57表/エルガーはチート
全身ボロボロになってフラフラしながらも、私はこの戦いの行く末を見守らないといけないと思って、必死に瞼を開いていた。
でも、意外というか予想外なことに、この戦いはメアの治療が終わるよりも早く決着した。
「何だよ。すげー強そうだから期待したってのに、弱すぎるだろ」
「ガハッ……」
心底残念そうに吐き捨てて、剣をピッと地面に向けて振って、刀身に付いた血を振り払うエルガー。そんな彼の背後では、胸辺りを十字に切り裂かれ、血を吐いてよろめくガンマの姿。……ウソでしょ?
「き、さま……一体……」
「ん?」
ガンマの、ずっと憎しみ一色で歪んでいた端正な顔が、今は驚愕一色に染まっている。信じがたいというのは、敵ながら私も同じ気持ちだ。
封印守の一族の出とは言え、普通の人間であるエルガーが、人外の力を持つガンマを完封なんて、誰だって信じられないと思う。
神様の力を借りて戦った私や、多分元は彼ら並みかそれ以上に強かったんだろうメアで、戦線を維持するので精一杯だった相手を、完封。
この、言葉にならない感情は何だろう。さっきの、出かけていた涙も引っ込むレベルだ。
「ああ、名乗ってなかったっけ」
「…………」
あっけらかんとした笑顔を浮かべて、ガンマの方を振り向くエルガーに、ガンマはギリギリと歯を食いしばる。そんな相手の様子に気付かないのか、興味もないのか、エルガーは楽しそうに笑みを浮かべて言葉を続けた。
「オレはエルガー! 未来の世界最強の剣士だ!」
「只人……如き、が……っ無念」
射殺さんばかりの眼力でエルガーを睨みつけた後、ドサリと激しい音を立ててガンマは倒れた。
し、死んだ? 私はついそれを確認しようと身を乗り出し、メアから止められる。騙し討ちの警戒によるものじゃなくて、傷の治療中だからだ。
「おーい、終わったぜー!」
倒れたガンマの元へ向かって、その口元に手をかざしたり、脈を測ったりした後、エルガーは満足そうに笑って私の方を見て、元気良く手を振った。
あの人懐っこい感じは、最後に会った時と何も変わらない様子だ。外見は、よりゲームの姿に近くなっていて、結構様変わりしているけれど。
私は、エルガーの言葉にホッと胸を撫で下ろして、力なく手を振り返した。
「ミリアム大丈夫か?」
「ええ。大怪我の部類ではありますが、治療の効く範囲内ですので問題ございません」
「そっか、良かった!」
すぐさま駆け寄って来て、心配そうに首を傾げるエルガーの笑顔に、昏いところは一切見えない。そのことに胸を撫で下ろしながら、私はお礼を口にする。
「ありがとう、エルガー。助かったよ」
「水臭いな。友だちだろ、オレたち。友だちは、助け合うもんじゃねーか!」
ニッと悪戯っぽく目を細めるエルガーにつられて思わず笑うと、顔にも傷があったのか酷く痛んだ。
私が顔を歪めていると、メアが慌てた様子で患部を覗き込む。
「……御労しい。ぼくの力が足りないばかりに、ご主人様にこのような……」
「ううん。メアが居てくれたから、エルガーが来てくれるまで生き延びられたの。何も、申し訳なく思う必要なんてないんだよ」
「勿体ないお言葉にございます……」
寧ろ、私の方がごめんなさいと言いたいところだけれど、この生真面目な付き人は、きっと却って恐縮してしまうことだろう。
グッと堪えて謝罪の言葉を飲み込むと、もう一度ガンマを見た。
「それにしても、アイツもう本当に立ち上がらない?」
「大丈夫だと思うぜ。仲間が、オレにブチのめされると、数時間は立ち上がれないって言ってたし」
「ですが、念の為に縛っておきましょう。エルガーさん、ぼくの荷物に入っている縄をお使いください。いかな彼であっても、これで縛っておけば抜け出せないでしょう」
「分かった」
エルガーの言う仲間内というのは、エルガーの里に隠れて住んでいた若者たちのことだろう。
対邪神の為に、エリート教育していた彼らは、その存在が明るみになって以降、エルガーを加えて訓練に励んでいたらしい。
確か、エルガーと一緒に順次学園に入学する手はずになっていたはずだ。
……そこまで考えて、私はハッとする。
「そっか。もうエルガーの学園入学の時期だったのか……」
ポツリと呟くと、メアが頷いてくれる。
早速ガンマを縛りに行ったエルガーの耳には届かなかったようで、返事はない。
返事を求めての言葉ではないので、構わないけれど。
「あの……暁。具合は問題ありませんか?」
おずおずと、遠慮がちに問いかける声があって、私は思わず目を見開く。
そうだ。全身傷だらけになった上、突然のエルガー登場からの、一瞬での決着という怒涛の展開があったせいで、うっかり忘れていたけど、太陽が居たんだった。
私は、慌てて太陽の方を向いて手を伸ばす。
触れられるくらいの距離で、地面に膝をついて私を見ていた太陽は、私が遠慮なくペタペタと頬や体に触れるのを、黙って受け入れた。
「私は平気。それよりも、太陽は問題なかった? 怪我は? 調子の悪いところは?」
「俺は大丈夫です。貴女に守ってもらったので……」
目を泳がせながら、余裕のない様子で答える太陽は、確かに本人の申告通り怪我などはしていないようだった。
正直、今すぐにでもシャーナちゃんを探しに行きたいところだけれど、私の怪我が予想より重いせいか、治療がなかなか終わらない。
先にこの流れに乗って、太陽について尋ねることにした。
「なら良かった。……ところで、太陽はどうしてこんなところに居たの?」
「それは……」
敢えて語気を強めて、睨みつけるようにして尋ねる。
私たちでさえ、こうして王都の外へ出てしまっているのはよろしい状況ではない。あくまでも仕方のない流れというヤツではあるけれど、恐らく戻ったら最低でもお叱りを受けることだろう。結果的に敵を倒したのだとしても、怒られて然るべき状況だ。
だというのに、太陽はたった一人、供も付けずにこんなところにやって来ていた。こんな状況でなくとも、怒られるべき案件である。
私は怒る立場にはないだろうけど、身を挺して庇った対価として、理由を問い質すくらいは良いと思っておく。
「すみません……実は、前から時々こうしてこっそりこの辺りまで散策することがあって……」
しゅん、と肩を落として太陽はそう告白した。何でも、王都を囲う壁の一部に穴が開いていて、太陽くらいの体格だと余裕でくぐり抜けられるのだそうだ。
なんて危険な。帰ったらお父様に報告して、国に修繕してもらわないといけない。外は危険でいっぱいなのだ。
「そう……。あの広場くらいなら、まだ構わないけど、外は危険なんだから、もう1人で出たら駄目だよ」
「……反省してます」
その言葉に嘘はないように聞こえたので、私からのお節介はここまでにしておく。これから先は、太陽の親御さんのお仕事だろう。
……まぁ、自分たちの子が日々家を抜け出して、広場や王都の外に出かけていることに気付いているかどうかは分からないけど、その辺りはご家庭の都合というものだし、これ以上口出しはしないつもりだ。
「でも、これからどうしよう。太陽のことは、王都に送っていかなくちゃいけないけど……」
太陽が居るから、詳しい事情を口にするのは憚られる。
躊躇いがちにメアを見ると、心得ているというように頷いた彼は、エルガーに視線をやった。
「エルガーさん。良ければ、彼を王都まで送って来て頂けませんか? 騒ぎになっているとは言え、門兵の1人くらいはいらっしゃるでしょうし、引き渡して来て頂ければそれで良いので」
「ああ、危ないもんな。任せろ!」
縛り終えて手の空いていたらしいエルガーは、ドンと自分の胸を叩いた。
太陽は、チラリとエルガーを見てから、複雑そうな表情を浮かべると、私の方をジッと見た。
「……俺も、暁と一緒に行っちゃダメですか? 邪魔にならないようにしますから」
「ダメだよ」
「えっと、どうしてもですか?」
「どうしても」
子ども心に、目の前で繰り広げられた激しい戦闘に興奮しているのだろう。
確かに、王都で平和に暮らす子どもは、あそこまでガチなバトル風景を見ることはまずないことだろう。
心が躍るのは大いに分かるけれど、当事者としてそれを許す訳にはいかない。
太陽は、あれやこれやと理由を付けようとしていたけれど、私は頑として聞き入れなかった。
当然ながら、私が頷かなければメアは頷かないし、エルガーも私の決定に賛成のようだった。
「ここで喋ってても仕方ないし、さっさと置いて来るわ」
「わっ」
「すぐ戻るから、それまで頼むぞ」
「分かっています」
最終的に、押し問答を面倒に思ったエルガーが、ひょいと強制的に太陽を抱え上げて王都の方へ駆けて行った。
その背中が遠くなっていくにつれて、太陽の「うわー!」という悲鳴が遠くなっていくのを、少しだけ和んで見送った。
□□□
それから、メアによる私の治療が終わる頃、エルガーは走って戻って来た。王都に向かって走って行った時と、大体同じくらいの速度を保っていて、ちょっと引いた。
土埃が立つくらいのスピードだったから、かなりの速さだったと思うのに、戻って来たエルガーは息を切らしていないどころか、汗一つかいていない。
彼が身にまとっている、あの弥生時代っぽい布を巻きつけただけの風体の服は、露出が多いから涼しそうではあるけど、だからと言って全力疾走して平然としてるなんて。
そこで私は、エルガーが戦闘に関してはとにかくチートだったな、と思い出す。
神様の力も何もないはずなのに、そのままラスボス戦に突入出来る程度の実力者。中ボス相手だと、シャーナちゃんとイチャイチャする余裕さえある。
出会った当初から天才だとは思ってたけど、未だに目覚めないガンマを見ると、余計その凄さを実感する。
「ところで、王都に向かう途中で戦ってるのが見えたからつい参戦したんだけど、どうなってんだ?」
戻って来ると同時に、エルガーは首を傾げてそのようなことを尋ねて来た。
太陽のことがあって後回しにしていたけど、そう言えばエルガーがどうしてここにいるのかも分からない。
先に、エルガーの事情を聞くと、何と言うことはない。単純に、学園への入学時期が近づいて来たからやって来た、だけだった。
偶然というにしては、あまりにもナイスタイミングである。運命というヤツだろうか。そう考えると、少し怖いけど。
エルガーと一緒に入学することになってる他のメンバーたちは、少し遅れてやって来るらしい。
英才教育を施して尚、私たちと出会ったあの時点まで、特に何も教えられていなかったエルガーの体力や足の速さに及ばないらしい。
エルガーはチートだからね。仕方ない。私は遠い目をした。
そこまで聞いてから、メアが今までの事情をかいつまんで説明してくれた。エルガーはふんふん、と頷きながら聞いて、すべてを聞き終えると私に背を向けた。
「よし。乗れよ、ミリアム」
「はい?」
突然過ぎる上に、まったく意味が分からない。目を瞬く私に、エルガーは当たり前のことを言っているかのような顔で続けた。
「傷は治しても、体力はそう簡単に戻らないだろ。シャーナ探すのに、それじゃ大変だ。オレが運んでやるから、乗れって。その方が早いだろ」
「ええ!? いや、私自分で歩くよ?」
「けど、そうこうしてたら手遅れになるかもしんないんだろ?」
「それは……」
確かに、そうだ。時計は見ていないけれど、結構な時間が経っている。教会の前で、幾つもの光の柱が上るのを見た。あの内のどれかに、シャーナちゃんが居るとしたら、確実に何かが起きている。
これだけ時間が経っていれば、誰かは合流出来ていると信じたいけれど、そう簡単にいくだろうか。
……シャーナちゃんはヒロインだからきっと死んだりしないと、根拠のない考えに縋るしか出来ない現状が苦しい。
『ミリアムよ。シャーナの気配を感知した。近いようじゃし、エルガーのヤツに甘えたらどうじゃ?』
今の今まで黙っていたパトラが、不意にそのようなことを言いだした。
またからかっているのかと思ったけれど、その表情は真剣だ。
息をのんだ私に、パトラは頷く。
『ガンマとやらを倒した故か、感じられるようになったのじゃが……急いだ方が良いかもしれぬ。あちらでも戦いが起きておるようじゃ』
「!!」
その可能性は当然考えていたけれど、ハッキリ言われるとスゴイ衝撃だ。
私は目を見開いてから、急いで思考を進める。
ガンマをここに打ち捨てていくのは不安だ。それに、さっき回収して治療を終えたけど、まだ気絶したままのルッツさんを置いて行くのも心配だ。
一緒に置いておきたくないけど、意識のない仲間と、捕虜を同時に連れて行けるはずがない。
どうするのが最善だろうか、と頭を悩ませた後、私は深く短い溜息をついた。
「……メア、エルガー。あっちの方で、シャーナちゃんが戦いに巻き込まれてるみたいなの」
「それは……」
「分かるのか?」
メアはそれが事実なのだと理解した上で渋面を浮かべ、エルガーはそんなことが分かるのかと驚いた様子で目を見開いた。
私が一つ頷くと、エルガーは納得したように頷き返し、メアは了解したと言わんばかりに頷き返してくれる。
そして、エルガーはその勢いのまま私の腕を引っ張り、半ば無理やり背に負った。……って、アレ!?
「え、エルガー!?」
「あっちの方で良いんだな? よし、行くぞ。メアはついて来れるよな?」
「当然でございます」
「じゃ、行くぜー!」
「あっ、る、ルッツさーん!! ごめんなさーい!!!」
完全に私の身体がエルガーの背中に乗っかると、エルガーはすぐに駆け出した。
瞬く間に、今居た場所から遠ざかって、パトラが示した方向へと爆走していく。
いやいや、エルガー!? 私、お願いしますって言う前だったよね!?
結果的には、エルガーに背負ってもらった上、ルッツさんとガンマのことはひとまず置いて行く、という決定をしていたので構わないんだけど、エルガーの人の話を聞かないところは、少し相変わらずのようだ。
まぁ、時は一刻を争う訳だから、良いのかもしれない。ということにしておく。
『……無事で居ると良いのじゃがな』
そんな、パトラの不吉な呟きを胸に、私はエルガーの背中に揺られるのだった。
……って、乗り心地最悪だよ、エルガー!! 早いけど……確かに早いけど……早すぎー!!!
*お知らせ*
私の別連載「二軍恋愛」を、3年ぶりに連載再開致しました。
とある漫画の世界にモブとして転生した女の子が、イケメンと美少女に囲まれ、チートを発揮しながら気ままに暮らす、現代風ゆるゆるラブコメです。
お暇な折にでも、ご一読頂ければ幸いです。
「ミスティック・イヴ」も、現状の速度で更新していきますので、変わらずのご愛顧、お願い申し上げます。




