03/付き人見習いと専属騎士(仮)
薄紅の集団のアジト発見からしばらく経った。
けれど、警戒心が異常に強いとされる彼らの尻尾の1本すら見つけられなかった。お父様を筆頭に、我がルナリス家の騎士たちは悔しそうに歯噛みしていたけど、実際には十分な成果を得られていた。
ゲームでは、暗躍してるって程度の説明だけだったけど、現実としては相当厄介な活動をしていたらしい奴ら。暗殺を請け負ったり、禁止されてる人身売買を行ったり、危ない薬をバラまいたり……やりたい放題だ。なのに、足がつかない。だから、アルセンシア王国としても対応に苦慮していた。
そんな中で、なんと今回はアジトから幾つかの証拠品とも言うべき品々の入手に成功した。直接所属するメンバーに繋がったりはしないけど、どの事件が奴らの仕業か、判別出来る程度の証拠能力を持つ品々。十分すぎる。流石はルナリス男爵だと、王様から直々にお言葉を賜るレベルだったとか。
私としては、奴らの足をルナリス領から遠ざけることが出来さえすればひとまず満足だから、王様の賞賛とか別にどうでも良いんだけどね。
いや、どうでも良いとか言うと語弊があるか。名誉なことだと思ってるよ。ホントホント。
……話を戻そう。
薄紅の集団というのは、ゲームの知識からすると、目的は主人公のシャーナの身だ。何でかって言うと、実はこの世界の神様の1柱が、シャーナの身体の中で眠っているんだけど、その神様の解放を目指しているからなのだ。詳細を語るとなかなか壮大だから、色々カットして説明すると、大体以下の通りだ。
まず、この世界は他の世界の神様から狙われている。
その理由は、ゲーム中で邪神と呼ばれるその神様がこの世界の神様……暁の女神アウローラを欲しがっていて、自分のところに彼女を連れて行くには、この世界とアウローラの繋がりを断ち切る必要があるから。
ざっくり言えば、邪神が好きな女性と結ばれる為には、私たちのいるこの世界を滅ぼさないといけないってことだ。
それに抵抗したアウローラ他この世界の神様たちは、壮絶な戦いの末、自分たちが眠りにつくことと引き換えに、邪神を封印することに成功する。
ただ、その封印方法を巡って、実際に封印に至るまで、内輪で揉めることになった。アウローラ大好きな準神メディオディアが、彼女が眠りにつくことに対して猛反発したのだ。
他の神様は全員受け入れてたから、結局押し切られるけど、メディオディアは諦めなかった。人の身体の中で眠りにつきながらも、その宿った人に干渉して、行方をくらませたアウローラを宿した人間を探させ始める。
その流れで組織されたのが、薄紅の集団……という訳だ。
アウローラを目覚めさせたいメディオディアの作った組織だから、正直、悪いことはその目的を果たす為に必要だった副産物程度なんだろうな、と思う。
……というか、アウローラどんだけ欲しがられてるんだろう。モテモテだよね。
で、この辺まで話せば分かるだろうけど、アウローラを今宿しているのが、主人公のシャーナなのだ。だから、狙われていると。そうなるね。
私としては、アウローラが邪神に連れていかれようが、メディオディアに連れていかれようが別に構わないんだけど、世界とシャーナのことを考えればそうもいかない。それらのエンディングはゲームに存在しているけど、どれも残念ながらバッドエンド。誰もが不幸になる結末しか迎えられない。
そんな未来を受け入れる訳にはいかない。だから、その辺も対策していかないとならないのだ。
今回のアジト発見で、多少なりと奴らの邪魔が出来れば良いと思うけど……無理だろうなぁ。私は内心で溜息をつく。どうも、薄紅の集団という組織は、相当狡猾らしいのだ。
アジトの1つを潰したところで、問題ないんだろうとはお父様の談だ。こればかりは、ゲームの知識だけではどうにもならないところだから、追々私も調査しないといけないね。
だからと言って、薄紅の集団と、それを率いるメディオディアだけに注意しているのもマズイ。
封印されてる邪神は、何百年もの期間、ただ封印されてた訳じゃなくて、内から封印を食い破ろうとしている。その影響は、昨今の魔物や魔獣の出現として顕著に出ている。それだけではなく、今では普通のことになってしまっている昇らない太陽も邪神による悪影響の一つだ。
世界を滅ぼそうとしている邪神の方が危険度は高いから、絶対に見逃せないのである。
「うーん……難しいなぁ」
でも、ゲームの知識を持ったとは言っても、私は一介の男爵令嬢に過ぎない。
権力のけの字も持ってない、ただの子どもである私に出来ることは少ないだろう。一応、年齢的におかしなことをしてもまだギリギリ見過ごしてもらえるというのはメリットだけど、それならもっと早い段階で記憶を取り戻したかった。思わず唸って独り言を呟いた私の目の前に、遠慮がちにティーカップが差し出される。
「?」
「ご、ご主人様。よろしければ、どうぞお召し上がり下さい……疲労に効く茶葉を使っておりますので……」
「メア!」
口元に、照れたように拳を当てる美しい天使のような真っ白い少年はメア。この間、アジトで見つけた男の子だ。なんでも、本当に薄紅の集団に奴隷として売られるところだったそうで、寸でのところで間に合ったらしい。本当に良かったと思うし、こんなに幼気な美少年を売りさばこうとした奴らへの怒りが湧く。
……因みに、メアはその辛い経験のせいなのか、殆ど記憶がないらしい。メアという名前は辛うじて憶えていたものの、家族がどこにいるのか、そもそもいたのかさえ分からないと言う。
因みに私は、反射的に「側仕えにしたい!」なんて自分勝手な欲望を口走った自分のバカさ加減に後から気付いて、思い切り自分の頬をひっぱたいた。売り買いされるような辛い経験をした子を前にして、欲しい、とか。頭が狂ってるとしか思えない。
あの内から湧き上がるような衝動は何だったんだろう。ただのワガママだろうか。うーん。
「あ、あの……ご気分が優れませんか?」
「え? ああ、ごめんなさい。平気よ、ありがとうメア」
「いいえ……」
メアの赤い目が泳ぐ。我に返ってから、ちゃんとメアの家族は探してみたけど見つからなくて、結局メアは私の側仕え見習いの枠に収まっている。
嬉しいは嬉しいけど、メアのこの様子を見ていると、罪悪感が湧いて来る。
全然気持ちを話してくれないから、態度で察するしかないんだけど、見て分かるのは、とにかく周囲への警戒心が物凄いことくらい。
「あのね、メア。もしメアに行きたいところがあるんなら、言ってね? 嫌な人の側にずっといることなんてないから」
「い、いいえ。滅相もありません! ぼくは、ご主人様にお仕え出来て、し、幸せです……」
……滅茶苦茶どもってるけど。私は、じーっと見つめる。メアの焦点は、まったく定まらない。このやり取りは、既に何度かしている。いつも答えは同じだ。私はひっそり溜息をつくと、深く考えないことにした。
思い返してみれば、アタシも猛と仲良くなるには時間がかかったものだ。常にケンカ腰だった猛と比べれば、まぁ、可愛いと言えなくもないし、長期戦でいこう。ちょっと不安になるのは、わたくしの影響だろうか。その辺は、アタシで良いんだけどな。なんて。
「……良い香りね」
「は、はい。ごゆっくり、ご堪能ください……」
お茶を褒めると、メアはホッとしたように息をつく。
変に気を遣うよりも、素直に行動している方が、メアも緊張しなくて済むのかな。私は気持ちを切り替えると、昨日から始めた日課へ向かうことにする。
「それじゃあメア。出かけるから、片付けが終わったら門前に集合ね」
「か、かしこまりました!」
おどおどと頭を下げると、メアは私の飲み終えたティーセットを持って部屋を出て行く。小走りなのは、決して私を嫌っている訳ではないと信じたいけど……気にしない! 軽く首を左右に振って、イヤな考えを振り払うと、簡単に出かける準備をして部屋を出る。
「おや、お嬢様。お出かけで?」
「ええ、大神殿へ行こうと思って」
「今日もですか? お嬢様はアウローラ教徒になったんですか?」
部屋の前に待機していた厳めしい騎士が、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
失礼極まりないこの男は、先日の護衛メンバーに入っていて、私に予定について聞いて来た騎士だ。名前をローウェンというらしい彼は、何を思ってかあの日以来、私の専属騎士(仮)として行動してくれている。
昼夜を問わずに側に待機して、危険があれば主を守る。専属騎士を持つことは、貴族の娘たちの憧れらしいと噂に聞いたけれど、結構プレッシャーだ。
何しろ、自室にいる時以外、常に側にいるのだ。トイレから出た直後、何食わぬ顔で後ろについて来ているのに気付いた時なんて軽くホラーだったよ。
これが、わたくしが倒れる前からずっとついててくれた人なのなら、そこまで気負わないけど、ローウェンが私の側につくようになったのはついこの間。慣れるにはまだ早い。
「別に、アウローラ教徒という訳ではないけれど、落ち着くんですもの」
「空いた穴を埋めに行く、という訳でもないんですね」
「そうね。修繕工事なら間に合ってるわ」
「そうですか」
……それに、このローウェン。私のことを疑っている、と言うと言葉が強すぎるかな。何かがあると思っている節があって、一緒にいると緊張するのだ。特に、私がお母様のことを引きずっていないことを察しているようで、時折こうして言葉のジャブをかましてくる。
悲しむ振りなんてした日には、逆に怪しまれそうな気さえする。屋敷内の他のメイドさんたちなんかは、私が悲しみを必死に押し隠す健気なお嬢様、だと思ってくれてるみたいだけど、ローウェンにそんな様子は一切ない。それが、気楽でもあるけど……やっぱり緊張する。
「あ、誰か。車を呼んで……」
「車でしたら、もう既に待たせていますよ。ご安心を」
「……ありがとう」
「いいえ」
ニッコリと厳めしい顔を笑みで歪めるローウェン。
清潔感のある顔ではあるけど、この山賊臭は何なんだろう。顔立ちのせいだろうか。不憫な。……顔についてはともかくとして。
ローウェンには、こういう気の利くところがあって、一緒にいると助かる、というのも偽らざる私の感想だった。
わたくしは、ローウェンという名前すら知らなかったけど、それが不思議なくらい、ローウェンは私に絡んで来る。やっぱり、先日の一件で思うところがあったんだろうけど、それが何なのかが分からない。私、そんなに怪しい行動取ってたかな?
(うーん……でも、考えても分からないし、もうやめとこ)
答えが出ない思考の時間は無駄だ、無駄。私はさっさとローウェンについての疑問を投げ捨てて、当初の目的に思考を戻す。
「お、お待たせいたしました!」
「いいえ、待っていないわ。じゃ、行きましょう」
「かしこまりました」
「は、はいぃっ」
家の前に待っていた馬車に、メアとローウェンを伴って乗り込むと、席についたのを確認した御者が、目的地も確認せずに馬車を進ませる。どうやら、ローウェンは先に私が大神殿へ行くつもりだと伝えていたようだ。
やっぱり食えない男だ、ローウェン。気にしないと決めたから、考えないけどね。
(さて。今日は話が出来ると良いんだけど……)
窓枠に頬杖をついて考えるのは、つい昨日開始した計画についてだ。
まず、私はお父様を元気づけることには成功した、とみている。完全に立ち直るのはまだ先だろうけど、ゲームみたいにコミュ障になることはないはずだ。まぁ、経過は観察するつもりだけど。とにかく、お父様についてはひと段落を見た。
次に狙いを定めたのは、攻略対象者の一人であるテオドア・ステュアートだ。
彼は、アルセンシア王国にある大神殿の神官長の息子である。神殿は、権力はそんなにないけど、権威を持ってるから、それなりの立場の御曹司であると言える。
そんな彼は、ゲームでは怠惰な性格の神官として登場する。暁の守護者であるシャーナが、邪神の復活を阻止する旅に同行することになるテオドアは、役目に際してもどこか悲観的で、とにかくやる気がない。
それと言うのも、彼の母親が病を得て倒れた時、幼い日のテオドアが必死に神に祈ったにも関わらず、その祈りは叶わず、母親が帰らぬ人になってしまったことに起因している。どうせ、祈ったって、頑張ったって、神様は助けてくれない。そんな悲観的な人生観を持った彼は、シャーナを手助けはしてくれるものの、イマイチ気が乗らないのだ。
そんなテオドアルートにおいて問題視しないといけないのが、エンディング如何に関わらず、彼のルートに入った時点で必ず、主要人物が複数死ぬことだ。
片方はテオドアのせいではないけど、もう片方……私の義弟になるはずのセリス・ルナリスの死亡は、完全にテオドアの責任である。敵との戦闘中、彼が勝てないと判断して手を抜いた為に、セリスが犠牲になってしまうのだ。……これは、絶対に避けないといけない展開だ。
さて。そんなテオドアのルートを避けるにはどうすれば良いか。
一番シンプルな答えは、母親を死なせないこと、であると私は考える。
今現在、私は10歳。テオドアは12歳くらいで、母親はまだ生きている。ただ、アタシの記憶が正しければ、そろそろ病を得て倒れる頃で、そこからは早い。だから、今の内に手を打つ必要がある。
(……でも、大神殿の神官長の奥さんなんて、そう簡単に会えないんだよなぁ)
溜息が出そうだ。
医学素人の私が出しゃばったところで、解決する問題ではないかもしれない。
でも、行ってみないと分からない。ゲーム知識が、思わぬところで火を噴くかもしれないし。有り得ないとは思うけど、神様に祈るだけで治療してない、とかだったら役に立てるだろうし。
だから私は、テオドアの母親と会う機会を得る為に、とりあえずテオドア自身に接触を試みることにしたのだ。テオドアは、母親の病状について詳しいことは分からないだろうけど、居場所くらいは知ってるはずだ。そう思って昨日彼のいる大神殿に行ってみたんだけど……結果は惨敗。
ゲームでは人見知りな様子なんて一切なかったけど、今のテオドアは酷い人見知りらしく、目が合ったら逃げてしまったのだ。テオドアが大神殿のどの辺りにいるかの目星はつくとは言え、あまりダラダラとしてる時間はない。他に対処しておきたい諸問題も山積しているのだ。
「……ねぇ、2人とも。知らない子と友だちになるにはどうしたら良いのかしら?」
ふと思い立って、メアとローウェンに意見を求めてみた。
何か良い意見があれば、と思ったんだけど、メアは困惑した様子だった。
「え、えと……ぼくは、良く、分かりません……申し訳ありません」
「あ……私こそ、気が利かなかったね。ごめん、メア」
「そ、そんな! 謝らないでください……」
メアは記憶がないし、記憶がある範囲ではずっと奴隷だったから、友だちについて聞かれても、分からないのは当然だ。
なんて空気が読めないんだろう、私は。反省が必要だ。こんなことでは、テオドアと仲良くなれない。少しばかり凹んでいたら、ローウェンがフォローしてくれた。
「お嬢さんはメア坊の主なんだから、あんまり謝らない方がメア坊も気が楽でしょうよ」
「え? あ……そ、そうよね」
「ほら、メア坊も。お嬢さんはこういう人なんだって、いい加減覚えたろ? そんなに気にすんな!」
「あ、は、はい……」
確かに、貴族の令嬢としては下手に謝罪慣れしているというのも問題だ。悪いと思った時に謝れないような人間ではいたくないけど、ローウェンの言葉にも一理あるし、気を付けよう。それに、メアにとっては私の謝罪は重いみたいだもんね。
ローウェンを見て、少しだけ息をついたメアを見て、私は更に反省した。難しいなぁ。でも、何とかなるよね。何事もポジティブシンキングだ。反省はするけど、前を向かないと。
「じゃあローウェン。貴方には何か良い案はない?」
「昨日の、お嬢さんを見て逃げてた子が相手ですよね?」
「そうよ」
「そうだな……変に声をかけようとしないでただ近くにいれば向こうから寄って来ると思いますけどね」
「ええ? 押しで駄目なら引いてみろってこと?」
「はい。俺の見た感じだと、上手くいくと思いますよ」
「……えぇー?」
何もしないで仲良くなれるなんてこと、あるんだろうか。
ひと言もかわさずに逃げ出した子が、向こうから寄って来るなんて、俄かには信じがたい。私は半信半疑の視線を向けつつも、他に良い案もないので、ひとまずその意見を採用することにした。
(……私からアプローチした方が良いと思うんだけどな)
採用したは良いけど、内心、ちょっと納得いきかねるところはあったんだけど。
大人げない私は、まだ10歳なので許されるのだ。多分ね。
そんなことを思いながら、窓の外に視線をやって、私は大神殿への1時間をボーッと過ごすのだった。