36/上がる難易度
「また同じ魔窟に入ることになるが、魔窟は入る度に道を変えると言う。注意して進もう」
「はい」
馬車に揺られながら、お父様が手元の資料に視線を落としながら改めて注意を促す。同じ魔窟に2度以上入ろうなんていう奇特な人はあまりいないから、こういうルールの確認は重要だ。私が知ってると言っても、皆知ってる訳じゃないからね。
でも、返事が良いのは私だけで、何故かいつもならすかさず返答するはずのローウェンは不機嫌そうに視線を窓の外へ向けていて、インディゴさんに至っては話を聞いていない。
私の髪の毛を触りながらキャッキャしてるインディゴさんは無視して、ローウェンの方へ顔を向ける。私の物言わぬ苦言に気付いたのか、ローウェンは微妙に眉を上げて、呟くように頷いた。
「……了解です」
どうやら、お父様の話自体は聞いていたようだ。
まぁ、ローウェンは歴戦の猛者って話だし、きっと何かに集中していても、こうした話は耳に入るのだろう。
「ああ……夢にまで見た俺の運命の人とのお出かけ。幸せだなぁ……」
「……いい加減離してもらえません?」
「嫌だ。折角会えたんだから」
「はぁ……」
いやー、ローウェン凄いなー。なんて現実逃避的な思考に耽ろうとしても、どうしてもウットリと私の髪を撫でるインディゴさんで気が散ってしまう。
私は苛立ち混じりに文句を言うけど、インディゴさんには響かない。
どうも、たったこの1日程度のやり取りで、私が強硬手段に出る程嫌がりはしないということに気付いてしまったらしい。
……嫌なんですよ、本当は。殴ってでも引きはがしたいって訳じゃないだけで。
ジロリと睨めば、幸せそうに笑い返されてしまう。そうしたらもう、これ以上何も出来ない。
これもアタシの記憶があるせいだろうか。どうも嫌いにはなれない。
溜息をつきつつ、仕方がないと結局インディゴさんの好きにさせる。
出来れば、お父様に間に入ってもらいたいなと思うんだけど、お父様は微妙そうな顔ではあるけど、止めようとしてくれないのだ。
その辺りにも、きっとお父様が知るインディゴさんの事情というものが関わっているのだろう。出来れば教えてもらいたいとも思うけど、乙女ゲームにおいて相手のことを知りたいと思ってする行動は、大抵フラグだ。私は、インディゴさんを幸せにしたいとは思っているけど、私の婿にして幸せにしたい訳じゃないから、それは避けたい。
ヒロイン的選択をしたからといって、簡単に私に恋に落ちる訳がないと信じているけど、世界観は極めて近しいのだ。気を付けるのに越したことはないだろう。
(インディゴさんについては、前向きに受け入れると好感度が上がってバッドエンドだから、無視とかウザがるのは正しいんだけど……それはそれでなぁ)
決定的な恋愛イベントを突破しない限り、インディゴはシャーナに本当の恋をしない。その法則をそのまま当てはめるのであれば、こうしている限り、インディゴさんが私を好きになることはないということになる。
でも、微妙な気持ちだ。何だかインディゴルートに乗ってしまった気になって。
「大体、お出かけっていうほど楽しいものじゃないですよね」
「君と出かけられるのなら、何処だって何だって楽しいよ」
「……え?」
インディゴさんのはにかんだような笑顔と共に放たれた言葉に、驚きの声を上げたのは私ではない。お父様だ。
素っ頓狂な表情で、ジッとインディゴさんを見つめている。
信じられないものを見たと言わんばかりに、何かを言いたげに開閉する口を見て、私はお父様の気持ちを察した。
(……あのインディゴが、遺跡や魔窟よりも、特定の女の子と居ることを重視したってことだもんね……)
思わず遠い目になってしまった私を許してもらいたい。
この辺の流れも、インディゴルートといって相違ない感じだ。
確か、実際にはインディゴルートに入った直後だった。
珍しい遺物が見つかったって話が舞い込んで来て、いつもなら真っ先にすっ飛んでいくはずのインディゴがシャーナにくっついたまま動こうとしないから、エルガーが理由を聞くんだよね。
それに対してインディゴが、あの神話しか頭にないようなインディゴが、シャーナと居られることが一番の幸せみたいに言う。
そんなインディゴに、一番付き合いの長いエルガーが、それこそ目玉が飛び出そうなくらい驚くのだ。あの時のエルガーは最高に可愛かったって、アタシの記憶にもある。
(どうやったらこのルート下りられるんだろう……)
思わず内心で頭を抱える。
そもそも乙女ゲームは、選択肢によって未来が分岐するけれど、それはあくまでもある程度だ。
一度そのルートに決定してしまえば、プレイヤーの操作によって戻したり変えたりすることは出来るけど、登場人物として変更する機会は存在しない。
だから私は、ルートを変更する為に必要な情報は持ち合わせていない。
まぁ、そこまで悲観的にとらえる必要はないのかもしれないけど。
ここが私の現実だからね。インディゴさんだってそんな、プログラミングされた行動しかとらない訳じゃないはずだからね。なんて考えれば考える程、何となく気持ちが塞いでくるのは気のせいでしょうか。
「……インディゴ。お前、」
「……ツェルト様。この男、窓から捨てたら俺クビっすかねぇ?」
「!」
お父様が、驚きに満ちた表情のままインディゴさんに何かを聞こうとした矢先、ローウェンがそれを遮った。
ただのチンピラみたいな風貌のローウェンだけど、実際はちゃんと主であるお父様を敬っていて、日ごろそうした態度を取っている。
私はそちらの方に驚いて、反射的にローウェンを見て、ちょっと後悔した。
今まで一緒にいた期間の中で、最も恐ろしい表情をしたローウェンが、そこにはいた。修羅とか目じゃない。般若……鬼……悪魔……いや、何なら邪神超えも達成しているかもしれない。
「お前までそんなことを言い出したら困る。落ち着いてくれ、ローウェン」
「……ほんの冗談ですよ」
お父様の本当に困ったような声に、ローウェンは渋々、といった様子でまた窓の外に視線を戻した。
それでも尚、インディゴさんは私の髪の毛を触るのに夢中だ。ちょっと、原因貴方なんですが!
『これが修羅場という奴なのかの! 面白き心地じゃ』
……パトラが楽しそうで何よりです。
□□□
「…………」
「……ふふふ」
「…………」
「……へへへ」
「…………」
「……あはは」
「……ああ、うるせぇっ!!」
馬車を下りて、魔窟まで歩いて進む。もう馬車が停まるまで、いや、今もなお、最悪にギスギスした時間が続いている。主に、幸せそうに変な笑い声をあげるインディゴさんと、それに苛々してるローウェンの影響である。
お父様の手前、ローウェンは直接怒鳴ることが出来ないので、今もこうして誰もいない方向に向かって怒っている。……私の精神的疲弊も物凄くなって来た。
「あっ、ツェルト様!」
重苦しい溜息をつきかけた時、ふと声をかけられて私たちは足を止める。
顔を上げると、そこには昨日魔窟の入り口に立っていた近所の村の青年が明るい笑顔で立っていた。
何なら、もう魔窟の入り口は目の前だ。辛い時間って、体感が長いって言うけど、今日はそこそこ早かったようで幸いである。
「やあ、君は昨日ここの入り口を見張ってくれていた」
「ベンです!」
「そうか。昨日はありがとう、助かったよ。それにしても、今日はどうしたんだい? 村長にも見張りはもう構わないと連絡したはずだったが」
ベンと名乗った青年に対して、お父様は首を傾げる。
すると、ベンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「いや、その……そちらの学者さんが手紙を出したの、手違いで俺失くしてしまって」
「君が?」
「はい。昨日、村長と確認してて気付いて……俺、申し訳ないことしたなと思って」
「わざわざ謝罪に?」
「そうなんです。申し訳ありませんでした。あと、何か手伝えることがないかと思って……」
ベンさんの提案に驚きつつも、お父様は笑顔で首を横に振った。
無関係の人を巻き込む訳にはいかないし、失礼ながらベンさんはあまり腕っぷしが強そうには見えない。
魔窟に入って、うっかり昨日の私みたいにはぐれたりしたら、命を落としてしまうかもしれない。
「それなら、私たちが出て来るまでまた見張っていてもらえないかい?」
「えっ? 荷物持ちとか……そういうのは必要ありませんか?」
「中は危険だからね。気持ちだけありがたく受け取っておくよ」
「でも……いえ。分かりました。お気を付けて!」
それにしても、手紙の紛失に関する犯人がこうも早く見つかるなんて。
何かの陰謀とか、そういうののフラグだったらどうしようって心配してたから一安心だ。……さっき話してたこととは言え、ちょっと忘れかけてたけど。
「さて。それじゃあ中に入ろう。ミリアム、また道案内を頼めるかい?」
「頑張ります」
先頭はローウェン、後ろに私、隣にインディゴさん、最後尾がお父様という隊列を組む。
しばらくは昨日と同じように道なりに進めば良かった。
でも、途中から入り組み方が、昨日よりもえげつない感じになっていった。
左右の二択ならまだ良い方で、三択、四択、何なら上下の二択まで存在した。
もしかすると、昨日最深部まで辿り着いたから難易度が上がったのだろうか。
もしそういう仕様があるのなら、一刻も早く撤廃して頂きたい。
『そう焦るでないぞ、ミリアムや。妾の手にかかればこの程度、造作もない』
ほほほ、と余裕な感じで笑うパトラの言う通りに進む。本人曰く、昨日最深部まで行ったから、感覚的にどこが最深部か分かる、とのことらしい。
でも、言う通りに進んでいても、こう複雑に分岐されると、私程度のマッピング能力ではすぐに限界に来るから、今どの辺りにいるのかが全然分からなくて不安になる。パトラのことは信じているけど、閉塞的な雰囲気は、精神的にクるものがあるのだ。否応なしに息が詰まる。
「……ああ、ウゼェ」
そして、昨日より頻度の増した魔物の襲来。
一応今のところ正面からしか来ないけど、明らかに強さも増している。
私がはぐれてからの魔物がどんな感じだったか、詳細は聞いていないけど、多分それより強くなっていると思う。
何しろ、ローウェンが瞬殺出来ないのだから。昨日はあんなに余裕だったのに。
「あの、ローウェン。ずっと1人で戦ってるけど大丈夫? 私、何か緑魔法かけた方が良いんじゃ……」
不安に思ってそう声をかけると、ローウェンは少し驚いたように目を見開いて、それからガシガシと頭をかいた。
苛ついているのは、私の発言のせいではないと思いたい。
何となく嫌な汗をかきながら返事を待っていると、やがてローウェンは苦笑気味に言った。
「必要になった時にはお願いします」
「……分かった」
受け入れたみたいに聞こえるけど、実際は体の良いお断りだ。私程度の助力なんて不要って思ってるのかもしれないし、何なら邪魔なのかもしれない。
私だって、少しくらい剣は使えるようになったし、加勢したいと思っているのだ。でも、隙を伺おうとすると、味方のはずのローウェンから睨まれてしまう。そこをおして加勢出来る程、私は強くない。
「……お父様」
「…………」
思わず助けを求めるようにお父様を振り返ると、お父様も心配そうな表情をしていた。
やっぱり、ローウェンいつもより苦戦してるよね。私の目がおかしいんじゃないよね。そう思った時、お父様は柔らかく私の頭を撫でた。
何も言ってくれなかったけど、もう少し見守ろうと言っているように見えて、私は言葉を飲み込む。
(……やっぱり、シャーナちゃんって凄いよね……)
邪魔だと言われても、邪険にされても、必要だと思えば頑として譲らず、雄々しくも加勢する。
強いヒロインだ。だからこそ、憧れる。
私は、グッと息を止めてローウェンの背中を見つめる。
丁度、魔物の一団を殲滅したところだった。
もっと強くならないと。
そう思いながら、とりあえずインディゴさんのまとわりついて来る手を叩いておいた。文句を言いたそうに見られたけど、文句を言いたいのはこちらの方なので。
……ひとまず、こういう主張を出来るようにならないとね。うん。
□□□
昨日よりも相当長い時間をかけて、ようやく最深部へ舞い戻って来た。
そこの景色は昨日と変わりなかったけど、やっぱり道のりは全然違うものになっていた。道が違うというだけで、どうにもこう別の場所みたいに見えるのだろうか。
『うむ。やはり妾に任せておいて良かったであろ?』
そう言って茶目っ気たっぷりに笑うパトラに、私もこっそり笑顔を返す。
本当に、パトラがいなかったらどうなっていたことだろうか。……そもそも、魔窟に入るという案自体出なかった気がするけど、気にしない方向で。
「さて、ここが最深部だね。インディゴ、それで後は何を調査するんだい?」
「昨日は殆ど調査なんてしてないし、やっぱあの石碑のところの……」
――ゴゴゴゴ。
インディゴさんが、お父様の問いかけに答えようとしかけていた時、聞き覚えのある音が響いた。
いやいや、インターバル1日って。復活してるかも、とは思ったけど、まさか。
私は頬をひくつかせながら部屋の中央を見る。
戻る道はやっぱり塞がれていて、気付けばまた別の道の奥から、昨日も見た大鎧が姿を現していた。
「何だ、アイツ!」
「……魔窟の奥には、番人とでも言うべき強大な魔物が巣食うと聞いたことがある。あれがそうか」
ローウェンは全身の毛を逆立たせるが如く大鎧を睨み上げ、お父様は冷や汗を流しながら冷静に呟いた。
私は、一見した様子では強化されていなさそうだと判断して、微妙に胸を撫で下ろす。
そして、インディゴさんは昨日も見たからか、何故か余裕で私を愛でている。……空気、読んでください!
「あれは危険過ぎる。……私も加勢しよう」
「なら、私も……」
「お嬢さんはダメ、です!!」
ギッと、思い切りローウェンに睨まれてしまって、私は小さくなる。
私、仲間ですよ? 敵じゃないですよ?
ちょっと泣きたい気持ちになりながら、弾かれたように大鎧へ向かっていくローウェンを見つめる。……緑魔法くらい、かけても良くない?
「喰らいな!」
ローウェンが、目にも止まらない速さで斬りかかる。
でも、信じがたいことが起きていると分かったのは、その一手目のことだった。
――スカッ!!
「は!?」
ぶつかった音がしない。
それくらいの速度で切り裂いたと思いたいけど、ローウェンの表情からしてそういう訳ではないのだと分かる。恐らく、斬った感触もなかったはずだ。
大鎧は、斬撃を弾くどころか、無効化しているようだった。
……って、マジですか。
「どういうことだ!?」
「ローウェン! 下がるんだ!」
お父様が鋭くそう叫び、ローウェンは様子を窺いながら距離を取る。
そして、お父様は巨大な炎の球を発生させると大鎧にぶつけた。
……けれどやはり、大鎧はビクともしない。
「へぇ……斬撃無効に、炎……いや、あれは魔法攻撃の無効か。スゴイな」
「わ、分かるんですか!?」
「え? 君ならそれくらい見れば分かるだろ?」
ポツリと、私の耳元でインディゴさんが興味深そうに囁いた。私は驚いてインディゴさんを見上げると、彼はなんてこともないように笑っていた。笑ってる場合じゃないんですけど!?
「ローウェンとお父様の攻撃が通じないんですよ。どうしたら……」
「どうしたらも何も、君が戦えば問題ないよね」
何をおかしなことを、とばかりに首を捻るインディゴさんを、冗談抜きで殴りたいと思った。でも、言っていること自体は事実なのだ。私は色んな感情を飲み込んで、剣を手に取る。
2人の攻撃が通じないってことは、結局昨日みたいに、私は1人で戦う必要があるって訳だ。
「……パトラ」
『仕方あるまいの。情けない男どもじゃ。妾たちで助けてやらねばな』
言葉では呆れているようだけど、パトラは楽しそうだった。
存外この女神様も好戦的だな、なんて思うと、少しだけ気楽に臨める気がした。
「2人とも、下がってください!」
「なっ……お嬢さん! 今出てきたら危ない!」
「そうだ、ミリアム。今は身の安全を……」
2人から、至極真っ当なコメントが飛んで来る。
そりゃそうだ。自分たちが敵わない相手に、自分たちよりもずっと弱い女の子が1人で立ち向かおうとしたら普通止める。
私だって、出来れば守られてたいよ。本当は、剣を取りたい訳じゃない。
……でも、夢があるから。こんなところで、全滅なんて冗談じゃないもの。
「昨日ここで合流した時、コイツいた?」
「は? お嬢さん何言って……まさか!」
私の短い言葉だけで、言いたいことを察した様子のローウェンは目を見開く。
お父様も、驚いた様子で口元を引き結んでいる。
昨日、私が何かと戦ってボロボロになっていたのは知っていても、コイツと戦ったかは知らなかったはずだ。
さぞや驚くことだろう。
「はぁあ!!」
――ザンッ!!
自分に緑魔法をかけて、パトラの力を剣に宿して、私は大鎧の攻撃をかいくぐってダメージを与える。
そんな様子に驚く2人に微笑みかけて、私は大鎧との第2ラウンドを開始した。
「今度は弱点知ってるから、すぐに終わらせてやるんだからね!」
……なんてセリフはフラグらしく、弱点は昨日と変わっていたので、普通に苦戦した。また全身ボロボロになりながら、やっぱり見た目は変わらないけど強化されていたんだと、トドメを刺す時に気付いた。
それでも、2人のフォローも入ったからか、昨日よりは早く倒すことに成功した。
(……もう2度と封印忘れない……)
疲労でボーッとしながらも、私はそれだけを硬く決意するのだった。




