閑話/手紙とトラブルと
全編ギラン視点の閑話です。
「ギランくん。ご家族からお手紙が来ていたわよ」
「……ありがとうございます」
ある休日の早朝。いつものように寮の裏庭で剣術の稽古に励んでいたところ、寮母の女性からそう言って手紙を手渡された。
随分と特徴的な悪筆は、弟のものだ。弟から手紙が来るのは初めてのことで、思わず何度か見返してしまうが、差出人の文字が変わる筈はない。
俺は汗を拭い、不可思議なものを見るような心持ちで寮内へと戻った。
「あれ、ギランに手紙かい? 珍しいね」
中に入ったところで、起きたばかりの様子のサイファと遭遇した。
サイファは、俺の手の中の手紙を見つけると、緑の目を軽く見開いた。
事実その通りなので、俺は静かに頷く。
「ご家族から?」
「……弟からだ」
「へぇ、弟さん!」
答えると、サイファの目が輝いた。
彼にも弟が居るから、そのせいかもしれない。そもそも親しくなったキッカケも、弟が居るということだったと記憶している。
サイファは、余程弟を慕わしく思っているのだろう。俺も、可愛くない訳ではないが、サイファ程ではないと思う。
「……お前は、弟と聞くだけで嬉しそうにするな」
「え? そ、そうかな? 参ったな……ブラコンのつもりはなかったんだけれど」
困ったように笑みを浮かべる様子は、少し珍しいと思う。
「まぁ、良いか。それよりも、どんな用事だったんだい?」
「……まだ目を通していない」
「えっ!?」
サイファの問いに、首を横に振って答えると、今度は驚いたような顔をされた。
それ程、驚くようなことだろうか。普段から、手紙が届けられるのは朝の時間帯だし、まだ開いていなくともおかしくはないと思うのだが。
不思議に思う俺に、サイファは呆れたように溜息をついた。
「いや、ギランのことだから、鍛錬を切り上げただけでも十分な反応だよ。ごめんね」
「? 何を言っているのか分からないが、構わない」
一体何についての謝罪なのだろうと首を傾げていると、忘れてくれと言われたので考えるのをやめた。
「開けてみよう。おまえも見るか?」
「いや、良いよ。僕は友人とは言え他人だからね」
「他人とは言え友人だろう。俺は構わない」
「……そ、そうなんだ?」
サイファが、何故か複雑そうに顔を歪ませた。
自分が友人だと言ったのに、俺が友人だと言うことは嫌なのだろうか。
良く分からない奴だ。
「何だ、俺たちは友ではなかったのか?」
「いやー、友だちだよ友だち。ただ、何と言うかだね……」
「?」
言い淀むサイファが、なかなか答えようとしないので、共用スペースに置いてあるペーパーナイフを取り手紙を開く。
ただ、中身に目を落とすよりは先に、サイファが続きを口にした。
「ギランはそういうことに興味がないから知らないだろうけれど、僕はこう……女性との付き合いの方がずっと多くてね」
「そうなのか」
「それが祟って、僕には同性の友人が殆ど……いや、全然居なくてね。だから、自分で言う分には良いけれど、ギランから面と向かって友人だと言われると何だか……感慨深いけれど、少し微妙な気持ちがして」
「微妙なのか。俺はおまえに友人だと言ってもらえて嬉しいが」
「嬉しくない訳じゃないんだけれどね。ギランは良いヤツだからなぁ」
だから、何故複雑そうな顔をするのだ。
首を傾げる俺に、とうとうサイファは詳しく説明をしてくれはしなかった。
「と、ところで、何て書いてあったんだい?」
「ああ。……ふむ。入学時期が近付いているので、そろそろ来ると書いてあるな」
この調子なら、ミリアムたちと全員で会うことも叶いそうだと俺は内心で頷く。
ミリアムたちが王都に来たタイミングから見るに、会うことは出来ないだろうと思っていたが、滞在期間が延びていたことが功を奏したと言えよう。
彼女たちの心情を思えば、喜ばしい、などと思って良い訳ではないだろうが。
「君の弟は、エルガーくんと言ったっけ?」
「ああ。ヤンチャな子だ」
「ギランが言うヤンチャ……ああ、いや、何でもないよ」
サイファは、良くこうして言いたいことを飲み込む傾向にある気がする。正直に言ってもらっても、俺としてはまったく構わないのだが。奥ゆかしい男だ。
「けれど、王城がざわついているタイミングでの入学か。何もないと良いけれどね」
「? ざわついている」
俺が眉をひそめると、サイファは深く頷く。
「僕が聞いた話では、どうにもきな臭い動きがあるみたいだよ。何でも、ここしばらく王子たちの行方が知れないとか」
それは相当な大ごとではないか。
流石に驚いて、反射的に手紙を握りつぶしかけて、寸でのところで押し留まる。
手紙は無事だったので、サイファに視線を戻す。
「でも、僕は事件に巻き込まれた可能性よりも、何か彼らが起こしている可能性の方を心配しているよ……なんて、こんなところで言って良い話じゃないかな」
真剣な表情で言葉を続けていたサイファだったが、途中で口元を緩め、力ない笑みを浮かべた。
サイファはかなり有能な男だが、それでも学生の身で出来ることは少ないだろう。ましてや、サイファは没落した商家の息子なのだ。家柄の問題でどうしても出遅れてしまう。身の上の怪しい俺に比べれば、それでも十分に高貴だと思うが。
「それで、ギランは……」
俺に何かを聞こうと思って口を開きかけたサイファは、すぐに閉じた。
それは、躊躇いなどからではなく、近付いて来る足音の影響だった。
もしかすると、話を聞かれただろうかと思い警戒していると、やって来たのは寮母だった。
「まだここに居てくれたのね。良かったわ、ギランくん」
「? まだ俺に何か」
特に、話を聞き咎めてのことではないらしい。
何か俺に用事があるのだろうかと尋ねると、寮母は困ったように頷いた。
「皆の朝ごはんなのだけれどね。実は、食材の到着が遅れていて……」
「確か、毎朝搬入されるんでしたよね?」
「ええ、そうなの。位置情報を見たら、もう学園には着いてはいるみたいで……心配だから、確認に行きたいのだけれど、他の仕込みはしておきたいから、手が離せなくって」
一部の食材が足りない、ということなのだろう。
「手伝ってもらいたいのだけれど、構わないかしら? この時間だと、他に起きている子が居なくて」
「分かりました」
「あら、良いの? 助かるわぁ!」
「それでしたら、僕も行きましょう」
「まぁまぁ! ありがとうね、ギランくん。サイファくん。2人の分の朝ごはんにはオマケをあげましょう!」
機嫌良く笑う寮母。彼女には、いつも世話になっているから、この程度の雑用であれば幾らでも引き受けたい。俺たちは早速寮を後にした。
「迷子な訳はないだろうから、何かトラブルだろうね」
「ああ」
サイファの呟きに同意する。
寮母の話だと、届けに来る者はいつもと同じ人物らしい。
それであるならば、特に門番に止められるようなことはないはずだ。
「一番ありそうなのは、門番が代わったってところかな。引継ぎが上手くいってないとか」
「なるほど」
それなら、そこまで時間はかからないはずだ。
そう頷き合っている内に、正門まで近づいて来た。
ここで揉めているのであれば、早く片付くだろうと思いながら視線をやると、本当に揉めているのが見えた。
……ただ、少し想像と異なる揉め方をしている。
「何だ。女の声がするが」
「門番は全員男が担当するんじゃなかったかな? 訪問客?」
「女の門番も居るが、知らない声だ」
「え。門番全員と知り合いなの?」
「全員ではないが、殆ど知っている。腕試しで挑んだ」
「何してるんだい、ギラン!?」
俺が確認した範囲では、殆ど全員男だった。
少なくとも、夜間から早朝にかけての担当はそうだった。
昼間には、複数人で組む中に女が居たこともあったが、彼女は臨時で来たと言っていたし例外だろう。実際、その日以降顔を合わせてはいない。
普通に考えれば、学園への客だろう。
「もうっ! 何なのよ。このわたくしが通せと言っているのよ。聞けないって言うつもり!?」
「規則ですので」
「わたくしを誰だと思っているの? わたくしは……」
「例え、他国の王族であったとしても許可のない方をお通しする訳には参りません」
「何故よ! こんなみすぼらしい人は入れるって言うのに」
「そちらの方は、我が学園と正式に契約を結んでいる食材屋の方ですから。その手をお離しください。彼も困っています」
「煩いわね! 彼を入れると言うのなら、わたくしも入れなさい!」
「ダメです」
「どうしてよ!」
「ですから、何度も申し上げております通り……」
……何をやっているのだろうか。
「貴族のお嬢様に絡まれて動けなくなっていたみたいだね」
サイファも、呆れたような溜息をついた。
ああした態度の令嬢や令息を見ないでもなかったが、あそこまで堂々と揉め事を引き起こすのを見るのは初めてだ。
しかも、こんな早朝に。
「困ったな。彼女の口ぶりを信じるなら、高位の貴族令嬢ってことになるよね。僕たちが口を挟んで良いものか」
「だが、あのままではいつまでも終わらないぞ」
「確かに」
門番と御令嬢の言い争いは、落ち着く様子を見せない。
その間に挟まれた食材屋が、あまりにも哀れだ。
「……仕方ない。ひとまず、僕たちで彼の身代わりに……って、ギラン?」
「食材屋だけでも取り返す」
俺はそう呟くと、彼らに気付かれないように足早に距離を詰めた。
そして、見咎められる前に、素早く御令嬢が掴む食材屋の服の裾を切った。
「きゃっ!?」
「わっ!!」
掴んでいた服が突然無くなったことで、御令嬢が後ろによろめく。
俺はその彼女が倒れないように抱き留めて支えつつ、困惑したように目を瞬く食材屋に、早く行くように手を振った。
俺が抜刀したことに、門番は気付いているようだったが、罪なき食材屋が解放されるのであれば、といった表情で見逃してくれるようだ。ありがたいことだ。
「な、なな、何が起きて……」
「……突然よろめかれましたが、大丈夫ですか?」
「えっ!?」
御令嬢が目を白黒させている内に、手に掴んでいた布切れを奪い取る。
ここは、勢いで押し切るより他ないだろう。
笑顔や敬語は苦手だが、最低限礼儀として弁えている。
俺は、可能な限り朗らかに見えるように笑った。
「お怪我がないようで何よりです」
「なっ、ぶっ、無礼者! 早く放しなさい!!」
「はい」
カッ、と怒りからか、顔を真っ赤に染めた御令嬢から、そう怒鳴られる。
血気盛んな性格のようだし、この程度は想定済みだ。
俺は特に何を言うでもなく、彼女を安全に立ち直らせるとすぐに離れた。
御令嬢は、息を荒く、肩をいからせながら、ジロリと俺を見上げる。
「よ、嫁入り前の淑女に軽々しく触れるものではないわ!」
「はい。申し訳ありませんでした」
「ふ……ふんっ。分かっているのなら良いのよ!」
バサッと、クリーム色の巻いた髪を後ろへ流し、尊大な面持ちで告げる御令嬢。
非常に偉そうだが、きっと実際偉いのだろう。
ミリアムと出会わなければ、一生関わり合いになることのなかったような人種なのだと思うと、笑いがこみあげた。
「なっ、何が可笑しいのよ!?」
既に顔は赤かったのに、更に赤く染まる。
煙でも出そうな勢いの御令嬢に、俺は素直に答える。
怒っている女性に、嘘偽りを述べるのは下策なのだ。妹相手に実践済みだった。
「貴女のような元気な御令嬢にお会い出来て、光栄だと思いまして。俺も元気になれます」
「っ!?」
キッと俺を睨み上げながら、彼女は口をパクパクさせる。
怒りが頂点に達して、何と言ったら良いか分からなくなっているのだろうか。
続いて、大丈夫かと声をかけようとしたところ、思い切り遮られた。
「貴方、お名前は!?」
「名前ですか? ギランと申します」
「家名はないの?」
「はい。田舎者なもので」
「そう……ふーん……」
急に勢いがしぼんだ。大丈夫だろうか。
心配に思って見ていると、また勢い良く顔が上がった。
「わたくしは、タニア・ヴェルトレイスよ! わたくしのような高貴な淑女と知り合えた奇跡を、神に感謝しながらこれからの人生を生きるのね!」
「分かりました」
良く分からないが、こういう時は了承しておくものだ。
俺が文句も言わずに頷くと、彼女は初めて満足そうな笑顔を見せた。
こうして素直に笑っている方が良いと思ったが、余計なことは言わない。
「良いこと! 家名すら持たない田舎者が、わたくしと言葉を交わせるだけでも身に余る栄誉なのですからね。絶対にわたくしのことを忘れるんじゃないわよ!」
「心得ました」
「分かったわね!!」
「はい」
「それじゃ、御機嫌よう!!」
数度目の頷きを見ると、御令嬢……タニアは嬉しそうに笑って、機嫌良く正門前で困ったように待っていた馬車へと向かった。
そのまま乗り込んで、颯爽と何処かへ去ってしまう。
……何か用事があって揉めていたのではなかったのだろうか。
「助かったよ、ギランくん。タニア嬢にはいつも困らせられる」
「? 彼女は、何か用事があって来たのでは?」
「そろそろ入学するから、それなら今日来ても同じだと言って、数日前から頻繁に来ているんだ。ただ、入学するまでは立ち入りを許可する訳にはいかなくてね」
「なるほど」
門番は、困ったようにそう言うと、後で何かお礼をすると笑った。
それを丁重にお断りしながら別れると、サイファが何故か可哀想なものを見るような視線を向けた。
「どうした、サイファ」
「いいや。君って、罪な男だよなと思って」
「? 何が」
「僕より余程、女誑しの称号に相応しいよ」
「女を誑かしたことなど一度もないが」
「うん、そうだね……」
良く分からないが、剣と家族、それと己の使命にしか興味のない自分のような男が、女を誑かせるとも思えない。
そもそも誑かすのは良くないことであると思うが、ひと時でも楽しい時間を提供出来るのであれば、そのこと自体は悪くないと思う。
俺の言葉で、嬉しそうに微笑むミリアムを思い出すと、自然と頬が緩んだ。
「そのような才が俺にあるのなら、ミリアムは嬉しいだろうか」
「……いやぁ。ミリアムは……どうだろうね」
その後、一向に目の合わないサイファと共に寮へ戻ると、食材屋と寮母から、しきりに感謝の言葉を述べられた。
そして、きな臭い噂はあるものの、この日も何事もない普段通りの一日が過ぎて行った。
……その数日後、サイファの懸念が当たり、王都内が混乱に満ちることになるのだが、それは、後日の話だ。
最近、展開がごちゃついておりますが、問題ないでしょうか?
上手く整理出来ていない感じがあります。
ご意見、文句等ございましたら、遠慮なくお申し付けください。善処します。




