45/謝罪と決意
世の中には、出来れば避けたいことというのは良くある話だけれど、今ほどとにかく回避したいと思う状況に放り込まれたことはない。
私は、死んだ顔でカオスな状況を眺めていた。
「少しで良いから時間をくれ! 良いだろう、少しくらい! ケチ!」
「ぼくはケチなことなど一つも申しておりません。自分の奇行のせいだということくらい少し考えれば分かるでしょう。いわばこの処遇は、因果応報です」
「あーあー、メア坊の言う通りだ。どんだけ高名な学者先生か知らんが、アンタはアウトだ」
お父様と話し合った翌日。細かい対応について決めたから聞いて欲しいと言われ、私はまたお父様と軽い相談を行った。
簡単にまとめると、私の事情をすべて伝える相手は、ローウェンとインディゴさんの2人に絞る。
守護者であるシャーナちゃんとセリス、そしてテオの3人には、魔窟の封印作業に納得して協力してもらえる程度の情報共有に留める。
邪神関係については既に知っているギラン、エルガー兄弟にも似たようなもので、特に戦いに及びそうな関係についての情報を共有する。
そして、サイファとメアには表面的な内容しか伝えない、という方針になった。それ以外の人には、すべてを秘匿としていくのである。
そう決まるや否や、お父様は実に自然な動きで順番に彼らを呼び、それぞれに明かせる話をしていった。最終的に、部屋には今集まれる全員が居た。
これで、とりあえず現状として出来る最善の対策を、一丸となって行っていくことが出来ると私は重荷が下りる気持ちと、少しの切なさを覚えていたのだけど、すぐにそんなセンチメンタルな感情は散った。
「ツェルト様! 俺が謝るの良いと思うって言ってくれましたよね!? コイツら黙らせてくれませんか?」
「うーん……」
最初に部屋にやって来たインディゴさんは、私に何かを言いたいような顔でチラチラ見て来ていた。昨日の出来事を思えば、そういう反応になるのは想定内だったし、謝ろうとしているのも分かっていたから、私は軽く返事をするつもりだった。
だけど、一緒にいたローウェンがそれを許さなかった。笑顔でディフェンスを続けるローウェンの力によって、インディゴさんは私に話しかけるタイミングを逃し、時間もないということでお父様が本題に入ったことで彼自身それどころではなくなった。
話を終えた段階で、色々思うところがあったようで、インディゴさんは考え込み始めた。だから、その間に次の説明をしようということになって、シャーナちゃんとセリスが呼び出された。2人には少々絞った情報を伝えるだけだったから、思ったより早く終わった。
そんな短い間に、インディゴさんは考えを整理し終わったようで、また私に声をかけようとし始めた。でも、そんな室内の様子を読み切っていたとばかりに、丁度メアが絶妙なタイミングで許可を得て室内に入って来た。
そこからはもう……こんな感じが続いている。
「だが、ローウェンとメアの怒りの方が正当だからね。私が何かを言わないだけ、有難く思ってもらいたい」
「ツェルト様、俺の味方してくれるって言ってたのに!」
ショックを受けたように顔を青ざめるインディゴさんだけど、いや、仕方ないよ。被害者の私がこの程度の感情で見てること自体、奇跡だと思うよ。普通、貴族の令嬢がほぼ初対面の年上の男性に唇を奪われれば、こんなものじゃないよ。
「……ぼくとしては、旦那様の態度は寛大に過ぎると思うのですが……いえ、使用人如きが申し出るようなことではございませんね。申し訳ございません」
「痛いっ! 何なんだよ、お前っ! 俺に何か恨みでもあるのか!」
「恨み? まさか、そのような感情で動くなど有り得ないでしょう」
「嘘だーっ!!」
隙あらば私に近付こうとするインディゴさんの腕を掴んで捻り上げるメアは、微笑んでいる。
神がかった美しさを持つメアの微笑み。普通なら見惚れてしまうところだけど、今はゾッと背筋を走るものがあって、寧ろ逸らしたくて堪らない。
「あの2人にあんなに嫌われるなんて……インディゴ、一体何をしたの?」
「言い辛いことかなぁ……」
お父様の話を聞いても、思ったよりサッパリとした態度のままだったシャーナちゃんは、私の隣に腰かけたまま、怪訝そうに首を傾げている。
そう言えば、ローウェンは見てたみたいだったけど、シャーナちゃんとお父様は見ていなかったみたいなんだよね。お父様にはメアが報告しちゃってたけど、出来ればあまり知られたくない。
そう思って曖昧に笑っていると、セリスがこともなげに呟いた。
「……アイツに無理やりキスされてたんだよ」
「えっ!?」
「せ、セリスも見てたの??」
思わずギョッとしてセリスの方に視線を向けると、興味なさそうに鼻で笑っていた。今バラされたのは、正直嫌だけど、今まで広めずにいてくれたことを思うと、責められない。私はぐぬぬと唸るに留まる。
そんな私を、シャーナちゃんは驚愕の眼差しで見つめた後、キッと勢い良くインディゴさんを睨みつけた。
「最っ低! 貴方、乙女の唇を何だと思っているのよ!!」
「っ、ご……ごめん……」
「ごめんじゃ済まないわ! 女の子にとって下手したら一生消えない思い出になるのよ! 大切なものなの!!」
「……ごめんなさい……」
インディゴさんのセリフがまったく違うけど、これはファーストキスイベントで起こるやり取りに違いない。目の前でそれが行われていることは感慨深いけど、されたのが私で、怒るのがシャーナちゃんというのが頂けない。
じゃあシャーナちゃんがキスされてれば良かったかと聞かれれば、そんなことはないと答えるけど。シャーナちゃんには、是非とももっとまっとうな人と幸せになってもらいたい。勿論、攻略対象者じゃなくても良い。ここは、ゲームじゃないんだから。
「と言うか、君、当事者のクセに何でそんなに呑気な顔してるの?」
「え? してる?」
「うん。寧ろ嬉しそうに見えるよ。もしかして、まんざらでもなかった?」
「!!??」
セリスが、少し不思議そうに言った言葉に、私は首を傾げる。
嬉しそうというと、それはシャーナちゃんの防波堤になれたのなら嬉しいな、くらいの軽い気持ちだったんだけど、と言うべきか一瞬悩んだ。
でも、それと同時にローウェンとメアが不可思議な動きで突然私の方を見たから、思わず固まってしまう。
いやいや、顔怖い。何そのこの世の終わりを見たような顔は。
「ご、ご主人様……ま、まさか、そのようなことは、ございませんよね……?」
怖い怖い!!
メアが、そこはかとなく据わった目で、フラフラと私に歩み寄って来る。
目の前に跪いて、そっと私の手を取る動きは優しいけど、まとう雰囲気がね!
首を縦に振ったが最後、縊り殺されそうにさえ思う。
「えっ、あっ……はぁぁ……」
インディゴさんに至っては、赤くなって青くなって白くなって忙しい。
何ですか、その顔は。まさか俺のことが好きなのか、と思ってから、別にそんなことないよな的に思考が移るあの段階の反応でしょうか。
私はそっと視線を逸らし、最終的に満面の笑みのローウェンを見てまた固まった。
「どうせ、全然関係ないこと思ってたんすよね? シャーナ様辺りのことでしょうか」
「あ、うん。そうなの」
「えっ、私のことを?」
意外なことに、的を射た推測が飛んで来て、私はこれ幸いにと何度も頷く。
それを聞いて、シャーナちゃんがパッと花が綻ぶように笑ってくれる。
これが尊いという気持ちだろうか。主人公には是非とも幸せになってもらいたい。いや、主人公じゃなくても。数少ない女友だちだもの。
「何だ……そうですよね。ご迷惑をおかけ致しまして申し訳ございませんでした」
メアが、ホッとしたように息をつくと、またいつもの無表情に戻る。邪神とか、色々真面目なことを考えたいから、想定外の発言をしないでくれるのはありがたい。
「納得してもらえたなら良かった」
何をどう解釈して、私がインディゴさんに言い寄られて喜んでいた、ということになるのか皆目意味不明だけど、思い込みというのは恐ろしいものである。誤解が解けたのなら、それに越したことはない。私はゆったり微笑む。
「……修羅場」
ポツリとまた余計なことを呟くセリスをそっと睨んでおいた。そもそも火に油を注ぐようなこと言ったの、君でしょうが!
そんな感情を込めた睨みは、腹黒優等生には通じないようで、つまらなそうに笑って視線を逸らされてしまった。……悔しい。
「こ、これから、本格的に戦いの準備を進めるんだろう? 俺は、必ず役に立つ。だから、その前に……障害になりそうな禍根を断っておきたい。頼む……謝らせてくれ……」
ローウェンに抑えつけられていたインディゴさんは、意を決した様子で頭を下げた。悲痛ささえ感じられる言葉に、流石の私も揺らぐ。
何がどうなってそうなったのかは分からないけれど、今のインディゴさんは、人の話に耳を傾けられる状態になっているようだ。ゲームでは恋愛段階を進めないとならなかったけど、きっと心境の変化がそうさせたのだろう。
なら、そこまでウザがる必要はないし、何なら最も有用な人なのだから、謝罪の一つくらい受け入れるべきのはずだ。
2人が、私の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、いつまでもそれに囚われて喧嘩ばかりしていても、話が進まないしね。私は小さく溜息をつくと、2人に向かって声をかけた。
「心配してくれてありがとう、ローウェン、メア。嬉しいけど、もう大丈夫だから。離してあげて?」
「……ご主人様がそう仰られるのであれば」
「……心は許しちゃ駄目ですからね?」
いや、ある程度は許すよ。味方だし。なんて言ったら、また強固に守り始めるだろうから、そんなこと微塵も思ってないように神妙な顔をして頷いた。
こう見えても嘘は上手い方だ。こんな些細な感情を隠すくらい、余裕だろう。
「……嘘は駄目ですからね?」
ひぃ、と言わなかった私を、誰か褒めてもらいたい。
インディゴさんを優しくない感じで解放した後、ゆったりとした足取りで私の座る椅子の後ろに番犬の如く立ったローウェンが、一瞬だけ椅子に手をかけて屈みこみ、私の耳元で囁いた言葉は、まるで私の心を読んだかのような物言いだった。
悲鳴を上げなかった私は凄い。自己肯定しておかないと、精神的に壊れてしまいそうだ。軽いホラーなんだけど、ローウェンはこんなキャラだっただろうか。分からない。
「その、改めて……」
コホンと、軽く咳ばらいをしながら、インディゴさんはある程度の距離を置いた状態のまま頭を下げた。
「良く知りもしない男が、急に自分のことを運命だとか言って接近して来て、さぞ恐ろしかったことだろうと思う。俺は……ずっと理想とする女性が居て……その女性像に君があんまり当てはまっていたから、そうなんだと思い込んで、暴走してしまったんだ。……本当に、申し訳なかった」
殴ってくれても良い、と清々しく言う彼に、私はどう返したら良いのだろう。
早くこの問題を解決したいのだから、すぐに許してしまうのが良いはずだ。
でも、何だかそれだけだと事が治まらない気がするのは、気のせいだろうか。
お父様は困った顔をして私たちの様子を静観していて、セリスは興味がなさそう。シャーナちゃんはとにかく私を心配してくれているようで、メアとローウェンは……言わずもがな。
因みに、パトラは楽しそうに目を輝かせているんだけど、もしかしてデバガメ気質でもあるのだろうか。女神なのに。
……許すにしても、軽い調子で言ってしまえば、インディゴさんにとっても私にとっても良くないことが起こる気がする。
私は、少々間を置いてから真面目に答えることにした。
「インディゴさん」
「はいっ!」
私が名前を呼ぶと、ピシっと背筋が伸びた。
見ていて面白いと感じる私も、なかなかにSっ気があるとチラリと思って、慌てて思考を元に戻す。自分から話を逸らしてどうするつもりだ、私。
「正直に言えば、私は、怒っていない訳ではないです」
「……うん、当然だと思う」
「だけど、貴方はお伝えした通り、これからの戦いにとってなくてはならない人です」
「……うん」
過剰に喜ぶことも、変に曲解して暴走することもない。
私は少し安堵しながら言葉を続けた。
「だから、私に申し訳ないと思う分だけ、世界の為に行動し続けてください。それを以て、私への謝罪としてください」
「え……」
インディゴさんは、呆けた調子で私を見つめる。
罰にしては軽すぎる、とでも思っただろうか。
寧ろ、終わりが曖昧な分、結構厳しいように思うんだけど。
あまりにも反応がないから、不安に思って声をかける。
「あの、インディゴさん?」
「えっ!? あ、その……うん、分かった」
呼びかけられて我に返った様子のインディゴさんは、キリッと表情を引き締めた。
そして、今までにないくらいしっかりとした視線で私を見て、恭しく告げる。
「俺は、俺の役目に尽くす。……どうか、見ていて欲しい」
逸らされることのない、真摯な瞳に、私も力強く頷く。
誠意をもって答えなければならないと、漠然と思えた。
「……分かりました」
「うん、ありがとう」
私が答えると、インディゴさんは嬉しそうに目を細めた。
ゲームでも、今も、インディゴさんは過去を語らない。私は、だからインディゴさんの過去の詳しい話を知らない。
けれど、それで良いと思う。ただ、インディゴさんがこの世界を守る為に戦う同士であるとだけ分かっていれば。
「……あ、あの、それで、良かったら全部終わったら俺と、」
「インディゴさんと?」
不意に、また前のインディゴさんに戻ったように視線が泳ぎだす。シリアスモードは終了らしい。まぁ、別に話が終わったのなら構いやしないんだけど。
何を言うつもりだろうと首を傾げていると、インディゴさんが二の句を告げる前に、話は打ち切られることになった。
「俺とと「はいはい、そこまでそこまでー」ええっ!?」
いつの間にやらインディゴさんの横に居たローウェンが、グイグイと腕を引っ張って強制的に距離を開く。
そして、見事な連係プレーでメアがお父様に本題へ進むように促す。
「旦那様、よろしければどうぞ、本題にお戻りくださいませ」
「あ……ああ。インディゴも反省しているようだし、そこまで厳しくしなくとも良いんだよ?」
「可能な限り譲歩させて頂いておりますよ。勿論、ご迷惑はおかけ致しません」
変わらない無表情で言い放ったメアに、流石のお父様も閉口する。そして、一瞬だけもの言いたげなインディゴさんを見た後、小さく溜息をつくと、気を取り直したように口を開いた。
インディゴさんはショックを受けているようだけど、これはもう無理だよ。2人に許されない限り、ずっとこんな感じだろう。少なくとも、行き過ぎない限りその扱いについて私は注意するつもりはないので、諦めてもらいたい。
「さて。随分話は逸れたが……全員の共通目標を今一度確認しておきたい」
重々しい調子で告げられたのは、邪神を倒すという最終目標について。
今まで、伝説でしか聞いたことのなかったような存在と事を構えるなんて、常軌を逸しているとしか言えない。だけど、この場にいる全員が、それを現実として受け止め、それぞれの覚悟を決めているようだった。
それが途方もなく心強くて……泣けて来る。泣かないけど。
「未だに分からないことも多いが、これだけは確実に言える。我々が動かねば、世界は確実に滅びるだろうということだ」
ゴクリと、誰のとはなく喉が鳴る。私の手にも、自然と力が入っていた。
怖くないと言えば嘘になるけれど、私は確かに戦わなければならない。パトラをこの身に宿す者として。礼子の記憶を持つ者として。
……ミリアム・ルナリスとして。
「各々思うところも大きいだろう。だが、どうか私に力を貸して欲しい。共に、邪神を討ち、古よりの宿命を断ち切ろう!」
全員で、お父様の言葉に同意を示す。
ゲームとは違って、やり直しが出来ない世界。世界規模の話をされても、良くは分からない。だから、私にとってこの世界とは、皆が居る場所だ。
皆が居る場所を守る為なら。皆を、幸せにする為なら。
私は、剣を取ろう。
やり直しが出来ないからこそ、大切で代えがたいこの世界を。
私が、守るのだ。
何度目かの、私が皆を幸せにしてやろう、という決意。
だけどそれは、今までのものと何かが違った。
それは何だろうと思ったけれど、分からなくとも良いと思えた。
そこに、皆の笑顔があるのなら。それで。




