アタシも大概ブラコンだ。いやいや。ここに来るまで物凄く頑張ったし、これくらい普通だと思う。
「テオ? それって、あれだろ。礼子がやってるつまんないゲームのキャラ」
「つまんなくない! サイコーのゲームだから」
「……礼子、こんな男がスキなのかよ?」
心の底から信じられない、とでも言いたそうな目で猛はアタシを見る。
この良さが分からないかなー? 猛はお子様だからなー。
アタシがニヤつくと、猛はムッと口を尖らせた。はい、可愛い。
「テオくんはねー、一時的に主人公のシャーナちゃんが通うことになる学園の同級生として登場するんだ。年上だけど、とにかく面倒くさがりで、進級もやる気がなさ過ぎて出来なかったから同級生なんだよ」
「ふーん? バカなんだ」
「ば、馬鹿じゃないよ! やる気がないだけで、やれば出来る子YDKだよ!」
「わいでぃーけー?」
「……ジェネレーションギャップがスゴい」
アタシは、少し頬を引きつらせてから、コホンと咳払いして気持ちを切り替える。アタシと猛のジェネレーションギャップなんて、今に始まったことじゃないもんね。
「最初は、滅茶苦茶やる気なくて、シャーナちゃんとの会話もままならないの」
「礼子のやってるゲームって、恋愛するのが目的なんだろ? それでどーやって好きになるんだ?」
「大事なのはここからだよ、猛!」
グッと拳を握って身を乗り出すと、その分猛はのけ反った。
驚いたのか頬が少し赤い。でも、アタシは気にせず萌えを語る。
「学園に通う間、世話好きなシャーナちゃんが、放っておいたら呼吸も面倒くさがりそうなテオくんを心配して、たくさん構うの。それで、他人と距離を取ってたテオくんは、コイツちょっと他のヤツと違うじゃんって興味を持つことになるのね」
「母ちゃんじゃん」
「母性本能の塊なのよ、シャーナちゃんは」
ふふん、と鼻を鳴らすと、猛は何で自慢げなんだよといって呆れたような視線を寄越す。いやいや、シャーナちゃんの人間性は誇れるから。ザ・乙女ゲームのヒロインだから。
「そんで、とうとう邪神をブチのめしにシャーナちゃんが旅立つことになるんだけど、その時テオくんはルオン王子からその旅に同行するように命じられるのね」
「えー? 面倒だから行かないんじゃないのか、そいつ?」
「ところがどっこい! シャーナちゃんが心配になったテオくんは、つい一緒に行くって言っちゃうんだよね!」
「何でそんな嬉しそうなの……?」
とうとう猛の目が、宇宙人でも見ているような感じになった。
残念! 姉ちゃんは猛の義姉ちゃんだから人間なんだな、これが! あはは!
「だけどその旅の途中で、仲間の一人が殺されちゃうのよね。ああ、セリスきゅん……」
「きゅん……?」
そのシーンを思い出して、思わず目が潤む。
両手を組んで、神様に祈りを捧げるようなポーズをしたアタシを見た猛は、心配そうな表情になる。なんて良い子なんや……。姉ちゃん泣けてくるよ、ぐすっ。
「テオくんが手を抜いたせいなんだけど、まー、責めるのも可哀想っちゃ可哀想だったんだけどね。テオくんてばシャーナちゃんに、どんなに頑張ったって、神様に祈ったって駄目なことはあるって言っちゃうのよね。それで険悪になる2人が最高においしい」
「……食べるのか……?」
ぐふふ。イケメンと美少女のすれ違いって、どうしてこんなにおいしいんだろう。自家発電も進みましたよ、ええ。薄い本がぶ厚くなったものだ。
「テオくんはね、子どもの頃にお母さんを病気で亡くしてて、その時必死に神様に祈っても、頑張って勉強しても助けられなかったって絶望してるのさ。だから、そのせいで色々なことに消極的になっちゃってたの」
「ふーん? でも、礼子もおれも、元気だぞ?」
「そうだね。テオくんは、ほら。繊細だから」
「せんさい?」
アタシも猛も、片親を亡くしているから、その辺はちょっとね。同情の余地なし、って判断しても仕方ないよね。世の中に、どうしようもない事情で家族を亡くしてても、毎日頑張って生きてる人はいるし。
でも、尊いのよ! イケメンの傷心による怠惰っぷりとか、本当尊いのよ!
それ以上に、ヒロインの影響でその傷から立ち直って強くなるイケメンは、更に尊い。あと、立ち直らせるヒロインもね。
「そのお母さんとシャーナちゃんがダブって見えて、戦う運命から逃げよう、みたいなことも言っちゃうのテオくんは。だけど、シャーナちゃんはそれを断って死地に向かうんだ」
「へぇ……カッコ良い感じなんだな、そのシャーナって子」
「そうだね。サイコーにカッコ可愛いんだよー、シャーナちゃん」
どうやら、猛もミスラヴの良さが分かって来たらしい。
ニヤニヤしてたら、脇腹を小突かれた。おうふ、痛いから。オバサン脇腹弱いから。DVはやめておくれ、猛くんや……。
「そんなシャーナちゃんの姿を見て、テオくんも覚悟を決めるの。そんで、前なら無駄だし面倒だって言ってたような窮地に、颯爽と現れるワケ! もー、それがニヤつきが止められない!! キョトンってしてから、思わず涙ぐむシャーナちゃんぺろぺろ」
「……礼子、気持ち悪いぞ……」
おっと、いけない。アタシはわきわき動かしていた手を引っ込める。
猛が、ガチでドン引きしている。これはマズイ。アタシは今更感がなくもないけど、誤魔化すように普通に笑った。
「そんで、思いの通じ合った2人のラブラブパワーで、邪神はまた封印されるって寸法なのよ」
「ラブラブパワー?? 意味分かんないけど……」
「ご都合展開ってのは、大人には良くある話なんだよ猛」
細かい説明はあるっちゃあるけど、それは今猛に聞かせる必要はないだろう。
長いし、そもそもアタシが語りたいのは、シャーナちゃんとテオくんの思いの通じ合い方であってね。別に本筋の方じゃないからね。
「姉ちゃんが何を言いたいかって言えばね、猛」
「うん」
「最初ダラダラしてたイケメンが、打って変わってキリッとした表情でヒロインに愛を囁くギャップは最高に萌える! ってことなのよ」
「ふーん?」
分かってない上に、もう興味を失ってるよねこれは。
アタシは苦笑を漏らすと、スマホをスリープにしてカバンにしまう。
「……で、今日はどこ行くんだっけ?」
「図書館! 本借りに行くんだっ」
パッと満面の笑みを浮かべる素直な猛に、アタシは微妙な笑顔を返す。
うん。猛はね、オタクじゃないからね。あんま興味ないだろうし、そもそもオタクの沼にこんな幼気な少年を引きずり込むのか問題もあるからね。別に良いんだけどね。……はぁぁぁ。
「じゃ、いこっか」
「おう!」
猛と一緒に外へ出て、アタシは夢想する。
テオくん。テオドア・ステュアート。もし、お母さんが死ななかったら。誰かが、助けてくれていたら、どうなっていたんだろう?
元からエンディングで見せたみたいに、精力的に活動する? それとも、怠惰なのは元々の性格だったのかな?
あんまり過去についてのエピソードは描かれてなかったから、妄想ははかどる。
アタシは、ああでもないこうでもないと考えながら、またむふふと笑った。
猛が気持ち悪がってたけど、仕方ないよね!
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「本日は、お詫びに参りました。この度は、息子が男爵の御令嬢に失礼を働きまして、誠に申し訳ございませんでした」
「申し訳ございませんでした」
オレは、父さんに連れられてミリアの家にやって来て頭を下げていた。
この間、ミリアに誘われて湖に行った時、オレは嬉しくて、楽しくて、思わずミリアを湖に入ろうと誘った。ミリアが嫌がってるのに気づいてたのに、別にそんな怖がることなんかじゃないって思ったから。平気だって思ったから。ミリアの手を引っ張って連れて行った。
でも、ミリアは嫌ってだけじゃなくて、本当に水がダメだったみたいで、すぐに気を失ってしまった。
あそこで母さんが助けに来てくれてなかったら、どうなってたか分からない。
オレは、繋いでたミリアの手がどんどん冷たくなってくあの感じが、数日経った今も、忘れられない。
「いいえ。我が家の護衛の不徳の致すところですので、そう頭を下げられずとも構いませんよ」
「しかし、そのような訳には参りません……」
「ステュアート神官長には色々とお世話になってもおりますし、娘も大事なかったのですから」
優しく笑うこの人が、ミリアの父さんらしい。
通されたこの部屋には、ミリアの父さんと、オレと父さんと、この間一緒だった護衛の男しかいない。オレは、何となく居心地が悪く思って、口を閉じた。
「それよりも、ご子息には是非お話を伺いたいですね」
「息子に、ですか? ルナリス男爵がそう望まれるのであれば。……テオドア。ご挨拶なさい」
「え? あ、はい。……テオドア・ステュアートと申します。この度は……」
「これ以上の謝罪は結構。代わりに、娘について聞かせてもらえるかい?」
「ミリアについて……?」
パッと顔を上げてミリアの父さんを見ると、父さんに「おい」と腕を引かれた。
でも、ミリアの父さんはニコニコ笑ってて、怒らなかった。
オレはちょっと悩んでから、何を話せば良いのか聞くことにした。
それに対して、ミリアの父さんは優しく言った。
「娘は……ミリアムは、君から見てどんな子だね?」
「どんな……変、えっと、変わった子、です」
父さんには相変わらず睨まれてる気がしたけど、やっぱりミリアの父さんは怒らない。オレは、正直に言うことにした。ミリアとこの人には、変に誤魔化したくないと思った。
「オレは、あんまり話が得意じゃなくて、元々あんまりしゃべらないけど、いざしゃべると自分勝手だって言われて、友だちが出来なかったんです」
それは別に、悲しいことじゃなかった。オレは1人でいるのは嫌いじゃないし、大神殿にはたくさん本もあったから。
けど、オレのそんな話を聞く度に、母さんは寂しそうな顔をしてたから、それは少し悲しかった。
「だけど、ミリアはそんなオレに話しかけて来てくれたんだ」
知らない女の子が急に話しかけて来て、オレはビックリしたのを覚えてる。
ビックリして、最初はすぐに逃げ出した。そうすれば、普通はもう話しかけて来ないから。あれはたまたまだったんだって思って、オレは次の日も同じように、いつもの裏庭に行った。
そしたら、その子はまた普通の顔をしてオレの隣のベンチに座った。
今度は全然話しかけて来なかった。もしかしたら、タイミングを考えてるのかもしれない。いつ話しかけて来てくれるだろうか。そう思って、オレはずっと待っていた。でも、女の子はずっと本を読んでいた。
オレは、何となくムッとして、思わずその子の隣に移動した。なのに、その子は全然気づいてくれなくて。オレはじれったく思って、とりあえず目についた本について聞くことにした。
溜息をついてたから、そんなに面白くないのかって聞いたと思う。
そしたら、女の子はオレがいることにようやく気付いたみたいで、ビックリした顔でオレを見た。
可愛い子だな、と思った。赤茶色の長いクセ毛はふわふわしてたし、グレーの目はステンドグラスみたいにキラキラ光ってた。
「本当に、毎日楽しかった。オレ、ミリアが初めての友だちだったんだ」
それから、オレはその子と……ミリアと、友だちになった。
何日経っても、ミリアは遊びに来てくれて、飽きずに、ずっとオレといてくれた。オレは、言えなかったけど、本当は嬉しくて。もっとずっと一緒にいたいって思ってた。
母さんから、友だちが出来たら紹介してねって言われてたのを思い出して、連れてくことにした。勝手に引っ張ってったけど、ミリアは文句ひとつ言わなかったし、何なら楽しそうに見えた。
「ミリアは、オレがどんなに勝手なことを言っても、一緒にいてくれたんだ」
オレは、甘えてたんだ。ミリアは、ずっと一緒にいてくれるって、思ってたんだ。それに気づいたのは、ミリアが気絶した時。その手が、冷たくなった時。
いついなくなるかなんて、分からないのに。
「なのに、オレはミリアを危ない目にあわせた。怖い思いをさせた。……申し訳ありませんでした」
オレは、本を読むのと同じくらい、母さんと話してるのと同じくらい、ミリアといるのが楽しいと思ってる。
オレは、ミリアとずっと一緒にいたいと思ってる。難しいことは、まだ良く分からない。けど、ミリアは貴族の子どもだから。ずっと一緒は、無理なんだってことは、分かってる。でも。……でも。
「でも、オレは、だからこそ、今度はミリアを守りたいんです。ずっと」
「ずっと、か」
「はい、ずっと」
一生懸命話した。オレの気持ち。子どもみたいな、オレの正直な気持ち。
どうしたらミリアを守れるかなんて、分からないけど。
でも、一生懸命やれば、何とかなるんじゃないかなんて、オレは、また甘いことを思ってる。
「……私の娘は君にとって、とても大切な友人なんだね」
「はい!」
「…………」
父さんは、最初はオレを睨んでたけど、今はビックリした感じで見ていた。
どうしたんだろう。厳しい父さんは、オレにたくさん勉強を教えてくれる。忙しいから、他の人に教わることも多いけど。
でも、オレにとっての先生は父さんで、そんな父さんがビックリするところなんて、オレは見たことがなかった。
「そうか。ありがとう、テオドアくん。良ければ、これからも娘と仲良くしてやって欲しい」
「! はい!!」
良かった。ミリアの父さんは、もう仲良くするなとは言わないみたいだ。
ホッとしたオレは、思い切り大きな声を出してしまった。
流石に怒られるかな、と思ってたら、ミリアの父さんは、少しだけ悲しそうな顔をしていた。
「ステュアート神官長。ご子息は、或いはこれから茨の道を歩むことになるやもしれません」
「男爵? それは……」
「何かあった時には、是非力になってやってください。……どうか、よろしくお願いします」
「そんな! 頭を下げられるなど……」
何だろう? 良く分からない。胸の奥が、ザワザワする。
父さんと一緒にその部屋を出てからも、ずっとその感覚は消えなかった。
――お願いよ。「彼女」のこと、守ってあげてね……テオ。
誰だろう? 良く分からない。頭の奥が、ガンガンする。
一瞬だけ聞こえた声は、全然知らない女の人の声だった。
でもオレは、その良く分からない声に向かって、頷いた。
……うん。オレは、ミリアのこと、守るよ。ずっと。
返事はなかったけど、何となく、満足したような気配を感じた。
そしてオレは、その日はミリアとは会わないで家に帰った。
父さんは、その日以降、ずっと難しい顔をするようになっていたけど、オレは、構わなかった。