62/心配
お待たせしました!
エタりはしませんが、まだしばらく不定期更新です。
――メアの衝撃の告白を受けてから、一夜が明けた。
まだまだ話し足りないところはたくさんあったけれど、少し気が抜けたせいか眠気が襲って来てしまったのだ。
ウトウトし始めた私を見て、メアは私に寝るように促した。まだパトラの話を聞いていないと言う私に、パトラはまだその時ではない、とだけ答えた。
メアも、パトラの恐らく取り戻したのだろう記憶についての話し合いを後回しにすることは、私にとっての不利益にはなり得ない、と断じてくれたので私は受け入れることにした。
そして、一夜明けたところで、私は早速パトラに話を聞こうと思った。
けれど、「これから」について考えるので手一杯だった私は、自分が長期間眠りこけていて、皆に心配をかけていたことをスッカリ忘れていたのだ。
おかげ様で、朝を迎えてから今まで、私はお見舞いラッシュに喘ぐことになり、結局パトラに話を聞くことは出来ずにいる。
パトラは、それでも隙間の時間で、整理がつかないし今知っても仕方がない、というようなことを説明していたから、時間が取れても結局教えてはくれなかったのかもしれないけれど。
「それにしても、本当に無事で良かった! 元を辿れば、全部私が邸を抜け出したことが原因だったから……」
「ううん、シャーナちゃんのせいじゃない。気にしないで」
「でも……」
今は部屋に、シャーナちゃんが訪れていた。
シャーナちゃんは泣きそうな顔で、しばらく謝罪を続けていた。私はそれを気にしないでと言って宥め続け、今ようやく落ち着いたところだった。
あの日のことについては、ここまで話題に上がって来なかった。ただひたすら、「私が悪い」と言うシャーナちゃんは、本当に気に病んでいるようだった。
真面目で責任感の強いシャーナちゃんが気にするだろうということは分かっていたから、出来るだけ傷ついたりしないように気を付けていたけれど、なかなか儘ならないものだ。
……朝からのお見舞いラッシュで、たくさんの人がお見舞いに来てくれているけれど、あの日のことについての具体的な話は聞いていない。
きっと、私の体調を慮ってくれているのだろうけど、出来れば詳しい話を聞きたいところだ。私は、メアから聞いたこと以上について知らない。
本当は、シャーナちゃんが捕まるまでどうしていたかとか、捕まってからどうしていたかとか、どうしてあそこにルオン第二王子がいたのかとか、聞きたいことはたくさんある。
とは言え、ここまで気落ちしているシャーナちゃんに詳しい話を聞こうとしたら、更に落ち込ませてしまわないだろうか。
ちょっと不安なので、私は無理やり話題転換をした。
「ところで、今日お見舞いに来ていない人は元気? やっぱり、忙しくしているのかな?」
「えっ? ええと、そうね……」
何となく振った話題だったのだけれど、予想外にもシャーナちゃんは言いにくいことを聞かれたような、バツの悪い表情になった。
どうやら、何かが起きている人がいるようだ。何とも分かりやすい。
そうだとすると、一体誰に、何が起きているのだろうか。
今日来ていない人は、我が家の邸の使用人や騎士たちの中で何名か、ルッツさんも来ていないし、意外なところではローウェン、インディゴさん。
あと、テオとギランも来ていない。2人は学園に居るから、そう簡単に会える人じゃないんだけど、サイファは来ていた。つまり、来る気になれば来れたということだと思うんだけど、どうだろう?
多分、ルッツさんは顔を合わせられないと思っているのだろうし、ローウェンやインディゴさんは、きっと単純に何か他にすべきことがあって遅れているのだろう。
だとしたら、テオだろうか。テオが色々抱えてしまう問題の根本原因は、既に取り除いているから、そうではないと思うんだけど……。単純に、テオとギランに何か用事があるのかもしれない。学年も違うはずだし、2人セット、というのは少々違和感があるけれど。
首を傾げつつ、先を促すようにシャーナちゃんを見つめると、シャーナちゃんは酷く言いにくそうに目を伏せてから、ゆっくりと話し出した。
「あの日、ミリアムと一緒に居た騎士の……ルッツさんは、気持ちを整理し終えたら必ず来る、と言っていたわ」
「そうなんだ。元気そう?」
「ええ」
それは良かった。ルッツさんには、必要以上に気にしすぎないでほしいんだけど、難しいかな。
あの人も騎士として、守るべき対象である私を守り切れなかったと、どうしても気に病んでしまうのだろう。
本当は、ルッツさんの役割は十分に果たしてくれたと、私は思っているんだけれど、そういう問題でもないのかもしれない。
「ローウェンさんは、少しバタバタしているみたい。あの日、何か大きなことがあったみたいで、王城に詰めることも多いのよ」
「お城に? ローウェンが??」
これはまた、意外な話だ。
ローウェンは、何だかんだ貴族の末席には加わっている、みたいな話は聞いたことがあったはずだけど、お城に入れるほどだったのだろうか。
単純にあの日の出来事について、お父様と同じくらい詳しいから呼ばれているだけだろうか。
……それだけではない気がするのは、気のせいであってほしいけれど。
「ギランさんは、テオドアが荒れているから心配して付き添っているって言ってたわ。多分、落ち着いたら後で来ると思うけど……」
「テオが? 荒れてる???」
さっきから、聞く内容をそのままオウム返しにしか出来ていない気がする。
ええと、何でテオが荒れてるの? もしかして、私が自分の知らない間に死にかけてるから怒ってる……とかだろうか。
そんなタイプだったかな、テオ。良く分からないけれど、顔を合わせたら全力で謝ることにしておかないとならないようだ。
「それから……」
「……インディゴさん?」
「……ええ。あの人は……」
……どうやら、シャーナちゃんが気にしているのは、インディゴさんだったようだ。
インディゴさんは、確かメアから聞いたところによると、あの日皆で合流した時、何故か恐慌状態に陥っていたはずだ。
もしかすると、それが長引いているのかもしれない。咄嗟の結び付けだったけれど、なかなか的を射ているような気がする。
シャーナちゃんは、何度か躊躇いつつも説明を続けてくれる。
「……あの日以来、ずっと塞ぎ込むというか……混乱しているみたいで、その……」
「? そんなに言いにくい状態なの? 怪我がヒドイってことじゃないんだよね?」
「肉体的な傷は、問題ないわ」
ゆるゆると左右に振られるシャーナちゃんの頭。
思わず、私の頬も引きつる。精神的な傷が、物凄いということは、なかなかに大変なことになっているらしい。
インディゴさん、元々変わった性格の人だから想像しづらいけれど、きっと色々と抱えていたものがあるのだろう。あの日、何かその琴線に触れるようなことが……。
と、そこまで考えてから、ふとあの書物のことを思い出した。
「『人工的に神を創り出す手法』……」
「え?」
「あ、ごめん。こっちの話」
あそこに載っていた、No.564という少年は、明らかにインディゴさんのことだった。
藍色の髪と瞳を持つ人間は、この世の中に結構な数いるのかもしれないけれど、特徴とかを見たらインディゴさんだとしか思えなかった。
その辺りも、遠回しに確認しようと思っていた矢先、インディゴさんの恐慌状態がまだ続いているという話である。
結び付けて考えない方がおかしい。……私が被害妄想豊かなだけかもしれないけれど、そこは考えないでおく。
「誰とも会話をしないとか?」
「部屋に閉じこもって、ずっとブツブツ何かを言っていて……心配した人が声をかけてもまったくの無反応。触れようとすると、怯えたように暴れるの」
それは……心配だ。
元々研究者気質で、寝食を忘れて部屋に閉じこもっていることのある人だったけれど、まったくの別問題だ。
私は、思わず眉を下げながら尋ねる。
「食事と睡眠は? ちゃんととってる?」
「私も心配して差し入れに行ったりするんだけど……ダメね。何とか魔法で睡眠状態にしてから、無理やり栄養剤を飲ませたりはしているみたいなんだけど、まともな食事は全然摂ってくれないわ。睡眠も、そういう強制的なのばかりで……」
シャーナちゃんの泣きそうな顔を見て、私も胸が軋む。
インディゴさん……変な人だと思っていたし、最初は何なら苦手だったけれど、そんな目に遭って良い人ではない。
あの本に書かれた内容が、真実インディゴさんの身に起きたことであるのなら、ああした性格になったことも理解出来るし。
「……メア」
私は、横に控えているメアに視線を向ける。
目が覚めて、パトラから話を聞いたら、お父様にお目通りを願って、お城へ提出する報告書のまとめの為に話し合いをしようと思っていた。
でも、順番を変えよう。どう考えても一刻を争うのは、インディゴさんの方だ。
「……ご主人様がお声をかけられても、何も変わらないやもしれませんが」
「良いの」
私の言いたいことを、聞かずとも理解したメアは心配そうに眉間に皺を寄せながら厳しいことを言う。
それは、そうだと思う。皆を幸せにしたい、というのは私の自分勝手な願いで、それを叶える為に私が積極的に行動を取ったからと言って、結果が返って来るとは限らないものだ。
それは、当然の話だ。だって、皆生きているのだから。
ただのゲームの登場人物じゃない。私たちの間には、何の境目も存在しない。
私の思い通りに、なるはずがない。
「何もせずに後悔するのだけは嫌。もし、私の存在がインディゴさんにとって何らかの意味が生じる可能性があるのなら、躊躇っている場合じゃない」
もしかしたら、良い方向に進まないどころか、悪い影響を与えてしまうかもしれない。けれど、そんなことを言っていたら、何も変わらない。
私は、私のせいでインディゴさんが傷つく可能性を頭に刻み込んで、決意を固める。決して、目は逸らさない。
「……分かりました。それでは、お供させて頂きます」
「うん、お願いね」
「ミリアム……インディゴさんのこと、お願いね。私はきっと、居ない方が良いだろうから」
卑屈にも聞こえる言葉だけれど、そういう意図はなさそうだ。
少し心配になってシャーナちゃんを見ると、却って私に謝り続けていた時よりも、顔色は良さそうだった。
シャーナちゃんは、いつでも自分よりも他人を思いやる強いヒロインだから。
誰かの心配をしている時の方が、気持ちが楽なのかもしれない。
「居ない方が良いなんて、ないよ。でも、今回は私が行ってみるよ」
「ううん。インディゴさんにとっては、きっと私や他の人よりも、ミリアムの方が良いと思うの。理由までは分からないけれど……特別な目で見ていたから」
「運命云々って言ってたの、そこそこ前のことだよ?」
最近は、そうしたことを言うようなこともなかったはずだけれど。
そう思って首を傾げていると、シャーナちゃんはクスクスと笑った。
「気付いていないの? 寧ろ、そういうこと言わないようになってからよ、インディゴさんが貴女のことそうした目で見るようになったのは」
……気付きたくない話だと思う。
私は、この世界が完全に……とまでは言わないけれど、懸念しているイベントが終わるまでは、あまりそうしたことを考えたいとは思っていない。
誰か1人を特別に思ってしまったら、歩みが止まってしまいそうで。
私が、苦虫を嚙み潰したような顔になったのが分かったのか、シャーナちゃんは更に笑った。
「気付かないくらいで良いわ。だって、ミリアムはその方が可愛いもの」
そんな場面じゃないはずなのに、何だか照れくさくて悔しくて、私は苦笑気味に言葉を返す。
「シャーナちゃんも、そうして笑ってる方が可愛いし、絶対良いよ。だから、あんまり自分を責めないで、私のことを想うなら、笑ってて。ね?」
「ミリアム……」
予想外の切り替えしだったのか、シャーナちゃんは数度目を瞬いた。
ポカンとした表情が変わるよりも先に、白い頬にサッと朱がさす。
それから、居た堪れないように目を細めて、やがてお手上げだというように苦笑を浮かべた。
「ふふ、やり返されちゃった」
「うん、やり返しちゃった」
「……ありがとう、ミリアム。やっぱり、貴女がインディゴさんのところに行くべきだと思うわ」
「? 何で」
確信めいた語調で言うものだから、思わず首を捻った。
そんな私に、シャーナちゃんはヒロインらしい笑顔で言った。
「だって、ミリアムの言葉は私を元気にしてくれる魔法の言葉なんだもの! きっと、インディゴさんにとってもそうよ」
……そんなシャーナちゃんの言葉の方が、いつも私を励ますのだ。
私は、胸の内に小さくあった不安が消えて行くのを感じながら、力強く頷いた。
立ち上がるのには、時間がかかるけれど、メアが支えてくれるから問題ない。
シャーナちゃんが、「大丈夫だ」と言ってくれるのなら、きっと大丈夫だ。
悪い方向になんて進まない。インディゴさんもきっと元気になる。
私は、そう心の底から思いながら、インディゴさんの部屋へと向かうべく、自室の扉を開いた。




