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48/謁見許可

 お父様が王様に謁見の許可を願い出てから、丁度半年が過ぎ、とうとうその日がやって来た。


「お父様、もしやそれは……!」

「……ああ。その通りだよ、ミリアム」


 豪華な赤い封蝋の押された、見るからに上質と分かる封筒を手にしたお父様を見た瞬間、言われなくともそれが分かった。

 浮足立つ私に、お父様はただ短く告げた。


「明日には出発だ。準備しておいで」


□□□


 テオ、ギラン、サイファと情報の共有を行ってからは、5か月ほどが過ぎている。

 あの日は結局、期待していたような楽しいお茶会は出来なかった。お茶会自体は翌日にちゃんと開いたけどね。


 まぁ、考えてもみればそりゃそうか、という感じだ。色々と伏せているとは言っても、共有された情報はそれぞれそれなりに大きいものだ。

 そんなバカなと言って聞き流すような人であればともかくとして、真面目に受け取ればかなり重い。それを聞いた直後に、能天気にお茶を楽しもうなんて人は、そうそう居ないだろう。

 ギランとサイファは比較的いつも通りだったけど、テオが目に見えて混乱している様子だったもんね。


 とは言え、状況はいつまでも停滞している訳ではない。

 だからこそ、特に朝の女神マニャーナを宿すテオに、その調子で居てもらっては困るというのが私たちの共通認識だった。

 いずれ来る邪神の復活に備える対策の一つに挙げられる、「魔窟の封印」を実行出来るのは、神々を宿す守護者のみだ。


 因みに、ゲームでは暁の守護者であるシャーナしか魔窟の浄化、封印は行っていなかったけれど、それは他の守護者だけで出来るかが分からなかった為だと考えている。現にインディゴさんが、どの程度の力があれば可能かどうかの試算を出すのに、2カ月近くかかっている。

 冷静に考えてみれば、歴史の波の中で人々に忘れられた事実を、2カ月で解き明かすのは物凄く早いと思うんだけど、対邪神で考えれば貴重な2カ月だから、ゲーム内ではシャーナがいれば大丈夫という事実が分かった時点で、他の調査に力を裂く方向に切り替えたのだと思う。


 ……もし、最初から封印が守護者でさえあれば出来ると分かっていれば、そもそもシャーナの回収を王家は行わなかった可能性さえあるよね。

 まぁ、勿論狙われるだろうことは分かっていただろうから、保護はしないと危険だっていう事実はあるだろうけど、危険な魔窟に女の子を向かわせるという方向性にはならなかっただろうと思う。

 何しろ、優秀な第二王子が守護者だということは、ゲーム開始時点では判明していたんだもんね。


 おっと、話を戻そう。守護者であるテオには頑張ってもらわないと、って話だったよね。

 邪神に対抗する為には「可能な限り多く」の魔窟を封印したいというのは当然の話で、守護者1人で1つの魔窟を封印出来るのなら、手分けした方が良いというのも当然の話だ。

 勿論、1人で魔窟に挑む訳ではないけれど、最深部に辿り着くまでの間の護衛なら守護者でなくとも対抗出来るし。

 ただ、懸念もある。最深部の、ボスとでもいうべき強大な魔物は、ローウェンでも歯が立たなかった。この辺りをクリアしなければ、手分けをするというのは実質的に不可能になってしまう。


 でも、テオに頑張ってもらわないと、という話が出ている時点で分かるかもしれないけれど、実はインディゴさんの手によってそこは既にクリアされていたりする。

 ルナリス邸玄関ホールの、謎の魔法陣についての解析は一向に進まないけど、他に関してはインディゴさんは目覚ましい成果を叩き出していた。


 例えば、その封印にかかるエネルギーの試算もそうだけど、この手分けに関して最も大きかったのが、神様パワーの付与についてだ。

 私というか、パトラが遺跡でローウェンに一時的に力を貸し与えていたのを見て、ずっと気になっていたらしいインディゴさんは、時折私の元を訪れて、パトラに力の出方とか様々なことを聞き取っていた。

 そして、今まで収集していたデータと照合しつつ、ローウェンにも協力してもらって色々と実験を重ねた結果、どの程度のエネルギーをどの程度の時間貸し与えることでどの程度の結果が期待でき、その反面のデメリットはどの程度か、といったことを精緻に導き出したのである。


 その研究結果から考えた結果、あの魔窟にいたボスと他のボスが同程度の強さであると仮定した場合、守護者から他者へ力を貸し与えれば倒すことが出来るという結論が出た。

 これはつまり、1つの魔窟に1人の守護者、そして力を借り受けられるだけの実力を持った守護者ではない人というチームで挑み、封印をすることが可能だということに繋がる。

 それが分かった際、私たちは喜んだけれど、事はそう単純にいかなかった。


 簡単に言ってしまえば、パトラ以外は目覚めていないしコミュニケーションも取れないから、力を貸し与えること自体が出来ないのである。

 まぁ、目覚めていないから情報をある程度制限出来ている訳だけど、こうなってしまうとお手上げだ。

 ……なんてことにならなかったから、インディゴさんは本当に凄い人だ。


 力を貸し与える具体的な方法が分からない、ということに気付いたインディゴさんは、鬼の形相で大量の資料をかき集めて再び情報を整理し始めた。

 三日三晩部屋に引きこもり続け、やつれた状態で出て来た時に彼の手には、具体的な受け渡し方法についての情報がまとめられていた。

 もしかしなくても、インディゴさんはチートキャラなのだろう。情報系チート、インディゴ。いや、ゲームでも元々そんな感じだったような気がする。


 とにもかくにも、インディゴさんの手によってまとめられた情報を元に、私たちは練習を始めた。

 実験台になったのは、やっぱりローウェンで、ローウェンはもうすっかりその辺に慣れていたようで、特に問題なくシャーナちゃん、セリス、そして休みの折に訪れるテオも方法は習得した。

 ただ、ローウェン以外はどうかということで、ギランにもお願いしたところ、彼も平然と使いこなし、サイファは自ら名乗り出て、詳しい話は聞かなくて良いから協力したいという彼相手も練習をした結果、問題なく進み、最終的にルナリス家の他の騎士の人たちに、という段階になったところで、ローウェンたちは例外だったということが判明した。腐っても神様の力。受け取るだけで体調に異変が現れる人が続出してしまったのである。

 最終的に、ローウェンを始めとして、現実的に神様の力を借り受けて戦うことの出来る人員は10人ちょっと、という形に収まったけど、少なく思ってしまうのは間違いなのだろう。


 そうやって実践に耐えうるだけの練習を終えた頃、丁度傭兵の人たちに依頼していた情報の収集も凡そ十分な量まで終えていた。

 勿論、そこからも依頼は出し続けているけれど、魔窟は無限に存在する訳ではないので、この辺りで打ち止めになるかもしれない。

 そして手元に置かれた地図には、予想よりも多くの魔窟を示すマークが記され、何度も話し合って分担が決められた。


 その中でも私が一番多くの魔窟を受け持つことになった。

 1人でもボスを打ち倒す力があるから、という謎の信頼感によってなんだけど、正直勘弁して欲しかった。

 とは言え、やっとの思いで説得したテオや、あまりやる気のないセリスのささやかなやる気をそぐのは駄目なので、私は頑張って強がっておいた。

 結論から言えば、他の人の力が期待出来る戦いだったので、あの時のボスVS私という絶望的なものに比べれば、全然問題なかったんだけどね。ただ、大変だったけど。


 他の皆も、実戦には不安があったみたいだけど、特に問題なく進んでいたようだ。

 テオが精神的に追い詰められる様子は何度かあったけど、学園の休みだけに協力してもらう形でやっていたから、何とか耐えられているようだ。

 セリスは流石のバランス感覚で適度にこなしているようで、シャーナちゃんは流石の主人公メンタルで精力的に魔窟を封印しているようだった。


 因みに、魔窟の最深部からはボスを倒さないと出られないって言ってたけど、緊急脱出用の魔法道具があれば逃げるだけは出来たりする。

 だから、皆それを持って挑んでいたので、最悪死ぬことはなかっただろうということは補足しておく。誰も、結局使わなかったみたいだけどね。


 ……そんな感じで、私たちは魔窟の封印に日々邁進してきたという訳だ。

 今までの停滞していた時間は何だったんだというくらい、各地を飛び回る日々は、なかなかに充実していた。

 若干血生臭くはあるけれど、世界が滅ぶよりは随分マシだ。


『それにしても、いよいよ王族との対面かえ。長かったような、一瞬じゃったような……妙な感じがするのぅ』

「そうだね。何かもっと分かることが増えると良いんだけど……」


 恐らく、ゲームでは描かれていなかったけれど、王族は私が思っているよりもずっと多くの情報を握っている。

 お父様もどうやら今まで分かった研究結果や、封印の成果などについて事細かく報告を上げているようだし、確実に繋がりがある。

 お父様も、意図的に私に話していないことがあるみたいだし、王都で何か教えてもらえると嬉しいんだけど……。


『少なくとも、ツェルトはそなたに害のある秘密は抱えておらんじゃろ』

「それは信じてるけど……王様がどんな人か分からないのが怖いな。あと、第一王子の様子とか」


 暇さえあれば、私は夜会潜入を続けていたりする。

 背丈も伸びて来たから、もっと豪快に変身しないといけないかも、と思いつつ今のところ同じスタイルだ。

 そんな中で、私はひっそりと第一王子についての情報を集めていた。

 すると、お父様から聞いた通り、アタシの記憶にある第一王子と性格が随分と異なる話が聞こえて来た。


「メディオディアは、邪神と同じくらい警戒したい相手だけど、第一王子が全然メディオディアっぽくないんだよねぇ……」

『そなたが知るよりも、己を隠すのが上手いのかもしれぬぞ?』

「そうかもしれないけど……それはそれで怖いよ。だって、全然違う行動を取るかもしれないってことでしょう?」

『じゃが、考えておっても仕方あるまい。いずれ、接触はせねばならぬ』


 直接第一王子に接触することになるかは分からない。

 お父様が面会を取り付けたのは王様だけのはずだ。

 けれど、話の流れを考えれば、第一王子、第二王子を紹介されるというのは十分にあり得る話だ。

 そこで急にバトル、なんて展開はまずないはずだけど……難しい。

 警戒するに越したことがないとは言え、相手は国の重鎮も重鎮。中枢と言っても過言ではない相手に、私たち木っ端貴族に何が出来るだろう。


「私、追放エンドならまだしも、処刑エンドなんて嫌だよ……」

『何を馬鹿なことを。そなたが処刑されれば、妾の解放と共に邪神とやらの封印が解けると言っておったではないか。国の王も分かっておるのじゃろ? なれば、処刑など有り得ぬよ』

「それは……そうか」


 確かに、世界を滅ぼしたいと思わない限り、私や守護者を殺すことはあり得ない。誰か1人でも死ねば、その瞬間封印が壊れてしまい、邪神が解放されてしまうのだから。


「……じゃあ、どちらかと言えばその辺の事情を知らない重鎮とかの方が、王様より怖いのかも?」

『王の意志に反してそのような手段を断行する愚か者が居るのか、この国には?』

「う、うーん?」


 それは考えづらいか。私は軽く腕を組みつつ、長く息を吐く。

 ついつい考え過ぎてしまうけど、言われてみれば、実はそんなに気にすることはないのかもしれない。

 私は思わず笑みを漏らす。


「パトラが居てくれて良かった。私、何でも重く考え過ぎちゃって」

『なに、いつものことじゃ』


 シレッと言うパトラに、今度こそハッキリ笑ってしまった。

 最初は、まさかこんなにパトラと親しく会話をするようになるなんて思いもしなかった。


『じゃが、相手は強大なのじゃろ? 考え過ぎるくらいで丁度良いのではないかえ?』

「それは……まぁね」

『あまり気負うでない。ガス抜き程度あれば、幾らでも付き合うでな』


 柔らかく微笑むパトラに、私は軽く頭を下げた。

 ゲームと全く同じように進んでいる訳ではないこの世界。

 或いは、明日にも邪神との全面対決が起こって、エンディングを迎えるのかもしれない。

 そうなった時、私は、この優しい女神と同じような日々を過ごすことが出来るのだろうか。


 多分、出来ないだろうと思うと、どうしても惜しくなる。

 私は思わず引き止めたいような感情に苛まれ、けれど口を閉ざした。

 その願いを口に出してしまったら、駄目だ。


『? どうした、ミリアム』

「ううん、何でもない。……頑張ろうね、パトラ」

『ふ。妾に任せておけば全て上手くゆく。安心するが良いぞ』


 自信満々な笑顔を受けて、私は笑みを返す。

 世界の存続の為に、私は彼女を犠牲にする。

 分かっていて、見ない振りをして来たのだから、これからもするのだ。

 二者択一を既に選んでしまった私が、選ばれなかった方を惜しむのは冒涜だと思うから。


(……でも、本当にそれで良いの?)


 何度も問いかけた疑念を、また飲み込む。

 子どもみたいな、全部が上手くいけば良いのにという呟きは、口内で消えた。


「ミリアム、準備は良いかい?」

「はい、お父様。今参ります」


 手にしたカバンが、ズシリと掌に食い込んだ。


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