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52/夜は笑わない

 王城から、連絡全然来ない! と、悲鳴を上げる日々は、ついに1週間を越えた。お役所仕事だと馬鹿にする気はないけれど、いくら何でも遅すぎる。

 もしかしたら、何か起きたのかもしれないと思っても、それを知る術が私には無い。変身魔法で王城に侵入、というのは流石に賢明じゃないし、そういうアウトローな手法に詳しそうなローウェンもやめた方が良いと言うレベルだったから、諦めた。


 現状、本当にただ待機するだけの毎日だ。

 強いて言えば、インディゴさんの研究の調子が良いらしくて機嫌が良いことと、順調に広場の子どもたちと仲良くなれているという2点については、まぁ成果と呼べるかもしれないけれど。


あかつきは、特に変装とかしてないんだよな?」


 不意に、かぜがそんなことを聞いて来た。

 何だかんだで、出会ってから今日まで皆勤賞を達成している私は、同じく毎日顔を出しているかぜとは、必然的に会話の機会が多くなって、気付けば砕けた口調で話しかけられるようになっていた。

 ここで遊ぶベンバーは皆、敢えて素性を伏せているから、立場的には同じものとして捉えているとは言っても、年上相手にはちょっと、と最初は気にしていた様子のかぜだったけど、素は結構緩い口調らしく、気付けばこんな感じになっていたのだ。私としては、否やはない。寧ろ、それだけ親しみを覚えてくれたのかと思うと、嬉しくすらある。


「変装? ……って、ああ、そっか。そうだよねぇ」


 そんな、仲良くなったかぜから飛んで来た、謎の質問。いや、謎でもないか。

 皆、立場の違いを気にせず遊びたいという理由から素性を隠しているけれど、それと同じようなものだ。中には家に内緒で遊びに来ている子も居るのだから、変装をするという発想自体は自然のものだろう。

 今日まで思い至らなかった私の方が、例外と言えよう。思わず問いかけるように呟いた私だけれど、すぐにそう気付いて首を横に振った。


「私は特に家族に内緒にする必要もないからね。一応、服装は気軽なのにしてるけど」


 王都の雑多な雰囲気の中では、気軽も何もないような気はするけど、今の私の格好はシンプルなブラウスとスカートといった感じだ。良いところのお嬢さん、くらいには見えるだろうけど、貴族の娘にしては軽装だろう。

 貴族と会うのにはギリギリアウトなレベルのはずだ。ただ、私は気に入ってるんだよね。動きやすいし。


「そうなんだ。良いなぁ……俺は、内緒にして来てるから」

「そうなの? 何だか意外だね」

「意外、か?」


 かぜは、そう言うと不思議そうに目を瞬いた。

 まだ幼く、クリクリとした目が愛らしい。私は頬を緩めながら頷く。


かぜはしっかりしてるから。ご両親も正面切って説得してそう」

「えぇー? 俺、そんなちゃんとした人間じゃないよ。現に、色々サボってこんなところに居るし」


 はは、とから笑いを浮かべる様は、決して外見年齢にはそぐわない。

 明確に聞いた訳ではないけれど、漂う品と言い、やっぱりかぜは貴族の子息なのだろう。貴族は、実年齢よりも老練するのかもしれない、なんて他人事のように息を吐く。


「毎日来てるけど、平気なの? 無理してない?」

「うーん。別に、抜け出すの自体は結構簡単なんだ。ただ……自主性を重んじてるところもあるから、罪悪感もあるかな」


 家庭教師が来ているとか、そういうことではないのか。

 良く分からないけど、家で1人で勉強しなさいって言われてる時間に抜け出して来てる感じなんだろうか。


「なら、遊びに来るのもう少し減らしたら良いんじゃないのかな」


 至って普通のことを言ったら、かぜは複雑そうに視線を逸らした。

 こういう意見は、耳にタコって感じかな。変に年上ぶって、鬱陶しいことを言ってしまったかもしれない。

 ちょっと後悔して謝ろうかと思っていたら、かぜが先に口を開いた。


「そうなんだけど……あかつきはもう少し来るつもりなんだろ?」


 そして告げられた言葉は、何とも予想外なものだった。意味が分からないレベルで。言っていることは分かるけど、どうしてそんなことを聞くのかが分からない。

 私が困惑しつつ頷くと、かぜは微笑んで視線を合わせる。


「え? まぁ、そうだけど……」

「なら、俺もしばらく毎日来る」

「そ、そうなんだ」


 私が来ることと、かぜが罪悪感と戦いながらやるべきことから抜け出して来ることって、何か関係があるんだろうか。

 額面通りに受け取れば、私と遊びたいということなんだろうけど、あんまり腑に落ちない。私と遊ぶことに、そんな価値なんてないと思うけど。

 そんな思いがにじんだのか、かぜは申し訳なさそうに言葉を続けた。


「あー、あんまり気にしないでくれ。どうせ、俺の我儘みたいなものなんだ。このまま……夢に浸って居たいって、言うか」

かぜがそれで良いんなら、良いけど……」


 やっぱり、貴族には色々あるということだろう。

 私は、アンニュイな雰囲気を醸すかぜを、同情混じりに見た。

 ……冷静に考えれば、貴族の利権的なものよりもずっと大きなものと戦ってる私も、なかなか色々抱え込んでるから、同情というより共感混じりなのかもしれないけどね!


「そ、それより! 女性に年齢を聞くのが悪いことってのは知ってるけど、聞いても良いか?」

「私? 14の年だよ」

「えっ、14!?」

「うん。見えない?」

「ううん、見える!」


 どうして嬉しそうなんだろう。心の底から喜んでいるような明るい笑顔を見ていると、ほっこりした気持ちになるのは良いけど、訳が分からない。

 疑問符を飛ばしつつ、流れで私も年齢を聞き返してみる。


かぜは?」

「あっ」


 ……あっ?

 何故か今度は、サッと視線を逸らした。誤魔化すように吹く口笛が、妙に上手い。ジトーッと重苦しい視線を向けるも、かぜは一生懸命に顔を逸らして、結局答えてくれなかった。


「そ、それより、よると仲良くなるんだったよな? さぁ、行こうー」


 完全に誤魔化しにかかってるけど、仕方がない。

 私は大人なので、これ以上責めるのはやめておくことにした。


『よもや、こやつそなたと同じ年なのではないか? そうは見えぬが、それで喜んでおるのじゃろ』


 パトラが楽しそうにそんなことを言うけど、どうして私と同い年だと嬉しいんだろう。

 怪訝に思ってパトラを見ると、ガッカリしたように溜息をつかれた。何よ。


『そなたも14になるのであれば、もう少し男女の機微について学んだらどうじゃ?』


 失礼な。これでも乙女ゲームは嗜んでおりますよ。

 ……前世で、アタシが、だけど。


□□□


よる、歌は好き? 私はね、母さんの歌と踊りが大好きなのよ」

「…………」


 1日から2日おきに現れる、黒目黒髪の陰鬱な雰囲気の美少年は、今日も今日とて無表情で虚空を見つめている。

 仲良くして欲しいという兄である太陽たいようの願いを受けて、私たちは代わる代わる彼に声をかけているけれど、成果は乏しい。いや、無い。

 今も、シャーナちゃんがニコニコと優しい笑みを浮かべて話しかけているけれど、相変わらずその黒い目は焦点が合っていない。

 効果音を付けるのなら、ズーン、という感じだろう。


「どんな感じだ、ひめ?」

かぜ。……どうもこうも無いわ。一切、無反応よ」


 形の良い眉を下げて、肩を竦めるシャーナちゃん。

 正直、シャーナちゃんのヒロインパワーでもここまで無反応で居るとは思わなかった。

 攻略対象者だけじゃなく誑し込めるだけの才能は、十分持ってると思うんだけどな。シャーナちゃん、可愛いし。


よるー? 聞こえてるー?」


 目の前に顔を突き出して、ヒラヒラと手を振ってみるけれど、瞬きすらしない。

 一応、時折瞬きはするんだけど、何かに対する反応ではない。

 声も聞こえているのか怪しいところだ。


「うーん。反応してくれない……」

「それくらいじゃ、どうしようもないですよ。目の前に剣を突き出しても、ピクリともしなかったんで」


 ローウェン、それは物騒だと思うよ……。

 私の文句は言わなくても分かったのか、ヘラヘラと軽そうな笑みを向けられる。

 分かっててその反応だというのは分かるけど、おかしいと思う。


「でも、太陽たいようの言うことは聞くんだし、別に良くない?」


 今日もシャーナちゃんに引っ張られて来て不満そうなセリスが鼻を鳴らす。

 これだけ無反応のよるだけど、不思議と太陽たいようが指示を出すとその通りに動く。

 だから、生活を送る分には問題ないんだろう。でも、それはあくまでもただ生活を送るのに、問題がないだけで、普通に考えれば問題だらけだ。

 セリスは分かってるけど、面倒だからこう言ってるのだ。


「兄としては、それは受け入れたくないですね」


 事の成り行きを見守っていた太陽たいようが、困ったように笑って言った。

 そりゃあそうだろう。弟の将来を心配して私たちに頼んでいるのだから、諦められると困るだろう。


「お医者様も、大人たちもお手上げだって言うので。ゆっくり付き合っていくしかないとは思っていますけど……出来れば、友人から良い影響を受けて変わって欲しいんです」


 太陽たいようは優しいお兄ちゃんだなぁ。

 私は感心しながら、今度は目の前で踊りを披露し始めたシャーナちゃんを見る。

 少しも諦めの色の見えないその表情を見て、私は思わず感動してしまう。

 ヒロインのシャーナだから諦めないんじゃない。諦めないシャーナちゃんだから、ヒロインなのだ。


「わぁっ、ひめちゃん凄い!」

「素敵!」


 よるはやっぱり無反応だけど、他の子たちが目を輝かせ始めた。

 シャーナちゃんの踊りは、逃亡生活の中でお母さんのシャラさんが日銭を稼ぐ為にやっていたものらしい。

 見よう見まねとのことだけど、そんなクオリティーじゃない。正真正銘の踊り子みたいだ。


「凄い……綺麗だね」

「……ご主人様のダンスも優美でございましょう」


 何となくムッとした調子でメアがフォローしてくれる。

 いやいや、社交ダンス的な私のダンスと比べるようなものじゃないよ。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ジャンルが違うもの」

「ご主人様は、すぐに他の方と比べて自分を低く見積もりがちですので。……いえ、出過ぎたことを申しました」


 そんなに卑屈に聞こえただろうか。

 別に私は、自分の価値を低く見ているつもりはないけれど……ともすれば、アタシの日本人的感覚のせいだろうか。

 そう考えて、でもすぐに違うと思った。

 これは、どちらかというと元々の性質……わたくしの性格だ。


「そう、なのかもね」


 そう呟くと、思ったよりもずっと元気のない声で驚いた。


「ほらほら、落ち込んでないでお嬢さんも一緒に踊りましょうよ。元気出ますよー」

「え?」

「良いアイディアだわ! ね、一緒に踊りましょう!」

「う、うんっ」


 ローウェンとシャーナちゃんに誘われて、私も見様見真似で身体を動かした。

 言葉に表せないような寂しさとか、悲しさとかが紛れて、何だか満たされたような気持ちになる。


 ……でも、案の定というか、いつも通りというか、よるは無反応のままだった。


□□□


 問題が起きたのは、そこから更に数日後。

 いつものように王城からの連絡がないことを確認して、スケジュールを組み立てる。そんな朝がやって来たと、きっと誰もが思っていただろう。

 けれど、変化のない日々に終わりを告げるように、邸の使用人の、絹をも裂くような甲高い悲鳴で私たちは目覚めた。


「えっ、なっ、何事??」

『分からぬが、緊急事態のようじゃ!』


 慌てて部屋を飛び出すと、他の皆も慌てた様子で玄関に集まっていた。

 状況を聞くと、誰もが混乱した様子で、上手く答えてくれなかった。

 訳もなく不安が胸を支配していく。

 そんな中で、冷静に言葉を紡いだのは、メアだった。


「ご主人様。落ち着いて聞いてください」

「う、うん……」


 あまりにも冷たくて、静かな声だった。


「シャーナ様が――誘拐されました」


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