50/王都の広場にて
大変お待たせ致しました!
更新、再開します。
「謁見は数日後になりそうだ。先触れがあるまでは自由にしておいで。ただし、あまり遠くには行かないように」
王都の、意外にも王城に近い場所にあった邸にやって来ると、お父様はそう言ってすぐに外出してしまった。
何でも取り急ぎ確認したいことがあるそうだけど、一体何のことだろう。
命に係わるような急ぎ方ではなさそうだったから、そこまで心配するようなことではないのかもしれないけれど、気が立っているせいか少し気になる。
「ご主人様、荷物は運び終えました。この後のご予定は如何なさいますか?」
ボーッとお父様の背中を見送っていた私に、メアから声がかかる。
自分の荷物くらい自分で運ぶつもりだったんだけど、さりげなく運ばれちゃったんだよね。私は苦笑を漏らしつつ礼を言う。
「ありがとう、メア」
「とんでもございません」
それが当然のことであるとばかりに頭を下げるメアは、決して慇懃無礼に見えないから不思議だ。
あまりにも自然な一礼に感心してから、私は再びボーッとしそうな自分に内心で一喝を入れ、予定について考える。準備はするに越したことはない。この周辺の地理については事前に地図を見て確認しているけれど、実際に見るのが良いかもしれない。そう決めると、私はメアに伝える。
「うーん……少し散策に出たいかな」
「かしこまりました。車はどうなさいますか?」
「遠くに行くなって話だし、自分の足で行ける範囲にするから平気」
「承知いたしました」
そう言って、メアは私の側に控える。あとは、私に黙ってついて来るつもりなのだろう。
私は、着替えをする必要はないだろうと判断して、そのまま出かけることにする。尾行とか襲撃とかが怖くはあるけれど、過剰にビクビクしすぎても、それはそれで角が立つ。
何しろ、ここは天下のお膝元。そこで木っ端男爵家とは言え、そこの娘が怪しい動きをしていた、なんてウワサでも立てば最悪だ。間を取って丁度良い警戒心を保ちたいものだ。
□□□
「うーん……目ぼしいものも特にないね……」
てくてくと、しばらく周辺を歩き回った末、私はポツリと呟いた。
王都のルナリス邸は、お父様と同じように普段は自分の領地に住む貴族たちの邸が並ぶ地域にあった。だから、自由に立ち入ったり見学したり出来る場所はない。
周辺を確認するのが主な目的だから、中に入れないのは良いと言えば良いんだけど、問題は、どこも似たような建物ばかりで、全然記憶出来ないことだ。
「これじゃあ、何かあった時に迷子になりそう」
思わずため息をついてしまう。
地図で見た時から気付いてはいたけれど、この区画は京都に似た碁盤の目状になっている。特別入り組んでいる訳でもないから一見分かりやすそうに見えるんだけど、道を見た目で覚えるタイプの私とは相性が悪い。
見た目がどこも似たり寄ったりなせいで、今自分がどこに立っているのかさえ分からなくなりそうなのだ。これは困る。
「お嬢さんなら大丈夫ですよ。魔窟でも迷わない力の持ち主ですし」
散策について来てくれたローウェンが、ケラケラと笑いながらそんなことを言う。
いやいや、その辺は大体パトラのお陰だから。知ってるくせに。
ジトーッとした視線を向けると、ニヤリと不敵な笑みが返って来た。
「それに、万が一迷っても、そん時ゃ迎えに来てあげますよ」
「それはどうも……」
信用はしているけど、何だか素直にお礼を言うのが癪になる言い方だ。
ブスッと不愛想な感じでお礼を言っても、何処吹く風なのがまた癪に障る。
これ見よがしに溜息をついたら、メアがフォローを入れてくれる始末だ。
「何かが起こる際、ご主人様の側に誰も居ないような状況は作らせません。ご安心ください」
「ありがとう、メア」
「えぇー。なんか俺に対するのと態度違くありません?」
大して気にしてなさそうな揶揄い文句を受け流しつつ、改めて周囲を見渡す。
何の変哲もない街路。店などがある訳でもないから、人通りは著しく少ない。
でも、流石王都と言えば良いのか、街灯は近所の町よりずっと数が多く、暗いところは殆どない。
とは言え、完全に気を抜いて歩けるかと問われれば、少々疑問が残る。
何しろ相手は神様や、それに準ずる相手だ。気を付けるに越したことはないだろう。……まぁ、そんなことを言ってしまえば、人通りが多かろうとも安全とは言い難いけど。
「ん、ボール?」
不意に、ローウェンがそう呟いた。
予想外の単語に、つられるように視線を向けると、怪訝そうな顔で片手に収まる程のボールを拾い上げているのが見えた。
「子どものオモチャですかね?」
クルクルー、と器用に人差し指の上で回転させるローウェン。
ボール遊びしている姿なんて見たことはないけど、随分と扱いに慣れているように見える。
ただ、私がそのような芸当が出来ないからそう見えるだけかもしれないけど。
「申し訳ありません!」
どこから来たんだろうと、私たちがボールが転がって来たと思われる方向へ視線をやった時、小柄な少年が片手をブンブンと振りながら駆け寄って来た。
彼の視線は、明らかにボールに向いていて、言われなくとも彼がこのボールの持ち主であると分かった。
瞬く間に目の前まで到着した少年は、息を切らせることもなくパッと笑みを浮かべた。
「そのボール、僕たちのものなんです。お手間を取らせてしまいました」
「いや、大したことじゃありませんよ。どうぞ」
「ありがとうございます!」
少年は、この国では一般的な茶色の髪に緑の目、それに良く居る顔立ちという特徴のない外見をしていた。服装も、質は悪くないけれど良くもないような感じで、人ごみに紛れてしまえば見つけられないような雰囲気だ。
でも、私よりもずっと年下に見えるその子の立ち居振る舞いは、下手な大人よりも立派なもので、私は思わず目を見張った。
「え、っと、僕に何か?」
私が、あまりにジッと見つめ過ぎたせいか、少年が不思議そうに私の方を見た。
きっと、強い視線を感じたのだろう。私は居た堪れなくなって、慌てて首を横に振った。
「いいえ。ただちょっと……この辺りに、遊ぶような場所はなかったけど、何処で遊んでいたのかなぁと思って」
咄嗟に口をついて出た理由は、自分でも尤もらしいと思えてちょっと満足感を覚えた。少年も、私の言葉に違和感はなかったようで、ああ、と納得したように呟いた。
「この区画と、隣の商業区画の境目に広場があるんですよ。丁度その大きな木の陰です」
「そうだったのね……」
当てもなくウロウロしている内に、区画の端まで来てしまっていたようだ。
そう言えば、人の姿は見えないけれど、どことなく人の声が聞こえてきているような気がする。商業区画ということは、人の呼び込みか何かだろうか。
ぼんやりと地図を思い返していると、少年が良いことを思いついた、というように笑った。
「良かったら、一緒に遊びませんか?」
「え? 私たちも?」
「はい。いつものメンバーで遊ぶのも楽しいですけど、新しい人たちが加わってくれれば、もっと楽しいと思うんです!」
無邪気な笑みを真っ直ぐに向けられて、私は思わずうっ、と妙な声を漏らしてしまった。
最近、どうにも心がさび付くというか、乾燥するというか、重苦しいことばっかりで疲れ切っていたから、こういう純度100%の好意を向けられると、とても眩しく感じてしまう。
私はこれからの予定やら何やらを色々考えていたのも忘れて、反射的に頷いた。
「私たちで良ければ」
「やった! こっちです、ついて来てください!」
少年は嬉しそうに目を細めると、元来た方向へと駆け出した。
跳ねるような動きが、アタシの……礼子の義弟の猛を思い起こさせて、更にほっこりする。
でも、そんな風に見ている隙にも彼の背中がどんどん離れて行ってしまう。
いけないいけない。ほっこりしている場合じゃなかった。
「お嬢さん。良いんですか?」
「えっ、駄目だった?」
こういう提案には全力で乗っかりそうなローウェンが、少しばかり複雑そうな表情をして尋ねて来た。見慣れない様子を見てしまうと、訳もなく不安になる。
考えてみれば、相手が子どもとは言っても、見知らぬ人相手に軽率だっただろうか。考え始めてしまえば最後、どんどんと良くない想像がかき立てられていく。
足を止め眉を下げた私に、メアがそっと案じるように声をかけてくれる。
「今はぼくもローウェンさんも居りますので、滅多なことはないでしょう。ご主人様の思うままにして頂いて、よろしいかと存じますよ」
「んー……いや、そうだな。すみません、お嬢さん。余計なこと言いました。行きましょう」
「う、うん……」
付いてこない私たちを不思議そうに振り返って手を振る少年が見える。
疑い出したらキリがないし、メアの言うように腕の立つ2人だって居る。不安に思うことは何もない。
私は一度小さく頷くと、少年に向かってゆっくりと歩き出した。
□□□
「皆! 新しい友だち連れて来たよ!」
少年の言葉通り、広場は本当に木の陰にあって思ったよりもずっと近かった。
町中にドーンとそびえたつ木が、青々と茂っていたせいで気付かなかっただけで、広場は相当目立つものだった。
貴族たちの住居区画と、商業区画の境目に位置しているというのが良く分かるくらい、人々の声が一方向から響いて来る。
『なかなかどうして……神気に満ちた場じゃの。落ち着くぞ』
興味深く思って辺りを見回していると、今度はパトラがほっこりしたような顔をした。風を感じるように目を閉じているけれど、感じているのは風じゃなくて神気なのだろう。
王都に神気の満ちた場所があるというのは妙な話ではないと思う。でも、こんな何の変哲もない広場が?
少し不思議に思うけれど、私では詳しいことは分からない。後でインディゴさんにでも聞いてみようと考えている内に、わらわらと子どもたちが集まって来た。
「わっ、大人がいるぞ大人!」
「こんにちはーっ」
「見慣れない顔ですけれど、どちらの方かしら?」
広場は、公園というよりも確かに広場という呼称が正しいような場所だった。基本的には緑に満ちていて、その上に綺麗な模様を描くようにレンガが敷き詰められている。中央には大きな噴水があって、照明の光を受けてキラキラと輝いて目が引かれた。
そんな広場には、存外人の数は少なく、数人の老人が散歩をしたり、ベンチに腰掛けて談笑しているだけに留まっている。
その中で子どもたちが遊んでいたのは、広い芝生のスペースで、そこは私たちが入って行った入り口からはそこそこ離れていたのだけど、少年が呼ぶと彼らは一瞬で目の前までやって来ていた。しかも、怒涛の勢いの質問攻め。思わず目を白黒させていると、リーダーらしき落ち着いた雰囲気の少年――私たちを連れて来た少年とは別の子だ――が宥め始めた。
「皆、落ち着きなよ。お姉さんたちも困ってるだろ?」
「はーい」
一旦質問攻めが引くと、私は改めて彼らを見た。私たちを連れて来た茶髪の少年と、大体同じような年恰好で、雰囲気も似たり寄ったりだ。でも、やっぱりこうして見ると、どことなく上品な雰囲気が感じられる。
確かに、子供っぽく無邪気な感じではあるんだけど、こんな広場に居るよりも、パーティー会場の方が相応しいような雰囲気だ。言葉遣いもあるだろうけど、それ以上に立ち居振る舞いの影響だろうか。内心で首を傾げていると、私たちを連れて来た少年が嬉しそうに紹介をし始めた。
「飛んで行ってしまったボールを拾ってくれた、親切な人たちだよ。今日は一緒に遊んでくれるんだそうだ」
その言葉を受けて、皆はまた何かを聞きたそうに口を開きかけたけど、その前にリーダーらしき少年が制するように言葉を発した。
「風。友だちを連れて来るのは構わないが、先に相談してからって言ってただろう? まぁ、この人たちは良い人みたいだけどさ」
「あっ、悪い太陽。つい……」
私たちを連れて来た少年は、風と呼ばれ、その風はリーダーらしき少年を太陽と呼んだ。何となくイントネーションが妙だ。所謂、あだ名のようなものだろうか。ただの近所の仲良しグループ、という訳でもないのかもしれないと考えていると、リーダーらしき太陽が私たちの方を見た。
黒目黒髪の、日本人風の外見の太陽は、懐かしさからそれだけで無条件に信用したくなるけど、それ以上に人好きのする柔和な笑みが警戒心を薄めた。
「すみません。何となく分かるかもしれませんけど、俺たちは立場が色々違って、本当なら遊んじゃいけないって言われてるんです。だから、ちょっとその辺り気を付けてて……」
見慣れない私たちが、もしかしたら彼らの親に告げ口をするかもしれないと恐れているのだろう。そう考えるのも納得だなと思いつつ、もう一度子どもたちを見ると、更に納得した。
言われてみれば、雰囲気は皆一様に同じ、と最初に感じたけれど、本当は結構違っている。貴族の子女もいれば、平民の子も、それこそ親のない子もいるのかもしれない。
「驚かせてごめんなさい。誰にもあなたたちのことを言うつもりはないから、安心して……って言っても難しいかな?」
本心からの言葉ではあるけれど、信用してもらえないだろうか。
遠慮がちに言えば、太陽は首を軽く横に振ってから微笑んだ。
「いや、疑ってはないですよ。風は人を見る目があるから……」
「えへへ」
「そうなんだ」
得意げな風を、微笑ましい気持ちで見つめてから、私は問いかける。
「因みに、太陽とか風は、本名じゃないよね。あだ名?」
「ああ、念の為です。本名さえ知らなければ、誰だか分からなかったで通るかと思って」
皮肉げに笑う太陽も、まだ小さいのに良く頭の回ることだと、私は舌を巻く。
チラリと様子を窺えば、ローウェンも呆れたような表情をしていた。
メアとパトラは、それ自体には興味なさそうだったけど。
「こんな集まりには、混ざりたくないでしょうか?」
不安そうに風が首を傾ける。
小型犬を思い起こさせる目に、私は息を飲んでからとんでもないと否定した。
「まさか。良かったら、私たちも混ぜて?」
「勿論です!」
風は、本当に嬉しそうに笑う。
他の子どもたちも、その方が楽しいからと前向きだ。
太陽も穏やかな笑みを浮かべながら、深く頷いてくれる。
「歓迎します。ついでに、3人にも名前を付けましょうか」
「良いの?」
「はい」
「太陽はセンスが良いので、安心して任せてください。僕らの名前も、太陽が付けてくれたんですよ」
風が誇らしそうに言うのを、私は感心して聞いた。
結構な人数が居るけど、全員分付けたのか。凄いな。
私のネーミングセンスは、パトラでお察しだ。期待してはいけない。
「それでは、お姉さんが暁、お兄さんが剣……それから、こっちのお兄さんは昼、でどうでしょう?」
にっこりと、有無を言わせないような笑顔で提案する太陽。
うーん。何となく適当に付けてるのかもしれないけど、黄昏の守護者に対して暁とは。
多少複雑に思わないでもなかったけど、彼らの名前が太陽、風というところからも、そう突飛な発想ではないだろうし、深くは突っ込まないことにした。
「えー? 俺、何かそのまま過ぎない?」
「似合っていると思いますよ」
「そーかぁ?」
ローウェンは微妙そうな顔をしているし、何なら不満も口にしているけれど、押し切られたようだ。そもそも、こんな集まりで呼ばれる仮の名前には、そこまで興味もない様子だけど。
メアは、何の流れか良く分からない名付けだし、不満も何もないだろうと思ってメアへ視線を移すとやはり不満はないのか、いつも通りの無表情だ。
「じゃあ、そう呼びますね」
にっこりと笑った太陽に、でもメアは一瞬だけ何かを言いたそうに口を開きかけ、でも結局何も言わずに視線を外した。
どうかしたのかと思ったけど、目が合えば何でもないと言われた。多少、語感が気にくわないとか、そういうことだろう。
「よし、それじゃあ早速遊びましょう!」
にこりと楽しそうに目を細めた風がそう言うと、子どもたちがワッとわき立った。そして、ドッジボールに似たボール遊びに物凄い勢いで加えられて、私はその流れに飲み込まれるように没頭することになった。
それから、夕飯の時間になるまで遊び続けた結果、くたくたになってしまったけど、今まであれこれ悩んでいたのが嘘みたいにスッキリしている自分に気付いた。
1日が終わり、ベッドに入ると、もし明日も時間があるようならまた遊びに行こう、と静かに思った。




