07/トラブルピクニック
私が連日大神殿に訪れていることをお父様は心配しているようだったけれど、今日もまた静かに見送ってくれた。アジトを発見したあの日以降、精力的に仕事に取り組んでいるから、注意をする余裕がないせいなのかもしれない。
せめてと思っているのか、ローウェンに何度も私のことを頼んでいるのを目撃してしまったから、ちょっと申し訳ない気持ちが湧いた。でも、残念ながら今大神殿行きを止める訳にはいかないので、もう少しだけ見逃してもらいたい。
馬車の中は、今日も今日とて私、メア、ローウェンの3人が乗っている。御者さんは1人御者台に座っているから、会話に混じることは基本的にない。
そんな行きの馬車に、今日は1人だけ違う存在がいた。
私がパトラと呼ぶことにした彼女は、何が物珍しいのか、目を輝かせて狭い馬車内をウロウロしている。精神体のようなものなのか、ふわふわと浮かびながら、私の視界を右へ左へ横切る彼女だが、私の他に見咎める人はいない。
一瞬だけ、メアが違和感を感じたように目を細めていたけど、すぐに窓の外へ視線をやっていた。多分、子どもならではの勘の鋭さみたいなもので、少しだけ察するところがあったのかもしれない。
目の前を邪魔する存在に気付きもしない2人の姿を見ていると、頭では分かっていたことが、実感を伴う気がした。
まぁ、今はパトラのことは置いておくんだけど。
そんなこんなで、私は今日も大神殿へと降り立った。
今日の目的は今朝パトラが言っていたことが事実なのかの確認と、可能であればそれとなくセレンさんと情報を共有することだ。
セレンさんは、フェミラさんの薬師とは言っていたけど、今日もいるのかは分からない。運が悪ければ何日も会えない、なんてこともあるかもしれないけど、もしそうなりそうだったら、最悪なりふり構わずセレンさんにアポを取ろうと思う。
本当の最悪は、フェミラさんが亡くなることだ。ちょっと私が変な目で見られることくらい、大したことはない。そうなった場合に限るけど。
「テオ!」
「ミリア!」
裏庭へ足を向けると、テオは今日もベンチに座っていた。
ここまで来れば、流石に何でいつもここにいるんだろうか、とは思わない。私が声をかけてからの反応の速さから見ても、多分テオは私を待っていたのだ。
……それこそ、いつ来るか分からない私を待っているなんて、ヒマなのかな、とは思うけど。
『初めて得た友に一途なものよな。愛い子じゃが、少々心配ではあるのぅ』
他の人の目があるから返事は出来ないけど、内心でパトラの言葉に同意する。私のそんな気持ちが伝わったのか、パトラは訳知り顔で頷く。ちょっと腹立つ。
傍から見れば何もないはずのところに白眼視を向ける私に、テオは不思議そうな顔で何かあるのかと聞いて来たから、慌てて否定する。危ない危ない。つい反応しちゃうんだよな。気を付けないと、変人認定を受けてしまう。それはイヤだ。
「今日はどうしようか?」
「当然、母さんのところだ!」
「分かった」
嬉しそうなテオに手を引かれて、またあのややこしい道順を経てフェミラさんの部屋へたどり着く。昨日はそこまで考えなかったけど、この複雑な道のりって、何か意図的なものを感じるよね。私はひっそりと考え込む。
そんな私に目ざとく気が付くと、パトラは耳元で囁いた。
『ミリアム。そう考え過ぎるものではないぞえ。妾にも分からぬことはある。幼きそなたに分からぬことがあるのは、致し方あるまい?』
確かにその通りだ。どうにも気負い過ぎてしまうらしい私は、小さく溜息をつくと、内心でお礼を言った。パトラは、訳知り顔で頷く。癇に障らないでもないけど、頼りになる人だ。人? ……頼りになる神様だ。
「母さん、おはよう!」
「おはよう、テオ。……あら、ミリアムちゃん? 今日も来てくれたのね」
飛びついて来たテオの頭を撫でてから私に気付いたフェミラさんが、一瞬驚いたような顔をしてから、ふわりと微笑んだ。
嬉しいわ、と呟くフェミラさんは、決してお世辞を言っているのではないのだろう。それが伝わって来て、どうにも照れ臭く思ってしまう。
「今日は早いですねテオ。おや、ミリアム嬢まで」
「おはようございます、フェミラさん。セレンさん。今日も来ちゃいました」
えへへ、と笑ってみせる。セレンさんもまた、私の来訪に驚いたようだったけど、すぐに歓迎するように笑ってくれた。
やっぱり、子どもというのは強いな。これが大人だったら、もっと不思議がられてたよ、きっと。弁解の必要もない現状をありがたく思うと、私はすぐに思考を切り替える。
(さて、どうやってセレンさんに具体的な話を聞こうか……)
パトラの考えが、セレンさんから見ても同意出来るものなのか。そして、それは実際に正しいのか。出来れば今日中に確認したい。でも、自然な流れでそれを聞き出すのは、至難の業であるように思える。
うーん、と唸っていると、パトラが小さく声を上げた。
『ミリアム! これを見よ。返事が出来ないのは分かっておる。窓の外を見る振りでもしてこちらへ来るのじゃ』
「?」
窓際の何かを見せたいようだ。手招くパトラを視界の端に収めつつ、私は3人の様子を窺った。テオはフェミラさんに夢中で、フェミラさんはテオの話を真剣に聞いている。セレンさんは、そんな2人の様子を微笑ましそうに、そして少し寂しそうに見つめている。
大丈夫そうだと判断すると、私は天気でも確認するように窓の方へと歩み寄って空を見上げた。でも、目だけはパトラが指す方へ向ける。
形の良い指が示していたのは、書類のようなものだった。
因みに私は文字が読める。専門用語とか、古代語みたいなものは無理だけど、手紙を書くのに辞書が要らない程度には使いこなせる。なので私は特に問題なく、その手書きの文字を読んでいく。
(「フェミラ・ステュアート氏の病状に関する記録……薬師セレン」!?)
最初のタイトルらしき箇所を見た段階で、私は息を飲んだ。
そこには、私の求めている情報があるのだ。けれど、焦ってはいけない。私は、怪しまれないように素早く、けれど冷静に読み進める。
(「〇月〇日曇り ステュアート神官長より連絡が入る。奥方が何の兆候もなく倒れたとのこと。急ぎ向かう。」)
(「〇月〇日晴れ 1日中高熱が続く。解熱薬を処方したものの、効きは悪い。」)
(「〇月〇日晴れ 本人の意図するところではない魔法が発動。意識が朦朧としている間、それを止める術も見つからず。本人の意識の回復と同時に治まる。」)
(「〇月〇日雨 思いつくあらゆる療法を試した。これ以上は、一体何をしたら……」)
……様々なことが、整然と記されていたけれど、後半の方になると、セレンさんの嘆きの言葉が続いていた。
私は、哀しい気持ちになったのを悟られないように、そっとその場を離れた。
3人は談笑を続けていて、私の行動は気に留めていないように見えた。
『思うていたよりも良い薬師であったようじゃのぅ。喜ばしい限りじゃ』
パトラがコロコロと笑う。それには同意する。記録から見えて来るのは、セレンさんの誠実な人柄と、本気で患者に向き合う姿。
記録の一部から、どうやら神官長に恩があって、その為にフェミラさんの治療を引き受けたらしいことが分かる。けど、セレンさんは何も、恩義があるからという理由だけでフェミラさんに向き合っていた訳ではない。
薬師として、まだ見ぬ病に苦しむ患者を救いたい。そんな誓いのような強い感情が、記録からは読み取れた。……でも、一向に改善しない。その歯がゆさもまた、ひしひしと伝わって来た。
『魔力の暴走。あれもまた、過剰防衛反応の一種じゃな。間違いないじゃろう』
細かい記録を見たところによると、フェミラさんは好き嫌いもないし、運動も適切に行っているし、睡眠時間もきちんととっていたということだし、お酒を飲みすぎるということもないし、遺伝的な病も持っていないと言う。少なくとも、素人である私が思いつく範囲の病気の可能性はほぼ消えた。
そもそも、セレンさんが現代の医者に比べて劣っている根拠もないのだ。セレンさんに分からないのなら、医学的なものでないと考えても良いだろう。
ますます、パトラの説が濃厚になって来る。本人も自信満々みたいだし。
『死なせたくないのであれば、妾としては一刻も早くこの場から連れ出すことを提案するのじゃがな。どうするのじゃ、ミリアム?』
「……この辺りで、一番神気が薄いところって分かる?」
私は口元を手で覆って、出来る限り小声でパトラに問いかけた。
『それは、避難先ではのうて、一時的に訪れるのに丁度良い場所は何処か、という質問だと解釈して良いのじゃな?』
真剣な表情になったパトラに、私は小さく頷く。パトラは窓の外に顔をやった。そして、たっぷり間を置いてから再び口を開いた。
『我らの屋敷より此方へ来る途中の湖じゃな。かの地は神気よりも精霊の霊気の方が強い故』
それは丁度良い。割と大神殿に近いところにあるのも素晴らしいことだ。
私は、もう一つだけパトラに聞きたいことがあって、ジッと彼女を見つめた。
なんて言って聞いたら良いのか。そう悩んでいると、パトラは薄っすらと笑みを浮かべる。
『ひと時の訪れであっても、そこな薬師に気付かせる程度の体調の回復は見込めるじゃろう。安心せい』
「!」
それは素晴らしいことだ。私は、思わず飛び跳ねたい衝動に駆られたけど、必死に抑える。そして、ゆっくりと3人に声をかけた。
「ねぇ、良かったら今から、私と一緒にピクニックに行きませんか?」
□□□
唐突な提案であることは理解していたし、正直無茶だとも思っていた。
けれど、私が意を決して尋ねてからしばらくして、私たちはそろって件の湖のほとりへとやって来ていた。
「ピクニックだなんて、何年ぶりかしら……ありがとう、セレンくん。付き添ってくれて」
「いいえ。お気になさらないでください、フェミラ様」
フェミラさんは車イスに座って、セレンさんがそれを押す形でここまでやって来た。今日もフェミラさんの体調が落ち着いていて、セレンさんの予定も空いていたことで、奇跡的に実現したピクニックだ。
私は出かける前から、このシチュエーションの可能性を考えていたから、お弁当はバッチリ準備済みだった。ルナリス邸の料理人さんたちにお願いして作ってもらった料理の詰まったバスケットは、メアとローウェンに任せていた。今は私も一緒に持っている。
正直、無駄にならなくて良かった、という思いでいっぱいだ。まぁ、無理そうなら3人で食べようと思ってたんだけどね。
「うわー! 湖だー!」
テオは、興奮気味に湖に向かって叫んでいる。
海のバカヤロー! みたいなテンションは、こっちの世界でもある。ただ、実際にやる人がいるかという問題があるけど、そんなのは地球だろうがこっちの世界だろうが同じだ。
だから、何となく微笑ましいものを見るような気持ちになって、私はテオの背中を見ていた。
『妾も食べられれば良かったんじゃがのぅ。惜しいのぅ……』
心底残念そうにパトラが肩を落とす。
その切なげな表情は、世界中の男たちを惑わす色香を放っている。じっとバスケットを見つめる目は、決して色気のあることを考えているものではないのだけれど、美人がやると何でも様になるものらしい。美人どころか、神様だしね。仕方ないよね。
「……そんなことより、ここでどうしたら身体に良いとかアドバイスはないの?」
ボソボソと囁くように尋ねれば、パトラは首を横に振る。
『特定の場所におるだけで負荷がかかっておったのじゃから、そこから離れさえすれば楽にはなろう。じゃが、それ以上のこととなれば妾とて門外漢。そこな薬師に期待するより他あるまいて』
「……そっか」
神様にも出来ないことはある。ミスティック・イヴの世界観では、そうなっていた。だから多分、パトラにも出来ないことは多いのだろう。
寧ろ、記憶を失くしているという中で、良くここまで導いてくれたと、感謝すべきところなのだ。私は思わず文句を言いたくなったけど、そんな立場にないんだからと、必死で耐えた。
「ミリア、泳ごう」
「え?」
「泳ごう」
パトラとの会話に夢中になっていたせいなのか、私は目の前に突然現れたテオの顔に目を丸くした。その直後、私の腕を引いて同じ言葉を繰り返すテオに、私は混乱する。
すっごく真顔で湖に入ることを提案された気がするんだけど、あれ、気のせいかな。さっきまで生きるか死ぬかの重苦しいテーマについて考えていたせいか、思考がついていかない。
「ちょ、ちょっとテオ!?」
「やっぱりミリアも具合悪そうだ。湖に入ればスッキリする」
心配してくれてるんだろう。そのベクトルが間違ってる気がしないでもないけど!
この世界にも水着はあるけど、私は持って来ていない。季節のないこの世界で水着を着る場所と言えば、一年中春先のようなアルセンシア王国ではなく、常夏の別の国や地域だ。日常的に湖に入る習慣もない私が、水着など持って来ているはずがない。
庶民の子なら、そのままの服で川遊びをすることもあるらしいけど、位が低いとは言え私は貴族の子。想定外の提案だった。
「は、入るの!? 湖に??」
信じられない、という思いで叫べば、テオは私の持っていたバスケットを奪い取って適当に下ろすと、大きく頷いた。そのまま、私の腕を引っ張りながら湖へ向かう。
私は慌てて助けを求めるべく後ろを振り返ったけど、みんながみんな、微笑ましそうな顔をしている。
『遊ぶのは結構じゃが、この湖存外底が深いぞ。問題ないのかえ?』
あるよ! すっごくあるよ!!
パトラだけが心配そうにしてくれていたけど、彼女には肉体がないからどうしようもない。そもそも、私にしか見えていないし。
「母さんは体が悪くなるからダメだけど、ミリアは良いって。セレンが」
セレンさーん!?
縋るように見たら、セレンさんは優しく笑っていた。きっと、本当にスッキリすると言ったのだろう。いや、私だって一定の理解は示すよ。確かに冷たい水に顔をつけたりすればスッキリするよね。でも、入るのは違くないかな!?
「足つくし、平気平気」
「ひっ」
引きつるような幼い声が、私の喉から漏れた。
思考が一気に冷え切っていく。どうしよう。足元でパシャパシャいうだけだった水音が、だんだん大きくなっていって、くるぶしまで、足首まで、膝まで水につかっていく。
怖い。怖い怖い怖い怖い!!!
「も、戻ろうよテオ……っ」
「大丈夫。オレ、泳げるもん」
私が泳げないの!!
悲痛な叫びは私の内に留まるもので、悲鳴の一つも出なかった。涙すら出ていない。ただ、どうしても、礼子の最期に見た景色がフラッシュバックする。
『ミリアム! しっかりせい! ここは川ではない!!』
「……っ!!」
パニックに陥った私に分かったのは、焦ったようにパトラが私を呼んだ声。
続いて物凄く大きい水音と一緒に、強かに顔を打ち付けたような衝撃と、騒然とした空気だけ。
でも、今回はそこまで苦しくないな、と思った。
□□□
「ミリアムちゃん! しっかりして、ミリアムちゃん!」
「ん……?」
「ああ、良かったミリアムちゃん!!」
何だか周りが騒がしいな、と思って目をあけたら、フェミラさんが泣きそうな顔で私の顔を覗き込んでいるのが見えた。
一体どんな状況なんだと混乱気味に身体を起こすと、全身びしょぬれで、みんなが心配そうにしていたことに気付いた。
「お嬢さん、何があったか分かりますか?」
「えーっと……どうしたんだっけ、私?」
「……テオに引っ張られて湖へ入ってすぐに、意識を失ったんですよ」
ローウェンが、一切おふざけなしで私に尋ねる。それに対して私が首を傾げていると、セレンさんが真剣な顔でそう説明してくれた。
良く考えてみれば、そうだった気がする。あんまり覚えてないや。ただ、凄く怖かったような覚えが微かにある。
「怖かったね、ごめんねうちのテオが!!」
「え? ああ、いや別に平気です……」
ぎゅうぎゅうと、必死な様子で私を抱き締めるフェミラさん。
その側ではテオが、必死な形相で私を見つめている。いや、怖いよテオ。
「ごめん……オレ、まさか、腰までの深さで溺れるなんて思わなかったんだ……本当にごめん……」
「全然大丈夫だから、気にしないでテオ」
「ううん。オレ、ミリアの言うこと聞かなかった。勝手に連れてった。オレが悪いんだ……」
そう言ってうつむいたテオは、ぼそりと死んじゃうかと思った、と掠れた声で呟いた。どうやら、相当心配をかけてしまったらしい。
自分ではそんな意識はなかったけど、礼子の最期は相当なトラウマとなって刻み込まれていたらしい。そりゃそうか。誰だって、自分の死因に対して平然とした顔なんてしていられないよね。普通死んだら、二度と死因に遭遇しないけどさ。
「ミリアちゃんに何かあったら、私……私っ」
「お、落ち着いてくださいフェミラさん。……というか、寧ろフェミラさんの体調は大丈夫なんですか?」
考えてみたら、フェミラさんの身体が考えられないくらい濡れている。もしや、と思って見つめていると、フェミラさんはハッとしたような表情になる。
『なかなか愉快な光景じゃったぞ、ミリアム。そなたを救うべく、フェミラが車イスを跳ね飛ばすように立ち上がって、猛然と湖に飛び込む様は』
「…………」
火事場のバカ力というものだろうか。
どう考えても、ローウェン辺りが助けに来た方が良かっただろうに。思わずローウェンを見ると、彼はバツが悪そうな表情をしていた。よそ見でもしてたの?
『否。あれはそなたの悪戯であろうと思うておったようじゃぞ』
ヒドイ。ローウェンそれはヒドイよ。
私のローウェンを見る視線は、ジトッとしたものに変わる。ローウェンは冷や汗でも流しているような顔になって、口元だけで「後で正式に謝罪致します」と言っていた。
……いや、良いんだけどね。結果としては無事だったし。でも、彼には専属騎士(仮)としての立場がある。人目もある中で、なかったことには出来ないだろう。
「……どうしたことでしょう」
そんな、微妙なやり取りが行われている中、セレンさんの驚愕に満ちた声によって、視線が一気に彼に集中する。
セレンさんは、私の無事を確認してから持って来ていた薬箱で気付け薬の準備をしてくれていたみたいなんだけど、今はフェミラさんに向かっている。私のひと言で、どうやらセレンさんもフェミラさんの状況に気付いたらしく、そこから慌ててヘルスチェックに入ったようだ。何だか、本当にごめんなさい私が。
「フェミラ様。治っては、いません。ですが……この湖のお陰でしょうか? 随分良い数値が出ています……」
「言われてみれば、湖に入った割りに状態が良いわ」
「母さん!」
セレンさんは、愕然とした様子で何度も、有り得ないと呟いていたけど、現実は現実として受け止めることにしたらしく、やがて嬉しそうな笑みをこぼした。フェミラさんもまた、嬉しそうに笑っていて、テオは言わずもがな、全身で喜びを表していた。
……色々あって話が飛びかけてたけど、どうやらパトラの読みは正しかったことが証明されようとしているみたいだ。きっかけさえあれば、セレンさんならフェミラさんを治せることだろう。
「……あの、ご主人様。残念ですが、本日は戻られた方がよろしいのでは……?」
遠慮がちなメアの言葉を受けて、私たちはお弁当にありつくことなく解散することになった。そして、家に帰った矢先に偶々お父様に遭遇して、事の顛末は速攻でバレ、コンコンと説教を受ける羽目になった。
うん、迂闊でした。令嬢にあるまじき失態でした。ごめんなさい、お父様……。
……それから数日謹慎を食らった私は、しばらく後セレンさんから、フェミラさんの治療法を確立したという、連絡をもらった。
『良かったのぅ、ミリアム。これも、天の思し召しじゃろうて』
神様は貴女ですけどね!
私は、私になってから初めて、かなり大きな肩の荷を下ろした気がして、満面の笑みを返した。
でも、まだまだ問題は山積みだ。これからは一層慎重に挑まないとね!