47表/経過とお久しぶり
皆を交えて話し合い、ひとまずの行動指針として「封印に係る魔法陣の調査」「魔窟の封印」そして「王族との話し合い」の3つが挙げられた。
それぞれが手分けをして取り組む形になる訳だけど、魔法陣の調査は主にインディゴさん、魔窟の封印は守護者の皆と戦える皆。最後はお父様で、私は3つのすべてに丁度良い感じで関わることになっている。
とは言え、それらの作業を全部私たちでこなす訳では当然ない。
各地に散らばっている魔法陣、まだ未確認の魔窟の所在について、傭兵の人たちに依頼を出したのだ。当然、歴史学者が研究の為に使いたいから、というそれらしい理由を挙げて依頼を出していて、詳細は伏せている。
我が家は木っ端男爵家ではあるけれど、お父様はそれなりのお金を有している。
殆どは領地の運営に回しているとは言え、危険な魔窟の中の調査ならいざ知らず、場所の特定という仕事への見返りにしては十分な報酬は準備出来ているらしく、順調に魔法陣らしきものや、まだ見ぬ魔窟の場所に関する情報は集まって来ている。
実際に調査や封印に取り掛かることが出来るまで、少々間があくかもしれないけれど、これは着実な一歩である。
魔法陣の調査を主に担当するインディゴさんは、まずは玄関にあった魔法陣を調べるのが先決だと言って、ルナリス邸であてがわれた自分の部屋に引きこもって色々やっている。
偶に差し入れと称して食事を運ぶけど、食べている様子が見られない。まさに研究職、といった雰囲気を醸し出すインディゴさんは、たった1日、2日程度で元のもさもさインディゴさんへ戻ってしまった。新陳代謝が非常に活発なようだ。
私が心配しているのを見かねたメアが、何やら無理やり口に詰め込んでいるのを先日見かけたから、ひとまず食事に関しては問題ないのだろう。
ただ、調査については芳しくないようで、未だ分からないことばかりらしい。不意に廊下で遭遇した際、報告出来るようなことがないのが申し訳ないと肩を落としていた。
そして、王族との面会時間を手に入れるには、申請が必要で、許可が下りるには半年近くかかるとの話だった。
それなりにコネがあるお父様が申請してこれで、普通に申請したらもっとかかるみたいだから、文句は言えないけど。最悪、待ちに待った挙句却下される、ということもあるらしいしね。お父様さまである。
ここに至って、私はようやく案外出来ることが少ないことに気付いた。
魔法陣の調査も、魔窟の封印も、場所の特定が進んでから実行するから、待機。
王族との話し合いも、今は許可待ち。
具体的な行動指針が出来上がったのは良いけれど、全部が待機という何とももどかしい状態に置かれてしまったのだ。
何かしないと落ち着かない。そう思った私とシャーナちゃんは、とにかく今出来ることをやろうと話し合って、セレンさんとの魔法訓練、ローウェンとの剣術訓練に身を入れることにした。
因みにシャーナちゃんに、私の前世云々については話していないので、シャーナちゃんは単純に邪神討伐の為に頑張るぞ! としか考えていない。
……これは英断だよね。まさかシャーナちゃんに、貴女は恋をして世界を救うのです! なんてアホみたいなこと言えないもんね。下手したら、シャーナちゃんのやる気に水を差すよ。真面目だから。
やる気と言えば、セリスは全然やる気を見せてくれないんだけど、流石は優等生キャラと言えば良いのか、身を入れてなくても私たちより全然出来る。剣術については、何なら私の方が強いけど、元々セリスは魔法寄りのキャラクター設定だったから、それは仕方ないだろう。でも、造詣について言えば、もうとっくに私なんて追い抜いている。何故だろう。
因みに、シャーナちゃんも主人公だからか、その真面目な性格故か、私より優秀だった。……で、でも剣術はまだ私の方が強いから!!
世界は広いので、調査の結果が出るのにも時間がかかる。私たちはその間、何日も何日も勉強をしたり、訓練をしたりと自分磨きをし続けた。
ゲームにはなかった、本編開始前からの主人公の特訓期間だ。チートと呼べる結果が得られたりはしないだろうか。なんて、私は時折のんびり考えたりしている。
パトラの記憶は、やっぱり戻っていないようで、何やら引っかかることが増えたとは言っているけれど、明確な進展はない。
だけど、きっと何かのキッカケがあればグッと核心に迫る夢を見ることが出来るのではないかと、私は期待していたりする。
因みに、邪神や、薄紅の集団からの接触や襲撃は皆無だ。それらの動きについても、何が起きてもすぐ対処出来るように気を張っているんだけど、一切何の動きもない。
邪神については元々そんな感じで、伝説的な存在でしかなかったから普通と言えばそうだから、どちらかと言えば不気味なのは後者の方だ。
最後の接触は、シャーナちゃんと初めて会ったあの日だ。あの時、何か思うところでもあったのだろうか。下っ端組織の悪行すらピタリと止まっているのだ。だろうか、どころかもう確実にあったはずだ。
あれもゲームではなかったイベントだから、想像がしづらくて困る。
……そんなこんなな日々を送り、気付けば1か月ほどが過ぎようとしていた。
この世界に季節なんてものはなくなって久しいけれど、強いて言えば夏休みの時期だろうか。
学園が長期休みに入ったとのことで、テオ、ギラン、サイファの3人が我が家へやって来ることになっている。
3人には、手紙で伝えるのは危険かもしれないから、まだ何も伝えていない。
だから、この機会にお父様から同じ話が伝えられることになっている。
3人は、どんな反応をするだろうか、少々不安なところではあるけれど、味方は多いに越したことはないので、信じたいところである。
□□□
「ところで、パトラ。守護者を見分ける方法って、何かあるのかな?」
『突然何じゃ? 藪から棒に』
お父様からの長い話を終えたら、それぞれ1人になりたくなるかもしれないけれど、そうでもないかもしれない。
そういう訳で私は、今は1人でのんびりお菓子の準備をしていた。準備と言っても手作りのものではなく、近所のお菓子屋さんで買ったケーキだ。
ふわふわ設定のファンタジーものあるあるで、砂糖は高価なこの世界で出されるケーキは、あまり甘くないものが多い。でも、このお菓子屋さんは企業努力によって、砂糖の代用品を見つけ出したらしく、そこそこ甘いケーキを売りにしていた。
保存が普通のケーキより更にきかないのが難点だけど、まぁ問題ない範囲内だ。
話が終わる時間によっては悪くなるかもなー、なんて思いつつ真面目なことも考えていた私は、ふと気になっていたことを思い出した。
1か月前、お父様と話し合った際は、受け入れてもらえた感動が大きくて気付かなかったけど、良く考えればまだ分からないことも多かった。後で聞いてみたら、王族と謁見する時に教える、という答えのものが多かったんだけど、その中でも特に気になっていたのが、今言ったことだ。
「お父様と話してた時には気付かなかったけど、アタシの記憶だと守護者を判定する手段はないはずって言ってたでしょう? でも、お父様はセリスが守護者だとは知ってたみたいじゃない? それって、何かしらか手段がないとおかしいよね」
確か、この1か月で敢えて話題に出したことはなかったはずだ。
そう思いながら尋ねると、パトラは間を置かずに頷いてくれる。
『その話か。確かにのぅ。妾も気になっておったが、手段があると判ずるのもちとおかしくはないか?』
「どうして?」
私は思わず目を瞬く。
おかしいと言える点が私には見えないけど。
首を傾げる私に、パトラは口元を手で覆いながら続ける。
『ならば、何故シャーナの動向は追えなんだ? そなたの話では、本来もう数年は追われる生活をしておったのじゃろう?』
「うーん……でも、本編が始まる頃にルオン第二王子がお迎えに来てるってことは、何処かでは判明してるはずだよね?」
矛盾なく説明出来る筋道があるような気もするけど、頭がパンクしそうだ。
私は、混乱してこもった熱を吐き出すように溜息をつく。
駄目だ駄目だ。勉強と発想力って全然別物だから、知識が幾らついてもこの辺りの閃きみたいなものはなかなか磨かれないようだ。
『薄紅の集団がシャーナを追っておる、という事実さえあれば分かるのではないのかの?』
「それはないんじゃない? だって、国はあいつらが何を目的にしてるか知らなかったはずだもの」
アルセンシア王国が、薄紅の集団こと犯罪組織クリムゾンが、アウローラを求めるだけの集団だということを把握していなかったのは事実のはずだ。
私がお父様に伝えなければ、国に伝わることもない訳だから、ゲームでは知らないままであると見て良いだろう。
とすれば、シャーナちゃんが追われているということと、その内に暁の女神アウローラが居る、という情報には結びつかないと思う。
私が否定すると、パトラはそうか、と呟く。
『何故シャーナが暁の守護者であると判じたのかの説明は、無いのじゃったか?』
「うーんと、予言がどうとかっていう説明だったはずだよ」
王家に代々引き継がれる予言では、邪神が蘇ろうとする時に暁の乙女が立ち上がる、的に言われていたはず。
そこに表されている乙女の特徴が、見事シャーナちゃんと合致したんだとか。
説明あやふやだなーと思った覚えがある。アタシですら。
まぁ、その辺はゲームとしては雰囲気で良かったんだろう。もしくは、容量の都合でカットされたか。
『予言、のぅ? 記憶を失くす前の妾が伝えでもしたのかの?』
「どうかな? 後世の人が勝手に付け加えたのかも。まぁ、結果的に予言は合ってる訳だけど」
『むーん、良く分からんのじゃ。じゃが、妾には予言の力なるものはないと思うぞ。未来なぞ見えん。まぁ、見えたとて楽しいものではないと思うがな』
パトラは、不意に自嘲めいた笑みを浮かべる。
記憶が戻っていなくても、何か感覚的に思うところがあるのかもしれない。
「とりあえず、お父様も後で教えてくれるって言ってたし、まずは良いか」
『うむ、それでよかろう。背負い過ぎて良いことなどないはずじゃ』
「……って、うわ。ハーブがちょっと足りないや。取りに行かないと」
『おお、薬草園か。あそこは良い』
「薬草園ってほどの規模じゃないけどねぇ」
私はパトラと笑い合うと、一旦庭へ出る為に厨房を出る。
一旦部屋に寄って、汚れても良いエプロンをー、と考えながら廊下を進む。
その途中で、窓の外に所用で出かけていたローウェンが戻って来る姿が見えて、私は窓を開けて身を乗り出した。
「お帰りなさい、ローウェン!」
「ああ、お嬢さん。ただいま」
ローウェンは、基本的にはメアと一緒に私の側を離れずに警護してくれているけど、時折お父様の指示で外出することもある。
最初は、戦いの勘を取り戻したいなんて物騒な理由を挙げていたから心配していたんだけど、いつもケロッとして戻って来るので、今ではそこまで心配していない。
流石に、知らないところで邪神に挑んでいる、なんてことはないだろうしね。
「あれ、今は1人ですか? メア坊は?」
ローウェンは、不思議そうに辺りを見回す。
気配で誰がどこにいるか大体分かるという特技のあるローウェンだけど、メアは非常に分かりにくいと言っていた。わざわざ見回しているのは、そのせいだろう。
「お客様が来るからって、客間の準備のお手伝いをしてるよ」
「なるほどね。じゃあ……女神さんと2人きりだった訳ですね」
こうして完全に周囲に人の気配がない時、ローウェンだけは割とパトラに触れてくれる。気兼ねを一切感じないその軽い口調は、パトラの気にも入っているようで、私としても割と嬉しい対応だった。
お父様は……全部事が済まないと、受け入れるのは難しいだろう。
インディゴさんは……女神自体に興味がないのか、今は目の前の研究で忙しいからなのか分からないけれど、一切触れようとして来ない。悪意は感じないからそれはそれで良いんだけどね。
「お嬢さんて、女神さんと2人の時ってどんな話してるんですか?」
「どんなって……普通だよ、普通」
「女子会の定番っつったら、コイバナってメイドたちが言ってましたけど、その辺どーです?」
「してないよ」
何でローウェンはそういういじり方をしようとして来るのか。
私はジトッと重苦しい視線を向ける。でも、視界の端のパトラは大層ご機嫌だ。
それが、私の顔から見て取れたのだろう。ローウェンは笑みを深める。
「やっぱ、してるんじゃないですか? 女神さんにもウケてんですよね、この話題?」
「ウケてない」
『非常に愉快な思いを味わっておるぞ、ミリアムよ』
「…………」
「ほらぁ。余計なこと言わないでって顔してますよ、お嬢さん? 合ってるんでしょう?」
勘が鋭くて助かるところも多いけど、困ることも多い。
私はムッと唇を引き結んでローウェンを睨み上げる。それでもどこ吹く風なのが悔しいところだ。
「そうそう。俺ら男勢もヒマな時にルナリス邸男子会ってのを……」
言葉が不自然なところで切られる。
一体どうしたのだろうと身構えて窓から距離を取った。
直後、バチィ! と、激しい激突音が響いた。って、何事!?
「っぶね! 誰だ、っつーかギランだろ、これぇ!!」
「……腕は鈍っていないどころか、更に鋭くなっているようだなローウェン。安心したぞ」
「あっ!」
突如襲い掛かって来た黒い影に対して、ローウェンは鞘に納めたままの剣で応対したようだった。さっきの激突音は、鞘で攻撃を防いだ音だったのだろう。
こんなところで強襲? と目を丸くして襲撃者へ視線を走らせ、私は思わず笑顔を浮かべた。
「ギラン!」
「久しぶりだな、ミリアム。元気にしていただろうか?」
ふわりと、柔らかく頬を緩めるのはギランだった。
今日来る予定の時間より、随分と早い。だけど、それは嬉しい誤算だ。
また窓の方へ歩み寄っていくと、ギランも近寄って来てくれる。
けど、ローウェンが不機嫌そうにズイとそれを遮る。
「おいおい、何が「安心した」だ! お前、もう16歳だろ? いい加減闇討ちみたいなの止めろよ」
「? 何故だ。ローウェンならば例え就寝中でも対応可能だろう」
「お前は学園で常識を学んで来い」
「そのような講義はないが。……ああ、マナーの講義ならばとっているぞ」
「え、何。お前学園でボケでも覚えて来たのかよ?」
心底不思議そうに首を傾げるギランは、至って本気なのだろう。
私は思わず笑ってしまった。目の前の光景が、あまりにも平和で。
この光景を見て、ゲームのような成れの果てを想像出来る人はいないだろう。
あの未来を防ぐことが出来ただけでも、本当に良かったと心底思う。
……勿論、ここで満足している場合ではないのだけれど。
「まっさか、学園でもこういうことしてねーだろうなぁ?」
頭を抱えて問いかけるローウェンに、ギランは真剣な顔で頷く。
「偶にしかしていない」
「してんのかよ!? やめとけよ、相手は良家の子女ばっかなんだから」
「配慮は万全だ。対応出来そうな男にのみ絞っているからな」
「何で自慢げ?」
まったく配慮になっていない。もしかすると、国の軍部の息子さんとかが主に被害に遭っているのだろうか。
……その内、ルナリス家に苦情が来るかもしれない。
「ギランが熱心なのは分かるけど、学園ではやめておこうよ。そういう場所じゃないし」
「……そうか、分かった」
……サイファはギランとルームメイトだそうだけど、ちゃんと抑えられているのだろうか。サイファ、そういうタイプに見えないんだけど。
不安が過ぎった頃、慌てた様子でこっちに駆けて来る人影が見えた。テオとサイファだ。
「ああ、来たか」
「「来たか」じゃないよ、ギラン。お前の速さに付いて行く僕たちの身にもなってくれ……」
「……そうか」
ゲンナリした様子でサイファが注意する。
ギランはやっぱり不思議そうな顔をしているけど、一応頷いて居る。
「ミリア! ミリアだ、ミリア! 会いたかった!!」
「わっ、テオ!?」
ガバッと思い切り抱きついて来たテオは、満面の笑みだった。
かなりの上の方からぎゅううと抱き締められると、ちょっと苦しい。
「テオ、また大きくなった?」
「そうかな? 良く分からないけど」
「大きくなったよ。カッコ良いね」
「そう? ミリアが嬉しいなら、オレも嬉しいよ」
私から離れると、はにかんだような笑みを浮かべた。
皆、見て。テオも怠惰な学園生活を送るはずだったのに、こんなに情緒豊かな子になったよ。ふふふ。
「ミリアム、久しぶり。とても会いたかった。今日まで待ち遠しくて堪らなかったよ」
「サイファも、久しぶり。うん、私も会えて嬉しい」
「ふふ、君の笑顔が見られるから、毎週でも戻って来たいくらいだよ」
「またそんなこと言って……」
流石はゲームでの女たらし。今はそんな感じじゃないらしいけど、流石のサイファである。流れるように告げられる甘い言葉は、本人の独特の声も相まって非常に腰砕けな威力を発揮している。
まぁ、そういう人なんだろうから、とりあえずスルーだけどね。それどころじゃないし。何なら慣れたし。
「……うーん。少し何か新しい口説き文句でも考えないとならないね」
「? どうかした?」
「何でもないよ。それより、いつまでもこんな妙なところで話し込んでいる場合じゃないよね。ごめんね、ミリアム。すぐにツェルト様にご挨拶して来るから、後でたくさん話そう」
サイファはニッコリと笑ってそう言ってくれるけど、多分今日はたくさんは話せなくなると思うよ。
でも、この時点ではまだ3人は何の話があるか分かってないんだろうから、そう思うのは自然なことだ。
私は敢えてここでにおわせるようなことを言うのもおかしいだろうと思って、笑顔で頷いておいた。
「そうだね。約束の時間より早いけど、お父様なら自室にいらっしゃると思うわ。そのまま向かってもらって良いから」
「分かったよ。お邪魔します」
「……挨拶は重要だな」
「……面倒だなぁ」
ん、テオから何だか怠惰なオーラが?
思わずテオに視線を向けると、パッと満面の笑みが返って来た。何だ、気のせいか。
「お嬢さん。じゃあ俺は着替えたらお嬢さんの警護に戻りますよ。どこにいる予定ですか?」
「あ、一旦薬草園に出ようと思ってるの」
「そっか。なら、俺このまま待ってるんで、一緒に行きましょう」
「うんっ」
そして私は、ローウェンと手早くハーブを採って色々と準備を進めたけど、お父様からの説明は想定よりも長引いたようだった。
あの3人に伝えるレベルは同じくらいだったはずだし不思議だなと思ったけど、とりあえず分かったのは、お茶はまた明日ということだ。
私は後から合流したメアにも手伝ってもらって、ケーキを保存用の箱にしまうのだった。




