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49/いざ、王都へ

「うわぁ……すご……」


 馬車の中で、思わず外を凝視したまま、取り繕うのも忘れて本音を呟いてしまった。


 私は今、アルセンシア王国の王都に居る。乗って来た馬車で検問を受けて、そのまま門を通過して来て最初の大通りを進んでいるところだ。

 1週間ほどかけてやって来た王都は、ゲーム画面を通して見たことはあったから、驚きなんてないかと思っていたけれど、それは間違いだった。


「物心ついてから来るのは初めてだったね。どうだい、驚いただろう?」


 向かいの席で、お父様がクスクスと微笑ましそうに笑う。

 私は微妙な笑顔を返して、また窓の外へ視線を戻す。

 ゲーム画面の背景画像では、普通にと言えば良いのか、一般的なファンタジーに良くあるヨーロッパ風の石造りの街並みが広がっていた。色鮮やかな雰囲気があったことは覚えているけれど、それは我がルナリス領……エルドナ男爵領直轄の町だって負けてはいない。


 ……と思っていたけど、実際に見ると全然印象が違う。


「ここまで統一感のない王都は世界中でもここだけだし、驚くのも無理はないな」


 インディゴさんが、手元の資料に視線を走らせながら、淡々と会話に混ざる。

 この旅路中、ずっと資料を読み漁っていて、全然会話に参加して来なかったから、てっきり聞いていないのかと思っていたけれど、何だかんだちゃんと参加してくれていたらしい。嬉しく思って相好を崩していると、目が合った直後逸らされてしまった。

 ……インディゴさんとの距離感掴みづらいなー。


「神代の時代の資料はどうしても少ないから定かではないけど、一説では神が覗き見た異界の文化を取り入れようと実験的に作った都市を母体にして作られた国だから、これだけ統一感がなくなったらしいよ」

「へぇぇ……」


 視線を逸らしながらも解説をしてくれるインディゴさんは流石だ。私は内心で尊敬の念を覚えつつ、右から左へと流れていく景色へと目を向け続ける。


 主だっては確かにゲーム画面で見たような建物が多いんだけど、時折中華街を思わせるような看板があったり、細い路地の向こうには和風の屋台が並んでいたり、挙句の果てにはトーテムポール的なものまで普通に置かれている。

 道行く人々の服装も、とにかく統一感がない。コスプレ大会のようにさえ見えてしまう。ドレスと着物とチマチョゴリ。胸やけしてしまいそうだ。

 それでも、客引きをする料理屋からは良い香りが漂って来ていて、明るい声がさざめいて聞こえる風景に、違和感は不思議と感じない。

 これがこの都の日常なのだと思うと、何だか感慨深くさえ感じる。


『ミリアム、ミリアム! 後で町は歩けるのかのぅ! 興味深いものばかりじゃ!』


 私に呼びかけながらはしゃぐパトラは、少なくとも今は何の為に王都へ来たのか忘れているようだ。これから、また重い話が始まるのだろうし、今だけはそれで良いだろうと思って、私は適当に頷いておいた。

 かく言う私も、出来れば真面目な話をするよりも、町をのんびり巡ってたいんだけどね。


「滞在中、兄さんたちに会いに行っても良いんですよね?」


 比較的冷静に外を眺めていたセリスが、ふとお父様にそう尋ねる。

 守護者である彼も、念の為ということで一緒にやって来ていた。

 基本的には、お父様が代表で、私はアタシの記憶との比較検証の為に同行、専門家としてインディゴさん、護衛としてローウェンというメンバーで謁見を行うつもりだけど、何が起きるか分からない以上、万全を期そうということになったのだ。


 因みに、馬車に乗っているのはお父様、私、インディゴさん、セリスの他にシャーナちゃんとメアだ。

 メアが同行することになったのは、長期間離れるのをメアが心配してくれたことが一番大きな要因だ。何だかんだとお父様も男爵位を賜っているので、王都に小ぶりの家と使用人を別で持っているんだけど、やっぱり自分でお世話がしたい、とはメアの主張だった。

 世話される側の私としてはこそばゆかったけど、確かに一緒に来てくれると安心なので、お父様にもお願いしてみた。ダメ元だったけど、重要な話の際の同席が許されない代わりに、王都への同行自体は許可が下りた。その時のメアの嬉しそうな顔と言ったら……まぁ、いつもの無表情でしたけどね。


 ローウェンは同行していないのではなく、別で馬に乗って並走している。他の騎士の人たちも数人一緒で、私たちの護衛に力を注ぐ形になったからだ。

 馬車内で雑談出来ないのは残念ではあるけど、考えてみたらいつも一緒なので、別に微妙に離れたところで平気だった。


「そうだね。ただ、申し訳ないが謁見中は……」

「待機していれば良いんですよね? お任せください」

「これはこれは……頼もしいことだ。よろしく頼むよ」


 元々頭が良いからか、セリスはすっかり目上の人との会話も堂に入っている。

 魔窟攻略中も、同行している騎士たちに対する指示が、なかなか様になっているとは同行した騎士本人から聞いた。

 年下の子どもに偉そうに命令されて、嬉々として動いている彼の今後が心配ではあるけど、我が家で勤めている間は平気だろう。……話が逸れた。


「サイファに会えるのは嬉しいけど……それよりも、テオドアは元気かしら?」


 不意に、シャーナちゃんが眉を下げてそう呟いた。

 シャーナちゃんが心配に思うのも分かる。何なら、口にしていないけれど私も心配だからだ。


「そうだね。結構封印も進んだし、テオの担当減らすのも良いかもね」

「減らす? とんでもないわ。それで状況が悪くなったらどうするの?」

「え?」


 私の言葉に、シャーナちゃんはキリッと眉を吊り上げた。

 怒っている。私に対してと言うよりも、その提案自体に対してという感じだけど。困惑気味に見つめていると、シャーナちゃんは熱く続けた。


「テオドアは、ちゃんと実力があるもの。今の目標数だって達成出来るわ」

「う、うん。でも……」


 実力という面だけで見れば、テオはかなり優秀だ。十分に世界レベルの実力を有している。今のところ守護者全員そのレベルだというのは、とりあえず置いておいて。

 でも、だからと言ってテオがサボっているとか、手を抜いているとは思っていない。単純に性格によるものなのだと思うのだ。だから、あまり無理は強いたくないんだけど……。


「安心して、皆。必ず私がやる気を出させてみせるわ!」


 シャーナちゃんが、燃えている……。

 流石はクール系ヒロインなのは恋愛面に対してだけで、それ以外は割と雄々しくてアグレッシブな戦うヒロインだ。

 白魔法に適正があるってことを忘れるくらい戦えるもんね、シャーナちゃんは。

 ……どうしよう、テオ。負けてるよ現時点で。


「……そりゃ、テオドアも良い迷惑だろうね」


 ぼそりと、ニヒルな笑みを湛えたセリスが呟く。

 その声は、車輪が回る音にかき消されないギリギリの音量で、対面に座るシャーナちゃんの耳には、バッチリ届いたようだった。

 私の耳にも届いたくらいだから、車内の全員に聞こえたのだろう。お父様も苦笑してるし。


「……どういう意味かしら?」

「何でも?」


 にっこりと一見すれば優しげな笑みを浮かべて小首を傾げるシャーナちゃんに、やっぱり爽やかにしか見えない笑顔で返すセリス。

 傍目では仲の良さそうなカップルのように思えるけれど、実際は完全に喧嘩腰だ。喧嘩する程仲が良い、ということなんだと理解しているけれど、多分、本人たちは認めないだろう。


「俺は、テオドアにはシャーナくらい積極的に関わってくれる子、合ってると思うよ」

「え?」


 車内の視線が、一斉にインディゴさんへ向く。

 無意識に呟いていたようで、視線が集中している現実に気付いたインディゴさんは、ハッとしたように顔色を青ざめた。


「えっ、あっ、そっ、ご、ごめん……つい」

「インディゴは、迷惑になるとは思わないの?」


 慌てた様子で謝るインディゴさんに、シャーナちゃんは少しだけ不安そうに尋ねた。これまた予想外の言葉に、からかっていたセリスでさえ驚いたように目を瞬いていた。

 尋ねられたインディゴさんは、しばらく目を泳がせた後、困ったように笑った。


「俺も思い込み強い方だし、結構似てると思うんだよ。それで……俺は、君を好ましいと思っているし、テオドアも……今は意地張ってるみたいだけど、その内仲良くしてくれて嬉しく思うようになるんじゃないかとー……思った訳で、えっと」


 上手く考えをまとめられないようで、また目が泳ぎ始めた。

 でも、シャーナちゃんは頬をほんのりと赤く染めて、嬉しそうに目を細めた。


「インディゴにそう言ってもらえると、自信がつくわ。ありがとう、嬉しい」

「えっ!? そ、そうか?」


 い、イベントが目の前で起きているような感覚だ。

 実際にこのやり取りがあった訳ではないけれど、どもりつつも気持ちを告げるインディゴ、それを心の底から嬉しく感じるシャーナって図が。

 何だかとっても……良い!


「……ミリアム。その顔、何だか複雑だからやめてくれないか……?」

「ん? ごめん?」


 インディゴさんが、微妙に泣きそうな顔で私に視線を止めた。

 複雑な気持ちになる顔って、どんな顔だろう。私、そんな変な顔をしていただろうか。首を傾げていたら、セリスからも苦情が来てしまった。


「ホント、君鈍いって訳じゃないんだから、もっとちゃんと周りを見たらどう?」

「良く分からないけど肝に銘じます!」

「はぁぁ……」


 何でそんな落胆したような溜息をつかれなくちゃならないのか。

 更に首を傾げていたら、パトラが目を輝かせてトドメを刺して来た。


『なに、そのままのそなたが一番愉快じゃ。変わらずに居ておくれ』


 ……良く分からないけど、肝に銘じます。


□□□


「あれ?」


 王都は、何だかんだ言ってもだだっ広い。

 まだ地図を見てはいないので、正確な大きさは分からないけれど、門をくぐってから1時間近くガタンゴトンと馬車に揺られても端が見えないくらいには広い。

 馬車の速度は、そりゃあ自動車と比べるべくもないし、何なら一応貴族の移動だから負担をかけないようにゆっくり走っているから、余計遅い訳なんだけど、それにしてもである。

 勝手にファンタジーの世界の町の規模をもう少し小さく見積もっていた私がいけないのだろうと思いつつ、尚も目まぐるしく変化する景色を楽しんでいた時、不意にそれが視界に入って来た。

 突然、素っ頓狂な声を上げた私に、何だなんだと視線が集まる。


「あの、あそこ、どうして教会が2つ並んでいるのですか?」


 聞かれるより先に聞こう、と思って話を振ると、代表してお父様が答えてくれた。


「ああ。あの大きい方がアウローラ教会。小さいのが……クレプスクロ教会さ」

「クレプスクロ教会……」


 我が国で最も多く信仰されているのは、アウローラ教だ。

 だけど、その他にも色々と宗教は存在する。神様が事実として複数居るのだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。


 ……それにしても、世界共通の認識として悪の女神とされているクレプスクロを奉じる教会が存在するどころか、まさか対立していてもおかしくない教会の隣にあるなんて。半ば呆然とする私に、お父様は苦い笑みを浮かべる。


「言わなくとも分かるだろうけれど、あそこは世界的に異端として捉えられている。けれど、信徒たちがなかなか熱心でね。教会がないと管理が難しくなるから、敢えてアウローラ教の教会横に建てたという流れがあるんだよ」


 熱心というか、あれですね。狂信者的な感じなんですね。

 お父様の言葉の端から、微妙に血生臭い雰囲気を感じ取って、私は思わず無表情になった。横で聞いていたパトラも、至極微妙そうな顔になる。


『クレプスクロとしての記憶が妾にはまだ無いから良いが……何とも怖気おぞけの走る話じゃの』


 フィクションとして見る時に、ヤンデレは一つのジャンルとしてよろしいと思う。でも、現実に居たら犯罪だ、というのと同じ捉え方で良いだろうか。

 パトラ、可哀想に。そんな気持ちを込めた目線を送った際、視界に入ったインディゴさんの表情に、私はふざけていたことも忘れて、思わず息を飲んだ。


「……まだ、あったのか」


 地を這うような呟きは、今まで聞いたこともないような感情をはらんでいる。いや、寧ろ、すべての感情をどこかに落としてしまったかのような虚無だろうか。

 昏い顔は、インディゴさんには似合わないもののように思える。

 ゾッと背筋に走ったものは気のせいだったのだと思いたくて、私は慌てて彼の名前を呼んだ。


「い、インディゴさん!」

「えっ、なに?」


 目が合うと、インディゴさんはキョトンとしていた。その目はいつも通り、澄んだ藍色をしていて、焦点が合っていないということもない。

 私が慌てたことに、インディゴさんだけでなく皆驚いている様子だった。彼の地を這うような呟きを聞いたのは、私だけだったということだろう。


「えーっと、インディゴさんはアウローラ教徒なんですか?」


 クレプスクロ教会について聞きたかったけれど、聞いてしまったら何かいけないスイッチを押してしまうように思えて、聞けなかった。少なくとも、皆が気付かなかったことを、敢えてこの場で蒸し返す気にはなれない。

 誤魔化すように笑った私を不思議そうに見据えた後、インディゴさんは首を軽く横に振った。


「いいや。俺は神を信じては居るけど、宗教は嫌いなんだ」

「へ、へぇーそうなんですか」

「何だか意外ね」


 シャーナちゃんは、心底意外そうに言っているけれど、私はそれどころじゃない。勘が鋭いセリスも、何か気になったような表情をしているし、気のせいじゃないようだ。


(やっぱり、インディゴさんと教会って何かあるんだね!)


 ゲームでは描かれなかった裏事情のクセに、根が深そうな予感がする。

 どうしてインディゴルートで取り上げなかったんだろう。あれか。神話についての説明で容量使いきっちゃったのか。

 私は、内心でゲーム制作者に文句を言いつつ、チラリと垣間見えたほの暗い光に全力で目を背けつつ、うわべばかりの会話を続けた。


 ……これから、王族から重要な情報を明かしてもらえるかもしれない、という時に更に情報が明らかになるフラグなんて、手に余る!

 私は思わず悲鳴を上げそうになって、一生懸命飲み込んだ。

 ここで目を背けた結果、手遅れになるようなフラグではないことだけを、とにかく祈る。まずは、王族情報が先なんだもの。


「ち、因みにメアは? 神様って信じてる?」


 皆に同じように話を振ったところ、この場の全員がまさかの無宗教だった。無宗教も珍しくはないけど、それにしてもこの人数が無宗教というのは珍しいかもしれない。

 早く平常心に戻らないと、と思いながらメアに話を振ると、また地雷を掘り当てかけてしまったことに気付いた。


「神など、存在しませんよ。仮にしていたところで……結局、何も守ることは出来ない。無力なものでしょうね」


 メアの吐き捨てるようなその言葉は、神を否定しているというより、自分を否定しているような声音だった。

 ああ、もうっ、怖い怖い!! ゲームに関係ないメアまで何でそんな微妙なフラグを立てるの!


「っ……も、申し訳ございません皆様。つい……」


 私の顔があんまりにもアレだったからか、メアはハッとしたように謝ると、あとはいつも通りに戻っていた。

 私はぐるぐると回る思考に酔いそうになりながら、もうとっくに2つの教会が見えなくなっていたことに気付いた。

 もうそろそろ着きますよ、という御者の人の声もどこか遠くに聞こえて、私はとにかくひと眠りしたい、と思うのだった。


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