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63/穏やかな眠りを

いつもより短いです。

「インディゴさん。インディゴさん? 入っても良いですか?」


 シャーナちゃんと別れ、メアに支えてもらいながら邸の中を移動する。

 今滞在しているこの邸でインディゴさんがあてがわれている部屋は、私の部屋と同じ階にある。それを、普段は特に気にも留めていなかったけれど、この時ばかりは本当に良かったと内心胸を撫で下ろした。


 何しろ、半月も眠っていたものだから、筋肉がすっかり萎えて、一歩進むのにも相当労力を要する。もし、2~3階上か下だったら、メアに抱きかかえられながら移動しなければならなくなるところだった。メアはそれを決して嫌がらないどころか、今の雰囲気から察するに寧ろ喜んで受け入れそうだけど、私は出来れば遠慮したい。恥ずかしい。

 まぁ、実際にそうなっていたとしたら、私個人の恥ずかしさなんて二の次三の次にすべき事柄だろうから、お願いしていただろうけどね。移動に何時間かけるつもりなんだ、って話になるし。


 そんな、他愛もないことで思考を散らしながら、私は目の前の扉の向こうの気配を探る。軽くノックしてみたけれど反応はなく、声をかけてみても返事がない。

 そっと振り向くと、メアが小さく頷いた。


「あの日より、外からどのような物音や呼び声がしようともまったく反応を示しておりません。カギは身の安全等の理由より外からも内からもかけられるようになっております。カギはこちらに」

「そうなんだ……」


 ゲームにおいて、インディゴというキャラクターは基本的に説明回担当といった印象が強かった。

 トラウマや考え方の違いなど、個人を掘り下げるストーリーが主だった他のキャラクターたちと違って、この世界……より正確に言えば、神様たちに関する情報の掘り下げが行われるストーリーが多かったのだ。

 だからこそ、インディゴはどうしてヒロインのシャーナちゃんに惹かれたのか、といった描写があやふやで、その辺は世間でも評価が分かれていた。

 つまり、私は彼が過去に一体どのような経験をしてきていて、今何が原因で心を閉ざしているのか、正確なところは何も分からないと言える。


 強いて言えば、ヒントはこの世界で私が直接インディゴさんと言葉を交わして来た中にある。そして、あの地下道で見つけた本。

 つまり、彼に関してはゲームのキャラクターとしての側面が、最早一切ないと考えられる。

 そう思うと、多少足が震えるけれど、ここは現実で、私の生きる世界なのだから、正しく彼は現実を突きつけてくれるとも言える。

 だから却って私は、彼に向き合いたいと思えるのだ。


「どうぞ、ご主人様。足元にお気をつけくださいませ」

「ありがとう、メア」


 カギを開け、扉を開いたメアはそっと私を誘導してくれる。

 その手を取って、一歩一歩慎重に室内へ入った私は、部屋の中の光景を見て目を瞠った。


「……――」


 不自然なまでに片付いた部屋。殺風景で、窓のカーテンは閉め切られ、明かりは消え、ただポツンと中央にベッドが置かれている。

 そのベッドの上はこんもりと盛り上がっていて、そこにインディゴさんがいるのはすぐに分かった。頭から毛布をかぶっているのだろう。中からはくぐもった小声が聞こえて来る。何を言っているのかは、近付かなければ聞こえないだろう。


「……インディゴさん……」


 あまりに、「らしくない」部屋だと思った。

 インディゴさんは、別に掃除が出来ないタイプの人ではないけれど、研究に熱中すればする程、部屋が汚くなっていくタイプだった。

 研究に一旦区切りが付けば部屋を整理する。でも、ここまで殺風景にはならない。雑然と積み上がっていた本や資料が、整然と並ぶのだ。

 今は、一冊の本も、一枚の紙片すらも見えない。それが酷く辛い光景に見えて、私は息を飲んだ。


(……って、私が怖気づいてどうするの。そんな場合じゃないじゃない)


 ムッと眉を寄せて、私は自分を叱咤すべく頬をつねる。

 メアに心配されたけど、寧ろ頬をつねった方が意識がハッキリする。

 こんなところで手をこまねいている暇はないのだ。私は意を決して、ベッドの横に置かれた小さな椅子に腰かけた。


「……インディゴさん。私、ミリアムです。分かりますか?」


 そっと毛布の隙間から覗き込めば、すっかりやつれたインディゴさんの姿が見えた。バサバサになって艶を失った藍色の髪。すっかり光を映さない同色の瞳。青白い肌。

 期待したような返答がないだけでなく、視線すら合わない。私は唇を噛む。


「……ごめんなさいごめんなさい次は上手くやりますだから怒らないで無視しないで一人にしないでごめんなさいごめんなさい……」

「…………」


 取り留めなく、意味のない言葉を口走っていると聞いていたけれど、耳をそばだてれば、それが自分を責め、誰かに縋るような言葉だと分かる。

 かなり小声で早口だから、聞く人によっては聞き取れなかったかもしれない。

 私が何度か同じように話しかけても、インディゴさんは反応を見せない。

 少しでも触れたいと思ったけれど、確か触れようとすれば暴れるという話だった。下手に手を伸ばすことも出来ない。


「メア。今日のインディゴさんの食事は?」

「はい。やはり召し上がっては頂けていないですね。或いは本日中に何かは口にして頂けるやもしれませんが……難しいでしょう」

「……そうだね」


 焦点の合わない黒目が、キョロキョロと動き回る。だけどその目は、別に何かを探している訳ではないのだろう。ただ、落ち着かないのだ。

 カタカタと小刻みに震える身体が、本当に痛ましくて、目頭が熱くなる。

 でも、私が泣いても何の意味もない。


「……戻りましょうか?」

「いいえ、もう少し」


 時間が足りない。やるべきことは山積していて、私自身がいなくては話が進まないこともたくさんある。

 だけれど、私はどうにもここから離れがたく思って首を横に振った。

 でも、出来ることなんてない。ただの、自己満足くらいで。


「――インディゴさん。あんまり寝てないって聞いたので、子守歌でも歌いますね。聞き苦しくなければ良いんですけど」


 触れられないのなら、歌だ。

 そんな安直な考えで、私は掠れ声で歌った。

 こちらの世界の、子守歌。きっと私のお母様が私に歌ってくれた、子守歌。

 半月も眠っていて、急に歌おうなんて馬鹿なことだ。掠れた声は、あんまり心地よいメロディーは生み出せていないだろう。

 それでも、歌わずにはいられない。

 ここまで、何かに追い立てられて、傷付けられた人に。

 ……私なんかに、思いを寄せてくれた、人に。


「! ご主人様……」

「……え?」


 メアの、驚いたような声を聞いて、ハッと目を開いた。そこで、自分が目を閉じていたことに気付いて、少しの羞恥心を覚えつつ、メアが指した方向……即ちインディゴさんを見た。

 すると、彼は止め処なく言葉を紡ぎ続けていた口を真一文字に閉じ、静かに涙を流していたのだ。

 焦点の合っていなかった目が、こわごわと私に向けられている。


「インディゴさん? もしかして、目が覚めました?」

「……あ……俺、ここは……ミリアム??」


 すっかり混乱しているようだけれど、何と我に返っているようだ。

 理由は分からないけれど、とても喜ばしい。

 とは言え、変にアレコレ聞こうとすれば、きっとまたインディゴさんの心が壊れてしまう。

 私とメアは頷き合って、ただ優しい笑みを向けた。


「何も気にしなくても大丈夫です。眠いですよね? さぁ、眠ってください」

「俺は、どうし……」

「眠ってください」


 状況を徐々に理解し始めていたインディゴさんの視界を、掌で覆う。

 戸惑うように息を吸うのが聞こえたけれど、やっぱり相当寝不足だったのだろう。やがて、その呼吸は穏やかな寝息に変わって行った。

 そのまま、優しい眠りが守られますようにと柔らかく頭を撫でる。

 インディゴさんは、目は覚まさなかった。


「……ご主人様」

「うん、お父様のところに行こう」


 しばらくそうしていたけれど、ずっとこうしている訳にもいかない。

 私はメアと示し合わせて、そっとインディゴさんの部屋を出た。

 本当は、確かめたいことはたくさんあるけれど、無理は禁物。焦りは禁物である。

 今はただ、穏やかな眠りを。


「さて……ここから更に気を引き締めていかないと」


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