33裏/セリスの独り言
全編セリス視点です。
……おれの名前は、セリス・オーレン。いや、オーレン家は取り潰しみたいな形になったから、ただのセリスか。
おれは、自分で言うのもなんだけど、結構激動の人生ってやつを歩んでいる。
奴隷スタートからの、超厳しい家での軟禁生活を経て、また奴隷に逆戻りかと思いきや、見ず知らずの貴族に救われて、今に至る。
意味が分からないけど、それが今のおれだ。
そんなおれの周囲には今、お人好しなのかなんなのか、良く分からない馬鹿な女の子がいる。
その子は、ミリアム・ルナリスっていう、おれたち家族を助けてくれた貴族の一人娘だ。アホみたいに毎日笑ってて、別に美人でもないと思うんだけど、何でか色んな人に好かれてる変な女の子。
あんな事件があったからなのか、兄貴なんて真正面から好きとか言うし、おれを守ってくれたあのメアさんも、笑ってて欲しいとか言ってるし。あの無口なギランも、どう思ってるのか聞いたら、止まり木になりたいなんて詩的な感想を口にしてたし。偶に長期休みで遊びに来る、テオドアとかいう大神殿の神官長の息子も、オレが守るとか息巻いてた。
……もしかして、悪女か何かなんだろうか。
ちょっとヤバイ奴と知り合いになっちゃったんじゃないかって、おれは正直ビビった。でも、最初だけだった。
結構失礼なことを言っていたおれに対しても、ミリアムは別に文句ひとつ言わなかったし、いつも笑ってるだけだったから。てっきり、媚びるようなことでも言っておれも誑し込もうとしてくるのかとビビってたおれがバカみたいだ。
そんなミリアムは、臆面もなく皆を幸せにする、と良く言う。そんで、貴族の娘だったら普通はやる必要もない剣術とか、魔法の訓練を必死になって毎日やっている。
早起きして自主練したり、書庫で勉強したり、余念がない姿を見ていると、何となく兄貴の姿と重なる。だから、別におれはミリアムが嫌いじゃなかった。
一点だけ気になるところを挙げるんなら、やっぱ妙に他人から好かれてるってところだ。
屋敷内の使用人たちは軒並みミリアムの味方だ。そんで、良く接してる奴らはそれが特に顕著だ。理由を聞いても、みんな笑顔ですぐに分かりますよって言うんだ。兄貴だけは、そのままでいてねって言うけど。
その中でも特に気になるのが……ローウェンだ。
ローウェンは、ルナリス家に仕える騎士らしくて、滅茶苦茶強い。おれもミリアムたちと一緒に剣を見てもらってるけど、一度も勝てたことがない。
ヘラヘラしてて、良くおれのこと子ども扱いする、ムカつく人。
そのローウェンは、普段全然、ミリアムに優しくない。いつでもからかってるし、バカにしてるみたいに見える。
だからおれは、ずっと。ローウェンはミリアムのことが別に好きでもないんだと思ってた。
……今日までは。
□□□
「あぁ? ざけんじゃねぇぞ、クソ雑魚が。俺ぁとっととウチの可愛い可愛いお嬢さんを迎えに行かなきゃなんねぇんだよ。邪魔すんじゃねぇボケ」
おれたちは、ツェルト様の知り合いを探して魔窟へとやって来ていた。そこで、魔物と遭遇したけどローウェンの敵はいなかったから、余裕だと思ってた。それが数分前に崩れた。
ローウェンが戦ってる場所より離れたところで、おれたちは固まって避難していた。その真ん中あたり。ミリアムとシャーナが立っていた床が、何の脈絡もなく急に壊れたのだ。
ポッカリと開いた穴に驚いたおれはビックリして固まった。このまんまじゃ2人が落ちると理解した時に、遅れて手を伸ばした。
その頃には、もうミリアムは状況を把握してて、シャーナだけでも助かるようにと、シャーナを突き飛ばす形で1人だけ落ちて行った。
本当に、一瞬の出来事だった。
ミリアムを飲み込んだ穴は、直後には閉じていて、何度叩いてももう穴は開かなかった。
おれは呆然としていて、シャーナは気が狂ったように泣いていた。
私のせいだと何度も繰り返すシャーナを、きっと自分も叫びたいだろうに、ツェルト様が宥めてた。
そういうところ、流石大人は違うなと、おれはボーッとする頭の中で思ってた。
少しだけ間を置いて、気付くとその場にいた全部の魔物を倒し終えたローウェンが戻って来て、ツェルト様が何が起きたのか説明した。
その話を聞くと、ローウェンは思った以上に静かな声で、早く探しに行こうとだけ言ったから、おれはてっきり落ち着いてるんだと思ってた。
実際、歩き出したローウェンは泣くでも叫ぶでもないし、どう見ても冷静に事に対処しようとする大人の姿だった。
でも、違った。
しばらく歩いて行った先で、別の魔物と遭遇した瞬間に、ローウェンがガチで心配してて、怒ってるんだって分かった。いつもそこまで暴言を吐くことのないローウェンが、汚い言葉で魔物を罵りながら荒い剣筋で文字通り切り捨てたから。おれは、ガチギレしてるんだって、ようやく気付いた。
あまりの豹変ぶりに、普段はローウェンに懐いてるシャーナの涙も引っ込んでいた。唯一落ち着いてるのは、ツェルト様だった。
「ローウェン。いい加減落ち着きなさい。子どもたちも怯えている」
「あぁ? 落ち着いてますよ。至って冷静だ」
「冷静な人は、自分で冷静だなんて言わないよ」
「それでも、冷静ですって」
何言ってるんですか、って言って笑うローウェンの目が、まったく笑ってない。
ツェルト様、良くこんなピリピリしてるローウェンに話しかけられるな。
おれは改めて大人ってスゴイな、とちょっと感動してしまう。
別に、おれもビビってる訳じゃないけどさ。
「あの子が落ちたのは、シャーナのせいでもなければ、君のせいでもないんだよ」
「……分かってますよ」
分かってないじゃん。
おれから見れば、ローウェンは明らかに自分を責めていた。
多分、言葉通り自分1人いれば全員守れると思ってたんだと思う。
それが蓋を開けたら、守らなきゃならないあの子を守れなかったから、多分、責任でも感じてるんだろう。
盗賊みたいな見た目してるくせに、結構真面目なんだよね、この人。
「ちっ、違うわツェルト様! 私が悪いの」
「シャーナ。何度も言うけど」
「私が……ミリアムを守るって言ったのに」
またシャーナが泣き出した。
気が強そうな見た目だけど、シャーナも泣き虫だよなぁ。
おれは呆れながら、シャーナの背中を軽く叩いた。
「そんなこと言って泣いてる暇あるの? さっさと迎えに行かないと、ミリアム1人じゃ危ないじゃん」
「せ、セリス……」
「誰が悪いとか、今どうでも良いでしょ。あの子、悪運強そうな顔してるし、今頃平然とおれたちのこと探してるって。だから、さっさと合流しようよ」
おれの言葉に、シャーナは目を大きく見開いて、それから強引に涙をふいて頷いた。
「うんっ。早く、見つけてあげないと……!」
「そうそう、その意気だよ」
そんなおれたちを微笑ましそうに見ていたツェルト様も、柔らかく笑った。
「そうだね。セリスの言う通りだ。早く先に進もう」
「……はいはい。さっさと先に進むんですよね?」
最初から言ってたじゃないかと言いたそうな顔をしたローウェンは、クルリと背を向けてズンズンと歩き出す。
この場で一番落ち着かないといけない人が、一番話を聞いていない気がする。
おれは溜息交じりにツェルト様を見上げた。
ツェルト様はおれの視線に気付くと、少しだけ寂しそうに笑った。
「ローウェンはね……少し、鈍いところがあるから」
それって、何について?
良く分からないけど、多分、色々あるんだろう。
ツェルト様も、それ以上は答えてくれなかった。
「早く気付かないと、痛い目に遭いそうで……心配なんだけれどね」
良く分からない。分からないけど、とにかく面倒くさい。
おれはツェルト様のその遠いところを見てるような目をどこかで見たことがあると一瞬思って、すぐにそれがミリアムの目だと思い出す。
誰かを幸せにしたいと言った後、大抵そんな目をするんだ。
「……面倒くさい」
厄介な人たちに助けられたと、おれは思った。
□□□
「多分、こっちだと思うわ」
「了解」
とりあえず、どう進んだら良いか分からないので、シャーナの勘に頼ることにした。今のところ行き止まりに当たることもなく、順調には進んでる。
外から見たらそんなに広そうに見えなかったのに、何処までも続く通路を見てると不安になって来る。
おれは、そんな気持ちを誤魔化すようにローウェンのすぐ後ろまで駆け寄って、話題を振ってみることにした。苛々してるローウェンは、まぁ怖くはあるけど、この魔窟自体よりはマシだ。
「ねぇ、ローウェン」
「ん?」
ローウェンは、おれの方に顔を向けることはないけど、無視もしなかった。
少しホッとしつつ、おれはローウェンを見上げながら言葉を続ける。
「ローウェンはさ、ミリアムのことどう思ってるの?」
「何だぁ、セリス坊ちゃん。そんなこと聞いてどうするんです?」
へっ、と馬鹿にするように鼻を鳴らすローウェンは、本当にどうしておれがそんなことを急に聞いたのか分からない様子だ。
そりゃそうか。おれだって唐突だなって思うくらいだし。
自分でそんな風に思いながら、おれはそれでも会話をやめる気はなかった。
「どうするって訳じゃないよ。ただ、兄貴が好きって言ってた子だから。気になって」
「……へぇ。サイファ坊ちゃんがねぇ……」
「……なに、怒った?」
不意に、ローウェンの声が一段低くなった。
自覚がないんだろうか。怒ったかと聞けば、少し驚いたように目を瞬いていた。
「俺が何で怒る必要があるんです?」
「そんなのおれに聞かないでよ」
「そりゃそうですけどね」
バツが悪そうに頭をかくローウェン。そんな顔は初めて見る。いっつも、おれのこと子どもだからってバカにして、余裕たっぷりって顔してるくせに。
何となく興味深く思って見つめていると、軽く小突かれた。
「てか、命かかってるって分かってます? 今、そんな話してる場合じゃないでしょうよ」
「いてっ。……そうかな? おれは今だと思うよ」
「何で」
「最後かもしれないし」
「っ」
そんなこと、思ってもなかったって顔。
おれのこと睨んだって、ここが危険な魔窟の中で、たった1人の女の子がはぐれたって事実は変わらない。
おれだって、別にあの子が死んだりするなんて想像も出来ないけど、考えない訳じゃない。多分、シャーナも、ツェルト様だってどこかで考えてる。
ツェルト様に至っては、その可能性を考えてでも、おれたちを連れて来ないといけないだけの理由があったんだろうから、当然か。だってそうじゃなきゃ、何でおれたちみたいな子どもをこんな場所へ連れて来るんだ。
……ツェルト様にとっては、おれたちよりもその人の……インディゴだっけ? って人のことの方が大事だったんだ。って言っても、最強っぽいローウェン従えて来てる時点で、そんな軽いものじゃないとは分かってるけどさ。魔窟を甘く見てたって訳じゃなくて、ローウェンを信じてたんだと思う。多分だけど。
「……冗談だよ」
「当たり前だ。死ぬ訳ないだろ、お嬢さんが」
子どもみたいな、言葉。
おれなんかよりずっと年上のクセに、迷子の子どもみたいな顔してさ。
どっちが迷子になったのか、分かったもんじゃない。
「ローウェンもさ、ミリアムのこと好きなんだね」
「はぁ? 俺が? 冗談じゃない。何であんな子どもを」
鈍い。少し、鈍いねぇ。
おれは、まだ12歳だし。好きとか嫌いとか、良く分からない。
だけど、ローウェンよりは分かってるような気さえする。
ま、何でミリアムみたいな女の子がそんなに好かれるのかは分からないけど。
だって、ただの普通の女の子なのに。
「ふーん。じゃあ、嫌いなんだ」
「嫌い……じゃないですけど」
「何それ。訳分かんないよ」
「……ああ、自分でも最近良く分からないよ」
いや、普通に好きでしょ。
おれがジトーッとした感じで見たら、また小突かれた。
暴力反対ー。
「大人にゃ色々あんだよ」
「あっそ。どうでも良いけど」
「あ、オイコラ。坊ちゃんが聞いて来たんじゃないですか」
「知らない。それより、また魔物出そうだよ」
「うおっ」
誤魔化しながら距離を取る。
ローウェンは、また新たに姿を見せた魔物に斬りかかっていく。
もう暴言は出ていなかった。
「あんなこと聞いて。セリスもミリアムが好きなの?」
「おれ? 別に。普通だよ」
「そうなんだ?」
ふと、シャーナがおれにも同じような質問をする。
でもおれの答えは決まってる。
メアさんの言う通り、自分のことは二の次にしてる、バカな人。
途方もない夢の為に、努力出来る人。
嫌いじゃないけど、じゃあ好きかって言われたら、別にって答えになる。
「シャーナがミリアムのこと好きなのよりは好きじゃないよ」
「何よ、それ」
おれの答えが不満なのか、シャーナは頬を膨らませる。
このシャーナだって、おれを巻き込まないように自分を犠牲にしようとする人だ。そういう意味だと、この2人って似てるよね。
だったら、おれは2人のことは同じくらい好きってことになるかな。普通に。
「じゃあ、ミリアムとシャーナ同じくらい好きだよ」
「じゃあって何なのよ。もうっ……ミリアム、素敵じゃない。温かいし、いつでも笑顔だし」
「そうかな?」
「そうよ」
違うの、と言って首を傾げるシャーナにわざわざ言うこともないだろう。あの人、ああ見えても結構良く失敗するし、凹んでるし、変な顔してるよ、なんて。
でも、いつでもどこか遠くを見てるから、もしかすると色んな人にウケてるのかもしれない。どんな自分でも、受け止めてくれそうに見えるから。
(……本当、あんな普通の子に期待しすぎ)
バカバカしいや。
おれは溜息をつく。そもそも、こんなこと考えてる時点でバカバカしい。
あの子の人生なんて、おれには関係ないんだから。
「あっ」
「? 何かあった?」
「あっち……明かりが差し込んで来てる」
「え?」
ローウェンが魔物を倒し終えるのと同じくらいのタイミングで、シャーナがその更に先を指して言った。
そっちの方は、いつもの通りに真っ暗なだけだったと思うけど。
疑問に思いながら視線を向けると、確かに光が見えた。
「あの先にいると良いんですがね」
「慎重に進もうか」
ローウェンの、若干やさぐれたような言葉を受けて、ツェルト様は微笑んで注意を促す。
おれたちはローウェンの後ろに続いて、慎重に進む。最初にローウェンが覗いて、危険がなさそうならおれたちも進むというのが一番安全だ。
「は」
そう思っていると、何故かローウェンが間の抜けた声を漏らした。
危険なのか、そうじゃないのか良く分からない。
判断に迷って、おれはローウェンの陰からそっと顔だけを出した。
……出して、すぐさま回れ右してシャーナとツェルト様を押し戻した。
困惑したような2人に、少し危なそうだからと言って、何とか奥を覗かないようにしてもらう。直後、おれは飛び出していきそうなローウェンに声をかけ……一歩遅かったことに気付いた。
「……何してんだ、テメェ。そりゃ、ウチのお嬢さんだ」
「何を言っているんだ。彼女は俺の運命だ」
「頭沸いてんのか、コラ。さっさと解放しやがれ!」
「ろっ、ローウェン!? 落ち着いて、これは……」
怒りに満ちたローウェンは既におれたちの目の前から消えていて、現場にいた。
数メートル先。今までの通路よりずっと広い、開けた空間の真ん中。
そこに、2人の男女が抱き合っていた。
それが知らない人なら、まぁどうでも良いんだけど、その内1人は滅茶苦茶知っている人だった。
(……何でこんなところで、ミリアムが知らない男とキスしてんの?)
おれは混乱する頭の中で、とりあえず無事に合流出来たということだけを理解した。次に、怒り狂うローウェンを何とかしないと、相手の男を殺しかねないと思って、慌ててツェルト様の腕を引っ張る。
こんな魔窟の奥で、人同士で殺し合いなんて冗談じゃない。
つーか、やっぱローウェン、ミリアムのこと好きじゃないか。
冗談じゃないとか言ってて、本当にどうでも良かったら怒らないでしょ普通。
おれは、好きとか嫌いとか、やっぱり面倒くさいなと思いながら、3人の元へ急いだ。




