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55表/伸びた道の先

 結局、教会の地下にはシャーナちゃんも、ローウェンたち救出隊の姿も見えなかった。私とメアとルッツさんは、ひとまず最奥にあった牢屋の一つにあけられていた穴の向こうに進むことにした。パトラ曰く、大きなエネルギー体がそっちの方向に向かって移動している、ということだったから、何かはあるだろう。


 急いで追いつきたいところではあるけれど、慎重に進んで行く。

 強いエネルギーによって、強引に掘られたと思われる道は、武骨ではあるけれど今すぐ崩れそうな程脆い訳ではなさそうだ。とは言っても、油断はならない。ひとたび崩れてしまえば、私たちは全員生き埋めになってしまってバッドエンドになってしまうから。


 当然ながら舗装されている訳でもない、むき出しの土の道は歩き辛いけれど、人1人が屈む必要もないくらいの高さでずっと続いている。身を隠すような場所もないし、もし待ち伏せされていたら一たまりもなさそうだ。一本道であるということも相まって、非常に警戒しづらいところではある。

 それでも、進まないという選択肢はない。私たちは、張り詰めた空気の中、歩を進め続ける。


『ミリアム、止まり居れ。妙な気配がしおる』

「!」


 パトラの言葉を受けて、私はピタリと足を止めた。私は何も言わなかったけれど、その私の気配の影響か、前を歩いていたメアも足を止めた。振り返ったメアの赤い瞳と目が合う。私が、神妙に頷いてみせると、メアも頷く。

 私の後ろを歩いていたルッツさんも、表情を引き締めている。その顔色はまだ悪いけれど、さっきまでよりはマシだ。


『妙……いや、以前に感じたことがあるな。これは……』


 目を閉じて気配を探ることに注力したパトラが、眉間に皺を寄せる。

 そして、答えに辿り着こうとした、恐らくその直前だった。


「――久しいな。よもや、このようなところで会えるとは思わなかったが」


 美しい男の声が響いた。低く、全身に響くような甘い音色。けれど、そこに温もりは一切なく、命の温度は少しも感じられない。

 冷酷な宣告と同時に、物凄い音が響いて、私たちの目の前の天井と呼んで良いのか、通路の上が崩れた。


「麗しき黄昏の姫と、落伍者たる昼か。状況は悪くはない。同行して頂こうか」


 近くに街灯でもあったのか。パッと光が差し込んで、思わず目を細める。それでも、強い視線を感じて、私はその強烈な引力に従うようにして、顔を上げた。その視線の主と目が合うと、全身が硬直しそうになった。


 崩れた天井の上に、一人の男が立って私たちを見下ろしていた。

 酷く顔色の悪い優男だ。胸辺りまでの長さの真っ白い髪が風に揺れ、フードに覆われて表情の良く見えない顔に、ギラリと獰猛な光を湛える一対の赤い瞳だけが目立っている。次いで、その全身を覆う薄紅色に、私は息を飲んだ。


薄紅の集団(クリムゾン・ドーン)……!!)


 「落伍者たる昼」の意味は分からないけれど、間違いなくこの男は私を……パトラを分かって声をかけて来ている。

 しかも、バリバリの戦闘態勢だ。その細いが逞しい手には、漫画でしか見たことのないような大剣が握られている。しゅうしゅうと、薄い土煙をまとっているのを見るに、あの大剣で私たちの目の前に大穴をあけたのだろう。怖っ。


「……ご主人様、お下がりくださいませ。ここはぼくが」


 メアが、振り返らずにそう言って腰の剣を抜いた。

 メアの持つ剣は、ローウェンたち騎士が持っているのと同じもので、ごく普通のサイズなんだけれど、メア自身の細さも相まって、あの大剣を相手取れるのかと不安になる。因みに、私の持つ剣はもっと細めなので、魔法で強化なり何なりしないと、速攻で折れてしまいそうだ。


「お嬢様、危険です。オレが誘導するので、引きましょう!」


 ルッツさんが、見たことないくらい真剣な顔でそう提案した。確かに、その考えは悪くない。いずれにせよ、私を庇いながら戦うのなんて割りに合わないだろうから、逃げられる時に逃げるのはベストだ。ただ、問題はある。


「ルッツさん。残念ながら、それはあまり賢明ではありません」

「えっ、でも……」

『そなたたち、何をしておる! 油断するでない!!』


 相手を睨みつけているのだろうメアの、ピリピリとした鋭い否定の言葉に、ルッツさんは困惑気味に声を漏らす。それと同時にパトラの大声が響き、そして私たちを更なる衝撃が襲った。


 ――ドガガッ!!!


 立って居た場所から、素早く前へと転がり込むように退避する。地面の揺れに耐えながら、チラリと後ろを見ると、目の前が崩れ落ちたのと同じように崩れていて、退路は断たれていた。

 ……もし、逃げようとしていたら死んでいたかもしれない。


「私は、そこの2人に同行を願った。逃がす訳がなかろう」


 冷え冷えとする声が男から放たれる。それは、ルッツさんに向かっていたのだろう。ルッツさんは、一度小さく身震いをして、けれど戦意を喪失することはなく耐え、剣を抜いた。

 逃げるにしても何にしても、戦う必要がありそうだ。私は可能な限り冷静であるように意識しながら、サッと全員に魔法をかける。いずれにせよ、強化しなければ始まらない。


「――『力を増せ(パワー・プラス)』『守りを固めよ(ディフェンス・プラス)』『速さを増せ(スピード・プラス)』!」


 ……正直、どの程度の力量差があるか分からない。

 相手を大きく見過ぎても危険に晒されることになるけれど、小さく見過ぎれば当然ながら危ない。正確に捉える必要があるだろう。


「貴方は何者!? 何故、私たちを襲う?」

「一度(まみ)えている筈だが。そうか、忘れたか」


 私の問いを受けて、つまらなそうに鼻を鳴らした男は、何の予備動作もなく私たちの居る地下へと飛び込み、斬りかかって来た。


 狙いは3人ともなのか、何処か大雑把な斬り払いに対し、私たちは一斉に崩れた瓦礫の上を飛び跳ねるようにして地下から抜け出た。立ち位置が逆転して、私たちが地上へ、男が地下になるが、それも一瞬のことで、気付けば男はヒラリと身軽に地上へと出て来ていた。


 あれだけ巨大な、身長ほどもある大剣を持ちながらあの動きは、反則ではないだろうか。少なくとも、私は強化されても出来ない。


「一度、会ってる?」

「下らぬことと何度も聞くな。不愉快だ」


 明確な敵意の浮かんだ赤い瞳が、私を射抜く。

 これからどういう動きになると思った訳ではなかったけれど、反射的に庇うように自分の剣を身体の前に構えた。

 すると、そうだと理解するより前に、衝撃が全身に走った。両手が痺れそうな振動が、構えた剣から伝わって来て、私は呻く。


 ――ギィン!!!


「ぐっ……」

「……防いだか。ただの無力な器ではないようだ」

「貴様!!」


 噛み合う剣。ギシギシと軋む全身。

 私は、男の攻撃を防ぐこと自体には成功していたけれど、その衝撃を逃がしきれずにいた。一瞬でも気を抜いたら、そのまま押し切られて、身体が2つに切り裂かれる未来が見えるようで、私は奮起する。

 そんな私に、やや遅れて気付いたメアが飛び掛かり、剣を振るったことで、それを避けようと男が飛び退(すさ)り、私は前のめりに倒れそうになったのをルッツさんに支えてもらって耐えた。


「お嬢様、ご無事ですか!?」

「う、うん。ルッツさんも油断しないで」

「……はいっ」


 ルッツさんが、悔しそうに歯噛みしながらも頷く。ルッツさんは、我が家の騎士団の中では若い方だけれど、実力自体は上の方だ。性格なんかを加味して、割と下っ端みたいな扱いを受けることは多いけど、戦闘能力だけで見れば、優れている。けれど、男の動きにはついていけてないように見受けられる。


 それは、恐らく相手が人智を越えた力を使っているせいなのだろう。何しろ相手は、薄紅の集団(クリムゾン・ドーン)。準神メディオディア子飼いの者の一人だ。この風体で下っ端ということはないだろうし、間違いないと思う。

 そんなのを相手にして、普通の人が戦えると考える方がおかしいのだ。……それでも、戦ってもらわなければならない。私は、今すぐここで殺されるという訳ではなさそうだけれど、ルッツさんは分からない。


『ミリアムや。妾が力を貸して居る故に、対応はギリギリのところで出来ておるが、厳しいぞ。どうやら、邪神相手でなくば妾の力も活きないようであるしな。何か、考えはあるかえ?』


 パトラの深刻な申し出に、私も唸ってしまう。

 この、何処で会ったか分からないけれど、どうやら以前にも会ったことがあるらしい薄紅の集団(クリムゾン・ドーン)の男に、所謂特攻的な攻撃手段が、こちらにはない。


 ゲームでは、大体戦闘は天才のエルガーが一手に引き受けていたからな、と思わず嘆息してしまう。エルガーは、とにかく戦闘チートで強いのだ。それに、補助として他の守護者たちもついているのだから、負ける要素がない。

 けれど、今は守護者は私しかいないし、戦線が()っていること自体が奇跡的だ。


「何が、狙いなのですか?」


 何度目かの斬り合いを、何とか防ぎきったメアが、苦し気に声を震わせながら問いかける。大剣を手に、器用にクルクルと一回転して着地した男は、つまらなそうに答える。……つまらなそうなのが、デフォルトなのかもしれない。


「私に聞かなければ分からないと言うつもりか? それとも、知らぬと偽らねばならぬ事情でもあるのか」

「…………」


 男の断定するような物言いに、メアの綺麗な顔が不快そうに歪んだ。それはまるで図星だと言っているように見えて、私はドキリと心臓が鳴った気がした。その男も、私と同じ感想を持ったようで、ここで初めて興味深そうに口元に弧を描く。


「ほう? よもや、何も言わずに主従ごっこをしているのか。これは愉快なことを聞いてしまった。落伍者たる貴様には似合いであろうな」

「くっ……」

「ふん。然様な娘の顔色を窺いながら生きるなど、滑稽なことだ」

「ぼくの生き方、ケチを付けないで頂きたいですね」


 ……どうやら、「落伍者たる昼」というのは、メアのことを指していたらしい。

 それにしても、以前会ったことがある、という以上に、メアとこの男の間には、何かがありそうな感じがする。

 また、初出の情報か。私は頬が引きつりそうになるのを何とか耐える。そうして、定期的に相手の能力を下げようと魔法を放ったり、斬りかかったりしながら、時折出来る隙間に、周囲の状況を窺いつつこの男のことを思い出そうと試みる。


(当然だけど、デバフは効かないみたいだね。……攻撃も上手く通らないし……厳しいなぁ……)


 倒せるイメージがまったくわかない。代わりに、今すぐ殺されそうなイメージもわかないけれど、それは相手が手を抜いているせいのような気がしてならないから嫌だ。

 ゲンナリしつつ記憶を照合してみるけれど、上手く思い出せない。でも、何となくどこかで会ったことがあるような気はして来た。もう少しだ。


『しかし、此処は何処なのじゃ? そこまで歩いたような気はせなんだが、町の外ではないのかの』


 パトラの言葉に、内心で同意する。周囲が、何らかの攻撃の跡で荒廃してしまっていることには目をつむるとしても、それにしては建物の残骸なんかは見えない。見渡す限りの原っぱに見覚えはないけれど、これは王都の外なのではないだろうか。後ろを見る余裕まではないけど、振り向けば王都が見えるのかもしれない。


(良く見れば、向こうの森の方が騒がしい。あっちで光の柱が昇ってたのかも)


 人影は見えないけれど、微かに轟音が響いたり、時折激しい光の明滅が見えたりする。あそこでも戦いが行われていることは確かだろう。

 向こうからも、こっちの騒ぎは見えていることだろうけど、今のところ向こうからの接触はない。……あそこに、ローウェンたちが居るのだろうか。それとも、別の場所に居るのか。


(分からないことばっかりだ)


 溜息を飲み込んで、グッと堪える。正直、今朝から訳の分からないことが立て続けに起こり過ぎていて、頭が痛い。

 というか、一つ一つは今起こった訳じゃなくて、今までにずっと裏で行われていて、今朝から一気に噴出した、という感じだろうか。出来れば別々に公開して頂きたかった。……いや、一つ一つ連鎖的に起きても困ったと思うけど。


 まずは、今目の前の問題について考えることにしよう。

 えーと、薄紅の集団(クリムゾン・ドーン)と以前会ったと言えば、シャーナちゃんと初めて会った日だけだよね、冷静に考えてみれば。そのことに、不意に気付くと一気に記憶が蘇って来た。その時に居た、話し方が妙に間延びした戦闘狂を止めた、あの移動魔法を使っていた方の男だ、コイツ!


「そうか、貴方……確か、ガンマとか呼ばれていた……」


 思わず呟くように言うと、男の目が私を捉える。

 そして、今度は何故か嬉しそうに細められた。

 前髪に覆われていて、赤い目だけが異様に目立っていた男の顔が、風によって煽られて露わになる。その顔は、息を飲む程整っていて、気圧された。

 美しい。美しいのに、その顔に浮かぶ笑みが醜悪過ぎて、寒気がする。


「ようやく思い出したか、黄昏の姫。そう、我が名はγ(ガンマ)。偉大なる主が与えたもうた、私の名前だ」

「偉大なる主、ですか」


 メアが嘲るように笑って、剣を振るう。それを、難なく大剣で受け止めた男……ガンマは、不愉快そうに笑みを引っ込めた。


「落伍者があの御方について口にするな。不愉快だ」

「ぼく以外の誰が言えましょう。アレは、偉大でも何でもない。……弱い心を持った、ただの情けなく愚かな男ですよ」

「黙れ!!」


 一瞬で激高したガンマの攻撃が激しさを増した。いやいや、どうして挑発したのよメア!? 私とルッツさんは、思わず焦りながら必死で食い下がる。

 ただでさえ、ギリギリな戦線なんだから、相手を強化したらすぐ崩れてしまう。特に、今まで何とかスレスレで耐えたり避けたりしていたルッツさんが、相手の攻撃を受け流そうとして失敗して吹っ飛ばされてしまった。


「うわぁっ!!」

「ルッツさん!!」


 かなりの距離を吹き飛ばされて、そのまま立ち上がれない。反応はあるから、生きてはいるだろう。けれど、すぐに手当てをしないと、分からないかもしれない。

 私はグッと気合を入れ直す。ああ、もう。どうしてこんなことに!


「何度でも言いますよ。アレは、守るべき主を傷付けた愚かな男なのです。弱い心に付け入られ、狂わされた、馬鹿なね!」

「煩い煩い!!」

「メア! 落ち着いて!!」


 私も、パトラのサポートを受けていようともギリギリアウトだ。さっきまで、怪我を負うことはなかったのに、今この一瞬の斬り合いだけで全身が裂けた感覚がする。……見たら心が折れる気がするので、確認はしない。


「メア、今はそれどころじゃない。アイツが、何で私たちに襲い掛かって来たのかを確かめて、後は逃げるのが先決でしょう。どうしたの?」

「……申し訳ございません、ご主人様。ぼくの、未熟さ故に……」


 珍しく、反感を覚えているような顔をしていた。

 ガンマが、メアの中の、何らかの琴線に触れるようなことを言ったのだろう。

 何となく察するところはあるけれど、それこそ後回しだ。

 ……メアは、私の味方だから。


「……彼が我々を狙うのは、この世を混沌へと導く為です」

「え?」


 丁度隣り合って立った時に、メアが零すように呟いた。

 戦いの中で、タイミングによっては聞こえないかというような程の、声。

 けれど、それは妙にハッキリと私の耳に届いた。

 相手の攻撃を察知して私に伝えることに集中していたパトラも、思わず目を開くような、力を持った言葉だった。


「この世界を求める邪神は、自由に動くことの出来ない中、自らの手駒として、本来であれば敵対勢力に当たる組織を手中に収めました」

「何の話を……」


 目が合う。メアの、真っ赤な目。

 色の組み合わせは一緒だけれど、メアのそれらは、とても綺麗で。

 恐ろしいなんて、微塵も思わなかった。


「……それが、薄紅の集団(クリムゾン・ドーン)。彼らは、邪神の陣営です」


 嘘!? 私は、思わず悲鳴を上げそうになって、寸でのところで留まった。

 メアがどうして知っているの、とか。色々と思うところがない訳ではなかったけれど、その言葉に嘘はないと、私はするりと信じていた。

 真っ直ぐに見つめたメアは、自嘲するように微笑んでいて、それがとても、痛々しく見えた。


「……シャーナ様をお救いしたら、すべてお話致しましょう。愚かな男の話を」

「メア……」


 何かを、今言わなくてはならない。そう思うのに、言葉が出ない。

 私、いつもそんなことばかりだ。

 情けなく思った時、私たちを引き裂くように、鋭い攻撃が降って来る。

 天災のように、凄まじい威力を持った振り下ろし。


「呑気に話す時間など、私が許すと思ったか?」

「そうですね。貴方は、ぼくの子どもの中(・・・・・・・・)でも一番短気でしたからね……γ(ガンマ)

「! その名で……その声で……私を呼ぶなァ!!」


 ただでさえ荒れていた攻撃が、更に激しさを増す。

 私は、流石に考え事は許されないだろうと、更に強く剣を握った。


 でも、握りしめた掌には汗がにじむ。

 その気持ち悪さには見えない振りをして、私は、唇を引き結んだ。


※お知らせ※

次回6/22 0:00更新分、もしかしたらお休みにするかもしれません。

まだ未定ですが、よろしくお願いします。

⇒6/22 0:00更新分お休みしましたが、6/23 0:00更新します。

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